スミっこ魔女と魔力ゼロの弟子 ~綺麗で完璧な師匠と結婚したいので、魔法学園を物理的に駆け上がろうと思います~
むかーし昔。
おとぎ話になってしまうような遠い過去。
世界は平和で、ちょっぴり慌ただしかった。
たくさんの種族が国をつくり、街をつくり、それぞれの文明を築き上げていた。
共存の道を歩んでいたと思う。
だけど、人の心というのは制御できなくて、どうしようもなくすれ違うと、争いを引き起こしてしまう。
きっかけは、二つの種族の行き違いだった。
友好関係を築いていた種族の子供が、甘酸っぱい恋に落ちてしまったんだ。
それはとても素晴らしくて、ロマンチックな恋だったはず。
でも、互いに同じ種族の許嫁がいて、他種族と結婚するなどありえないと、大人たちは二人を認めなかった。
そんな二人が選んだ道は、駆け落ちだった。
どこか遠いところまで逃げて、逃げて逃げて、幸せを掴むつもりだったのだろう。
しかしそんな淡い希望は、大嵐という大自然の気まぐれによって消えてしまう。
二人の亡骸を見つけた者たちが騒ぎ立てた。
お前たちが殺したのだと、ありもしない理由をつけて責め合った。
やがて事は大きくなり、種族同士の戦争にまで発展した。
小さな火種が、少しだけ大きな火に変わった。
そうして、世界は少しずつ崩れ始めた。
今まで溜まってきた苛立ちや不安を爆発させるように、世界中のあちこちで争いが起こった。
互いの尊厳を守るため、新たな領地を得るため。
様々な理由で争いは激化していった。
その渦中に、魔女と呼ばれる一族もいたんだ。
あらゆる種族の中で最も魔力に愛され、優れた魔法使いの才能を秘めた者たち。
人間でありながら、千を超える寿命を持ち、様々な文明の発展に貢献してきた立役者でもあった。
故に、多くの者たちが魔女を恐れた。
いずれ自らに牙を向くかもしれないと、彼女たちを迫害した。
共に歩んできた仲間であろうと、友好的だったにも関わらず、争いの渦に巻き込まれて魔女たちは命を落としていく。
そうして、歴史の闇に呑み込まれていった魔女たちは、数百年たった今でも、世界のどこかでひっそりと暮らしている。
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グレローラの森の奥。
大きな街や村から離れ、森の中はモンスターも生息している。
こんな場所へは誰も訪れない。
でも、緑豊かな景色の中に、ぽつりと一件の家がある。
その家には……魔女が住んでいた。
「さてと! 今日は良い天気だし薬草でも採りに行こうかしら」
ここが私の暮らす場所で、大陸の最南端にある大きな森。
私以外の誰も、こんな場所で暮らす人はいない。
この紫がかった白い髪と桃色の瞳は、この森の景色には似合わないだろう。
そんな中、私は四百年あまりをこの小さな家で過ごしている。
そう、四百年。
私は普通の人間ではない。
誰よりも魔力に愛された一族の生き残り……魔女ユリアだ。
薬草の採取に出かけた私は、いつものように森をウロウロしている。
危険なモンスターも多いけど、最近は襲われない。
何度も返り討ちにしていると、向こうも私が強いと気づいたらしくて、二度と襲って来なくなった。
モンスターにとって私は、とても恐ろしくて強い敵なのだろう。
魔女の中では中の下でも、彼らと比べれば王様と平民くらいの差はあるから。
「あれ?」
何だろう?
通り過ぎていったウルフが、何かを口にくわえていた。
明らかに人の手で作られたカバンのようなものだ。
ここに人が来ることはないから、気になって近づいてみることに。
すると――
「おぎゃー」
「え、この声……赤ちゃん?」
ウルフが加えていたのは肌色のカバン。
その中には、元気に泣く人間の赤ちゃんが入っていた。
どうしてこんな場所に?
とかいろいろ疑問は浮かんだけど、明らかにウルフはその赤ちゃんを食べようとしていた。
「ダメよ!」
そう思ったら、咄嗟に身体が動いていた。
見ず知らずの、それも人間の赤ちゃんだというのに、私は気付けば助けていたんだ。
ウルフを追い払い、赤ちゃんを拾い上げる。
男の子のようで、私が抱きかかえると、じーっとこちらを見てくる。
「ど、どうしよう……」
助けたは良いけど、この後どうするべきか悩んだ。
どこの誰の子供かもわからないし、私は魔女だから、人里で目立つことも避けたい。
かといってまた捨てるのも……
ニコッと赤ちゃんが笑う。
その笑顔にキュンとさせられて、もう結論は出ていた。
「よし! 育てよう!」
無邪気な笑顔には勝てない。
私はこの子を、大人になるまで育てることに決めた。
子育てなんてしたことはない私だけど、たくさんの本を読んでいて、知識だけは豊富に持っていた。
それらをフル活用しながら頑張って育てる。
「そうね。名前は……シオン!」
子供につけた名前は、偶々読んでハマっていた小説の主人公の名前にした。
本人が名付け理由を知ったなら、怒られてしまうかもしてないけど、人の名前を決めるなんてしたこともないし、仕方がないと自分で言い訳をしている。
時は流れ、シオンは三歳になった。
言葉も話せるようになって、自分の脚で歩くことも出来る。
子供の成長の速さに感心させられながら、一つ悩み事が出てきた。
それは……
「お母さん!」
「ぅ……何かしら?」
お母さんと呼ばれるむず痒さだ。
私は君の本当の親じゃないとか、そもそも人間じゃないよとか。
いろんな理由は浮かぶけど、一番は恥ずかしいから。
「ぼくもまほうちゅかいになりたい!」
「魔法使いに?」
「うん! お母さんみたいになりたいの」
キラキラと目を輝かせてそう言ったシオンに、私の胸がきゅんきゅんする。
なんて可愛いのかしら。
子供ってこんなにも愛らしい生き物だったのね。
「いいわよ。じゃあシオンは今日から私の弟子ね」
「でし?」
「そうよ。私のことは師匠と呼んでもいいのよ」
「ししょー?」
好きだった小説の影響で、弟子を持つことに多少の憧れを持っていた私は、その気持ちも混ぜ込んで、シオンに魔法を教えることにした。
でも、すぐに違和感に気付かされる。
シオンには魔力がなかった。
少ないとかじゃなくて、一切なかった。
拾った時は単に赤ちゃんだからだと思ったけど、三歳を超えても魔力をまったく感じないのは不自然だ。
その理由は彼の持つスキルの影響みたいだけど、これでは魔法使いにはなれない。
「ししょー! ぼくもはやくまほうが使いたい」
「そ、そうね。でもまずは身体をしっかり鍛えましょう」
無邪気なこの子にそんな真実は重すぎる。
私は真実をはぐらかしながら、彼を少しずつ魔法から遠ざけようとした。
それでも彼は直向きに努力して、適当に言った身体を鍛えようのセリフを信じ、毎日毎日頑張っていた。
さらに時は流れ。
シオンが十歳になる。
「師匠! イノシシを狩ってきました」
「え? 一人で行ってきたの?」
「はい。薬草採取の途中で見かけました。家の近くにいたので」
「そ、そう……」
シオンはみるみる成長していた。
依然として魔力はない。
しかし、身体が大きくなるにつれ、身体能力は爆発的に向上していた。
今では大きな岩も一人で持ち上げられるし、イノシシも素手で倒せるほど。
「凄いわね、シオンは」
「そんなことありません。これも全て師匠のお陰ですから」
「私は何もしてないわよ。あなたが頑張ったからよ」
「いえまだまだです。いつかもっと強くなって、師匠に相応しい男になってみせますから!」
この時くらいからだったと思う。
シオンが私に育ての親としてではなく、一人の女性として好意を抱き始めたのは。
最初は私もビックリしたけど、子供のことだから一時的だと思っていた。
どうしたら結婚してくれるか?
なんて聞かれた時は、一人でドラゴンを倒せるようになったら。
とか答えたりもして、あまり本気にはしていなかった。
でも……
「師匠! 大蛇がいたので狩ってきました」
「そ、そう? 大きいわね」
シオンは年を重ねるごとに成長していった。
十メートルを超える大蛇を軽くあしらったり、森の端から端までを毎日往復したり。
さらには森の中に隠されていた破壊兵器を、知らない間に壊していたりとか。
「そんなに頑張らなくてもいいのよ?」
「いえいえ! この程度は序の口です。師匠のような最高に美しい女性と結婚するために、俺はまだ強くならなくてはいけませんから」
もう十分に強くなってるわ……
口調も大人びてきて、紳士的な振る舞いも覚えだした。
肉体の成長の影響から、十三歳の頃には私より背が伸びていて。
十五になる今では、背伸びしないと頭に手が届かない高身長になっていた。
加えて誰もが見惚れるくらいのイケメンになって……
毎日のように浴びせられる愛の言葉に、正直私は気が気じゃなかったわ。
そして――
「う……嘘でしょ」
シオンがドラゴンを倒して帰ってきた。
「師匠、お待たせしました」
「ほ、ホントに倒してきたの?」
「はい! さすがに手こずりましたが、思いっきり殴ったら倒せましたよ」
い、いやいやいや!
ドラゴンを殴りで倒すなんて聞いたことないわよ?
「これでようやく師匠にプロポーズできます」
「ちょ、ちょっと待って!」
「師匠?」
ど、どうしよう。
ノリで言ったようなことだったのに、この年になるまで本気で頑張るなんて。
まさかと思っていたけど、本当に倒してくるなんて。
いろいろ予想外過ぎて頭がおいついてないわ。
プロポーズ?
今からされるの?
赤ちゃんから育てたシオンに愛の告白を……こ、心の準備とかそういう問題じゃないわね。
何とかして誤魔化そう。
私の頭の中はパニック状態で、それしか考えていなかった。
そうだわ!
「まだ駄目よ!」
「えっ……」
「私と結婚したいなら、ドラゴンを倒した程度じゃ足りないわ。そうね? この世で一番の魔法使いになるくらいじゃないと」
「……」
これで諦めてくれるかしら?
シオンは良い子だし、とても優しくて格好良い。
でも、私は魔女でこの子は人間の男の子だから。
他の女の子を見つけて結婚したほうが幸せになれるわ。
それにシオンも、自分に魔力がないことはもう知っている。
魔法使いにはなれないと――
「わかりました! 俺頑張ります!」
「え?」
「師匠と結婚するためなら、魔法使いの頂点にだってなってみせますよ!」
え、えぇ……