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14話

 亡くなったバーラの手には、ほんの浅くだが、刃物による切り傷があった。

「これがシバラの合意剣なのだな」

「そうらしい」

 ミゴーはとりあえず自らの里である『湖』に連絡を入れた。

 エルフの連絡手段である水盤は、水の満たされた器か、または鏡があれば使える。監獄の事務室にあたる場所に鏡が残されていたらしい。それで今はこの状況に対処できるエルフの到着を待っているというわけだ。

 現場をそのままにした方がいいとのことで、俺は起き上がった時の場所に座り込んでいるし、剣は抜身のまま傍らにある。

 俺がミゴーとトールを残して処刑場に向かってからかなり経って、監房に通っていた魔法は突然解除されたのだそうだ。おそらくは、管理者として施設に滞在していたバーラが死亡したためだ。

 二人は処刑場にやってきて、倒れている俺とバーラを発見した。

「『山』には連絡しないのか?」

 エルフの社会がどうなっているのか詳しくはないが、バーラの里に知らせなくてもいいのだろうか。

「いずれはする。だが、それも含めて、私よりも長く生きている者の判断が必要だ。私は若すぎる上に、この件については当事者なのでな」

「もしかして、このままここで何日も待たされたりする……?」

 俺の横で膝を抱えているトールが尋ねる。ミゴーとしばらく二人にしておいたせいか、エルフの特徴を分かりつつあるのかもしれない。

「いや、そなたらもいることだし、我らの中でも人族と付き合いが深く、行動の早い者に助けを求めた。そう長くはかかるまい」

「あら、そういう意図だったのね?」

 唐突に女性の声がして、次の瞬間には、石碑のそばにふたつの人影があった。

「おお!ギヌーよ、早かったな」

 ギヌー?聞いたことある名だな。

「偶然すぐ近くの街にいたのよ」

 そう言って肩を竦めたのは女性のエルフだ。身長はミゴーよりやや小さいくらいで(当然人族に比べればかなり大きい)、肌は白く、髪は緑がかった薄い青。垂れ気味の大きな眼は白に近い灰色だ。服装は地味な外套に、革の手甲や脚絆をつけた旅装だ。

 もう一人、ギヌーと一緒に現れた人物は、人族の子供のように見えた。

 ギヌーと並んでいるのを差し引いても、おそらく俺の胸くらいまでの背丈しかない。大きな外套の頭巾を深く被っていて顔は見えないが、裾からのぞくギヌーと似たような脚絆に包まれた脚の細さから、女性か少年だと思われる。外套の腰のあたりは不自然に広がっているので、なにか武器をそこに隠しているのだろう。

「『山』のバーラじゃないの。本当に死んでいるのね……」

「そうだ。聞いたことくらいはあるだろう、ミラロー監獄の処刑の剣の話を」

「監獄を放棄した時に、シバラが破壊したと聞いたわ。それが残っていたというの?」

 バーラの遺体を検分していたギヌーがこちらへ来る。

「これがシバラの合意剣……あなたが『凶運』ね?」

「はい。なぜそれを?」

「私たちはマードブレにいたの。教会の子から、ミラローに向かった冒険者がいると聞いてはいたのよ」

 聞き覚えがあるはずだ。ギヌーって、ギヌー教会のギヌーか。そして俺のことを話したのはもしかしなくてもエンドレキサだな。


 その後、ギヌーはひとまず全員で『湖』に移動することを提案した。

 バーラの亡骸も一緒に、ミゴーとギヌーの転移の魔法で、一瞬の移動だ。

 現場の保存とやらはいいのか、と尋ねるともう平気だと言われた。第三者でそれなりの年嵩であるギヌーが場の状況を確認し、あとでその記憶も魔法で取り出して見ることができるのだそうだ。


 俺はこれまで、人族に解放されたエルフの放棄施設に入ったことや、エルフの里を外から見たことはあった。

 しかし、内部に入るのはこれが初めてだ。

エルフの里『湖』はその名の通り、巨大な湖の水底にある。転移の魔法で着いたのは、青い湖水越しの光に輝く白い塔の群れを望む、大きな門の前だった。

「お、おおお……すげえ……」

 いつものトールの感嘆だが、今回ばかりは俺も同じ気持ちだった。

 見上げれば、はるか上空からゆらゆらと揺らめくように光がさしていて、おそらくそこにある魔法で作られた透明な何かが、湖水の侵入を押しとどめているのだ。

 立ち並ぶ白い塔の群れは壮観、壮麗。足元の石畳すら、鮮やかな配色で素晴らしい幾何学模様を描いていて、ずっと見ていられると思うほどだ。

 程なく、ギヌーが持っていた手鏡でどこかと会話し、俺たちは今度は塔のどれかに転移させられた。

 

「それでは、これより『山』のバーラが死に到るまでの状況の確認をいたします」

 ギヌーが告げると、静かな同意や承認の声が聞こえた。

 すり鉢状になった客席に囲まれた舞台に俺はいる。かつてエルフが放棄して人族に譲渡した大歌劇場とよく似た施設だ。

 客席の埋まり具合はガラ空きもいいところで、列席者は全員最前列だ。

 まあ確かに、これから行われるのは、数千年ぶりのエルフの死という大事件の真相解明であり、決して楽しい催しではない。

 舞台にいるのは、俺、進行役で証人のギヌー、ミゴー、そしてトールだ。

 客席には、この『湖』と、知らせを受けてやってきた『山』のエルフたち、合わせて十人ほどがいる。

 俺たちが『湖』に到着して、まだ半日も経っていない。

 これはエルフの基準ではとてつもなく物事が早く進行している状態で、ミゴーも驚いていた。

 バーラをはじめミゴーやギヌーも、人族と接するのに必要以上に時をかけないよう配慮する様子が見られた。しかし、重職を任されたり歳を重ねたりして、普段まったく里から出ず人族と接する機会のないエルフが集まっていて、こんなに迅速に進むのは普通有り得ないことらしい。

 それだけ、このバーラの死という事態が重く見られているわけだ。


 まずミゴーから、バーラの誘いを受け監獄に行き、閉じ込められた経緯が語られた。

 続いて、俺が『湖』のヴーレを名乗るエルフから依頼されて、ミゴーを発見するまでのくだり。

 ここでもやはり、ヴーレなどという名のエルフは存在していないと、列席のエルフたちの間でも確認された。

「そしてそのあと、処刑場でバーラと会ったのね。彼女との会話の内容も聞かせてちょうだい」

 ギヌーの求めに従い、覚えている限りのバーラとのやりとりを話す。

 近い身内なのだろうか、その話の途中で、エルフの一人は顔を覆って肩を震わせていた。バーラがもし本当に自死を望んでいたとしても、俺が迂闊でなければ、彼女はまだ生きてここにいたのかもしれない……

「あとはシバラの合意剣の擬似人格と話した内容だけれど……」

「それについては、私から」

 観客席のエルフが一人立ち上がった。

 一際背が高く、体格の立派な男性のエルフだ。肌は浅黒く、髪は燃えるような赤だ。

「私は『山』のムニン。ミラロー監獄の閉鎖に関わった者だ」

 バーラの次はムニンか。人族の間で伝説になっている存在がこうも立て続けに現れると、いい加減感覚が麻痺してくる。

「ムニン、あなたはシバラの合意剣を使ったことがあるの?」

「私はあの施設の最後の管理責任者だ。シバラの合意剣の使用登録者は別の者だった。だが、()()がどういうものかはある程度知っている。人族よ、剣を出すのだ」

 急に話をふられて焦るが、ムニンに向かって答える。

「それが……ここへくる前に鞘に戻そうとしたところ、消えたというか……見えなくなったのです」

 バーラは俺の手を切る前、石碑に触れて剣を取り出していた。

「もしかすると、監獄の石碑の中に戻ったのではないかと」

「バーラが死した以上、使用者登録は完了している。剣はそなたの中にあるのであろう。呼べば現れる」

 俺の中だと……?嫌なことを聞いてしまった。

「なんてこった……ええとどう言えばいいんだ、来い?」

 疑問形だったにも関わらず、掌の中に鞘ごと剣が現れた。き、気持ち悪っ。

「剣が全てを記録している。擬似人格を呼び出し、それを開示させるのだ」

「擬似人格、いるのか?」

「ご用件はなんでしょう?」

 例の女性の声ですぐさま返答があった。声は俺だけに聞こえているようで、周囲は皆、反応を待つような様子でこちらを見ている。

「ええと……この場の他のエルフも、皆で会話したいんだが、できるか?」

「可能です。私はシバラの合意剣を管理するための擬似人格です。皆様、はじめまして」

 どうやら聞こえるようになったようで、おお、これが……など、客席がわずかにざわめく。

「合意剣よ、前回の『処刑』の記録を開示するのだ」

「人族ジャスレイ、『山』のムニンの要請を承認しますか?」

「もちろんだ」

「ご覧ください」

 その言葉とともに、ただの白い壁だった舞台の背後に、あの処刑場の情景が映し出された。

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