第六章「得意科目は爆弾作り!?」
第六章「得意科目は爆弾作り!?」
美鈴、里沙、百合花、隆子、サトルの五人は、南校舎の四階にいた。まだ、三年一組と二組は、授業を行っていた。いや、正確には、三組以降も授業中なのだが、教員は来ておらず、自習となっていた。そのため、生徒は四分の一程度しか教室に残っていなかった。
都立古宿高校では、一組と二組に、成績優秀な生徒を集中させていた。教師達も、一組と二組に対しては、熱心に授業を行い、宿題も大量に出し、受験指導にも熱を入れていた。そのおかげで、一組と二組の生徒を中心に、毎年六〇名から七〇名ほどの生徒が、一般入試で、一流大学に合格していた。だから、いまだに古宿高校は、多くの一流大学の推薦枠を、維持することができていたのだった。
「李秀英は、一組や二組にいるのかしら?」
百合花が、ポツリとつぶやいた。
「推薦をもらう気なら、三組以降でしょ。一組や二組で、四を取るのは至難の業だからね。それに引き替え、三組以降なら、四を取るのは、そんなに難しくない。中間や期末の試験問題だって、レベルがだいぶ違うらしいからね」
サトルが、百合花には視線を向けずに、答えた。
「そうかしら。私は三組だけど、試験は難しいけど……」
百合花の言葉を無視して、サトルが言葉を続けた。
「三組以降の生徒の四分の一は、普段は学校に来ないけど、中間や期末の試験の時だけ来て、試験を受ける。三組以降は出席を取らないから、試験だけ受けてれば、進級もできるし、卒業もできる」
「アタシもそのパターンだったよ。中学の時にね」
美鈴が、口を挟んだ。
「なんで?」
百合花が尋ねた。
「だって、学校が荒れてたから」
肩をすくめながら、美鈴が答えた。
五人は、一組や二組の授業の邪魔をしないように注意しつつ、入念に下見をした。階段は南校舎の東の端にあり、非常口は西側にあった。非常口のドアを開け、隆子が身を潜める場所を、確認した。美鈴は、里沙や百合花に指示を出し、拳銃を持たずに、何度も戦闘のシュミレーションをした。二階の渡り廊下から、三階と四階の間にある階段の踊り場付近までを、何度も小走りに往復し、時計で時間を計った。
三〇分以上かけて下見をしたあと解散し、別行動をすることにした。
美鈴は、サトルの案内で、近くにある一〇〇円ショップに行き、隆子は薬局へ、里沙と百合花は、タクシーで防犯グッズの専門店へ向かった。
* * *
午後五時に、五人は、音楽室に集合した。美鈴は、各自が購入してきたものを、机の上に全部並べた。
「これで、何をするの?」
百合花が尋ねた。
「爆弾を作るんだよ」
美鈴が、平然と答えた。
「ば、爆弾?」
隆子が、ギョッとした表情で問い返した。
「そうだよ。敵が多すぎた場合、これらを使う」
美鈴は、一〇〇円ショップで購入したプラスチック製の化粧小瓶に、同じく一〇〇円ショップで買った花火をばらし、その導火線を半分くらいの長さまで入れた。続いて、その小瓶に、花火の火薬を注いだ。小瓶の口に、アルコールをひたしたちり紙を詰め込んで塞ぎ、さらにその上から、ビニールテープで、がっちりと塞いだ。それを、百合花達が買ってきた催涙スプレーの缶に、ビニールテープで巻き付けた。
じっと見ていた里沙が、口を開いた。
「なるほど、催涙ガス爆弾ね。だけど、これが爆発したら、私達まで涙とくしゃみが止まらなくなるわよ」
「だから、これを買ってきてもらった」
美鈴は、隆子が薬局で購入した、花粉症用のゴーグルと、鼻まですっぽりと覆うタイプの花粉症用マスクを指差した。
「このマスクを、水にひたしておけば、催涙ガスはかなり防げるはずだよ」
薬局で購入したアルコールの瓶の一つを手に取りながら、里沙が尋ねた。
「二瓶も買って、もう一瓶は何に使うの? 怪我をした時の消毒用?」
「いや、火炎瓶を作ろうかと思って」
「それはまずいわね」
「なんで?」
「火災報知器が鳴ると、この学校の場合、防火シャッターが自動的に閉まるわ。そうなると、私達は脱出できなくなる恐れもあるわ」
美鈴は、爆弾作りの手を休めた。
「それは、確かにまずいね。じゃあ、火炎瓶は取りやめにするよ。他に、何か重要なことは?」
里沙は腕組みをし、しばらく考えてから、口を開いた。
「警備員の巡回時間」
「それは重要だね。時間は分かるの?」
「分かるわ。たった二回だけよ。一回目は、午後七時から、一時間ほどかけて校内を見回って、生徒を全員追い出す。で、二回目は、午後九時半から見回って、今度は残業中の教師も含めて、全ての人を追い出す」
美鈴が、怪訝そうな顔をした。
「それじゃあ、家のない生徒は、どこで寝るの?」
「家のない生徒って?」
百合花が、不思議そうな顔で、尋ねた。
サトルが、顔をしかめて百合花に合図を送ったものの、彼女はその意味に気づかなかった。
しばらく気まずい沈黙が流れたあとで、隆子が口を開いた。
「クラブの部室に泊まる子がいるよ」
サトルが、思い出したように言葉を添えた。
「そうそう。クラブの部室は、生徒のプライバシーに関わる場所だから、警備員は室内をチェックすることができないんだよね」
「で、その部室はどこにあるの?」
「文化系クラブは、食堂ホールの二階」
サトルが言葉を切った瞬間に、百合花が口を挟んだ。
「生徒会室も、そこにあるのよ」
隆子も、口を挟んだ。
「体育会系クラブは、武道場の地下」
「武道場って?」
「プールの奥のほうに、地上三階建ての建物があるだろ。一階がマシントレーニング場で、二階が柔道場。そして三階が剣道場。マシントレーニング場の奥には、シャワールームもあるよ」
「それは助かるね」
美鈴の表情が、わずかではあるが、ほころんだ。
「じゃあ、七時以降は、どこかの部室で待機することにしよう」
その美鈴の言葉に、サトルが顔をしかめて口を開いた。
「あ〜。それは無理だよ。ボク達、どこのクラブにも所属してないから。部室の鍵は、部員しか持ってないし」
腕組みをしたままの里沙が、口を開いた。
「保健室の中には、警備員は入らないわ。ヘタに保健室に足を踏み入れて、死にかけた生徒の面倒を見る羽目になったら大変だからね」
「じゃあ、七時から一〇時半まで、保健室で待機することにしよう」
その美鈴の言葉を耳にした途端に、全員が表情を曇らせた。
十数秒間の沈黙のあと、隆子が、他の三人の気持ちまで代弁するかのように、答えた。
「それは、きついぜ。あんなところに、三時間半もなんて」
「じゃあ、他に良い場所がある?」
「いったん校外に出て、二回目の見回りが終わってから校内に入るとか」
その隆子の提案に対しては、里沙がすぐさま反論した。
「それはまずいわ。李大栄達が、ちょうどその頃やって来て、南校舎のチェックを開始するのよ」
百合花も、口を開いた。
「それに、午後八時を過ぎたら、学生カードで校門を開けることができなくなるのよ。出るのは可能だけど、入れない。一度私、生徒会室での仕事が遅くなって、八時過ぎに校門を出たんだけど、忘れ物に気づいて戻ろうとしたら、入れなかったわ」
「じゃあ、李グループは、どうやって校内に入るの?」
その美鈴の質問に、里沙が答えた。
「仲間が何名か校内にいて、中から開けるのよ。卓球部が、あいつらの巣窟になってるからね」
「なるほどね」
美鈴がそう答えたあと、しばらく沈黙が流れた。
「私のカードなら、九時すぎても、外から開けられるわよ。だから、警備員の二回目の巡回の前、九時頃に戻ってきて校内に入り、一時間半ほど、保健室で待機するのはどう?」
里沙のその提案に、隆子が渋々うなずいた。続いて、百合花とサトルも、浮かぬ顔をしながらも、同意した。
「じゃあ、これで決まりね」
里沙のその言葉に、美鈴もうなずいた。
「ところで……」
美鈴が、里沙に視線を向けて、尋ねた。
「銃撃戦が起きてから、警備員が現場に駆けつけるまでの時間は、どのくらいか分かる?」
「銃撃戦が終わってから、三〇分以上経ってからでしょうね」
その里沙の答えに、隆子が不思議そうな顔で尋ねた。
「なんでそんなに遅いんだ? 警備員室は、東校舎の四階だろ」
「決まってるでしょ。すぐに駆けつけたら、自分が危ないでしょ。だから、銃撃戦の犯人達が、全員逃走し終わる時間を見計らって、現場に向かうのよ」
里沙の解説に納得しつつも、隆子は、不満そうな顔で、つぶやいた。
「ひどい連中だな」
「仕方ないわよ。しょせん年収三〇〇万円の低賃金で、命かけろ、って言うほうが無理な話よ」
その里沙の言葉に、美鈴と百合花が同時に口を開いた。
「年収三〇〇万円……」
「……なら良い仕事だね」
「……なんてひどい仕事ね」
美鈴と百合花が、顔を見合わせた。
少しばかり慌てた様子で、サトルが美鈴に声をかけた。
「ところで、爆弾作りは、あとどのくらいかかりそう?」
「もう少し」
美鈴はそう言うと、今度は、自分のスポーツバックから、五〇〇ミリリットルの空のペットボトルを取り出した。その中には、パチンコ玉が半分ほど入っていた。パチンコ玉の大部分を、いったん外に出してから、花火の火薬とパチンコ玉を、交互に入れ始めた。
「それで、今度は何を作るんだ?」
隆子が、尋ねた。
その作業を目にした里沙は、すぐに気づいた様子で、口を開いた。
「分かった。手榴弾でしょ」
「その通り」
美鈴が、即答した。少しばかり、嬉しそうな口ぶりで。
「それ、いくつ作るの?」
「パチンコ玉がこれしかないから、今回は、これ一個だけ」
「大宮の三十六人殺しの時も、それを使ったの?」
その里沙の言葉を聞いた瞬間、美鈴の作業の手が止まった。
百合花が、里沙に尋ねた。
「なにそれ? 大宮って、京都の大宮?」
サトルが、口を挟んだ。
「そう言えば、埼玉県にも大宮って駅があったね」
作業を再び始めた美鈴は、手を動かしながら、答えた。
「噂には尾ひれがつく。実際には、八人よ」
里沙は、美鈴の様子を見て、それ以上何も質問をしなかった。
ペットボトルに花火の導火線を入れ、火薬をさらに少し詰めてから、アルコールを染み込ませたちり紙で、ペットボトル内の空いた空間を塞いだ。ペットボトルのふたにナイフの刃先で穴を開け、その穴から導火線の先を外に出し、ふたを閉めた。手製手榴弾が、完成した。
「それじゃあ、外に出ましょうか」
里沙のその言葉に、百合花が同意した。
「そうね。今日は早めにお夕飯を食べたほうが良いしね」
美鈴を除いて、全員が、椅子から立ち上がった。
しかし、美鈴は立たなかった。
「アタシは、いいよ」
「なんで?」
百合花の質問に、美鈴は素っ気なく答えた。
「アタシは、ちょっと寝たいから」
「お夕飯は?」
「買ってあるから」
そっけなく、美鈴が答えた。
「どんなの?」
屈託なく、百合花が尋ねた。
一瞬、美鈴の顔が曇った。だが、自分のスポーツバックの中から、黙って取り出した。ビニール袋に入った、潰れた食パンを。
その袋から、食パンを一枚だけ取り出した。
「サンドイッチを作るの?」
百合花のその声は、全くと言っていいほど、屈託がなかった。
慌てたサトルが顔をしかめて合図を送ったが、百合花の視界には、サトルは全く入っていなかった。
「まあ、そんなものかもね」
暗い声で答えた美鈴は、一〇〇円ショップで購入したビタミン剤を何粒か取り出し、それを食パンに挟むと、おもむろに、それをムシャムシャと食べ始めた。同じく、スポーツバックの中からペットボトルを取り出し、その中の水を飲み始めた。そのペットボトルは、紅茶の入れ物だった。
あっという間に、一枚の食パンを水で胃袋に流し込んだ美鈴は、口を開いた。
「終わったよ。アタシの夕飯は」
不思議そうな顔をして美鈴のその様子を見ていた百合花が、口を開いて何かを言おうとしたが、その直前に、サトルが百合花の腕を強く引き、それを遮った。
隆子が、美鈴に声をかけた。
「それじゃあ、アタシら九時ぐらいにまた戻ってくるから、それまで、ゆっくり休んでてくれよ」
「それじゃあ、そうさせてもらうよ」
美鈴は、椅子をいくつか並べ、自分のスポーツバックを枕にして、横になった。
第六章・終