87.喧嘩両成敗ですが、なにか?
「喧嘩両成敗」
リビングは板間のフローリングに正座させられている私達、姉妹。
しどー君がメガネを光らせ、私達を見下ろしている姿は怖いと、同時にちょっとカッコイイ。
どうしてこんなことになったかと言うと、
「友達が大切なのも判る。
面倒を観ている小さい子の肩を持つのも判る」
そう、私達二人の推しのぶつけあいになり、マジメガネが切れた。
「全く……傍観者になるのもいいし、それを助けるのも良いが、それを他の人に押し付けてはダメだ。
いいな?」
「「はい……」」
姉妹二人でそう頭を下げる。
「どっちを選んでも角が立つし、嫌だしな」
正論過ぎる。
事の起こりはこうだ。
「姉ぇ、マリさんが小学生に粉をかけてるんだけど!
止めてあげてよ!」
そんな発言から始まった夕食前。
妹は帰ってくるなり、そんな言葉を私にぶつけてきた。
「……んー。
燦ちゃん、日野弟君振ったんじゃないの?
盗られるの嫌なの?
強欲?」
っと、探る様に言う。
妹もしどー君のモノになった訳で、当然、日野弟はフリーだ。
「聞いてる限りでは、誠一君が日野弟君が持ってた燦ちゃんへの気持ちを暴露したという、鬼畜な行いの上でね?
ね、しどー君?」
「僕はあそこで拗らせるよりはいいかと思ったがな」
「まぁ、その考えは否定しない。
しどー君自身が燦ちゃんをモノにしたいという考えだった訳なのも理解している。
でも、お説教はしないけど、一言いい?」
っと、私はソファーに座っているしどー君に詰め寄る。
そして首元に両手を添えるように動かし、
「刺されても知らないよ?
人間、自分の大切なモノを汚されたり、他人に強制されたりすると、何をしでかすか判らないわよ?
しどー君も私や燦ちゃん、他の人にとられそうになったら、相手を容赦なく叩きふすでしょ?
言い回し一つで危険を回避出来るかもしれないから、そこは考えなよー?」
「……判った」
「よろし」
少し考える素振りを見せ、納得してくれる素直なしどー君である。
私はそんな彼の頬を軽く撫でると、立ち上がり、料理の配膳に戻る。
「さて、話を戻すと、燦ちゃん。
あの子をキープしときたかったの?
それは無いわよね?
完膚なきまでに叩き潰しているんだから」
「……小学生相手に性行為をしそうな相手を近づける訳にはいかないという、真っ当な考えです」
確かに、と納得してしまいそうになる。
実際、危ない。
とはいえ、燦ちゃんが何かを隠している素振りを見せている。
うーん、何だろう。
「燦ちゃん。
隠していることを言ってみ?」
「……はぁ……姉ぇには隠せないか……」
「そりゃ、何年姉妹やってると思うのよ?
で、何?」
燦ちゃんが少し戸惑いを見せて、意を決したように私を観てくる。
「ある女の子、姉ぇも海であったことのある女の子が、弟君の事好きなの。
それで、弟君がマリさんと会うことに非常に警戒しているの」
「……あの子か」
っと舌足らずの子が浮かぶ。
確かに言動的には、弟君に好意がある素振りをしていた。
「ノノちゃんて言うんだけど、その子の為にも、マリさんに自重して欲しいの」
「……うーん。
無理かな」
私は考えを巡らせて、結論を出し続ける。
「正直に言うと、マリは日野弟君に運命感じちゃってるのよね?
一目惚れってヤツ。
その気持ちに関しては止められないし、私にも止める権利は無い。
友達としては応援したい気持ちが強い。
だから、燦ちゃんが言う女の子の為とかを優先することは出来ないわよ」
あえて言えば、
「燦ちゃんだって、気持ちを抑えられなかったから、しどー君の、いや、誠一君の彼女に成れている訳で?
それを考えて貰えば分かるけど、マリに気持ちを抑えろという言葉は、少なくとも燦ちゃんからは筋が通らないわよ」
強い口調で言ってやる。
私からしどー君を半分奪った燦ちゃんだ。
こればかりは弱みになる。
「……それは、そうだけど……」
「そうだけど?」
詰め寄る。
「姉ぇ、マリさんがイヤらしいことしないと言える?」
ムリだなー☆
っと、言いそうになってしまう自分を抑える。
既にしているとも言えない。
「……多分」
「せめて、その点だけ確約させてあげて!
性的に言い寄って、自分を選ばせようとするのは小学生相手に行うのはどうかと思うから」
「燦ちゃん、ブーメラン刺さってることに気付いてる?」
「私が異常だったのは……判ってる。
逆に私は、性行為を覗いた後のタイミングで痴漢に壊されていて……その怖さも判ってるから」
開き直った妹である。
とはいえ、説得力のある言葉だ。
実際、私の妹は壊されてしまったし、未だに壊れた部分がある。
とはいえだ、
「燦ちゃん。
性行為自体も武器なのは判ってるわよね?
あんたがそうしたみたいに」
「……判ってる」
「だから、私はマリに性行為をするなとは強制しない。
それとなくヤバいと茶化したり、仄めかしたりするだけだからね?
イイ?」
これが譲歩のラインだろう。
「判った……ありがとう、姉ぇ」
「よろし」
私は早速、携帯でラインを弄る。
「で、逆に私から言っておくけど。
マリちん、マジに恋してるから、生半可な……子供の淡い恋心なら勝てないわよ?」
「……そんなことない……」
強い口調をあえて意識し、言ってやると言い淀む妹。
「だって、あんなにも、熱い思いを抱いているんだから。
誠一さんも観ましたよね?
弟君を追いかけようとして、恋のチャンスを伺っていて……!」
「まぁ、それは観た」
「あそこでノノちゃんが転ばなければ、話が拗れることは無かったのかもしれない。
私はそれを嘘や軽いモノだと感じたくない」
と言われてもね?
実際、
「私は観てないからあれだけど……。
燦ちゃんに振られるのを待っていたのよね?
それはどうなの?」
「……どうなのと言われても」
「そんな気持ちで、本当に恋なのかなって?
ふと、思ったの。
確かに傷心の男の子に付け込むのは良い手よ?
でもね、自分が傷つきたくないだけのようにも見えてね?」
悪い私が出ているのに気づいた時には遅かった。
普段なら「そうなの」と妹からの説明で、納得していたはずなのに重箱の隅をつつく様な事を言っている。
つまり、
「姉ぇ、それ私に喧嘩売ってるよね?
理解した上で、私がそう感じたことに対して、疑いの眼差しを向けてる」
こういうふうに理解されても仕方ない発言だ。
「ごめん、燦ちゃん。
私はあんたに疑いの目を向けてるわけじゃないし、少女の気持ちを否定するつもりもない」
「……うー!」
燦ちゃんが犬のように唸ってくる。
どうしたものか。
「誠一さん、説明してあげて下さいよ!
この疑心暗鬼の姉ぇに!」
っと、しどー君の右腕に抱き着く妹。
何というか、その仕草にイラっと来た。
「しどー君。
私は理解したから、燦ちゃんを宥めてあげて?」
っと、左から抱き着いてしまった。
そして、困り果てたしどー君は、一旦、私達二人を正座させた。
「初音、気が立ってるのは判る。
結果は明日出るから、少し落ち着こう」
「はい……ごめんなさい」
「燦、初音も理解はしてる。
それは燦も判るだろう?」
「はい、ちょっと私もその感情的になってしまいました……」
そんな様子で頭を項垂れる二人を観て、しどー君が嘆息する。
つまり冒頭に戻る訳だ。
「というか、最初から聞いてて思っていたことがある。
喧嘩するなとは言わないけど、他人の為に二人が喧嘩してどうすんだ……。
せめて、相手を貶めるのではなく、自分の推しをあげるようにしてくれ。
不毛だ」
「「ごもっともです……」」
「これはオタク友達からも聞いた話だが、相手を傷つける行為は結局、自分の推しに帰ってくる。つまり、自分の行為が……」
っと、しどー君の説教が延々と続くことになってしまった。
なお、反省会はベッドの上まで続いた。





