そこまでする価値なんか
「と、突然……なんですか?」
俺がたどたどしく尋ねると
「アンタ……。それ作ってるでしょ? 素で話せよ」
と、イライラした様子で井上さんが言う。そうか。もう久川さんを糾弾した件で俺が猫被ってんのバレてんのか。
「はぁ……。で、なんの用だよ? さっさと帰りてえんだけど」
「うわぁ、素はこんななの。キャ~こわ~い」
俺の素の喋りを聞いて木下さんがわざとらしく大袈裟に反応する。彼女のキンキン声の高音が俺の鼓膜を震わせる。ウザい。
「用ならあるわ。強盗犯、アンタ今度は人でも傷付けるつもり?」
井上さんが明らかに不快そうに言い放つ。俺が人を傷付ける? 何言ってるんだこの人?
「今朝……奈津を泣かせたでしょ?」
そういうことか。久川さんを泣かせた俺が許せないと。それが寄りにも寄って強盗犯の容疑者で、スクールカースト最下位の人間が泣かせたんだから彼女達としてはつまらないんだろう。
「泣かせたけど。それがなにか?」
「なにか? じゃないわよ。悪いことをしたなって少しでも反省したら。いえごめんなさい。強盗の罪を犯したっていうのに反省の気持ちが一切ない人間に言っても仕方ない事だったわ」
ああコイツ。そういうタイプか。人から聞いたことでしかその人個人を評価出来ない……無能な人間か。でもこの学校という場所においてはそんな人間が大半だ。それで他人の噂を鵜呑みにしてそれがさも正しいように言って、他人を見下し蹴落とす。そうする事で自分が有能だと勘違いする。
俺の小、中学時代はそんな人間で溢れていた。俺はその理不尽とも言える有りもしない噂を最初の頃は頑張って否定していた。だけど次第に疲れていった。何度違うと言っても誰も信じてくれない。噂は子供の親にも伝わり、俺の両親にまで噂が広がってその日から学校で噂を否定して、家でも顔を真っ赤にして怒る両親にその噂は違うって否定の言葉を言っていた。
その頃はまだ頑張れていた。俺が1番の友達だと思っていたあの子に裏切られるまでは。
「何が望みだよ?」
俺が挑発的に尋ねると2人はゲラゲラと笑う。汚い笑い方をする下品な奴らだと思った。
「そうねえ。まずは土下座でもして今回のことを詫びて貰おうかしら? 土下座して『無価値な自分が香那さんや聖羅さんの友人である久川さんを泣かしただけに飽き足らず強盗という大罪まで犯して……生きててごめんなさい』って。皆もそう思うわよねっ?」
井上さんはその場にいる全員に問いかけると「そうだそうだ」「前から調子乗ってるなと思ってたのよね」「死ねばいいのに」「さっさと謝って警察に自首して退学しろっ」「少年院に行っちまえ」などと様々な罵詈雑言が言葉という名の暴力となって俺の胸を少しずつ抉っていく。
この要望には答えられない。なんで俺がやってもいない事に土下座をしなければならないんだよ。しかもそこでそんな事を言っちまったら、無実の罪を認めるようなものだ。
「「「「「あーやまれっ。あーやまれっ」」」」」
教室中に謝れコールが響く。あ、これはヤバい。否定しても駄目だ。誰も聞き入れてくれない。そんな時俺がする事はいつも1つだ。
――やってもいない事でも受け入れる。
「お?」
「おやおや~?」
気付けば、俺はその場に正座をしていた。俺の行動に周りは「おー」と声を上げている生徒。「やっと謝る気になったようね」という者。様々な反応を示していた。
俺は両手を前に突き出し、地面に両手を付けた。
『おい、良いのかよ?』
心の中の自分がそう告げてくる。煩い。仕方ないじゃないか。周りは誰も俺の事を信じてくれないのだから。こういう時に俺の出来る事と言ったらやってもいない事を受け入れる事。今までそうやってやり過ごしてきた事は他でもない、お前自身が1番よく分かってるだろ?
俺は正座の状態から前に重心を掛けていく。そして腕が折り曲げられ、額が地面に近い状態になる。
「額も付けなきゃだめよー?」
「土下座のやり方知らないの〜?」
井上さんと木下さんの言葉に周りの連中がどっと笑う。コイツ等はただこの状況を楽しんでいるんだろう。いつものつまらない日常から抜け出したくて、だからこんな茶番をさも正義は我に有りという顔でやれるのだ。深く考えもしないで。俺は額を地面に押し付けようと顔を下げた瞬間――バンッと教室の扉が開かれる音がする。
「なに……やってるのよ。アンタ達っ!!」
あぁ、いつも無機質な声か甘えるような声しか聞いてなかったからアレだけど、怒るとこんな声なんだ。俺はゆっくりと顔を上げ、この声を上げた人物――久川奈津へと目を向ける。
彼女はこれまでに見た事がないくらい顔を強張らせて今にも、食って掛かりそうな気迫があった。久川さん、俺にそこまでする価値なんか無いよ。俺はそんな空虚な思いを抱えながら久川さんを見つめた。




