side奈津 アタシにとって大切な物になっちゃったな
◇◇◇◇◇
「……ふふっ」
朝の教室の中アタシは自席で1人短く笑う。蓮本に告白してもう1週間、アタシから積極的に話し掛けても蓮本は無視するばかりだった。だけど今日、アタシがめげずに蓮本の肩を掴んだら振り向いてくれた。
アタシは振り向いて事に凄く嬉しいと感じた。彼の目は髪で隠されていて感情は相変わらず読み取れなかったけど。それでもアタシを見てくれた事にアタシは満足感を得た。しかもそれで終わるどころか
『……あ』
蓮本がそう短く口にしたかと思うと次の瞬間担いでいた鞄をおろすと中に手を入れてガサゴソと何かを探している。アタシはその光景を眺める。急にどうしたんだろう?
『……それ』
だけど取り出された物を見てアタシは胸がドクンっと高鳴るのを感じた。彼が手にしているのは無地のピンクのハンカチ。
5日前、土砂降りの雨に打たれた蓮本の頭を拭く為に使ったハンカチ。あの日、家に着いてハンカチを蓮本に渡したままだった事に気付いたけど、蓮本から返すような事はしないだろうなって思った。実際次の日会ったら、その事に触れるどころかアタシから話し掛けても全無視だったんだけど。
『こ、これ……。返しそびれてました。ちゃんと洗ったので』
そう言いながら蓮本がアタシにハンカチを差し出してくる。アタシはそれをしっかりと受け取ると、そのハンカチを愛しく感じて抱き締めるように胸に押し付ける。それほど、蓮本がこのハンカチを返してくれた事が嬉しかったんだ。
アタシは蓮本が返してくれたハンカチを自席で広げて見る。刺繍や模様が一切ない、ピンクのハンカチ。女の子としては少し簡素な物だけど、アタシに柄物が似合うとは到底思えない。だからせめて色だけは女の子らしいのをと思ってこのハンカチ使ってたけど、もう捨てられないな。アタシにとって大切な物になっちゃったな。
アタシは視線をハンカチから後ろの座席にいる蓮本へと向ける。窓側の席にいる彼は無言で次の授業の教科書に目を通していた。蓮本はいつもそうだ。クラスが一緒になってから誰にも話し掛けずに授業と授業の合間の休み時間は教科書ばかり見ている。
ああする事で蓮本は他人と距離を取ってるんだ。実際彼は必要最低限自分から話し掛けたりはしない。1年前から彼の事を知って事ある毎に見ていたけど、暇さえあればずっと教科書を眺めていた。学校で久々に見た時の彼は昔とはかなり変わっていて、最初本当にアタシの知ってる人かと疑った。それほど変わり果てていた。
その時はクラスも一緒じゃなかったから、アタシは気に留めないようにしようと思った。今更関わっても過去の事は無かった事になんか出来ない。それに蓮本の態度を見て思った。誰にも心を開かない。そう感じさせる程に彼の表情は冷めきっていた。そんな彼を見て心がズキリッと音を立てる。鋭利な刃物で引き裂かれてしまったみたい。
もうそこから話す機会なんか2度と来ない。そう思っていた。だけど、2年生からクラスが一緒になって、あの罰ゲームで思ったんだ。もうこれを逃したら話せない。蓮本がアタシのせいで変わったっていうなら、元に戻してあげたい。優しかった頃のゴンに。
出来る事ならあの頃に戻って欲しい。誰にでも分け隔てなく接するアタシにとって――ヒーローだった頃の彼に。
そこまで考えると教室の扉が開かれる。そこから出てきた担任である金田が神妙な顔をしながら入ってきた。60をとうに超えた年配の男性教師で、白髪交じりの頭髪、所々が禿げている。禿げた事によって広くみえる凸に薄っすらと汗を溜めながら重苦しい雰囲気を醸し出しながら口を開く。
「実は昨日、家の近くのコンビニで強盗事件がありました」
その言葉に教室の中の空気が一気に変わった。




