9話
トールが一通り話し終わったあと、さらにしばらく待って、使い走りの小僧が戻ってきた。連れてきた神官は、昨日見たばかりの顔である。
「あれ?マードブレ行きの客ってあんたたちだったんすね」
「きみは……ギヌー教会の、ええと、エン、エン……」
「エンドレキサ、だろ」
「エンドレキサっす」
トールとエンドレキサ本人が同時に言う。トールはまだ、背を曲げてうつむいているが、どうやら顔が見せにくい状態になっているだけで、気分はだいぶ回復しているらしい。
「昨日の今日で転移の魔法まで使ってマードブレなんて、何か身入りのいい依頼でも受けたんすか?」
「身入りがいいと言えばいい……んだよなあ」
前金と同額を本当に報酬として貰えるなら、なかなかの稼ぎではあるのだ。どうにも罠くさいのと、依頼主がヤバすぎるだけで。
「あ!まさか、武器の月賦踏み倒して逃げようって魂胆すか!絶対許さないっすよ、我らギヌー教会は地の果てまで追っかけますんで」
言うことがほとんどならず者だが、大丈夫なのかこの教会。
「そんなことはしねえよ。訳あって急いでるだけだ。転移の費用も前金から出すからなおさらな」
エンドレキサは渋々の顔だが一応納得したようで、俺たちを役場の奥へ案内した。
転移門を開く際に無関係なものを巻き込まないために、たいていは閉じられた部屋か、反対に広く場所を取れるところで行われる。ニルレイの役場では、裏庭にあたる壁に囲まれた場所が通常使われていた。俺も過去に何度か来ている。
「そういえばエンドレキサ、きみの格好はどうしたんだ?」
彼女は、服装こそ変わらないが、教会の拠点で見た時よりも被り物が短く簡素なものになっていてる。袖口は手甲の中に仕舞われ、ずるずるした長衣は腰の革帯で少し裾上げしてあり、足元は革の長靴だ。これで雑嚢でも背負えば完璧な旅装だろう。
「マードブレ行きの転移って、滅多に頼まれないんす。今回は大体一年ぶりっすかね。そんで、あっちにも実は我らギヌー教会の拠点があって、どうせ門を開くなら様子を見てくるようにと」
「なんだ、じゃあ一緒に飛ぶのか」
「そのつもりっす。ちなみにどのくらい滞在するのかはあっちの拠点に行ってみて次第なんで、帰りは自力でどうぞっす。もしかするとこの街へ直通で門を開ける使い手がいないかもしれないんで、その場合は徒歩か、都経由で戻るしかないっすね」
まあもともと、転移の魔法とはそういったものだ。
都までなら結構あちこちから繋がっているので、経由地が多くなって費用がかさむのに目をつぶれば、大陸のどこへでも、その気になれば他国にも行くことはできる。ただ一般の人族はそんなことをする財力も用事もないだけで。
「そもそも依頼の要件がマードブレで終わるとは限らないからそれはいいんだ。ところで、きみは当然マードブレに行ったことがあるんだよな?」
転移の魔法は、使い手が行ったことのある場所にしか飛ぶことができない。
「そりゃもちろん。ちなみに故郷っす」
「あ、そうなの?じゃあ、向こうの周辺の地理にも詳しかったりするか?」
現地で情報を集めようにも、情報屋も仲介屋も当てがないので、エンドレキサが詳しいなら好都合だ。
「もともとはマードブレの拠点で教会に入って、そこでしばらく活動してたんで、それなりには」
「いいね。とりあえず飛んでからでいいから、色々教えてほしい」
この場所をいつまでもふさいでるわけにはいかないだろうし。
「メシを奢るくらいの礼はするから」
「仕方ないっすね……」
奢りの一言で、エンドレキサは満更でも無さそうな顔になった。
「で、ミラロー遺構に行くとか?」
奢りの飯が屋台と聞いてやや不満そうだったエンドレキサだが、食べ終わる頃には機嫌が治っていた。当たりの屋台でよかった。
俺たちは羊の臓物と香草の煮込みを食べ終え、街角の日陰にいた。
「ああ。ここから確か二日くらいの場所だったと思ったが」
「そうっすね。でも正直何もないはずっすけど、あそこ」
「だよなあ。あーほんと嫌な予感しかしねえ……」
マードブレの街は、以前依頼で来た以来なので、十年ぶりくらいだ。鉱山に張り付くように発展した街で、周辺は岩だらけの渓谷が続く。
しかしミラロー遺構については、そういう場所があると聞いている、程度なので、あまりにも情報が足りない。
「道中に危険は?」
「あっちの方は本当に何もないから、人族由来の脅威は考えなくていいっすね。集落も水場もないんで飲み水は多めに持った方が。怪物はどうかな……岩喰鮎が出るくらい?」
そんな頻繁に遭遇するもんじゃないはず、というが、実際出たら相当面倒くさい相手だ。
「エルフの遺構といっても、魔法が通らないと廃墟でしかないすからね。むしろ中が怪物の巣窟になってるってのはあり得ます」
もしそうなら、俺とトールの二人じゃ手に負えないので、逃げ帰ってくるしかないだろう。
「他に何か、知ってることはあるか?」
「うーん、人族には何の意味もないし、街から遠いし、近づく者もないはずなんすけど。でも一応あの場所で何かあったら、多分、この街のギヌー教会に訴えがあると思うんすよ」
ん?それはもしかして。
「我がギヌー教会の開祖ギヌーはエルフっすから」
「え、そうなの?」
俺はなるほど、と思ったが、トールは意外そうな反応をした。まあ初めて遭遇したエルフがヴーレのような奴だったら当然ではある。
「エルフの起した教会はいくつかありますけど、開祖がまだ飽きてないのはうちくらいっすよ。今もちゃんと各拠点の様子を見に来てくれるし」
「へえ。てことはそうか、疑神教会なんだな、きみらは」
「疑神?」
「ははーん、さては『灰色頭巾』は授業を真面目に聞いてなかったクチっすね」
それ、こいつの二つ名として定着させるの?
「本人はダセエって言ってたぞそれ」
「冗談っしょ。この絶妙に古い感じが今は流行ってるんすよ、これがわかんないとか田舎からでてきたばっかなんすか?」
おい、田舎者って言われてるぞ。
「そのあだ名みたいなので呼ぶんじゃねー。あと田舎者じゃねえから」
「まあ、かなり遠方の出なのは間違いないが、ものを知らないのは訳ありなんだ。軽くでいいから話してやってくれ」
話がそれまくっているが、もう仕方ない。
「んじゃざっくり。そもそも現在のエルフの公式見解は、この世に神は存在しない、ってもんなんすね。これは、エルフ自身が昔々の大昔に、それこそイヤになる程議論して出した結論らしいんすけど。でそのあと、エルフはどっかの森にいたお猿を元に、我々人族を作り出したんすが……」
「は?!」
トールが驚愕したような声を出す。
「え、そこからすか?」
「あー……それは俺からあとで話してやる。とりあえず続けて」
トールのいた別の世界って、そういう部分も違うわけか。確かにエルフがいないなら、当然人族は別の成り立ちをしてるってことになる。
「……作られてからそこそこ年月が経って、人族が独自の社会を形成しだすと、やっぱり日々の暮らしがしんどすぎたりして、自然発生的に宗教のたぐいはできるもんで。そんで中には、エルフを人族の創造者とは認めたくないって考えの教団もあったりして」
この辺の話は、子供の頃に学校やら教会やらで教えられる。
「そういうのが行き着く先が、エルフに喧嘩売って国ごと滅亡とか、街一つ消滅とか。でもエルフの側としては、本来人族とは良き隣人でいたい。なにしろ自分たちが作り出した種族すから、子供も同然てわけで」
そこはちょっと、エルフ贔屓すぎる見方のようにも思える。俺の感覚だと、いいとこ自分ちで飼ってる牛馬くらいじゃないか。
「結局エルフ全体としては喧嘩売られたら滅ぼすって姿勢でありつつ、個人単位では、もっと穏やかなやり方で、人族に軋轢を起こさせない方法が模索されたっす。そのうちのひとつが、疑神教会なんす」
やっと話がそこに行き着くわけだ。
「神がいるかどうかはともかく、少なくとも人族に限っては、作ったのはエルフである。あるかわからぬものに祈るな、行動せよ。己の内側にある信念こそが尊いものである。それを神と呼ぶなら、神はいる。ギヌー教会の教えは大体こういう感じなんす」
ギヌー教会の神官たちがやたら実際的な理由がわかってきた。悲しいかな世の中最終的にものを言うのは金と力なのである。そもそもそういう教義なわけだ。
「辺境では教会が学校兼ねますけど、宗派は色々ってことすね。複数あって熾烈な競争が行われてる地域もあるし。ただ、人族の起した宗教はほとんど、神がいる前提でそれを信仰するものっす。我々疑神教会とは敵対しますね、大抵は」
「なんか色々と衝撃な部分もあったけど、話はわかった。腰折って悪かったな、続けてくれ」
トールはそう言いながら頭巾の下で目元を擦っている。人族の成り立ちすら違うってのは、やっぱり衝撃大きいよなあ。エンドレキサの手前、今は無理だが、あとで説明してやらないと。