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第四章「食堂ホールで一触即発!?」

  第四章「食堂ホールで一触即発!?」


 二人が古宿高校の食堂に着いた時には、既に、多くの生徒でごった返していた。この高校の食堂は、全校生徒約一〇〇〇名が、同時に食事を取ることができるほど大きい。食堂ホールと呼ばれており、南校舎の北西にある独立した建物の一階にある。

 美鈴と里沙は、無料給食の皿を持ち、席を探した。ホールの一番奥にある壁際のテーブルを、確保した。二人は壁に背を向け、並んで座った。ホールの中は、騒々しかった。その喧噪(けんそう)に時折目をやりながら、二人は食事を始めた。

 里沙が、ポテトサラダを口に運びながら、尋ねた。

 「で、何人くらい、必要なの?」

 ちぎったコッペパンを口に入れながら、美鈴が答えた。

 「多すぎると、それはそれで問題が起きるからね」

 「私達の取り分も減るしね」

 里沙が、同感の意を示した。

 「だけど、拳銃使いは、あと最低二名は必要だね」

 「合計四人なら……、一人当たりの取り分は一〇〇〇万円ね。それとも、他の連中は、一人当たり二、三〇〇万円ぐらいで、雇うことにする?」

 里沙の問いかけに、美鈴は顔をしかめた。

 「それはまずいね。そんなことをしたら、現金を手に入れた後で、仲間割れが起きるよ。拳銃使いは、全員平等に分配しなきゃ。リスクの少ない見張り役は別だけどね」

 「見張り役まで必要なの?」

 「やっぱり、李秀英が校舎に入るのを確認する人間が、必要だからね」

 「私達は?」

 「他の場所で待機」

 「美鈴の具体的な計画、聞かせてよ」

 美鈴は、里沙に顔を寄せ、小声で話し始めた。

 「私達は、東校舎のどこかに隠れて待機する。李グループがチェックするのは南校舎だけだからね。で、李秀英が校舎に入ったことを確認した見張り役の仲間が、アタシ達に携帯電話で連絡してきた後、アタシ達は二階の連絡通路を通り、一気に四階を襲撃する」

 「一階の玄関にいる二名は?」

 「だから、アタシ達の背後を固める拳銃使いの仲間が、一名必要なわけ。他に、李秀英が四階の非常口から脱出する可能性もあるから、校舎の外に、非常口を開けた途端に銃撃できる位置に、拳銃使いを一名配置しておく必要がある」

 里沙は、紙パック牛乳のストローから口を離し、眉間にしわを寄せた。

 「ということは、四階の廊下から階段にかけて、一〇名の女子高生ギャングがいるわけだけど、それを私達二人で倒すわけ?」

 「他に、拳銃使いがもう一人くらい、いても良いけどね。だけど、廊下も階段も狭いからね。それ以上多いと、かえって邪魔になるよ」

 ククッと、里沙が笑った。

 「邪魔、ですって? すごい自信ね。まあ、今朝のあなたは、確かにすごかったからね。一瞬のうちに、四名を射殺しちゃうんですもの。期待してるわよ。二丁拳銃サン」

 その時、テーブルを挟んだ向かい側の席に、ボーイッシュなセーラー服の美人が現れた。背が高く、身長は美鈴くらい。体型はスリムで、髪は短く、明るい茶色。色白の整った顔立ちで、きつめのアイシャドーと薄めのルージュを引いている。

 その美人が、ニッコリと笑いながら、声をかけてきた。

 「君、転校生?」

 その声は、男のように低かった。

 「えっ?」

 驚いた美鈴は、その美人の顔を、マジマジと見つめた。

 「君、三年生でしょ。ボクもそうだよ」

 美鈴は驚いた顔で、里沙を見た。だが里沙は、平然とした顔をしていた。

 「で、君って、どっから来たの? 立川よりも奥のほう?」

 美鈴が、驚愕の声を上げた。

 「アンタ、男?」

 「そうだよ。見れば分かるじゃん」

 彼は、平然と言った。

 「だ、だけど……、セーラー服を着てる……」

 「だって、これがうちの高校の制服だもん」

 「だけど、男がスカートをはくなんて……」

 里沙が冷ややかに、口を挟んだ。

 「美鈴、あなた、いったいどこの田舎から出て来たの?」

 美鈴は、口を何度かパクパクと開いたが、驚きすぎて、言葉を出せなかった。

 「君の名前、美鈴っていうんだ。ボクはサトル。岸川サトル。サトルっていう字はね、愛を悟る、ていう字の悟」

 「東京の高校じゃ、男はみんな、スカートをはくの?」

 美鈴は、あわてて周りを見回した。食堂ホールにいる生徒は皆、セーラー服だった。よく見ると、どう見ても男に見える生徒まで、スカートをはいている。

 「みんなじゃないわ。二十三区内の都立校は、三分の二くらいかしら……」

 「そっかあ。君は他県から来たんだ」

 里沙の言葉を途中で遮り、サトルは美鈴のほうへ、テーブル越しに身を乗り出しながら、尋ねた。

 「どこの県?」

 「埼玉」

 「ええっ? そんな遠くから来たの?」

 驚いた里沙が、思わず大きな声を出した。

 「遠くないよ。電車で一時間ほどだよ」

 美鈴の言葉を無視し、里沙が首を横に振った。

 「埼玉なんて……。確か特産品は、お茶とサツマイモだっけ?」

 サトルがうなずきながら口を挟んだ。

 「そうそう、確か中学の地理の時間で習った」

 「南部は都会だよ」

 美鈴はむくれた顔をしながら反論した。

 「で、なんで東京の高校の三分の二は、男もスカートはくんだよ。それって、おかしくない?」

 里沙が、すぐさま答えた。

 「ジェンダーフリー政策よ」

 「えっ?」

 「ジェンダーフリー政策っていうのはね、男女を全部平等にしよう、という政策なの。女と男が、違う制服着ていたら、それって差別になるでしょ」

 里沙の説明の仕方は、まるで、物わかりの悪い生徒に、教師が解説する時のような口調だった。

 「でも……、男がスカートをはくなんて……」

 「埼玉って、田舎ねえ」

 里沙のイヤミな口調に、美鈴は、ますますむくれた表情になった。

 すると、サトルがすぐにフォローを始めた。

 「確かに、美鈴の意見も、もっともだよねえ。うちの学校でも、四年前にジェンダーフリー政策を導入した時には、一部の男子生徒が反対したんだって。だけど、うちの女校長は強硬な人でね。セーラー服を着て来ない男子生徒を、学校に入れずに欠席扱いにしたんだってさ」

 「そんなに制服の規制が厳しいんなら、赤いセーラー服の連中は、なぜ校内に入れるの?」

 その美鈴の疑問に対しては、里沙が答えた。

 「それはね、生徒の自主性を尊重する、ってことで、セーラー服なら、何色でも構わないのよ。ここの女校長に言わせると、それが、秩序と多様性の両立、なんだってさ」

 美鈴は、首を左右に振りながら、小声でつぶやいた。

 「東京ってのは、分からない街だね」

 サトルが、さらに美鈴のほうへと上体を近づけてきた。

 「だけど、東京は楽しい街だよ。素晴らしい出会いもあるよ。今日の、君とボクの出会いのように……」

 サトルが、甘い声でささやいた。

 それに対し、里沙が声を荒げた。

 「私達、いろいろと忙しいの。あなた邪魔だから、どっか行ってよ」

 「ひど〜い。そんな言い方しなくても良いじゃん」

 サトルが、わざと悲しそうな顔をした。

 「そうだよ。そこまで言うこと、ないだろ」

 美鈴も思わず、里沙を非難した。

 すると、むくれた里沙は押し黙り、明後日の方向を向いて、牛乳を飲み始めた。

 サトルが、優しい声で話し始めた。

 「でね、なにも心配はないからね。ボクはどこにも障害はないし、親戚の中にも、障害者もガン患者もいない。ボクの成績はね、とても優秀なんだよ」

 そう言いながら、サトルは鞄から通知表を取り出し、開いて見せた。

 二年の三学期の成績だった。

 「ほら、成績は全部四か五。平均で四・二。特にスゴイのは、ほら、数学が五なんだよ」

 美鈴は顔を少ししかめ、冷ややかに尋ねた。

 「で、アンタの成績が、どうしたっての?」

 「だって、優秀な遺伝子の方が良いじゃん」

 美鈴が、鼻で笑った。

 「まるで、アタシとアンタとが結婚でもするかのような口調ね」

 「結婚はしなくていいよ。それに、子供の養育権は全部君が持っていいよ」

 「なにそれ?」

 「その代わり、お金は半々ね」

 「はっ? 何言ってるの?」

 話が噛み合っていないのを見かねた里沙が、口を挟んできた。

 「少子化対策費よ」

 「それが、どうしたって言うの?」

 すかさず、サトルが言葉を続けた。

 「半々だから、二五〇万円ずつだよ」

 「二五〇万円!」

 思わず美鈴が、驚きの声を上げた。

 「ひょっとして、埼玉は東京と違うのかな? じゃあ、念のために説明しておくけど、君も知っての通り、子供を一人産むごとに、中央政府から、育児奨励金の一〇〇万円が出る。で、東京都から、他に四〇〇万円が出る」

 「四〇〇万円!」

 美鈴が、また驚愕の声を上げた。だがサトルはそれを無視し、説明を続けた。

 「妊娠四ヶ月目に、おめでたお祝い金が一〇〇万円、妊娠七ヶ月目に、出産準備金が一〇〇万円、出産直後に、出産お祝い金一〇〇万円、で、出産六ヶ月目に、育児奨励金一〇〇万円が出る。」

 「東京って、スゴイところだね。子供を一人産むだけで、そんなにお金をもらえるなんて……」

 「えっ? 君だって、そのために東京に来たんでしょ?」

 サトルのその言葉に美鈴は口ごもり、彼の問いには答えなかった。

 「でね、念のために説明しとくけど、東京ではね、十八歳以上の未婚の女性はね、妊娠四ヶ月目以降になると、生活保護を申請すると、すぐに通るから。それから、都営住宅も、優先的に入居できるよ。そうした手続きに関しては、ボクが代わりにやってあげてもいいよ。手数料は、生活保護は支給額の二割を毎月だよ。都営住宅は、入居できたら、その時点で五〇万円ね」

 「アタシは……、まだ十七歳だよ……」

 「でも、今から準備しておかないとね。三年生の一年間は、あっという間だから。卒業しちゃったら、無料の給食はもう食べられないよ。今のうちから、計画的に……」

 そこで、再び里沙が口を挟んだ。

 「もういいでしょ。売春夫はあっちへ行きなさい。美鈴も、こんな性悪男に構わないほうが良いわよ」

 「売春夫だなんて……、酷いよ。そんな言い方……」

 その時、サトルの隣の席に、大柄な女が腰を下ろした。身長は一八〇センチ近くあり、体重は、一〇〇キロに達していそうな筋肉質の大女だ。

 「お前が岸川悟か?」

 サトルが、その大女に視線を向けた。

 「そうだよ。学年で人気ナンバーワンのね」

 「確かに、美少年だな」

 大女の顔が、ニヤけた。

 「アタシのこと、知ってるかい?」

 「松永隆子(まつながたかこ)でしょ。元柔道部の」

 「そう。都立校生最強の女」

 サトルは無表情のまま、伸ばしてきた隆子の手を払った。

 「ボクは、高いよ」

 ニヤついていた隆子の表情が、わずかに険しくなった。

 「いくらだよ?」

 「一回一〇万円。妊娠してもしなくても」

 「じゅ、一〇万円……」

 隆子の表情が、怒りでみるみる険しくなった。

 「ふざけんな! 犯すぞ、こら!」

 怒鳴ると同時に、隆子がサトルを押し倒した。

 思わず、美鈴が立ち上がった。止めに入ろうと、反射的に思ったのだ。

 だが隆子は、上体をゆっくりと起こし始めた。それに伴い、サトルもゆっくりと上体を起こした。サトルの右手には、小型拳銃が握られていた。その銃口は、隆子ののど元に突きつけられていた。

 「よせよ。犯すなんて、冗談だよ」

 「この拳銃は、冗談でもないし、オモチャでもないよ。ちっちゃいし、プラスチック製だけど、二十二口径の弾丸が五発装填できるオートマチック。最近、テレビCMでやっている国産の最新型だよ」

 「きちんと金は払うよ。妊娠したらな」

 「先払いだよ」

 「今は、金はない」

 「へえ〜。君は、さんざん企業から栄養費をもらってたんじゃないの?」

 隆子の表情が、わずかに(ゆが)んだ。

 「栄養費は、ほんとに栄養費として、もう全部使っちまった」

 里沙が、突然口を挟んだ。

 「哀れねえ。怪我(けが)で再起不能になった運動部の元エースは」

 「なんだ、お前は!」

 隆子は、怒気を含んだ目で、里沙をにらみつけた。

 「だけど、都大会三位の実績があるあなたなら、実業団は無理になっても、体育大学へ推薦入学できるんじゃないの? なにも、未婚の母になって、生活保護で暮らすことないじゃない」

 隆子の表情が、さらに歪んだ。

 「推薦入学の話は、確かに来てるけどよ……、奨学金の話は、まだ一校も来てない」

 里沙が、平然と言った。

 「じゃあ、自分で払えば? 選手としては再起不能でお金を稼げなくても、体育教師に成れれば、入学金と授業料を四年間払っても、すぐに元は取れるわよ」

 隆子の表情が、さらに大きく歪んだ。悲しげな表情だった。

 「うちは母子家庭なんだ。母一人子一人の。うちには、そんな大金ない……」

 隆子がうつむきながら口を閉ざすと、(しば)しの沈黙が流れた。

 ボソリと、美鈴が言った。

 「アタシも、母子家庭だったよ。母一人子一人の」

 里沙が美鈴に目を向け、尋ねた。

 「だった? 過去形なんだ。で、現在は?」

 「今は、天涯孤独(てんがいこどく)無宿(むしゅく)(にん)さ」

 また、しばらくの沈黙が流れたあと、隆子が口を開いた。

 「ムシュクニンって……、なに?」

 里沙が即答した。

 「要するに、ホームレスってことよ」

 美鈴が顔をしかめた。

 「やめろよ、そんな言い方。ホームレスなんて、まるでアタシが、生きる気力を失ったダメ人間みたいじゃない」

 その時だった。一人の女の怒声が聞こえたのは。

 「誰だ! アタシのかわいい妹を()った奴は?」

 その瞬間、数百人の生徒がごった返す食堂ホールは、凍りついたように静まりかえった。

 立ったままの美鈴は、怒声がしたホールの入り口付近に目を向けた。

 赤いセーラー服の一団がいた。人数は、七人。先頭に立つ少女は、背が高く、体格も良かった。

 里沙が小声で、美鈴にささやいた。

 「あの大女が、李三姉妹の次姉(じし)李大栄(りたいえい)よ。噂じゃ、かなりの拳銃使いらしいわ」

 短い髪を金色に染めた赤セーラー少女が、背の高い美鈴に気がつき、指差した。

 「大姐(タアーチェ)、あの女です!」

 今朝の、生き残りだ。

 「てめえらか!」

 そう怒鳴ると、李大栄は、美鈴達のテーブルに向かって走り出した。他の赤セーラー達も、慌てて彼女の後を追いかけるように走り出した。

 サトルが慌てて、拳銃をスカートの下にしまった。椅子に腰を下ろしたまま、椅子を持ち上げて隣のテーブルに移動しようとしたが、半メートル横へ移動しただけで、李大栄とその部下達に、テーブルごと包囲されてしまった。

 「アタシの妹を殺したのは、てめえらか!」

 李大栄が、大声で吠えるように怒鳴った。

 「ボクは関係ありません」

 すぐさまサトルが、今にも消え入りそうな小声で、答えた。

 「アタシも関係ないぜ」

 冷静さを装いつつも、隆子のその言葉には、緊張と恐怖の色が(にじ)んでいた。

 「黙れ! てめえら四人全員、皆殺しだ!」

 再び、李大栄が吠えた。

 「まだ生きてるよ。アンタの妹」

 美鈴が、静かに言った。少しばかりあごを引き、李大栄を正面から見据えながら。

 金髪の赤セーラーが、美鈴を指差した。

 「この女です。こいつが突然現れて……」

 だが、李大栄がその言葉を途中で遮った。

 「生きてるのか?」

 「ああ。重傷だけど、まだ生きてるよ」

 「どこにいる?」

 里沙が、口を挟んだ。

 「秘密の場所よ」

 ジロリと、李大栄は里沙を見た。

 金髪赤セーラーが、口を開いた。

 「この眼鏡女が、風紀委員です」

 「アタシの妹を返せ」

 唸るように、言葉を絞り出した。

 「条件が合えばね」

 平然と、美鈴が答えた。

 「条件? なら、さっさと条件を言え!」

 冷ややかに、里沙が答えた。

 「交渉は、李秀英としかしないわ。あとで、このケータイに連絡しなさい」

 里沙が、左腰のウエストポーチから、ピンク色の携帯電話を取り出した。

 それを見た途端、李大栄の顔色が変わった。

 「このケータイの電話番号、知ってるでしょ?」

 「妹のだ」

 里沙が、素っ気なく答えた。

 「ええ。でも今は、私が預かってるの」

 李大栄が、低く唸った。まるで獣のように。

 「もし妹が死んだら、てめえら四人とも皆殺しだ」

 凄みを利かせて、李大栄が、脅し文句を吐き出した。

 フンッと、美鈴が鼻で笑った。

 「生きていても、アタシ達を殺すつもりなんだろ」

 ジロリと、李大栄は美鈴をにらんだ。

 「てめえが、風紀委員の助太刀(すけだち)の拳銃使いか。だいぶ、腕が立つらしいじゃねえか」

 「まあね。アンタよりは上だろうね」

 李大栄は、ギシギシと音が聞こえるほど歯ぎしりしてから、言葉を吐き出した。

 「てめえ、この場で死にてえのか?」

 フッと、美鈴が笑った。口元だけで。だがその目は、冷静に相手を見据えていた。

 「死ぬのは、アンタのほうだよ」

 「このアマ……」

 その時、鋭い女の声が飛んだ。

 「李大栄!」

 赤セーラーの少女達が、背後を振り返った。

 「タ、タアーチエ!」

 赤セーラーの一人が、李大栄にすがるように呼びかけた。

 彼女達七人は、ガンベルトを腰に巻いた高校生達に、包囲されていた。彼らの人数は、二〇名はくだらない。

 彼らの中央にいる少女が、再び口を開いた。

 「李大栄! あなた達、食堂ホールでいったい何をしてるの? 日本食は、口に合わなかったんじゃないの?」

 その少女は、背の高い美少女だった。ウェーブのかかった長い亜麻色の髪が、彼女の(あで)やかな美しさを、さらに引き立てていた。

 「上村うえむら百合(ゆり)()……」

 サトルが、小さな声でつぶやいた。

 里沙が、美鈴に小声で教えた。

 「あの女が、この学校の生徒会長。で、周りにいるのが、学級委員よ」

 ゆっくりと振り返った李大栄は、二〇名を超える少年少女達をにらみつけた。

 学級委員達の多くは、緊張と恐怖で、表情を強張らせていた。脂汗を流している者や、ガタガタと震えている者もいた。だが、腰のホルスターの留め金は、全員、外していた。その上、全員が、いつでも拳銃を抜けるように、銃把の五センチほど上の位置で、指を開いた手を静止させていた。

 赤セーラーの少女達も、全員、恐怖で表情を強張らせていた。

 それも当然だ。この近距離で銃撃戦になれば、誰も無傷ではすまない。

 百合花は、両腕の手首を腰より少し上の両脇腹に当てたまま、鋭い目つきで真っ直ぐに、李大栄をにらみつけた。

 「あなた達不良生徒は、食堂ホールには立ち入り禁止よ。去年、あれほど酷い乱射事件を、ここで引き起こしたんだからね」

 「あれは正当防衛さ。風紀委員のほうが、先に拳銃を抜いたんだぜ。証人の証言を聞かなかったのかい?」

 「どうせ、銃で脅したり、金で買収した証人でしょ」

 「買収は、アンタの得意技だろ」

 ククッと、李大栄が笑った。

 一瞬、百合花の表情が、変わった。怒りの琴線に触れたのだ。だが、すぐに気を取り直し、冷静さを装いながら口を開いた。

 「ここの食事は、口に合わないんでしょ。だったら、さっさと帰りなさいよ」

 「ああ、(シャオ)日本(リーベン)のメシは、まずくて食えねえ」

 李大栄は、視線を美鈴に戻し、にらみつけた。

 「てめえ、今回のところは、命拾いしたな。だが、絶対に、殺してやる。それも、近いうちにな」

 そう捨てゼリフを残すと、李大栄は部下を引き連れ、去っていった。

 李大栄のグループが食堂ホールを出て行き、姿が見えなくなってから数十秒ほどして、ようやく、ホールは先ほどの喧噪を取り戻した。学級委員達の表情にも、安堵の色が浮かんだ。

 百合花が、里沙をにらみつけた。

 「あなたが、秘密捜査中の風紀委員ね」

 「そうよ。もう正体がばれちゃったから、秘密捜査はできないけどね」

 里沙は生徒手帳を取り出すと、片手でサッと開き、銀色の桜のバッジを見せた。

 百合花は、まるで汚いものでも見るかのような視線を、そのバッジに向けた。

 「ここは、私達の学校よ。よそから来た風紀委員に拳銃を振り回されたら、いい迷惑だわ」

 里沙は、ニヤリと意地悪く微笑んだ。

 「あ〜ら、そう言えば、あなたもこの学校に転校してきた、よそ者だったんじゃないかしら」

  一瞬、百合花が気色(きしよく)ばんだ。

 「わ、私は、一年生の時に転校して来たんだから、よそ者とは、言わないわよ……」

 里沙が、さらに追い打ちをかけた。

 「前の高校は、どちらでしたっけ? 確か、都立の中では最底辺高校で有名な……」

 「あなたには関係ないでしょ!」

 半ばヒステリックに百合花が叫び、里沙の言葉を途中で遮った。

 里沙はさらに口を開こうとしたが、それよりも早く、百合花は大きな声で、学級委員達に呼びかけた。

 「さあ! 校内の見回りをするわよ!」

 百合花は、大勢の学級委員達を引き連れ、去っていった。

 満面の笑みを浮かべたサトルが、里沙に声をかけた。

 「君、なかなかやるじゃん。あの高慢ちき女に、ガツンとやるなんてさ」

 美鈴が、不思議そうに尋ねた。

 「あの女、いったい何を焦ってたの? 転校が、何か問題でもあるの?」

 サトルが、楽しそうに解説を始めた。

 「あの女、頭がかなり悪いんだよ。一般受験だと、この学校には入学できない。最近の公立高校は皆落ちぶれているけど、それでもうちは元名門校だからね。だけど、あの女は、どうしてもうちに入りたかった。なぜなら、うちには、一流私大の推薦枠がいくつもあるからね。とりわけ、あの女が目指している三田塾大学の推薦枠がある高校は、うちを含めて、ほんの数校しかない。そこであの女は、制度の抜け道を使って、ここの生徒になった。都立校は公立学校だから、全ての転入希望者に転入試験を課して、必ず転入の機会を与えなければならない。通常の転入試験は、全ての都立校が合同で行う正規の試験だから、あの女がこの学校に受かるのは、不可能。だけど、学期の途中で転入届を出せば、各高校の教師が個別に作成した試験を課すことになる。あの女は、一年生の五月に、都立の最底辺アホバカ高校から、うちへ転入してきたのさ」

 美鈴が、不思議そうに尋ねた。

 「個別に作成した試験だと、少しは問題が易しくなるの?」

 「少しなんてものじゃないわよ」

 里沙が口を挟んだ。

 サトルが、解説を続けた。

 「噂じゃ、あの女、校長に二〇〇〇万円も裏金を渡したんだってさ。それで、事前に試験の答えを全部教えてもらってたんだよ」

 「二〇〇〇万円!」

 美鈴が、思わず唸った。

 「アタシは、一億円使ったって、噂で聞いたよ」

 隆子が、口を挟んだ。

 「い、一億円……」

 美鈴は、絶句した。あまりにも大きな金額に。

 サトルはうなずきながら答えた。

 「五〇〇〇万円で新規の奨学金を設立したし、図書室の修繕費も、上村財団が出したって話だから、全部で一億円は軽く超えてるだろうね」

 「上村財団? 何それ?」

 美鈴の質問に、サトルが不思議そうな顔をした。

 「知らないの? あの女の父親は、有名なIT企業のオーナー社長だよ。ほら、あのアッパービレッジ・グループ」

 「ええっ!? そんなお嬢が、なんで公立校にいるの? 金持ちはみんな名門私立じゃないの?」

 驚く美鈴に対し、サトルは、諭すように説明をした。

 「名門私立の中にも、バカ高校と秀才高校があるわけ。で、名門の秀才私立高校には、どんなに金を積んでも、金の力では入学できない。なぜなら、生徒はみんな金持ちの子女だからね。しかし一流私大に入学するためには、難しい一般入試を突破するか、名門秀才高校に入学して推薦枠をもらうかの、二者択一しかない」

 そこで、隆子がまた口を挟んだ。

 「あるいは、スポーツ推薦か、一芸推薦をもらうか」

 その言葉に、サトルが声を出して笑った。

 「あの女には、一芸推薦は無理だよ。あの女、自分は女子高生モデルだって言って自慢してるけど、芸能人の多い三田塾大学に一芸推薦で入学するには、歌手の場合は、日本レコード大賞の新人賞以上、女優の場合は、日本アカデミー賞の新人賞以上を取らなきゃならない。売れない三流モデルのあの女には、一〇〇パーセント不可能だ。だから、あの女は、金の力で校長を容易に買収できる、貧乏な都立の名門校、すなわち、ここ、古宿高校に転入してきたってわけさ」

 美鈴は、首を左右に振った。

 「なるほどね。やっぱ、資本主義社会だから、金さえあれば、何でも思い通りになるんだね」

 美鈴の言葉を無視して、サトルは言葉を続けた。

 「あの女が生徒会長を務めてるのだって、三田塾大学の推薦枠を入手するためさ。三田塾大学は、内申書の平均が四・三以上ないと推薦をもらえない。あの女は頭が本当に悪いから、どんなに勉強しても、一流の家庭教師を毎日付けても、うちの学校の中間試験や期末試験では、平均点すら取ることができない。だけど、生徒会の役員を務めれば、試験の成績が悪くても、四以上を付けてもらえる。生徒会の役員は、勉強に影響が出るくらい、負担が大きいからね」

 サトルの言葉の端々(はしばし)には、百合花に対する憎悪がこもっていた。

 美鈴は、冷ややかにサトルを見つめ、尋ねた。

 「話はよく分かったけどさ。アンタ、あの女に何か恨みでもあるの? 振られたとか?」

 サトルは、美鈴を見つめた。暫しの沈黙の後、答えた。

 「恨みがあるのは、あの女じゃない。あの女の父親さ」

 美鈴から視線を逸らし、サトルは言葉を続けた。

 「ボクの父は、三年前まで、一流企業の正社員だった。だから、七歳年上の兄貴は、私立大学を卒業することができた。だけど三年前、あの女の父親が、ボクの父が働いている会社を、買収した。敵対的買収、ってやつでね。で、あの女の父親は、社員の半分をリストラした。ボクの父は、それで失業した。そのあと、うちは大変だったよ。父は再就職がなかなかできなくてさ。結局、低賃金の非正規社員の仕事しかなくて、ワーキング・プアに転落。専業主婦しかしたことのなかった母は、毎日毎日父をなじってさ。それで、毎晩大げんか。結局、リストラされてから一年ほどで、ボクの両親は離婚。最初に父が家を出て行き、その後、母も、仕事を探すって言って家を出て、それっきり。今連絡が付く家族は、横浜に住んでる兄貴だけ。で、あの女の父親は、買収した会社の社員の首を切りまくって無理矢理黒字をひねり出し、そのあと、会社をバラバラにして転売して、大金を稼いだ。あの女が女子高生モデルになるために使った金も、この学校に転入するために使った金も、元をたどれば、多くの社員とその家族を不幸のどん底に突き落として得た金さ」

 サトルが語り終わった後、重苦しい沈黙が流れた。

 しばらくして、美鈴が口を開いた。

 「今の世の中、誰もが、なにがしかの不幸を背負ってるものさ」

 ポツリと、里沙がつぶやいた。

 「今の世の中、やっぱり、お金なのね。お金があれば勝ち組。なければ負け組……」

 顔をしかめながら、美鈴がうなずいた。

 「まあ、それが、資本主義社会ってものだよ」

 サトルが、口を挟んだ。

 「二〇世紀の日本は、資本主義社会だったけど、今よりももっと良い時代だったらしいよ。みんなが豊かで、その上、学校で乱射事件が起きることもない」

 「だけど今は、二十一世紀よ」

 里沙が、冷たく言い放った。

 うなずきながら、美鈴が呼びかけた。

 「そうだよ。だからアタシ達は、金を稼がなくちゃ、生きられない。で、アンタ達、今夜、一〇〇〇万円稼いでみる気、ない?」

 「美鈴! こんな連中じゃ役不足よ」

 里沙が、美鈴に抗議した。

 「一〇〇〇万円! アタシは引き受けた! で、どんな仕事だい?」

 隆子が、表情を輝かせた。

 それに対してサトルは、不安気な顔を見せた。

 「なんか、やばそうな話だね。銃撃戦になりそうなら、遠慮しとくよ。一〇〇〇万円は大金だけど、貧乏な女子高生を四人口説き落として妊娠させれば、その金額になる」

 美鈴は、サトルに目を向けた。

 「安全な仕事もあるよ。見張りをするだけで、一〇〇万円」

 サトルは、あごに左手を当てて微かに唸ってから、口を開いた。

 「すぐに手に入るんなら……、悪くない額だね。ちょうど貯金の残高も心細くなってきたところだから……」

 サトルの言葉を途中で遮り、隆子が目を輝かせながら尋ねた。

 「で、どんな仕事だい? 早く話せよ」

 話しかけた美鈴の袖を引いて、里沙が制止した。

 「ここは人目が多いわ。具体的な話は、場所を変えましょ」

 「どこか、良い場所はある?」

 「あるわ。絶対に音が外に漏れない部屋が」

 「それって、どこ?」

 「音楽室よ」

 そう言いながら、里沙が立ち上がった。続いて、隆子とサトルも、立ち上がった。

 美鈴とその仲間達は、食堂ホールを出た。

                                   第四章・終

 

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