影響力がどれくらいか理解してほしい
あれから6日。久川さんに告白されてから1週間が経つ。ピンクのハンカチを渡された翌日からは大変だった。朝から久川さんとの関係を複数の人間に問い質され、クラスの男子達からは嫉妬の眼差しを教室にいる間ずっと向けられている。
「はぁ」
俺は溜め息を吐く。今言った事くらいならまだいい。俺が嫌なのは……。
「見よろ。久川が積極的にアピールしてるっていう例の奴だぜ」
「あんな冴えなくて暗そうなのを久川さんが? 信じられない」
俺にわざと聞こえる大きな声でそれもわざわざ通り過ぎざまに悪口を言われる。俺はその声が聞こえた場所から暫く歩いて振り返る。あの言葉を口にしたであろう男2人組がゲラゲラと笑っていた。そう……こんな事が5日続いていた。
まぁこんなふうに悪口を言われる事については今回が初めてじゃない。小学中学共に言われ続けてきた。だから今更そんな事を言われても俺は何も感じない。そんなふうに思えるくらいには俺は壊れているから。
だけど、そんな俺でも耐えられないことが最近出来た。今みたいに悪口、陰口を叩かれるのは耐えられる。精神的な痛みが来ようと我慢すればいい話だから。暴力を振るわれても耐えられる。それも骨を折られようと皮膚を焼かれようと何をされようと我慢すればいいのだから……でも
「おはよう蓮本っ」
俺の日常をここまで壊している原因である久川奈津の元気のいい声が背後から聞こえる。
そう。肉体的精神的なダメージは耐えられる。でもこんな状況にした張本人の人間が連日俺を構ってくる。こんな事は初めてだ。大抵の人間は俺の事を2、3日バカにしたら飽きて離れていくのに。どうして彼女は離れてくれないのだろうか? 僕はいつものように彼女の挨拶の言葉に返事も立ち止まる事もなく歩く。
「おい。またアイツ久川を無視してやがるぞ」
「チッ。声を掛けられるだけでも羨ましいのに……なんてやろうだっ」
近くからそのような内容の悪口が聞こえた。ふん、勝手に言っていればいいさ。こっちは群れるのが嫌いなんだ。人に構ってるくらいなら自分の事を優先する。俺はそんな事を思いながら歩く。だが、肩に柔らかな感触が伝わる。俺は立ち止まり後ろを向く。
「やっと……こっち見てくれた」
後ろでは振り向いた俺をニッコリと微笑む久川さん。俺の肩には久川さんの小さな手が置かれている。なんでそんな顔をして笑っていられるんだよ……。いつもは誰に対しても興味のない態度ばかり取っていたじゃないかっ。
「……あ」
僕はそこである1つの事を思い出し担いでいる鞄をおろし、そこからある物を取り出す。
「……それ」
久川さんが目を丸くしながら上擦った声を上げる。俺が手にしているのは5日前、土砂降りの雨の日に濡れた俺の頭を拭く為に使用されたピンクの無地のハンカチ。
「こ、これ……。返しそびれてました。ちゃんと洗ったので」
俺はおずおずといった調子でそのハンカチを差し出す。久川さんはそのハンカチを大事そうに受け取ると胸に抱き締めるように押し付けると嬉しそうに目を細める。深くにもその姿にドキッとしてしまう。いやいやこんな事でときめいてどうする。俺と彼女はそんな間柄でもなんでもない……ただの他人だろうが。
「蓮本……ありがとう」
告白された時になんで俺なのかと尋ねた時に答えた表情と同じ様に微笑みながら久川さんは俺に御礼の言葉を伝えてくる。多分、彼女は無自覚で僕に毎日こうやって構ってくるんだろう。それがどれだけ、俺に迷惑を掛けてるか考えずに。本当、前にも思ったけど自分の行動が周りに与える影響力がどれくらいか理解してほしい。
俺はそんな事を思いながら歩く。でもなんでだろう? 彼女の笑顔を見るといつも周りに感じている嘘っぽさを感じない。寧ろどこか懐かしさすら感じる。でもだからといって俺が彼女を信用するかというとそれは違う。
――もう誰も信じない。
そう、俺は決めたんだ。人を信じるだけバカを見る。だから俺は人を信用しない。関わらない。そうすれば、俺が傷付く事はないのだから。俺はそんな事を思いながらいつも必死に横で話しかけてくる久川さんの言葉を無視して教室の扉を開けた。




