side奈津 アタシどうしたらいいと思う?
◇◇◇◇◇
「ただいま」
アタシは重厚そうに見えるドアを押し開ける。ドアを押し開けると玄関があって地面は当然の通り靴置場。
「……って誰もいるわけないか」
靴置場にパパの物が無いのを確認して苦笑する。ここは、学校から歩いて10分の所にある集合団地。1LDKの2階建てになっている。アタシは靴を脱いで中へと進む。途中鞄を壁にフックがあるのでそこに掛ける。
「――ワンワンッ」
元気の良い犬の鳴き声が聞こえてくる。リビングに繋がるドアを開けると物凄い勢いで飼い犬のチワワ――カンナが寄ってくる。
「ごめんごめん。カンナがいるのすっかり忘れてた。ただいまカンナ」
アタシがそう告げるとカンナは嬉しそうに目を細めて「ワンッ」と吠える。アタシの言葉ちゃんと理解してるのかな? アタシはカンナの頭を撫でる。うん、サラサラしてて凄い気持ちいい……幸せ。
カンナと戯れながら、ついさっきの事を考える。
『……う、うぅ。うわあああァァァッッッ』
教室にゴンの泣き叫ぶ声が響き渡る。最初ビックリしたけどすぐにある事に気付く。いつも抱き締めていた時身体が強張っていたのに、その時は強張っていなかった。だからアタシはゴンが泣き終わるまで、ただ無言で抱き締め続けた。
暫くしてゴンは泣き止むとこちらへ顔を向ける。
『……?』
けど、こちらを向いたままゴンは1言も喋らない。さっきから目を伏せたかと思うとチラチラとアタシに視線を上げたり下げたりを繰り返している。
『……コホン』
ようやく、意を決したのか軽く手を当てて咳払いをする。それにしても『コホン』って。ゴンって意外とお茶目よね。
『そ、その……そばにいてくれて……ありがと、な』
アタシはその言葉に息を呑みその場で固まる。
『……? おい、大丈夫か?』
ゴンが心配そうに声を掛けてくる。アタシはそれに頷くと、ずっと気になってた事を聞く。
『ねえ。なんで蓮本は前髪を目が隠れる程まで伸ばしてるの』
ずっと気になってた。アタシはパパに、人と話す時は人の目を見て話すように教えられてきた。だけどゴンは目元を前髪で覆い隠している。後髪は襟足で切り揃えてるのに。
『それは……感情を悟られたくないから』
『え?』
……どういうこと?
『人に感情を見せるって弱みを晒してる事だって……そんな風に思った時期があるんだ』
『人に感情を見せる事が弱み……』
よく分からない。だけど、アタシの知らない出来事がきっと沢山あったんだろうな。だからそれ以上追求しない事にする。
『でも、目は見えた方が良いと思う。見え方によって世界は変わると思うから』
と言いながら、アタシは流れるように自然にゴンの前髪を掻き上げる。
『ほら……っ』
髪を掻き上げた状態のゴンを見て息を呑む。だってそこには、アタシの知ってる幼い頃のゴンの面影が多分に残っていたから。中性的な面立ちに色白の肌。こんな近くだから分かったけど、ゴンって睫毛長いんだぁ。
『お、おい……』
ゴンが戸惑ったような声を上げる。そこでアタシはずっとゴンの顔を眺めていた事に気付く。よく見れば、ゴンの顔が赤く染まっていた。
『……っ。ご、ごめんっ』
アタシは慌てて離れる。きっと今のアタシの顔はゴンに負けないくらい赤くなっている事だろう。ちょっと動けば唇と唇が触れるくらいの距離まで男の子に接近してた。
『……っ』
アタシは頬に手を這わせる。熱い……。あんな事を考えちゃったからだ。だけど……ゴンの顔可愛らしかったな。こんな事を言ったら嫌がられるだろうけど。
『うん。前髪切った方がいいよ。その方が印象いいし』
叶う事ならもう一度間近でその顔を見たいし。アタシはゴンを見つめる。きっとゴンはアタシが居なくなったあとも色々苦労してきたんだと思う。だから他人に対してアタシ以上に距離を取ってる。だけど出来る事なら……。
『……もっと仲良くなりたい』
『え?』
ゴンが真面目な顔で聞き返してくる。
『アタシと友達になってくださいっ!!』
アタシはそう言ってゴンに向けて手を前に突き出すように差し出す。出し終えてからアタシは軽くパニックになる。アレ、アタシ心に思ってた事をそのまま実行しちゃってる。いつかは言おうとは思ってたけど、今のタイミング間違ってないっ。大丈夫アタシッ!?
拒まれたりしないか不安でギュッと強く目を瞑る。無言ってこんなにも怖いんだ。聞こえるのはアタシとゴンの息遣いだけ。それからどれくらい時間が経ったか……。10秒だったかもしれないし、10分……ううん、もっと長い時間だったかもしれない。
『――っ』
手にゴツゴツとした男の子特有の手の感触が伝わる。ゆっくりと目を開けるとアタシの手を握り締めているゴンがいた。だけど彼は目をずっと伏せたままだ。
『……俺でいいのか?』
頼りなさげな声でゴンは言う。
『俺は今まで友達付き合いをしてこなかった人間だ。もしかしたら、久川さんを傷付けちまうかも知れない』
『そんなのアタシだって同じだよ』
ゴンの言葉にすぐさま反応する。アタシもゴンと同じで人とある程度距離を取って接してた。
『だから、最初は苦労すると思う。時には喧嘩もするかもしれない。でも、それでも……。アタシはっ、蓮本と友達になりたいっ』
『――っ』
ゴンから息を呑む音が聞こえた。そして暫く経った後彼は大きく頷く。
『ああ。久川さん、これから宜しくっ』
こうしてアタシ達は友達になった。でも……
「クゥ~ン」
気付けば、カンナがアタシに身体を擦り付けながら甘えた声を立てていた。アタシはカンナの頭を撫でる。
「ねえカンナ。アタシどうしたらいいと思う?」
問いかけるけど、カンナはさっきからアタシの身体に全力で自分の身体を擦り付けている。コイツ……まぁ可愛いからいいけど。
でも本当にどうしよう? ゴンとは友達になったけど、もっと深い関係を望んでる。こんな気持ち許される訳がないのに。アタシは目を瞑りながら祈る。神様、もし本当にいるならゴンとの関係が出来るだけ長く続くようにして下さい。それ以上はなにも望まないから。
アタシはそう願いながら、リビングを後にする。




