友達になってくれたかもしれなかった人 1
あれは2年と半年前の事。中学2年生だった俺は小学校の頃から勝手に広められたデタラメな悪い噂のせいで孤立していた。そんなある日の事だ。
『おい、俺等これから遊びに行くからさ。お前1人でこの教室を掃除しとけ……いいな?』
ガキ大将みたいなノリの男子生徒が俺を睨みながらそう命令する。俺はもうその頃には人に興味のない、ただ言われた事だけに従う人形みたいにしてた。だからその男の言葉に俺は頷いた。まぁ、従っても従わなくても後で殴られるのは間違いないんだが。
『よしっ、じゃあみんな行こうぜっ』
彼がそう言うと彼の周りに群がっていた複数の男子生徒が、教室からぞろぞろと立ち去っていく。
『今日もまた1人か……』
俺はそう呟く。呟いた言葉は誰にも届く事なく虚しく消えていく。分かっていたさ。中学になってもこの環境は変わらないって。そこに暴力が付いたのは予想してなかったけど。もう教師なんかには頼れない。俺の小学校の頃の噂が耳に届いてるからだ。いくら言っても聞き届けてくれない。全てでっち上げなのに。
『あら、1人で掃除してるの?』
突然声が聞こえた。もう誰もいないと思ってたのに。声のした方へ目を向けるとそこには……
『あ、榊原さん……』
クラスメートで男子から人気の高い女子生徒――榊原優恵がいた。肩のあたりで切り揃えたサラサラの黒髪。まだ幼さが残るけどきちんと整った目鼻顔立ち。特にすっと通った鼻筋は彼女に聡明なイメージを付加させていた。
『……私も手伝う』
そう言って榊原さんは教室に入ってくると、掃除道具を取る為にロッカーの横に置かれている用具箱に向けて歩き出す。
『て、手伝わなくて大丈夫だよ』
俺は慌ててやんわりと拒絶する。
『だめよ。掃除は皆で協力してやる物なんだから』
箒を手にした彼女は俺にニッと笑いかけてくる。彼女は――榊原優恵はクラスで人気者だ。その理由は誰に対しても、分け隔てなく接してくれる彼女の優しさが理由だ。現に今もそうだ。悪い噂の絶えない俺なんかにもこうして接してくれる。
『ねぇ』
箒で床を掃きながら彼女が声を掛けてくる。
『色々、蓮本君の悪い噂を聞いてきたけど……それってホント?』
俺は突然の問い掛けに頭が真っ白になる。まさかこうやって、噂が真実か嘘なのか確認してくれる人がいたなんて……。俺は暫く無言で考える。ここで真実を言っても信じてくれないのではないか? 現にこの中学校の教師に先日相談したら
『蓮本……。お前の悪い噂は色々と耳に入っている。だからお前がやられるのは仕方の無い事だと俺は思うけどなぁ』
と言ってまともに取り合ってくれなかった。ここで俺が真実を言ったとしてもそれは一笑に付されてお終い……、なんて事になるんじゃないか? 俺は彼女を見る。
榊原優恵は俺に真剣な眼差しで見つめている。こんな瞳を人に向けられたのは初めてだ。よし、決めた。こんなチャンス2度と無いかもだしな。俺は意を決して口を開く。
『……ううん。ウソだよ。俺はそんな事やってない』
俺はゆっくりと、だけどキッパリ否定する。久しぶりだった。俺が他人に対して意見を言った事が。
『やっぱりそっか。なんかそんな感じしてたんだ〜』
彼女はそう言うと、満面の笑みを俺に向けてきた。これが俺と彼女――榊原優恵との関係の始まりだ。彼女は俺に他のクラスメートがいる前でもお構いなしに接してきた。俺は周囲に恨みなどを買わないか気が気でなかった事を今でも覚えている。
『……はいコレ』
ある日の昼休み。俺は彼女に中庭に呼び出された。中庭に着くと彼女が俺に白い花を渡してきた。
『……コレは?』
『カスミ草。花言葉は幸福と感謝……。私の大好きな花よっ』
そう言って笑った榊原さんの顔を今でも覚えている。あの時彼女は花言葉を告げて俺に渡してきたけど、多分こう言いたかったんじゃないかな。
――貴方の出会いに感謝。そしてこれからの人生に幸福を。
勝手な憶測でしかないけど、優しい彼女の事だ。そう思おう。だって確認したくたって出来ない。だって友達になってくれたかもしれなかった人はもう死んでいるんだから――。




