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第五章「音楽室で作戦会議!?」

  第五章「音楽室で作戦会議!?」


 音楽室は、東校舎の二階にある。美鈴は里沙に頼み、先に、古宿高校の校内を案内してもらった。三〇分ほどして、音楽室の前まで来た時に、里沙のウエストポーチの中から、携帯電話が鳴る音が聞こえた。

 里沙が取り出した電話は、ピンク色のものだった。

 その場にいた四人に、緊張が走った。

 里沙が、電話に出た。美鈴はすぐさま、里沙に頬を寄せ、聞き耳を立てた。

 「アタシのかわいい妹は、どこにいるの?」

 その女の声は低く、微かにかすれていた。

 里沙が尋ねた。

 「李秀英ね」

 「アンタの名前は?」

 「里沙よ」

 「それで、アタシの妹は、どこにいるの?」

 「秘密の場所よ」

 「解放の条件は?」

 「身代金を払うんなら、返してあげてもいいわよ」

 すると、数秒間の沈黙が生じた。

 「風紀委員が、金を要求するわけ?」

 里沙が、平然と答えた。

 「ええ。それが何か?」

 再び、数秒間の沈黙が流れた。

 「いくら?」

 美鈴が声を出さずに口を動かし、里沙の顔の前で、自分の右手を開き、指を全部伸ばした。

 「五〇〇〇万円よ」

 里沙が答えた。

 みたび、数秒間の沈黙が流れた。

 「随分と大きな額ね」

 「かわいい妹なんでしょ」

 「大金をつくるには、時間がかかる。五〇〇万円なら、明日払えるよ」

 美鈴が、大きく首を振って見せた。それを見た里沙は、美鈴に対して素速く頷きながら、李秀英に答えた。

 「ダメよ。五〇〇〇万円よ」

 「五〇〇〇万円用意するには、時間がかかるよ。分割払いなら……」

 美鈴が、慌てて大きく首を振った。

 里沙は美鈴にうなずきながら、冷たく言い放った。

 「二日待ってあげる。今日と明日の二日間。その間に、お金をかき集めなさい」

 また、沈黙が生じた。今度は、十数秒も続いた。

 しびれを切らした里沙が、問いかけた。

 「もしもし? 聞こえてる?」

 「聞こえてるよ」

 「また明日、お金をかき集めてから、電話しなさい」

 「日本(リーベン)鬼子(グイズ)!」

 そう吐き捨て、李秀英のほうから電話を切った。

 日本鬼子とは、英語のジャップにあたる差別用語だ。

 里沙がピンク色の携帯電話をしまうと、隆子が口を開いた。

 「今夜じゃないのか?」

 「今夜だよ」

 美鈴が代わりに答えた。

 「詳しい話は、中でしましょ」

 里沙がそう言い、カードキーで音楽室のドアを開けた。

 四人は中に入ると、室内の電気を()け、窓のカーテンを全て閉めた。椅子に座ってから、美鈴と里沙が、今夜の計画のあらましについて、隆子とサトルに説明した。

 「で、ボクはどこで見張るの?」

 サトルの質問に、美鈴が答えた。

 「南校舎の玄関が見える位置がいい。さっき見たところでは、高校の正門の近くに、ちょうど、道路を挟んだ斜め向かい側に、五階建てのペンシルビルが建ってた。あのビルの屋上からなら、うまく監視できるんじゃないかな?」

 美鈴は、同意を求めるように、里沙を見た。

 里沙は軽くうなずきつつ、隆子やサトルに対して尋ねた。

 「あの雑居ビル、お店はどんなの入ってるの?」

 「飲み屋ばかりだよ」

 隆子が、答えた。

 「他に、中華料理店も。地下にね」

 サトルが、さらに補足を続けた。

 「あと、ボーイズバーね。その店は去年潰れたけど。ボクも、一年生の時に、バイトしてた。屋上に出るドアは、鍵がかかってないから、誰でも屋上に行けるよ。だけど、よく、喫煙者の従業員が、タバコ休憩してる」

 「他の人に見られたら、タバコを吸ってる振りをすればいい」

 美鈴が、即答した。

 「それで……、あなたは、拳銃を使えるの?」

 里沙が、隆子に尋ねた。

 「ああ」

 隆子の答え方は、自信がありそうには、見えなかった。

 「じゃあ、あなたの拳銃を、見せてちょうだい」

 里沙のその要求に、一瞬口ごもってから、隆子が答えた。

 「持ってない。貸してくれよ」

 「持ってないですって?」

 里沙は眉先を釣り上げ、普段より一オクターブも高い声を出した。

 「美鈴! やっぱこの女、使えないわ」

 だが美鈴は、平然と里沙に答えた。

 「アタシのを貸すよ」

 「あなたのを?」

 「ああ。ちょうどいいのがある」

 そう答えつつ、美鈴は、背中に背負っていたスポーツバックを床に下ろした。ジッパーを開き、中から、紺色のスポーツタオルの包みを取り出し、机に置いた。

 ゆっくりと、そのタオルの包みを開いた。

 大型回転式拳銃が、現れた。銃身も、かなりの長さだ。素材は金属製で重量感があり、表面は黒光りしていた。

 その拳銃を見た瞬間、里沙は、思わず息を飲んだ。

 「凄そうな拳銃だな」

 隆子が、感嘆の声を漏らした。

 得意げに、美鈴が答えた。

 「これが、世界最強の拳銃だよ」

 「世界最強?」

 隆子が、目を丸くして聞き返した。

 「四四(フォーティーフォー)マグナム。スミス・アンド・ウェッソンのね」

 美鈴の口ぶりは、いささか自慢げだった。

 「本物は、初めて見たわ。だけど、最強だったのは、だいぶ昔の話でしょ。今はもっと威力のある拳銃があるからね」

 その里沙の口調には、わずかではあったが、トゲが含まれていた。

 「そう?」

 途端に、美鈴の顔には、不満の色が現れた。

 だが里沙は、それに構わず言葉を続けた。

 「そんな大きな拳銃、反動が強すぎて、女じゃ撃てないでしょ」

 すぐさま美鈴が、反論した。

 「撃てるさ。アタシも、試し撃ちしたよ。一発だけど」

 「何で一発だけなの?」

 「(たま)がないから」

 「買えばいいじゃない」

 「買っても、四四マグナム(だん)なんて、使う機会がないから」

 「じゃあ、何でこの拳銃を買ったの?」

 「買ったんじゃないよ。戦利品だよ」

 そこで、隆子が口を挟んだ。

 「戦利品って……?」

 里沙が、冷ややかに答えた。

 「決闘で殺した相手から奪ったってことでしょ」

 「決闘じゃないよ。相手は何人もいたからね」

 そこで、会話が途切れた。美鈴は、四四マグナムの銃身を持ち、銃把を隆子に向けて渡した。拳銃を受け取った隆子が、口を開いた。

 「重いな」

 「だけど、アンタなら撃てるよ。きちんと両手で構えればね」

 「試し撃ちは、できるか?」

 その隆子の問いに、美鈴は首を振った。

 「それは無理。弾があと五発しかないから」

 美鈴は、四四マグナム弾が五発入ったビニールパックを渡した。

 里沙が、隆子に尋ねた。

 「ところで、あなたは、射撃練習はどのくらいしたことあるの?」

 隆子は、里沙から視線を逸らし、消え入りそうな小声で答えた。

 「二回……」

 「たった二回! 美鈴、やっぱりこの女じゃ……」

 その里沙の言葉を、美鈴が途中で遮った。

 「待ち伏せ役なら、十分できるよ」

 「待ち伏せ役って?」

 隆子のその質問に対し、美鈴が説明をした。非常口の外で、李秀英の逃走を阻止する役が一名必要なことを。

 「というわけで、待ち伏せ役は、相手に銃弾を命中させることができなくても、別に構わない。逃走を阻止できれば、それでいい。非常口のドアが開いたら、すぐに撃て。普通の女なら、四四マグナム弾が自分の近くに飛んできただけで、その轟音と衝撃波にビビッて足がすくむよ」

 「で、アタシはどこで待ち伏せするの?」

 「食堂ホールの建物の陰に隠れて、待機してよ。あそこからなら、四階の非常口がよく見えるでしょ」

 里沙が、口を開いた。

 「私達が校舎内で李秀英を仕留めれば、待ち伏せ役は、一発も撃たなくてすむわけよね。それなのに、私達と同じ取り分なんて、納得いかないわ。それに、隆子は素人なわけだし」

 その抗議に、隆子は無言で美鈴を見た。

 美鈴は、隆子の顔と里沙の顔を交互に見比べてから、口を開いた。

 「それじゃあ、隆子の取り分は、三割カットで七〇〇万円だ。それで良いだろ」

 隆子が、充分満足そうな顔で、答えた。

 「それでいいぜ。それだけあれば、体育大学の入学金と四年分の学費を払っても、お釣りが出る」

 里沙は、まだ不服そうな顔だったが、渋々承知した。

 「さて、と。あとは、もう一人の拳銃使いを、どうやって見つけるかだね」

 その美鈴の言葉に、里沙も同意の意を示した。

 「そうよね。考えてみたら、美鈴のリボルバー、六発しか弾が入らないんでしょ。二丁でも十二発。だけど、相手は、四階の廊下から階段にかけて一〇名。さらに、教室の中には、一〇名以上もいるかも知れない」

 「拳銃に関しては、今夜の作戦では、別のを使おうと思ってる」

 そう言いながら、美鈴はスポーツバックの中から、別のタオルの包みを二つ取り出した。

 その包みを解くと、銃身の長い銀色のリボルバーが現れた。

 「その拳銃も大きいな」

 隆子のその言葉に、美鈴が答えた。

 「拳銃自体は大きいけど、(たま)は二十二口径だよ。その代わり、装弾数は多くて、一〇連発だけどね」

 「ああ、射撃場でよく使う競技用タイプのものね」

 里沙の言葉に、美鈴は頷いた。

 「そう。威力はないけど、銃身が長い分、命中精度は高い。装弾数も多いから、多人数を相手にする時には、これは使える。腕のいい拳銃使いならね」

 里沙が、少し不思議そうな顔をして、尋ねた。

 「なぜあなたは、リボルバーばかり使うの? オートマチックなら、もっと装弾数が多いのもあるでしょ」

 「オートマチックは、故障しやすいからね。リボルバーなら頑丈で故障しにくいし、(たま)詰まりもない。それに、不発弾があった場合も、次の弾をすぐに撃てる」

 「なるほどね。じゃあ、金属製の拳銃ばかり使うのも、頑丈さが理由なわけね」

 「そうだよ。プラスチック製は、軽くて抜きやすいっていうけど、ちょっとした衝撃で、すぐに壊れちゃう。特に、国産のものはね。それに、プラスチック製国産軽量拳銃は、軽い分、発射時の反動が大きく、銃口がぶれやすい。近距離なら問題ないけど、三〇メートルも離れると、標的に当たりにくい」

 話しながら、美鈴は、さらにスポーツバックの中から、腰に巻くタイプのガンベルトを取り出した。そのガンベルトには、両脇に、底部のないホルスターが、一つずつ付いていた。そのガンベルトを腰に巻き、二丁の一〇連発リボルバーをホルスターに入れた。銃身の大部分が、ホルスターの底部から、露出した。その上、ホルスターの上部からは、銃把だけではなく、引き金の辺りまで、露出していた。

 「銃身が長すぎるから、早撃ちには向きそうもないわね」

 その里沙の言葉に、美鈴は軽くうなずきながら答えた。

 「撃つ時は、あらかじめ抜いておくんだよ。決闘じゃないんだからね」

 「その二丁拳銃があれば、他の拳銃使いは、もういらないわね」

 その里沙の言葉に、美鈴がすぐさま反論した。

 「だから、アタシ達の背後を固める役に、もう一名いるんだって。それに、アタシとアンタの二人だけで二〇名以上を相手にするのは、やっぱりかなり骨が折れる。アンタにもがんばってもらうよ」

 「分かってるわ。わたしのオートマチックは、装弾数が十五発もあるのよ」

 美鈴は、隆子とサトルに視線を向け、尋ねた。

 「で、アンタらの知り合いで、度胸があって、そこそこの腕前の拳銃使いって、いない?」

 隆子が、すこし首をかしげながら答えた。

 「射撃場によく行く奴なら、同じクラスにも何人かいるけど……、度胸の据わってる奴となると……、心当たりはないな」

 「サトルは?」

 「いないね。第一、射撃場での練習と、実戦とでは、かなり違うでしょ?」

 「そう。だから、度胸がないと、実戦では練習通りに戦えない」

 「いないようね。だったら、私が美鈴の背後を固めるわ」

 里沙のその言葉に、思わず美鈴は、彼女の顔をマジマジと見つめた。

 「おいおい、アタシをなんだと思ってる? アンタはアタシと肩を並べて戦うんだよ」

 里沙は少しばかり肩をすくめ、小さな声で答えた。

 「分かってるわよ。試しに言ってみただけよ」

 美鈴は、一呼吸置いてから、全員の顔を見回した。

 「じゃあ、みんなに心当たりがないんなら、私に提案がある。もう一人の仲間は、上村百合花なんてどう?」

 三人は、一斉に驚いた顔をした。

 「あの女!?」

 里沙が、目を丸くしながら、叫んだ。

 「あの女は、度胸がある。さっきの食堂ホールでは、李大栄と対峙して、微塵(みじん)もビビルことがなかったからね」

 「だけど、あの女は大金持ちのお嬢様だよ。カネでは動かないでしょ」

 否定的な口調のサトルに対し、美鈴が尋ねた。

 「百合花と一緒にやるのは、イヤかい?」

 「君がリーダーだから、文句を言うつもりはないけどさ。だけど、どうやって抱き込むの?」

 「カネで動かないんなら、カネ以外のものを提示すればいい」

 「例えば?」

 「例えば……、正義とか」

 サトルが、思わず苦笑した。

 「正義なんて、あの女には興味ないでしょ」

 「じゃあ、何のためにあの女は、生徒会長として、この高校の生徒達を守ってるの?」

 「だから、あの女が生徒会長をしているのは、三田塾大学に推薦入学するためだって」

 「そのためなら、さっきのように、スクール・ギャングと撃ち合いも辞さないわけ?」

 「そうだよ、たぶん。三田塾大学に入学するためなら、命だってかけるんじゃないの。あの女は、有名芸能人が多くてセレブ・イメージのある三田塾大学の学生になれば、自分も有名芸能人になれると思い込んでいるからね。まあ、あの女の母親も、売れない二流のアイドル歌手だったんだから、どこの大学に入ろうと、たぶん売れないと思うけど……」

 サトルの言葉が皆まで終わらぬうちに、美鈴が口を開いた。

 「それなら、それを使えばいいじゃん」

 「えっ? 具体的に話してよ」

 里沙が、美鈴を促した。

 「百合花は、三田塾大学に推薦入学したいんでしょ。その推薦枠の人数は?」

 「もちろん、一名だけだよ」

 サトルが即答した。

 「じゃあ、彼女のライバルは?」

 「ライバル? 成績的には、ライバルになる生徒は何十人もいる。だけどあの女なら、ライバルには金を握らせて、三田塾大学の推薦枠への応募を、辞退させるだろうね」

 「それを拒否する生徒は?」

 「いないでしょ。三田塾大学以外の一流大学の推薦枠が他にもあるし、三田塾大学にこだわるのは、あの女だけでしょ。それに、アッパー・ビレッジ・グループのご令嬢に、あえて喧嘩を売って、得することなんて、何もないだろうからね」

 「李秀英は?」

 「ええっ?」

 三人全員が、驚きの声を上げた。

 「さっき里沙から聞いたんだけど、李秀英は、妹達とは異なり、通名の日本名で高校に入学したため、彼女の正体は全くの不明。ということは、李秀英が、実は良い成績をおさめていて、一流大学への推薦入学を狙っている可能性もある」

 間髪を入れず、里沙が尋ねた。

 「大学へ入る理由は?」

 「大学生に、麻薬を売るためさ。セレブの多い三田塾大学なら、他の大学より儲かるだろうからね」

 「なるほど。筋は通ってるわね」

 納得した里沙が、うなずいた。

 「李秀英は、三田塾大学へ推薦入学して、セレブ学生相手に、麻薬を売りまくろうと計画している。だから、その前に逮捕したい。アタシ達に、協力してくれ。そう頼めば、百合花は協力してくれるよ、たぶんね」

 美鈴の計画に、里沙が同意した。

 「悪くないわ、その話。それでいきましょ。で、誰が彼女に話すの?」

 「里沙、アンタだよ。風紀委員なんだから」

 里沙は、一瞬嫌な顔をしたが、渋々承知した。

 「今、電話する?」

 里沙が、美鈴に尋ねた。

 「ケータイの電話番号、知ってるの?」

 「ええ。風紀委員だから。生徒会長をはじめ、各クラブの部長の電話番号も、学校に提出してある番号なら、全部知ってるわよ」

 「じゃあ、今、頼むよ」

 美鈴に促された里沙は、ウエスト・ポーチの中から、自分のクリーム色の携帯電話を取り出した。

 「もしもし、わたし、風紀委員の藤崎里沙だけど、上村百合花さん、今、ちょっと話せるかしら」

 美鈴が、里沙に頬を寄せるようにして、聞き耳を立てた。携帯電話から、百合花の声が、漏れてきた。

 「何で私のケータイの番号、知ってるの?」

 「風紀委員だからよ」

 「それで、話って、何?」

 百合花の声は、不機嫌そうだった。

 「わたし、さっきのこと、謝ろうかと思って。あなたに対して、意地悪なこと言っちゃったかな、って」

 数秒間の沈黙のあと、百合花が答えた。

 「別に、もういいわよ」

 「私、口が悪いから、ついつい酷いこと言っちゃうことがあるの。だけど、本当は悪気はないのよ」

 「分かったわよ」

 「じゃあ、仲直り、してくれる?」

 また、数秒間、沈黙が流れた。

 「そんなに深刻に考えることなんて、ないわよ。私、陰口言われるの慣れてるし、いちいち気にしないことにしてるから……」

 突然、里沙が嬉しそうな声を出した。

 「ホント? 百合花って、いい人ね。あっ、百合花って呼んでいい? 私のことも、里沙って呼んでね」

 「うん。分かったよ」

 「じゃあさ、仲直りのしるしに、いい情報教えてあげる。電話じゃ言えないことだから、今、ちょっとこっちに来れない?」

 「どこ?」

 「音楽室」

 「分かったわ」

 「じゃあ、待ってるから、すぐに来てね」

 「うん」

 二人の会話はそこで終わり、電話が切れた。

 サトルが、里沙の顔をマジマジと見つめながら、口を開いた。

 「君、演技力あるね。かわいらしい声なんか出しちゃって」

 里沙は、さも当然であるかのような顔で、答えた。

 「潜入捜査は、日々、演技の連続だからね」


 * * *

 

 五、六分ほど経って、百合花が音楽室に現れた。里沙だけではないのを見ると、少し驚いた顔をしたが、それについては、何も言わなかった。里沙が中心になって、先ほど美鈴が創った李秀英に関するストーリーを説明し、逮捕への協力を依頼した。李秀英が、三田塾大学での麻薬販売を計画中だと話すと、百合花は、美しいまなじりを釣り上げて、怒り出した。

 「許せないわ、その女。何としても、すぐに逮捕しなくちゃね」

 「じゃあ、今夜、協力してくれる?」

 美鈴が尋ねると、百合花は即答した。

 「いいわよ」

 しかしその直後、表情を少し曇らせた。

 「だけど……、私達……五人だけでやるの? 李グループって、人数多いんでしょ」

 「あと、二〇名くらいよ。だけど、心配ないわ。美鈴は、十人力だから」

 里沙が、美鈴の肩に手を置きながら、自信たっぷりに答えた。

 「そう……。午前中、南校舎の玄関付近で銃撃戦があって、その後、三体の死体がそこに転がってたそうね。私は見てないけど、搬送に来た救急隊員が言ってたわ。三人とも、頭部を見事に撃ち抜かれて即死だ、って」

 校内で死者が出た場合、たとえ即死の状態でも、救急隊員を呼んで病院に搬送し、死亡診断書を作成してもらうことになっていた。

 「そう。その凄腕の拳銃使いが、この美鈴よ。二丁拳銃の美鈴は、左右同時に、別々の標的に命中させることができるのよ。今日だって、凄かったんだから」

 里沙は、美鈴を褒め続けた。百合花が、恐怖や不安で、今夜の作戦への参加を、躊躇(ちゆうちよ)するといけないと、思ったのだろう。

 「分かったわ。私、やるわ。それで、私は何をすればいいの?」

 美鈴が、すぐさま答えた。

 「百合花には、アタシ達の背後を守ってもらいたい。アタシ達が四階にいる李秀英達を攻撃している時に、おそらく、一階にいる李秀英の部下が、拳銃片手に階段を駆け上がってくるはずだから」

 「その数は?」

 「おそらく、二名」

 「そのくらいなら、私一人で、なんとかなるわね。私、忙しい合間を縫って、週に三回くらい、射撃場で練習してるのよ」

 「頼もしいわ」

 感心したような顔を装い、里沙が、そう口にした。

 少し得意げな表情となった百合花は、美鈴に視線を向けた。

 「それで、美鈴は、なんで、風紀委員の助太刀をすることにしたの?」

 美鈴は、肩を少しすくめて答えた。

 「もちろんカネだよ」

 百合花は、隆子やサトルにも目を向けた。

 「他の二人も?」

 二人の代わりに、美鈴が答えた。

 「そうさ」

 間髪入れずに、百合花が尋ねた。

 「いくらなの?」

 里沙が文句を言おうと口を開きかけたが、それを(さえぎ)り、美鈴が答えた。

 「アタシと里沙が一〇〇〇万円ずつ。待ち伏せ役の隆子が七〇〇万円で、見張り役のサトルが一〇〇万円」

 「私も仲間なんだから、私にも正当な報酬を出してよ」

 その百合花の言葉に、里沙が目を剥いた。

 「あなたは金持ちなんだから……」

 すぐに美鈴が、里沙を遮った。

 「分かった。アタシや里沙と同額の一〇〇〇万円。重要な仲間だからね」

 百合花が、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「私達、仲間ね」

 「ああ、そうさ。仲間だよ」

 百合花の言葉に、美鈴が答えた。

 満面の笑みを浮かべた百合花は、美鈴に尋ねた。

 「それで、準備作業とかは?」

 「まず、現場の下見をする。明るいうちにね。あと、いくつか準備しておくものもある。この学校の近くに、一〇〇円ショップとか、ある?」

 「あるよ。ボクが案内しようか」

 サトルが答えた。

 「じゃあ、頼むよ」

 必要な物のリストを作り、それを手分けして入手することにした。美鈴が、全員に仕事を割り振った。

 「じゃあ、まず、全員で下見に行こう。そのあと各自別行動で、五時に、ここに集合ね」

 一同は、音楽室をあとにし、南校舎へと向かった。

                                   第五章・終

 

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