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6話

 モルドリッケについて、中庭に面した回廊を奥に向かう。十人ばかりの神官や神官見習いが訓練をしている様子がよく見える。ある者は練習用の棍棒を振り、ある者は模擬戦を行っている。

 突き当たりで母屋側に折れる通路に進み、その先の鍵のかかった部屋に案内された。中は暗く、奥に進んだそばかすの神官がこれも錠前で内から施錠されている鎧戸を開く。

「おおお……」

 ここへ来てから例の「すげーやべー」を我慢していたらしいトールが、ため息を漏らした。

「ここにある武器や防具は、全て当教会の神官が作っております。鍛治工房はもっと街の門に近い場所にありますが」

 さほど広い部屋ではないが、作り付けの棚には、整然と棍棒や鎚鉾などの刃のない武器や、鎖帷子が収められている。

「アレドには、大盾と打撃武器をすすめられたんだ。誰か詳しい人に見繕ってもらっても?」

「わたくしがいたしましょう。エンドレキサ、あなたは大盾を出して」

「はい、モルドリッケ様」

 モルドリッケが棚の間を歩き回っていくつか武器を選び取り、全員で中庭の隅に移動する。

「子供かと思いましたが、体は出来上がっているようですね」

 外套を肩に跳ね上げたトールを色々な角度から観察したモルドリッケが感心したように言う。

 褒められたトールはまんざらでもない様子で、渡された武器を手に取って試し始めた。

「モルドリッケさんは、武器を使える人なのか?」

 俺の隣に来て大人しく立っていたエンドレキサに尋ねてみる。

「見た目に騙されない方がいいっすよ。うちの教会でも指折りの実力者なんで、あの人。若い頃は都の教会本部で棒術の師範を務めてたらしいんですけど、今の教会幹部は全員、モルドリッケ様にぶちのめされたことがあるって噂っす」

 この教会は暴力に支配されているのか?

「へえー!すげーんだな、ばーちゃん」

「ば……口の悪い子供ですね。お望みなら、あなたの頭でこの鎚鉾の威力を試しても良いのですよ」

「ごめんなさい」

 

 初めて使う武器ということで、球形の頭部のついた金属製の鎚鉾と、木と革の大盾という一般的なものが選ばれた。

 そのまま中庭で軽く振り方を教わったのち、モルドリッケの執務室に場所を移す。

「さてでは、お支払いについてですが」

「はじめに言った通り、金があまりない」

 機先を制するため、食い気味で断言した。

 ただでさえ愛想のないモルドリッケの顔があからさまに渋い表情になるが、めげずに交渉に入る。

「不足分は月賦でどうだろうか?」

「ダメです。冒険者の方はすぐにとんずらこいたり死んだりなさいますから」

 一番有望な案がいきなり却下された。

 悲しいかな、彼女の言葉は真実なので、言い返すこともできない。

「一応、何か次の依頼を終わらせれば、支払いの目処が立つんだが」

「その依頼で、生きて報酬を貰ってこれるのか、保証がございませんと。または、何か担保にするものをお持ちですか」

「担保……」

 考えるまでもなく、何もない。

 トールは身一つでこの世界にやってきたばかりだし、俺も財産らしい財産は持っていない。強いて言えば、剣や身に付けているものなどだが、そもそも次の依頼をこなすのに必要だ。

「ジャス、オレの武器はなしで、しばらくどうにかならないかな?」

「やれんこともないが……」

 現場に連れて行くなら盾くらいは欲しいのが正直なところだ。

 やはりトールを街に置いて、俺が単独で一つこなしてくるしかないかも知れない。

「発言をお許しいただけますか、モルドリッケ様」

 今回は諦めようと言いかけたところで、エンドレキサが声を上げた。

「許します」

「ありがとうございます。彼は、『凶運』のジャスレイといいまして、良し悪しはともかく、二つ名がつく程度には長く冒険者をやっている方です」

 悪しを()()()()()()いいのかは俺にもわからんが、十五で冒険者になってから二十年と少し、一応ここまでやれてきている。

「この『凶運』とは、一団にも仲間にも、組む相手に全く恵まれず、常に本人か仲間に何かしら災いが起きたことを差すものです」

 俺のことやけに詳しいね?

「そして、その『凶運』が、担保を差し出してまで装備を買おうとしてるのが、アリマトール」

 話の終着点がぜんぜん見えないが、今の俺とトールは人から見るとそうなるのか。

「もし今後、無事に依頼をこなして長続きした場合、ついに『凶運』の名を返上したとされて、この街での彼らの評判は高まるでしょう」

 確かに、街でも村でも、人はとにかく娯楽に飢えている。噂に毛の生えたような話でも、吟遊詩人の手にかかれば、あっという間に大袈裟な美談や悲劇に仕立てられて、巷間に流布するのだ。

 今のところ、俺への世間の評価は微妙な線だ。「そんなわけで今回も『凶運』は災いを被ったのである!」みたいなオチがつくのが期待されているフシすらある。

「二人の活躍は歌に唄われ、最後はこう締め括られるのです。『凶運』を打ち砕いたのは彼の相棒、『灰色頭巾』アリマトールの手にするギヌー教会謹製の鎚鉾であった……そして捌き切れないほどの注文が入り、武器は飛ぶように売れ、唸るほどの金に埋もれて身動きすら取れぬ毎日」

 そんなうまくいくかな?!

「『灰色頭巾』……」

 ダサくね?とトール。

「いささかご都合主義のきらいはありますが……つまり、彼らがこれから名を上げると期待して、我が教会の商う武器の宣伝をさせるということですね?」

「そうっす」

 意外にも、モルドリッケは思案する様子を見せた。

「我が教会が、この街の鍛治職人組合に加入して、かれこれ十年になります」

 なるほど、武器を自前で作っているときいて、組合との関係がどうなっているのか疑問だったのだが、教会として加入していたわけだ。

「ニルレイ拠点をあげて質の向上に努め、ここ数年は組合加入の職人に引けを取らないものが作れるようになりましたが、思うように売れなかったのは事実です」

「ここらでテコ入れをしなければ、この拠点の活動収支がまずいことについて、そろそろ本部で問題視されるんじゃないかと」

 この言葉が、どうやらダメ押しになったようだ。

「わかりました、月賦での支払いを認めましょう。ただし、これからあなた方は、その武器を使い続ける限り、宣伝をしてもらいます」

「月賦が終わるまでじゃなく?」

「使い続ける限り」

 なにげに重たいな!

「こうしましょう。依頼の報告をする際と、酒場で武勇伝を吹聴する際には、必ず武器のすばらしさを語る場面を設けなさい」

 武勇伝の吹聴なんて習慣は俺にはない。冒険者をどんなものだと思ってるんだろう。

「あー……とりあえず、あんたらの武器が有用だと機会があるたび喧伝する。それでお願いできるか?」

「いいでしょう。では契約書の作成を」

 ここでも契約書だ。最近はどこに行っても出てきやがる。


「おお、いたいた!ジャスレイの旦那!」

「ビンド?」

 ギヌー教会を出て、依頼を確認するため酒場に向かっていたところに、ビンドが現れた。

「探したぜ!いつの間にか二人連れになってるんだから、探しにくいったら」

 悪かったな、普段人が寄り付かなくて。

「しばらくこいつと組む。アリマトールだ」

「よろしく。あんたが仲介屋のビンド?」

「ご丁寧にどうも、坊ちゃん。ジャスレイの旦那と別れた時にはぜひご利用を」

「で、用件は何だ?」

「ああ、そうだった。実は旦那に会いたいというお方がいる。なんでもえらい急ぎの用事だとか」

「俺に?ツケならこれから払いに行くつもりだったぞ」

「多分借金取りではないと思うよ。用件までは知らねえが、とにかく、急いで来てくれないか」

 やけに急かすな。よく見ると、ビンドのいつも完璧に整えられている髭は汗で不自然な位置に張り付き、妙にそわそわしている。

 さすがに罠とは考えたくない。脅されているのか……

「ビンド、信用していいんだな?」

「少なくとも、会わない方が絶対にまずい。俺も旦那もだ」

「……仕方ない、行くよ。トール、おまえは」

「もちろんついてく」

 ギヌー教会にでも戻って待たせてもらえ、と言おうとしたのだが、先を越された。

「行った先であんたが死んだら、俺詰むんだからな。違う?」

 そんなことにはならない、とは断言できなかった。

「……わかった。ビンド、案内してくれ」


 目立たない場所にある路地の奥の扉を越え、込み入った裏道をかなり歩いてから、古びた建物の地下に入る。

 通された部屋は大きな卓と椅子を備えた応接間だ。外観の印象とは違って小綺麗に整えられていて、表の様子は偽装なのだとわかる。

「ええと、ここでいいはずなんだが」

 ビンドの様子はもはや狼狽と言っていい。仲介屋として修羅場も見ている男が、こんなに怯える相手とは誰だ。

「ここにおるぞ、人族」

 全身に鳥肌がたった。

 誰もいないと思っていた正面の椅子にいつの間にか誰か座っていて、それは立ち上がると、天井に頭が届くほど背が高い。


 エルフだ。

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