31.最低女な妹だけど、どうしようかな?
「……」
処刑台にあがる顔というのはこういうことを言うのだろう。
姉ぇは私の顔を伺うようにビクビクしている。
圧倒的優越感だ。
だから、遠慮せずに私は笑顔で隣の誠一さんにしがみつくと姉ぇの顔が、嫉妬を抑えようとする複雑なモノになる。
睨みたいのか、視線がチラチラ向いてくるのも心地よい。
「えへへー」
こんな私が自身に居るとは初めての感覚だ。
ここは誠一さんの家。
私に抱き着かれた家の主人も私に戸惑いを見せてきている。
「初音さん、ちょっと」
「私の事、姉ぇと共謀して騙してたんですよね……」
嘘泣き顔で、訴えかける。
ぐぬっと、声を詰まらせる誠一さんは私を甘受してくれる。
「誠一さん、好きです」
何度目だろう、好意を示すのは。
私が彼の一番の本命成りえないのは判っている。
けれども、私は抑えきれないのだ。
この気持ちは、姉ぇに対しての罪悪感を抱いた今も変わらなかった。
否、誠一さんが私のことを思って色々してくれた事実に嬉しくなり、益々、好きだという気持ちが出てきた。
だから、私は罪悪感を捨てた。
開き直ったのだ。
自身は最悪だと思う。最低だとも思う。
横恋慕なのも判っている。
しかし、私がやることは変わらない。
姉ぇの言っていた通り、攻めるしかないのだ。
とはいえ、
「姉ぇのことを蔑ろにしたい訳ではないんです。
話を聞く限り、姉ぇは私の事を思ってしてくれた。
確かに、初恋が姉ぇの彼氏だと知ったら、自暴自棄になっていたと思いますし」
ストレートに知ったら嫉妬に焼かれて、何をしでかしたかは自分でも想像が付かない。
姉ぇを殺して奪うまではいかないとも判らない。
確かに私の星めぐりが悪かっただけではある。
もしかしたら、どうにもならない気持ちに任せ、自虐的な行動に……そう、姉ぇが昔行っていた男遊びに踏み入れていたかもしれない。
姉ぇのように生きていれば初恋は実ったのにと、ありえない妄想に浸ってだ。
だから、姉ぇの判断は正しかったのだ。
「姉ぇ、ありがと」
罪悪感を捨てた私は冷静に姉ぇへの感謝の念が沸いてきた。
「……!」
礼を受けた、姉ぇの顔が私に向き、呆気にとられてくれる。
「誠一さんもありがとうございます」
抱き着いたまま、胸を押し付け礼を述べる。
誠一さんも戸惑いを隠せず、呆気にとられる。
予想通りだ。
だから、
「でも誠一さんには、私を騙した責任だけは取って欲しいんです。
ちゃんと振らなかった罰です」
私のズルい女の部分が言葉を紡いでいく。
これが本当の私だと、解放された気分だ。
いや、これも私なのだ。
今まで抑えつけていたハシタナイ私。
「誠一さん、二番目で良いので彼女にしてください」
相手に責任を錯覚させ、譲歩に見せかけた交渉術で都合のいい女であることを提示する。
そもそも誠一さんには前提として、受け入れる必然性はないのだ。しかし、この話法は前提を誤魔化している。
これぐらいはしないと攻め切れない。
「妹、それは……!」
「ふーん、姉ぇは私にとられるの怖いんだ?
あんだけ余裕を見せてたのに。
そもそも私で女を教えるために、抱いても良いよって言ってたんだよね?
何か違いがある?」
「ぐぬっ……」
「だったら、姉ぇ、別に良いんじゃないの?
二番目に私が居ても。
自分で言ったであろう想定の状況と全く変わらないよ?
よもや自分の事、誇り高いようにビッチ使ってる姉ぇは言ってること変えないよね?」
黙る姉ぇ。
姉ぇの扱い方は誰よりも知っている。
二言は無いのだ。
それを上手く利用させて貰う。
「……仕方ないわね。
しどー君、任すわよ。
この件に関しては私の落ち度もあったし、妹の意見は筋が通ってる」
嘆息一つする姉ぇのその言葉は認める意思だ。
生まれて初めて口論で勝ったことにしてやったりと思う。
後は、誠一さんだ。
「姉ぇの許可も貰いました、誠一さん。
だから、私も彼女です」
ここは相手に考えさせるところではない。
押し切る言葉で締めていく。
「でもな、俺は初音が好きであって、不義理はしたくないんだ」
「しどー君……」
明確にスッパリ切られる。
それを受けて、姉ぇは感動だと、声を震わせている。
イライラしてくる。
嫉妬だ。
とはいえ、その感情すら私を心地よく昂らせてくれる。
「もし、断られるのなら……それはそれでいいです。
ただ、自分が何をしでかすか、怖いんです」
罪悪感を煽る脅迫を含ませ、
「誠一さん、私を助けて下さい。
愛を下さい」
相手の正義感に訴えかける。
誠一さんの話は姉ぇから聞いているし、私自身も把握している。
「……」
誠一さんがうつむき、沈黙する。
自分の主義主張だけで、論理感で、救える一人を地獄に叩き落とせるのかと、交渉材料に出したのだ。
自分の選択で、一人の少女の人生を地獄に叩き落とすのではと。
実際、堕ちると思うから嘘ではない。
「初音さん」
答えが決まったらしい。
誠一さんの顔がこちらに向き、真剣なまなざしが私を貫く。
トクンっと、心臓が跳ねる。
楽しい。
「やっぱり今のままで付き合うのは無理だ。
最初から振るつもりでいたから。
そんな現状で付き合うなんて言っても、嘘にしかならない。
それは僕も君も初音も傷つける」
眼から熱い雫が零れた。
次に心が軋む。
動悸が激しくなり、現実の理解を拒む。
――失恋したんだ。
落ち着いてくると、そう頭が理解してくる。
嫌だ。
いやだいやだいやだ。
姉ぇだけ、なんで、幸せになるの……。
私は何で、不幸せなままなの?
我儘な私が沸いてくる。
どうしたらいいの、どうしたら私はこの引き裂かれる思いから立ち直れるの?
「初音さん」
不意に私の名前が呼ばれた。
彼の方を向きたくない。
これ以上、傷つきたくない。
好きな人に悪い感情を抱きたくない。
「……!」
その可能性を否定するために、その感情に気付きたくないから、今、私は悪い女になったというのに。
だから、私は立ち上がろうとし、
「聞いてくれ」
その手を掴まれた。
力強い彼のそれに私は逃げることが出来なくなる。
無理やり引きちぎろうとするが、男女性差がある。
「あ」
逆に私が床に引き倒されてしまう。
私の上にのしかかる誠一さんは、迷いを断ち切った笑顔で、
「君とちゃんと向き合いたい。
振る前提ではなく、君の好意に答えるか答えないかで、改めて君を観る。
その上で、振る振らないを決めたいと思う。
彼女にするかは付き合いたいと思えたらでいいかい?
ただ、絶対、初音を優先する。
これだけは覚えておいてくれ」
それは私以上に最低の言葉だった。
でも、気遣いと彼の真剣さが伝わってくるそれは私にとっては十分な言葉で、私の心をくすぐってくる。
(真面目すぎる人だよね……でも、私はそんなあなたに恋してる)
当然、
「はい……♪」
笑顔で返すしかなかった。
どうしたって私は誠一さんのことが大好きで、恋していて、女でありたいのだ。だから、どんな回答にも拒否権なんかなかったのだから。
 





