side奈津 蓮本の訳がない
◇◇◇◇◇
「……嘘」
アタシは目の前の光景に頭が真っ白になる。だって、蓮本が背広を着た大人に連れられながらパトカーに乗り込むから。そこまでの経緯をどこか遠くを見るような気持ちで眺めていただけに、尚の事信じられない。蓮本が強盗なんて……。
『こ、これ……。返しそびれてました。ちゃんと洗ったので』
あの時の言葉が蘇ってアタシは胸ポケットに入っていた大切な物を取り出し眺める。
「やっぱりアイツがあんな事をする訳がない」
アタシは胸ポケットから取り出した無地のピンクのハンカチを握りしめながら口にする。確かに蓮本は変わってしまったのかもしれない。ううん、変わった。昔に比べて笑わなくなったし口数も減った。だけど完全に冷たい人間って訳じゃない。
冷たい人間ならそもそもアタシが渡したハンカチをわざわざ洗って返したりなんかしない。蓮本が帰ってきたら、アタシだけは何があったとしても味方でいよう。心にそう固く決意する。
「でもだとすると、誰がやったの?」
そもそも鞄の中に刃物や札束が入ってるって誰が気付いたの? 中身を見る瞬間なんて限られるのに。そんな事を考えていると
「奈津〜」
「なっつ〜ん」
いつもの明るい香那と聖羅の声が聞こえた。声のする方へ目を向けると楽しそうな表情でこちらへ2人とも歩み寄ってくる。なんでそんなに楽しそうなの?
「いやそれにしても」
「あのハッスーがね〜」
2人がわざとらしい態度で周りに聞こえる大きな声で言う。あぁそういう事。容疑者として連れて行かれた蓮本を今の内にこっ酷く言ってアタシに遠回しにあんな奴と関わるなと、そう伝えたいんだ。しかも今いるのは廊下で、次の授業に向けて移動する他クラスの生徒もいる。はっきり言って質が悪い。後、ハッスーって何、ハッスーって?
「……蓮本の訳がない」
アタシが否定の言葉を告げると香那が目を剥く。
「なんでよっ。あのクソ陰キャが犯人じゃない証拠でもあるのっ!?」
「……それは」
アタシは香那の言葉に目を伏せる。こういう手合いはちゃんと納得するものがないと引き下がってくれない。だから精神論でこんな事を言っている今のアタシには分が悪い。
「あれ〜、なっつん。根拠もないのにハッスーは犯人じゃないって言ってるの〜?」
聖羅がアタシを詰るように言ってくる。聖羅は状況を見て誰に味方するかを決める。正直そのやり方にいつもアタシは表には出さないけど、ムカついている。しかもこの場面でこんな事言われるなんて
「ハッ。くだらねえ」
言い返す言葉を考えていたら高圧的な声が聞こえた。声のする方へ目を向けると
「……黎志」
この学校で狂犬と恐れられている鬼原黎志が面倒臭そうな顔でこちらを見ていた。後ろから息を呑む2人の声が聞こえる。
「なっなによっ。アンタもあのクソ陰キャを庇うのっ!?」
「アァ……何いってんだテメェ」
ヒステリックに喚き散らす香那を黎志がギロリと睨む。香那はその向けられた瞳を見て黙り込んでしまう。
「あのクソ陰キャがどうなろうと知った事じゃねえ。だけどアイツはそんな事が出来る珠じゃねえよ」
キッパリと否定の言葉を述べる黎志に香那と聖羅は口を開けたり閉めたりを繰り返す。言って何か不興を買うのが怖いから何も言えないんだ。
「い、いくわよ聖羅っ」
「あ、ちょっと〜」
分が悪いと察して香那はこの場から去る。その後を聖羅も追っていく。
「ふぅ」
良かった。今の場面、時間が1時間にも2時間にも感じるくらい長く感じた。お陰で少し疲れちゃったな。
「ったく。何やってんだよ、姉貴」
黎志のアタシを呼ぶ声に驚き周囲を見回す。良かった……誰もいない。
「コラ黎志っ。学校でその呼び方は止めてって言ってるでしょっ」
アタシはそう言って血の繋がった実の双子の弟、鬼原黎志を睨む。
「あ、悪い」
黎志はバツの悪そうな表情を作ると素直に謝ってくる。黎志とは血の繋がった二卵性の双子でアタシの弟に当たる。アタシ達が6歳の時に離婚してアタシはパパに黎志はママに引き取られた。そこからは学校も別々だったんだけど、この鷹明高校で偶然再会した。
「こっちこそ……ありがとう」
黎志が居なかったらアタシは完璧言い負かされていたと思う。そういう意味では黎志があのタイミングで現れてくれた事に感謝しかない。
「助けんのは当たり前だろ? 戸籍上は違うとはいえ、俺達は血の繋がった姉弟なんだからよ」
そう言って黎志は軽くアタシに手を振って去っていく。今度何かお返ししてあげなきゃな。
「……よし」
取り敢えず、聞き込みをしよう。まず情報が無い事には何も出来ないもんね。アタシはそう決めると廊下に高々と足音を響かせていた。




