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第一章「転入初日に銃撃戦!?」

 第一章「転入初日に銃撃戦!?」


 美鈴は、コンクリート塀の前に立っていた。塀の高さは、三メートル半はある。しかも塀の上には、有刺鉄線が幾本も張られている。これではまるで、刑務所の塀のようだ。だがこの塀は、脱出防止用ではない。侵入防止用だ。

 この塀に周囲をぐるりと囲まれているのは、都立古宿高校。戦前から続く伝統校だが、最近は、他の公立高校と同様、酷く(すさ)んでいるらしい。昨年、校内で乱射事件もあったそうだ。だが、そのくらい荒んでいたほうが、流れ者にとっては、潜り込みやすい。

 塀の外側には、コンクリート製の小さな地蔵が並んでいた。地蔵の前には、枯れた花束が供えられている。乱射事件で死んだ生徒へ、()(むけ)けたものだろうか。

 美鈴は、スポーツバックを背負ったまま、手を合わせずに黙祷(もくとう)した。

 三〇秒ほどで目を開けると、正門の前へと、()を進めた。

 大きな鉄製の扉は、固く閉ざされていた。

 一瞬、美鈴は思った。まるで、自分を拒んでいるようだ、と。

 だが、すぐに思い直した。閉ざしているのは、防犯のためだ。

 腕時計を見ると、時刻は、既に一〇時を過ぎていた。

 美鈴は、真新しいカード式の学生証を、金属製の門柱のパネルに当てた。正門の脇にある、通用門のドアが、自動的に開いた。

 中に、入った。

 正門のすぐ前に、四階建ての校舎があった。その玄関の曇りガラス製扉は、中央にある一つだけが、開いていた。

 玄関の前で、立ち止まった。

 一陣の強い風が、美鈴の左から右へと、吹き抜けた。

 東京の四月の風は、妙に生暖かく、肌にまとわりつくようだった。

 美鈴は、内心思った。

 静かすぎる。

 生徒達のざわめきも、授業を行う教師の声も、聞こえない。

 イヤな予感がした。

 美鈴は、おそるおそる、中をのぞいた。

 玄関の中には、生徒用の下駄箱が、ずらりと並んでいた。金属製の扉付きで、高さは一メートル二〇センチくらいか。開いていたガラス扉の前だけ、幅七、八メートル、奥行き五、六メートルほどのスペースが空いている。そのスペースの奥には、左右に伸びた廊下があった。

 静かに、ゆっくりと、中に入った。

 玄関の中ほどまで来たところで、美鈴は、歩を止めた。

 殺気を、感じたのだ。

 それに、(かす)かな硝煙の(にお)い。一〇分以内、いや、五分以内に、ここで銃撃戦があったに違いない。

 その場で腰を屈め、右足のブーツの中から、拳銃を静かに取り出した。

 続いて、左足のブーツからも、拳銃を取り出した。

 二丁の拳銃を前方に向けて構えたまま、美鈴は、左側の下駄箱に、音を立てずに近づいた。

 身を乗り出して、下駄箱の裏をのぞいた。

 少女がいた。セーラー服で、三つ編みのおさげ髪。腰を屈め、息を殺している。

 その少女が、顔を上げた。

 黒縁の眼鏡を、かけていた。

 美鈴に目を向けると、左手の人差し指を立てて、くちびるに当てた。

 その少女は、右手に、拳銃を持っていた。銃身がプラスチック製の二十二口径自動式拳銃(オートマチツク)

 少女は、左胸のポケットから、左手で、生徒手帳を取り出した。片手で器用に開くと、銀色の桜の紋章が現れた。

 風紀委員だ。

 「危ないから、さがってなさい」

 三つ編み眼鏡少女が、小声でささやいた。

 「相手は、誰?」

 美鈴も、ささやくような小声で、尋ねた。

 「李三姉妹のグループよ」

 聞いたことがあった。池袋から渋谷辺りにかけてを縄張りとし、麻薬密売を主な収入源としている女子高生ギャング団だ。

 「加勢するよ。何人いるの?」

 小声でささやきながら、美鈴は、左手を下駄箱の上に挙げ、拳銃を見せた。

 少女は黙ってうなずき、生徒手帳を胸ポケットに戻してから、左手の指全部を伸ばして開き、拳銃の銃身を立てて添えた。

 六人だ。

 その時、美鈴から見て右手側の下駄箱裏から、少女達の声が聞こえた。

 「イー、アル……」

 瞬間的に、美鈴は床に片膝を付き、姿勢を低くした。同時に、両腕を真っ直ぐに伸ばし、二丁の拳銃を右方向へ向けた。

 その直後、三つ編み少女が上体を起こし、下駄箱の上に両肘をついて拳銃を構えた。

 「サン!」

 その怒声と共に、下駄箱の裏から、赤いセーラー服の少女達の上半身が、現れた。

 その瞬間、耳をつんざく銃撃音に、包まれた。

 合計八人の少女達が、一斉に発砲したのだ。

 だが、わずか一秒足らずで、赤セーラーの少女達の姿は、全員、視界から消えた。

 「アイヤー!」

 下駄箱の裏から、赤セーラー少女の叫び声が、聞こえた。

 「何人やった?」

 三つ編み少女は拳銃を構えたまま、叫ぶように美鈴に尋ねた。

 「四人。アタシはね」

 その直後、一人の赤セーラー少女が、突然、廊下へ飛び出した。短い金髪のその少女は、後ろを振り返ることなく、脱兎のごとく、右方向へ走り去った。

 一瞬遅れて、三つ編み少女が、廊下へ飛び出した。一発、発砲した。

 「しまった! 教室に逃げ込まれたわ!」

 三つ編み少女が、叫んだ。

 彼女は廊下を走って教室の近くまで進むと、ドア脇の壁に、背中をつけた。

 立ち上がった美鈴は拳銃を構えたまま、赤セーラー少女達が隠れていた下駄箱の裏を、用心深くのぞいた。

 五人の少女が、床に崩れるように倒れていた。

 そのうち四人は、頭部を撃たれて、即死している。美鈴が撃った少女達だ。

 残り一人は、二十二口径の弾丸を二発も喰らって、虫の息だった。負傷カ所は、左肩と左胸。心臓は、外れているようだ。

 三つ編み少女が、拳銃を構えて、教室の中に飛び込んだ。

 「チクショウ! 窓から逃げられたわ!」

 そう吐き捨てた後、三つ編み少女は、美鈴のところへ戻ってきた。

 頭部に三十八口径の弾丸を喰らった四つの死体を、冷ややかに見下ろしながら、口を開いた。

 「あなた、良い腕してるわね。名前は?」

 「先に名のるのが、礼儀だよ」

 美鈴は、重傷少女から視線を引き剥がし、三つ編み少女に目を向けた。

 「わたしは、藤崎里沙。秘密捜査中の風紀委員よ。もっとも、一人取り逃がしたから、もうばれちゃったわね。これでもう、秘密捜査はできないわ。で、あなたは? 凄腕の拳銃使いさん」

 「アタシの名は、美鈴。加藤美鈴」

 「そう……。で、転校生なの?」

 「そうだよ。ところで、李三姉妹は、この中にいるの?」

 美鈴は、四つの死体を、あごで指して尋ねた。

 「一番派手な髪型のコが、李三姉妹の(まつ)(まい)()美姫(みき)よ。美少女で有名だったけど、三十八口径を顔面に喰らっちゃ、無惨なものね」

 ククッと、里沙が笑った。

 「で、懸賞金は、いくらかかってんの?」

 里沙の屈折した笑顔から視線を逸らし、美鈴が尋ねた。

 「懸賞金? そんなもの、かかってないわ」

 さも当然であるかのように、里沙が答えた。

 それに対し美鈴は、不機嫌そうに、問い質した。

 「そんな馬鹿な話、ないよ。李三姉妹は、この辺じゃ有名な悪党でしょ。だったら、懸賞金がかかるのは、当然じゃない?」

 「あなた、知らないの? このコ達、私達とは国籍が違うのよ。外国人に懸賞金なんてかけたら、大使館から東京都の教育委員会へクレームが来ちゃうわ。特に、特定アジアの大使は、うるさいからね」

 美鈴は、軽く左右に首を振った。

 「なるほどね。だけど、風紀委員には、特別ボーナスが出るでしょ。手柄はアンタにあげるから、アンタが射殺したことにして、カネだけアタシによこしなよ」

 里沙は、一瞬口ごもった後、言葉を選ぶかのように、慎重に答えた。

 「風紀委員に対して出る、金銭的な報奨金のことね。この件に関しては、李グループを壊滅させて、グループのリーダー、李三姉妹の長姉(ちようし)李秀英(りしゅうえい)を、逮捕するか殺害しなければ、出ないわ」

 「いくら?」

 「一〇〇〇万円よ」

 美鈴は、一瞬息を飲んだ。

 「大きな額だね」

 里沙は、まるで値踏みするかのように、美鈴のつま先から頭のてっぺんまでを、なめるように見た。

 「ええ。秘密捜査は、もうできなくなったことだし……。あなたみたいな、凄腕の拳銃使いとだったら、手を組んでも良いわよ。フィフティー・フィフティーで」

 「普通は、全額だよ。カネは、助太刀の拳銃使い。手柄は、風紀委員。そもそも、風紀委員には、カネ以外の褒美もあるでしょ。一流大学への推薦入学や奨学金とか……」

 里沙が、すかさず口を挟んだ。

 「だけど、李グループを壊滅させるには、頭を使う必要があるわ。第一、李秀英は、私達日本人の前には、姿を現さない。彼女の居所だって分からないし、顔を見た者すら、日本人の中にはいない。だから、拳銃の腕だけじゃ、あの女を殺すことはできないわ」

 不満げににらみつける美鈴を正面から見据えて、里沙が言葉を続けた。

 「それに、このままじゃ、あなたの今日の大活躍は、ただ働きになっちゃうわよ。私のオファーを拒否して何も手に入れないか、それともオファーを受け入れて五〇〇万円を手に入れるか……。五〇〇万円は、節約家なら、三年ほど暮らせる大金よ」

 「分かった。それで手を打つよ」

 美鈴は、あっさりと引き下がった。もともと、この手の交渉が、苦手なのだ。

 「で、李秀英を仕留める計画は、あるの?」

 「ないわ。今はね。これから、考えるわ」

 そう言いながら里沙は、自分のスカートを無造作にまくり上げた。右の太ももの付け根に、ホルスターの付いたガンベルトを巻いていた。彼女は拳銃をホルスターに納めると、きっちりとホルスターのフタを閉め、カチリと音を立ててボタンを留めた。

 「それじゃあ、早撃ちはできないね。スカートも長すぎるし」

 美鈴がそう指摘すると、里沙は平然と答えた。

 「わたしは決闘なんてしないから、早撃ちする必要なんてないわ」

 その時、里沙は、美鈴が手ぶらであるのに気づいた。

 「あれっ? あなた、さっきの銀色の二丁拳銃は?」

 美鈴は黙ったまま、自分のスカートの両裾を、両手で五センチほど持ち上げた。

 両ももの外側に、黒色のホルスターの下部が、現れた。

 ほんの一瞬見せただけで、スカートをすぐに戻した。

 「あなたも早撃ちは苦手そうね。スカートが長すぎるもの。早撃ちをするコはみんな、パンツが見えそうなくらいに、スカートを短くするわ。拳銃を抜く時に、スカートの裾が、邪魔にならないようにね」

 里沙のその言葉を聞き流し、美鈴は話を戻した。

 「良い計画を一つ、思いついた。妹を使って、姉をおびき出す」

 「李美姫は、もう、死んでるわよ」

 里沙が即答した。つまらなそうな顔で。

 「だけど、美姫が死んだことを知っているのは、アタシ達二人だけだよ」

 「一人逃げたじゃない。あの女が、李秀英に報告するわ」

 「あの女は、李美姫の死を、きちんと確認してないよ。銃撃戦の最中だったからね。ひょっとして、こっちのほうと、誤認したかもよ」

 そう言って美鈴は、重傷で虫の息の少女を、ブーツの先でつついた。

 「それって、希望的観測でしょ?」

 「希望を持つのは、李秀英も同じだよ。家族の死は、受け入れがたいものだからね。死体を隠して、重傷だけどまだ生きてる、っていう噂を流せば、向こうから、アタシ達に接触してくるよ」

 里沙は、腰に左手首を当て、暫し考えた。しばらくの沈黙の後、口を開いた。

 「面白そうね。やってみる価値はあるわ。で、具体的な計画は?」

 美鈴が、ニヤリと笑った。

 「まずは、保健室に行く。重傷者と、美姫の死体と一緒にね」

 里沙は、眉間にしわを寄せた。

 「保健室は……、良いアイディアじゃないわ」

 「どうして?」

 「行ってみれば、分かるわよ」

                                   第一章・終


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