81.動物園だけど、どうしよう。
「可愛いなあ……」
そんな台詞を吐く誠一さんに私は嫉妬を覚えていた。
なんせ、私に向けられた言葉じゃないからだ。
目線の先、彼の手元を見れば囓歯類が気持ち良さそうに触られている。
「燦もどうだ?」
「え、あ、はい」
渡される。
チョロチョロと戸惑いを見せるが、すぐ安心したように触らせてくれる。
暖かな毛並みが気持ちいい。
テンジクネズミ、つまりネズミな訳だが侮れない可愛さがある。
クルリとした眼が特に愛らしい。
黄色い電気ネズミや、夢のネズミやらの、ネズミキャラを思い出す。
ぐ、絆される……!
さて、ここは京都市動物園、そのふれあい広場にいる。
先ほどのお店から徒歩十分と非常に近い。
「どうだ、燦?」
「何と言うか、自分の卑しさが嫌になります……こんな可愛い子に嫉妬とか……は?!」
突然聞かれたので、正直に応えてしまった。
「ほら、なでなで」
「はふっ……」
他にも人は居るわけだか、知るかと誠一さんが私の頭を撫でてくれる。
遊んでいる子供達の親御さん達から微笑ましいと目線を向けてくる。
「ちなみにこのネズミ、治験によく使うモルモットに近い品種なんだ」
「……人間て残酷ですね……」
「彼らのお陰で人類はよりよくなっているからな、感謝しないと」
医者志望らしい言葉だ。
「誠一さんは医者になりたいんですよね?」
広場から離れ、話ながら歩く。
「かしこまってどうした?」
「いえ、何と言うかですね。
私は成りたいものが無くてですね……。
誠一さんと同じ道! っというのも何か違いますし、お嫁さん! っというのも違いますし」
そもそもお嫁さんになれるかは不明だ。
普通の道から外れてるし。
「ふむ……」
誠一さんが、手を顎に当てる。
「姉ぇなんかも、医者になるって真剣に勉強取り組んでますしね……」
最近、姉ぇは家事のスキマ時間には、例えば単語帳を読み込んでいたりする。
本人曰く、英語は基本的な単語力が足りないからだそうだ。
「先ずは何にでもなれる状態にしとくのもありだろう、まだ高一だ。
確かに目標を決めるのは早い方がそれに向けて出来るが、とはいえ無理に決めるモノではないと思う。
燦の成績ならな」
誉められている気がして嬉しくなる。
「なにかきっかけがあれば決まるさ。
先ずは高校一年のうちに色々試してみるといい」
「そうですね、余り悩みすぎるのも私らしくないですし」
フンスと両手でガッツポーズを取ると誠一さんが、「そのいきだ」と微笑んでくれる。
「実は成績つながりで、一つ話そうと思ってたことがある。
実はうちの学校には編入学システムがあるんだ」
「へ?」
寝耳に水だ。
驚き、目を丸くしてしまう。
「条件は成績、試験、今の学校からの推薦状と寄付額の多いOB二名からの推薦状。
かなりハードルが高い」
「推薦状ですか……」
心当たりがない。
「あんな事件や虐め未遂があった後だ、燦の学校に推薦状書かせるのは簡単だろう。
そしてOBの一人は鳳凰寺さんがしてくれると言ってくれた」
「いつの間に話を……」
「現状を話していたら、編入学なんてあるぞと彼から振ってくれたんだ」
ありがたい話である。
そして、よくそこまで話を誠一さんがもっていけたモノだと驚く。
「えっと、もう一枚は……」
「僕の親父かなあ……」
誠一さんが、ちょっと言葉を濁す。
珍しい。
「ただ、二股の件を宣言したばかりで、言いづらい……」
「あぁ……」
うん、この人、ちゃんと親にも言ったのだろう事は知ってた。
私以上にマジメだし。
「すみません……」
「いや、僕が決めたことだ。
礼を言われるのは良いが、謝罪は違う」
自己責任が高い誠一さんだ。
気負い過ぎな気もするが、そういう所が彼の魅力でもある。
「あるいはもう一人、宛がないわけではない、何とかする。
もしかしたら、親父に会う必要も出てくるが
、考えておいてくれ」
「ありがとございます。
とはいえ、プレッシャーですね」
小市民な私だ。
「ご両親に挨拶とか……しかも、妾みたいな立場ですし」
「確かにそうだな……」
苦笑を浮かべると、誠一さんも釣られるように苦い顔をしてくれる。お互いに普通の関係では無いので、
「仕方ないですね」
「仕方ないな」
と言い合う。
こういうことは起きるだろうと覚悟しての関係だ。
「真面目な話は一旦、やめよう。
考えすぎてもダメだしな」
「そうですね。
私なんかも考えすぎたり、気負いすぎて失敗することが多いですし。
高校受験とか」
「確かに」
自虐ネタをすると誠一さんが笑ってくれる。
「そういえば、自虐ネタは京都にある程度馴れている人じゃないと引かれることがあるな……」
「そーなんですか?
福知山ですら『□●ソンないよ、ここは農村』とか、PRで言ってますけど」
「一応、京都だからなあそこ。
府内の意味で」
「根が深いですしね。
京都の範囲」
色々あるのである京都の住人のプライドとか、意識とか。
「確かに京都の端の方に住んでいると言いまわしとかも、自虐ネタだな。
ふたを開けると市内のど真ん中で、県外からみたら理解できないとかな」
「あー」
それを言った本人は悪気は丸でないのだが、他県から見たら嫌みに見える。
何と言うか、ままならないものである。
「京都人あるあるもやめません?
腹黒く聞こえてデートという感じでもないですし、動物園にいますし」
「確かに。
燦は動物園はあまりこないかんじか?
さっき見た象やペンギンでもはしゃいでいたし」
「遠足以来ですね……。
あ、ハリネズミ!
可愛いなあ……指が四本なんだ、へー」
そんな様子に彼が笑みを向けてくれる。
「燦、結構可愛いモノ好きだよな」
「そうですね。
風紀委員な自分のイメージからは想像されにくいですし、意外と驚かれますね。
……ダメですか?」
「いんや、良いと思う。
デートの甲斐がある」
誠一さんが満足そうにしてくれるので、嬉しくなる。
「僕自身も小学生以来だが、なんだかんだ楽しんでるしな。
知識欲が刺激される」
そんな彼も説明を読み、そしてマジマジとハリネズミを観察している。
「小学生……誠一さんはどんな子だったんですか?」
「日野のいう通りで、融通が聞かないメガネだったわけだ。
規則、規則とやってたな」
「私も最近までそうでしたね。
皆が規則を守れば、誰にとっても幸せだと。
実は違ったわけですが」
結局、私が虐め未遂の対象になったのも押し付けるばかりの過去が原因の一つだ。
「確かに。
何でそのルールがあるのか裏側や理由をしらないと、意味もないことで縛って不安や不満に繋がる。
食事マナーも、マナーを知らない、守らない人を取り締まるのが本来の目的ではないからな……」
「朝御飯……今日や鳳凰寺さん家の件で言ってますよね、それ。
意地悪です!」
「ああ、言ってる」
誠一さんが、イタズラっこぽく笑みを浮かべる。
こういう所は京都人らしいやり口だ。
「これで勘弁してくれ」
と、頭を撫でてくれるので顔が緩んでしまう。私はハリネズミにはなれないのだ。
誤魔化されている気もしたが、逆に私の頭を撫でるために意地悪した可能性もあるので、何ともであった。





