今までとは違う
「……よし」
朝、鏡の前に立った俺はハサミを片手に、気合いを入れる。なんで俺がハサミを持っているかというと
『でも、目は見えた方が良いと思う。見え方によって世界は変わると思うから』
昨日、彼女――久川奈津に前髪を切った方が良いと言われたからだ。俺が人の言葉に従うなんてな……。
でも不思議と久川さんの言葉は受け入れられそうな気がする。なんでだろうか? きっと多分、似た者同士だからだ。理由は知らないけど彼女も俺と同じで人と必要最低限関わらないようにして生きてきた。だから価値観は近しい物なんだと思う。
――チャキッ
俺は右半分の髪を1つに束ねるとハサミで切る。ハサミが子気味いい金属音を立てた。
「……こんなものか」
俺は鏡を見ながら髪型を確認する。うん。眉毛に掛かる辺りで切ったから、バランスは悪くない。でも
「右半分が見えるだけでも大分違うもんだな……」
本当なら反対の左側も切るべきなんだろうけど、まだ怖くて切れなかった。今回は右半分だけにしておこう。俺は自身の部屋の中を見回す。部屋にはテレビなどは置いてなく、机や箪笥など生活に必要な物しか置かれていない。我ながら生活感が全くないなって思う。
部屋を見回すなんて今までした事なかったのにな。多分前髪で目を覆ってた頃は、他人だけじゃなく自分の事ですら無頓着だったんだな。でもこれからは今までとは違う。
『アタシと友達になってくださいっ!!』
あの時俺に握手を求めて手を前に突き出した上で、俺が握ってくれるか分からないからギュッと強く目を瞑ってたな。正直小動物のようで可愛らしいと思った。でもそれ以上にこんな俺なんかと友達になりたいと言ってくれて嬉しかった。久川さんなら俺が求めてた物が手に入ると思った。
「友達か……」
心の底で欲しいとずっと願ってた物。高校になっても結局手に入れる為にどうしてたか、分からなくて諦めてた物。それを彼女――久川奈津は与えてくれた。でもまだ怖い。また裏切られるんじゃないか。また俺から離れていくんじゃないかって。今までがそうだったから、不安になる。でも
『――もう大丈夫よ』
あの言葉を聞いて救われた気がした。心が軽くなったんだ。久川さんの言葉が俺の氷のように固く閉ざしてた心の扉を、久川さんは溶かしてくれた。だから後は俺の努力次第なんだ。せっかく出来た友達がまた離れないようにする為にも。
「――変わらなきゃ」
俺はそう呟くと鞄を手にし部屋を出る。1つ気掛かりな事が有るとすれば久川さんが今日切ったこの髪型を気に入ってくれるかどうかだ。って、さっきから彼女の事ばかり考えてるな。久し振りに出来た友達に舞い上がってんのかな。俺はそんな事を思いながら自宅の玄関を通って外に出る。




