36話
トールの休む宣言を受けて、俺たちは数日ダラダラ過ごすことにした。
それでもヴァンネーネンとバンフレッフは昼の間は屋敷の中を見てまわると言ってそれぞれ散っていき、食卓には俺とトールが残された。
一緒に戻ってきていた力鎧がまた茶を出してくれたので、この後どうするかは、飲んでから決めてもいいだろう。なにしろ美味い。せっかくいれてくれたものを飲まない手はない。
「なんかあの二人がいなくなるとスゲー静かな気がする」
「そうか?」
トールはそんな風に言うが、ここ数日の四人での旅の間、皆の雰囲気に一番気を遣っているのも、ちょっとした雑談の中心になるのもトール本人だ。とはいえ俺も慣れない大人数の行動で、気疲れしていた部分はあるのだろう。なんだか気が抜けてしまっていた。
「で、おまえは何かやりたいことあるのか?」
「オレ?とりあえず二日くらいは寝て過ごしたい……んでそのあとは、普通に字の練習したり魔法の練習したりかなあ。あと、バンフレッフさんて鎚鉾の振り方とか知ってると思う?」
「どうだろうな……聞いてみたらいい」
顔を合わせてからの普段のバンフレッフの獲物は剣だ。おそらく騎士を名乗る以上、馬上槍試合くらいは嗜んでいるだろうから加えて槍、補助武器として鎚鉾あたりはよく見る組み合わせなので、基本は当然心得ていると思う。少なくとも俺よりはまともに扱えるはずだ。
「それと、ちょっと前から考えてたけど、ネネちゃんから魔法習いたいと思ってさ」
「どれをだ?」
ヴァンネーネンがこれまでに使って見せてくれた魔法はいくつかある。そのうちのどれなのか、なんとなく予想しつつも俺は尋ねた。
「まず隠蔽の魔法はあったらスゲー便利だと思う。これは絶対はずせない。他は隠蔽がうまく覚えられたらだけど、優先順位としては走力の魔法かな。跳躍ってのは見たことないけど、どんなのかジャスは知ってる?」
「一応、他の冒険者が使っているのを見たことはある。基本は名前のまんま、跳躍力を上げるわけだが……使い方としては、木の上に一瞬で登れたり、城壁の上に登ったり、どっちかといえば隠密向けの魔法になるな」
木から木、屋根から屋根へ飛び移るみたいなことをしていた奴もいるので、隠蔽と組み合わせれば、尾行にも使えるって感じになるのか。
「なるほど。ネネちゃんとも相談しようとは思ってるんだけどさ、オレとしては、ジャスのやれることを補助するっていうか、補う?みたいな方向を目指そうと思ってるんだよね」
二人でカブるのはもったいないしさー、と続けるトールになんと言うべきか、俺は少しためらった。
「いや……あのなトール。おまえがそう言ってくれるのはありがたいよ。でも、本当にいいのか?その……言っちゃ何だが、俺は冒険者としちゃ、やや邪道な部類に入るし、金はねえし、おまけに大人数の一団に今後発展する見込みだってほとんどない」
自分の立ち位置を客観視するのは大事だ。アレドレキが伸びる可能性があると認めた若い奴を、俺に合わせて育てるなんてのは、ひどくもったいないことに思える。
「そのな、おまえが故郷に帰ることに、今のところさほど積極的じゃねえのはなんとなくわかるんだが……ただ、そうしたくなった時に、もっと有力な縁故のある冒険者はいくらでもいるんだ」
都でも名の知れた冒険者になれば、それこそ平民としては破格の待遇を受けられるし、入手できる情報だって全く違ったものになる。
しかし、集団の中で力を発揮しようとする場合、俺のような器用貧乏は基本不利だ。大人数の一団であるほど、何かに特化している方が採用担当からも好まれる傾向にある。例えばアレドレキのように治癒の魔法を極めているとか、ヴァンネーネンのように密偵向けの魔法を揃えるとかだ。
「一言で言っちまうと、俺に合わせて覚える魔法を選ぶってのは、潰しがきかなくなるってことだ。他のところでやっていこうと思った時に困るんじゃねえかって」
そこまで言ったところでトールを見ると、奴は呆れたように大きなため息をついた。
「あのさあジャス。オレ最初の頃に、あんたについてくって言っただろ?多分さ、楽しようと思ったら、アレドについて教会に入る手もあったと思うよ。あんときは知らなかったけど、アレドは多分、自分とこの教会ならギヌーさんに連絡とったり助けてもらったりできるかもしれないの、わかってて誘ってくれたんだろうし」
今思えば、ギヌー教会については全くその通りだった。結局色々遠回りした結果、今はこうしてシバラのところで厄介になっている状態だが、ミゴーがもしバーラに俺の存在を教えなければ、エルフとここまで関わることもなく、かなり違った展開になっていたのは間違いない。
「ジャスがぶっ倒れて寝てた二日の間、オレだって色々考えたよ。その上で、どうするか決めたの。仕方なくとかなりゆきとかじゃねーから」
トールは大いに心外、という風情で、口を尖らせている。
「そりゃジャスより金持ちとか、強いとか頼りになる冒険者はいるだろうけど。じゃあそういう人と知り合ったから、オレそっちについてくわー、みたいな薄情なヤツだと思われてたわけ?」
「あ、いや、そうじゃないけどよ……」
そんなわけはない。ただ、俺はトールを拾っておいて自分の事情に巻き込んだ自覚がある。トール自身の将来というか、今後を考えると、俺と一緒にいるのが最善ではないというだけなのだ。
実際、トールのような特殊な事情がないにしても、一人の冒険者がさまざまな一団を渡り歩くのは、別に珍しいことではない。
それこそ、実力をつけてそれに見合った高名な一団に採用されるとか、勧誘を受けるとか、俺は経験ないがよく聞く話だ。逆に年齢が上がって体がついてゆかなくなった結果、地域密着の小規模な一団に移って相談役としてのんびりやるとか、そんなのもある。
しどろもどろにそれらの事情を並べてみたものの、トールは納得する様子はない。
「まあいいや。ジャスがどう思ってても、オレは自分のやりたいようにするだけだからね。たださ……」
そこで少し口ごもり、トールは手の中の茶碗に視線を落とした。
「ジャスの言うように、オレがあんまり、元いたとこに帰りたくないってのは当たってる。どうしてそうなのか、ジャスには話しておいた方がいいんだよな、多分」
なんとなくそんな気がしていたし、ヴァンネーネンも匂わせていたことだが、本人の口からはっきりと帰りたくないと聞いたのは、これがはじめてだ。
「やだなー。身の上話とかサムい……でもしょうがねーから、ジャスには教える」
そんな風に、いかにも気の進まない様子で、トールは話し始めた。




