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第十三章「女子高生に明日はない!?」

  第十三章「女子高生に明日はない!?」


 美鈴は、食堂ホールにいた。ホールの一番奥のテーブルで、壁に背を向け、昼食を取っていた。

 その隣には、百合花がいた。彼女の前には、食器はなかった。パック入りの牛乳だけだ。百合花は、モデル体型を維持するため、昼食は食べないことにしていたのだ。

 「ホントに、食べなくていいの?」

 美鈴が、尋ねた。

 「ええ。モデルって、大変なのよ。ちょっとでも太ると、仕事が来なくなるから」

 「だけどさ、野菜スープなら、太らないんじゃない?」

 「ええ。だからいつも、朝ご飯に食べてるわ」

 「今日は、抜きだったでしょ」

 昨夜も、百合花は音楽室に泊まった。美鈴と一緒に、一枚の毛布にくるまって。

 「はい。あ〜ん」

 美鈴は、スプーンでスープを一匙(ひとさじ)すくうと、百合花の口元に近づけた。

 百合花は、恥ずかしそうな、それでいて少し嬉しそうな表情を見せたあと、そのスープをすすった。楽しそうに微笑む美鈴から目をそらし、小声でつぶやいた。

 「子供じゃないのに……」

 「いいじゃん。親友なんだから」

 その時、美鈴の視界の端に、里沙の姿が映った。途端に、美鈴の表情が、曇った。肘で軽く百合花の腕をつつき、注意を促した。

 百合花も、里沙の姿を見た途端、表情が陰った。

 実は昨夜、李秀英のグループを全滅させたあと、里沙は怒り狂って、美鈴のことを何時間もなじり続けたのだ。

 李秀英は、五〇〇〇万円を持って来なかった。影武者女が持っていたアタッシュケースの中に入っていたのは、古雑誌だけだった。だから美鈴達は、大金を入手し損なった。

 それで、里沙は怒り狂ったのである。その怒りの矛先は、美鈴に向けられた。なぜ、現金を確認する前に、李秀英を殺してしまったのか。殺してしまったら、現金を入手することが、もはや不可能ではないか。そう言って、美鈴のことを激しくなじったのである。

 里沙のその怒りは、音楽室に戻ってからも続いた。美鈴のことを激しくなじり続ける里沙を見て、百合花が美鈴をかばった。だがそれが、火に油を注ぐ結果となった。

 里沙は烈火のごとく怒り、百合花に対して個人攻撃を始めた。百合花の頭の悪さや、モデルとして三流である点、さらには、百合花の父の経営手法の汚さなど、酷い侮辱を繰り返した。見かねた美鈴が止めようとしたが、里沙の口撃は、際限なく続いた。それで、ついには、百合花が涙を流して泣きじゃくる事態となってしまった。

 やむなく美鈴は、百合花を音楽室の外に連れ出した。慰めて気を静めさせてから、再び音楽室に戻って、一枚の毛布にくるまって眠った。二人が寝たのは、午前四時を随分過ぎてからだった。

 里沙は、美鈴達に気がつくと、一直線に向かって来た。美鈴は、気づかない振りをして、無言で給食を食べ始めた。

 テーブルのそばまで来ると、里沙は、美鈴と百合花のことを、じっと見た。だが二人は、視線を合わせなかった。

 里沙が、口を開いた。

 「あのさ……」

 それでも、美鈴と百合花は、視線を里沙に向けなかった。

 だが、里沙は言葉を続けた。

 「わたし、謝るわ。昨夜のこと」

 美鈴が、里沙に目を向けた。しかし、口は開かなかった。百合花は、まだ視線を合わせなかった。

 「わたしが悪かったわ。ついつい頭に血が上っちゃって。酷いこと言ってしまって、ごめんなさいね」

 美鈴が、口を開いた。

 「誰でも、カッとなることはあるから……、アタシのほうは、別に、もういいよ」

 そう言いながら、美鈴は百合花のほうを見た。

 里沙は、百合花に視線を向けた。

 「ごめんね、百合花。わたし口が悪いから、いろいろきついこと言っちゃったけど……。百合花ならきっと、将来、一流の芸能人になれると思うわ。だから、夕べ言ったことは、もう忘れてちょうだい」

 百合花は、視線を合わせずに、ぼそりと言った。

 「わたしも、別にもういいわよ。気に何てしてないから」

 すると、里沙がニッコリと微笑んだ。

 「そう、よかったわ。それじゃあ、私達、仲直りね。私達の友情と勝利を祝って、今夜、祝勝会をやらない?」

 「祝勝会?」

 美鈴が、思わず問い返した。

 「そうよ。私達、あの李秀英グループを殲滅(せんめつ)したのよ。これって、素晴らしいことだわ。これもひとえに、私達の友情とチームワークのおかげよね。だから、祝勝会を開いて、パーッと、盛り上がりましょうよ」

 「アタシはいいけど……」

 そう言って、美鈴は、百合花のほうを見た。

 「百合花、ネッ、いいでしょ」

 里沙が、百合花を促した。

 「う、うん。じゃあ、いいわ」

 「じゃあ、決まりね。場所は、食堂ホールの二階にある、第二会議室ね。時間は夜の七時からよ」

 「七時? 随分遅いね。警備員の見回りはどうするの?」

 美鈴が、思わず尋ねた。

 「大丈夫。警備員とは、既に話をつけたわ。風紀委員の特権でね。今後の風紀取締活動について、秘密の会議を行う、って言ったら、すぐに了承してくれたわ。それじゃあ、今夜七時に集まってね。飲み物やつまみの仕入れは、わたしが放課後するから、心配しないでいいわよ」

 「うん。分かった。すまないね」

 美鈴のその言葉に、里沙は、ニッコリと微笑んだ。

 「私達、友達だから」

 そう言って里沙は、笑顔でその場を離れた。

 

 * * *


 美鈴が第二会議室に到着したのは、午後七時の二、三分前だった。ドアを開けると、既に里沙と百合花が席に着いていた。室内は、とても狭かった。折り畳み式の長方形テーブルが二つ並べて置かれており、その周囲に、折り畳み式の椅子が四つ並んでいる。机の上には、ソフトドリンクの二リットル入りペットボトルが何本かと、紙コップ、それに、数種類のスナック菓子などが並べられていた。

 「美鈴は、何飲む?」

 美鈴が奥の席に着くと、里沙が笑顔で尋ねた。

 「う〜ん、どれがいいかな。じゃあオレンジジュース」

 里沙が、甲斐甲斐しく、紙コップに()いでくれた。

 「それじゃあ、私達の勝利と友情を祝って」

 そう言いながら、里沙が、紙コップを持ち上げた。

 「それに……」

 美鈴は、紙コップを持ち上げながら、言葉を継ぎ足した。

 「先に()った友、隆子とサトルの魂に」

 それから、美鈴は百合花に視線を向けた。

 「えっと……」

 百合花は、少し口ごもったあと、口を開いた。

 「私達の夢に」

 「乾杯!」

 三人は、互いの紙コップを軽く合わせてから、ソフトドリンクを飲み始めた。

 「あれっ? これって、なんか、普通の味と違うね」

 美鈴は、一口飲んだだけで、すぐに気づいた。

 百合花の紙コップをのぞくと、彼女は、注がれたウーロン茶を、既に全部飲み干していた。

 里沙が、平然とした顔で答えた。

 「あら、そう? 安物は口に合わない?」

 そう言いながら、里沙はウーロン茶を百合花の紙コップに注いだ。

 「安物? ペットボトルのオレンジジュースに、安いも高いもないでしょ」

 「ジュースは普通のよ」

 「じゃあ、安物って?」

 「分かるでしょ」

 里沙が、ニヤリと笑った。

 「なんか入れたの?」

 「ええ。大人の飲み物を、ちょっとね」

 「大人の飲み物って、なに?」

 百合花が口を挟みながら、空になった紙コップを里沙の前に差し出した。

 里沙は再びウーロン茶を注ぎながら、答えた。

 「アルコールよ」

 「エ〜。アタシ達、まだ高校生だよ」

 不満げな顔で、美鈴が抗議した。

 「いいじゃない。もう高校生なんだから」

 にやつきながら、里沙が反論した。

 「じゃあ、アルコールの入ってないのをちょうだい」

 美鈴がそう言うと、里沙は眉間にしわを寄せた。

 「そんなこと言われると思ってなかったから、全部のペットボトルに入れちゃったわよ」

 「エ〜。なんで……」

 里沙が、美鈴の言葉を遮った。

 「だって、校内に酒瓶を持ち込んで、もし見つかったりしたら、まずいでしょ。だから、校外でジュースに混ぜて、酒瓶は捨ててきたのよ」

 美鈴は、面白くなさそうな顔で、押し黙った。

 「もし美鈴が、アルコールにアレルギーとかあるなら、わたし、今からジュースを買い直してくるけど……」

 「いや、そこまでする必要はないけどさ……」

 「そう。よかった。じゃあ、楽しく飲みましょ。祝勝会なんだから」

 里沙は笑顔でそう言うと、百合花の紙コップに、四杯目のウーロン茶を注いだ。既に百合花の顔は、真っ赤になっていた。

 「百合花、大丈夫?」

 美鈴が心配して尋ねると、百合花はトロンとした目で見つめ返した。

 「なひか?」

 既に百合花は、ろれつが回らなくなっていた。

 「ちょっと貸して」

 美鈴はそう言いながら、百合花の紙コップに口をつけ、一口飲んでみた。

 「あ〜。これはちょっと強いね」

 「そうかしら」

 「薄いのはないの?」

 「う〜ん。どちらかというと、これは薄いほうかも。最後に混ぜたから、ウイスキーが少し足りなくなってたから」

 そう答えて、里沙は、コーラのペットボトルを渡した。

 美鈴は新しい紙コップにコーラを注ぎ、一口飲んでから、それを、百合花が手に持っている紙コップと交換した。百合花は一口飲んでから、嬉しそうな顔をした。

 「あっ! コーラだ! 飲むの久しぶり」

 「へえ〜、そうなんだ」

 「あっ。 飲むと太っちゃうな」

 百合花は、突然、悲しげな顔をした。

 「今日一日くらいなら、平気よ」

 里沙が笑顔で答えた。

 「百合花、だいぶ早く酔いが回ったみたいだね」

 美鈴が里沙にそう言うと、彼女はコンビニ袋の中から、チーズを取り出した。

 「空きっ腹だったんじゃない?」

 里沙から受け取ったチーズを、美鈴は、包み紙を開けてから、百合花に食べさせた。

 「へえ〜。二人は仲良いのね」

 里沙は、何かイヤミでも言いたそうな顔つきだった。

 それに対し、だいぶできあがった百合花が、笑顔で答えた。

 「だって、わたしたひ、しんゆーだもんねー」

 「だけど、あなた達、もういい年なんだから、男の子の恋人とかって、どうなの?」

 にやつきながら、里沙が尋ねた。

 「ゆりかはね〜、モデルだから〜、スキャンダルにならないように、気をつけてるんだよ〜」

 「そうなんだ。じゃあ、隠れてつきあってる人とか、いるの?」

 美鈴が、身を乗り出して尋ねた。

 「そ〜ゆ〜意味じゃないよ。それに、今は、勉強とか、生徒会活動とかで忙しいから。三田塾大学に入ったら……」

 百合花の話の途中で、里沙が美鈴に話を振った。

 「で、美鈴は?」

 「えっ? アタシ?」

 「美鈴ってさ、もてそうじゃない」

 「そうかな」

 「今は彼氏いるの?」

 「今は……、いないよ」

 「じゃあさ、前の彼氏は、どんな男の子?」

 「前は……」

 美鈴の表情が、沈んできた。

 「まさか、バージンってことはないでしょ?」

 「それはないけどさ」

 「じゃあさ、美鈴の初体験のこと、聞かせてよ」

 「あ〜、ゆりかも聞きたいな〜」

 「やめとくよ。話すと、みんな引くから」

 「そう。じゃあ今は、拳銃が恋人、ってとこなわけね」

 里沙は、何となくいやらしい目で、美鈴を見た。

 「まあ、そんな感じだね」

 「え〜。ゆりか、みすずのこひのはなし聞きたいな〜」

 「じゃあさ、美鈴の恋人、見せてよ」

 「えっ?」

 里沙が、ニヤリと笑った。

 「美鈴の拳銃、わたし見たいな。スカートの下に隠してるやつ」

 美鈴は、困ったような顔になり、押し黙った。

 「じゃあ、先にわたしの恋人を見せてあげる」

 にやつきながら、里沙は、ホルスターから拳銃を取り出した。

 「いいよ。国産の、藤重工製二十二口径オートマチックでしょ。その拳銃なら、よく知ってる」

 「知ってる? だけど、最新型よ。去年の秋に出たやつ」

 里沙は、銃把を美鈴に向けて渡した。

 少しばかり渋い顔をしつつも、美鈴は受け取った。

 「軽いでしょ。前のタイプより」

 「そういえば、そうだね。大きさは、前のタイプと変わってないように見えるけど」

 「九十八グラムも軽くなったんだって」

 「へえ〜」

 里沙が手を差し出したため、美鈴は、里沙のオートマチックを返した。里沙は、自分の拳銃をテーブルに置き、再び手を差し出した。

 「ねえ、いいじゃない。美鈴の恋人、見せてよ」

 「ゆりかも、美鈴のこひびと、見たいよ〜」

 美鈴は、渋々ながら、スカートの下に手を入れ、一丁の拳銃を取り出した。銀色のリボルバーを、銃把を里沙に向けて差し出した。

 「綺麗な拳銃ね」

 里沙がそう言うと、美鈴は、少し嬉しそうな顔になった。

 「この拳銃、アメリカ製でしょ? 何ていう名称?」

 「通称、レディー・スミス」

 美鈴は、少しばかり得意げに、答えた。

 「金属製の割には、思ったより軽いわね。一キロをだいぶ切ってるでしょ」

 「そうだね。レディー用だから」

 里沙が、レディー・スミスの回転弾倉を開けた。

 「あっ! これって、五連発なんだ!」

 驚いた里沙が、大きな声を出した。

 「小型化するために、弾倉を六連発から五連発に変更したんだよ。日本のニューナンブも、同じ設計思想だけどね」

 美鈴は、得意げな顔で、蘊蓄(うんちく)を垂れた。

 「ゆりかにも、見せて」

 真っ赤な顔をした百合花が、レディー・スミスを見ようと、身を乗り出してきた。

 「美鈴、もう一丁を見せてあげてよ」

 そう言いながら、里沙はレディー・スミスを百合花から遠ざけた。

 「ゆりかにも見せてよ〜」

 「見せ合いっこしてるんだから、百合花も、ベレッタを美鈴に見せてあげなさいよ」

 「見せ合いっこ?」

 一瞬、キョトンとした顔をしたものの、百合花はホルスターから、ベレッタを取り出し、美鈴に渡した。

 美鈴は、受け取った瞬間に、驚いた顔をした。

 「えっ! これって、銃身がプラスチック製じゃん!」

 「そうよ。最新型よ」

 「へえ〜。ベレッタが、二十二口径のプラスチック製を作ってるとは、知らなかった。ベレッタって、イタリアだよね」

 「ジャパンモデルよ」

 「へえ〜。そんなのあるんだ」

 「確か、ジャパンモデルは、菱屋重工がライセンス生産してるんでしょ」

 里沙が、口を挟んだ。レディー・スミスの回転弾倉から、三十八口径の弾丸を抜き取り、テーブルの上に一つずつ並べながら。

 しかし百合花は、その話を知らなかった上に、興味もなかったらしく、里沙には答えなかった。

 「ねえ〜、美鈴のレディー・スミスも見せてよ〜」

 百合花の甘ったれた声に、やむなく美鈴は、スカートの下から、もう一丁のリボルバーを取り出した。

 「ホント、綺麗ねえ〜。わたしも、銀色の金属製にしようかな〜」

 百合花は、感心した様子で、リボルバーを撫で始めた。

 「ねえ美鈴、百合花のベレッタも見せてよ」

 里沙が、美鈴に手を差し出した。

 美鈴は、銃把を里沙に向けて、渡した。里沙は受け取ると、手のひらにのせて、重さを量る仕草をした。

 「これも、軽いわね。何百グラム?」

 里沙は、ベレッタの弾倉を抜きながら、百合花に尋ねた。

 「さあ、知らない。里沙のも見せて」

 里沙は、自分のオートマチックを左手に持って差し出しながら、右手を差し出し、百合花の手元にあるレディー・スミスを要求する仕草をした。

 二人は、拳銃を交換した。

 「あっ! こっちのほうが軽いかも」

 百合花は、陽気な顔でそう言いながら、重さを量ろうと、手のひらにのせた。

 里沙は、百合花から受け取ったレディー・スミスの回転弾倉を開け、弾丸が込められていることを確認してから、弾倉を元に戻した。そして、撃鉄を起こした。

 「里沙、撃鉄は起こすなよ」

 美鈴が顔をしかめ、里沙に注意した。

 里沙は、チラリと美鈴を見てから、銃口を百合花に向けた。

 「里沙、なにやってんだよ!」

 美鈴が、語気を強めた。

 百合花も、自分に向けられた銃口に気づいた。

 「やめてよ、里沙。友達に銃口を向けるなんて」

 里沙は、銃口を百合花に向けたまま、口元だけで笑った。その笑みは、氷のように冷たく、冷ややかだった。

 「友達ですって? 今は二十一世紀よ。友情、愛情、信頼、絆。そんなものは、二〇世紀の遺物にすぎないわ」

 百合花は、里沙をにらみつけた。

 「あなたって、ホント、性格悪いわね。いい加減、意地悪するのはやめてよね」

 そう言うやいなや、百合花は素速く両手を動かした。左の手のひらにのせていたオートマチックを右手でつかんで銃口を里沙に向けつつ、左手で安全装置を外しながら、右手の親指で撃鉄を起こした。

 百合花はアルコールのせいで顔は真っ赤だったが、彼女の行動は、実に迅速だった。

 「里沙、わたしはね、やられたらやり返す主義なの。口げんかではあなたに勝てなくても、拳銃の扱いなら、負けないわよ」

 二人の少女は、お互いに銃口を向け合いながら、にらみ合った。

 「二人とも、落ち着きなよ。喧嘩なんてやめて、銃を下ろしなよ」

 美鈴が、間に割って入ろうとした。

 里沙は冷ややかな笑みを浮かべながら、口を開いた。

 「お馬鹿さんね。そのわたしの拳銃は、既に、弾丸を全部抜き取ってあるわ」

 百合花の表情が、一瞬、怒りで歪んだ。何か言いたそうに、いったん口を開いたものの、すぐに閉じた。

 百合花は、拳銃をテーブルの上に置いた。

 「こんなのバカバカしいわ。タチの悪い冗談は、やめてちょうだい」

 里沙は、眉間にしわを寄せた。

 「百合花、これはね、冗談じゃないのよ」

 次の瞬間、レディー・スミスの銃口が、火を噴いた。

 百合花は、至近距離から、三十八口径の弾丸で心臓を撃ち抜かれ、椅子ごと後方へ倒れた。

 百合花は、即死した。

 「ゆりかー!」

 美鈴は思わず椅子から立ち上がり、絶叫した。

 激しい怒りに駆られた美鈴は、本能的に、里沙のレディー・スミスを奪い取ろうと、テーブルを回り込みながら、左手を伸ばした。

 里沙も椅子から立ち上がりつつ、後ろへ一歩下がって、美鈴の伸ばした手から逃れた。そして今度は、銃口を、美鈴に向けた。

 瞬間的に、美鈴は、凍り付いたように動きを止めた。

 「なぜ、こんなことするんだ!」

 美鈴が怒鳴った。怒りの形相で。

 「美鈴、あなたのせいよ。あなたが李秀英を勝手に殺してしまって、五〇〇〇万円を手に入れ損ねたから、こうせざるを得なかったのよ」

 「なぜだ!」

 「それはね、結局この世の中、お金のない人間は負け組だからよ」

 「何言ってるんだよ。アンタは風紀委員だろ。風紀委員は無試験で公立大学へ進学できるし、奨学金のおかげで学費は事実上の無料。その上、大学を卒業したら、たいていの場合、教育委員会に就職できる。それなのに、それのどこが負け組なんだよ!」

 里沙の顔が、苦悩で歪んだ。

 「美鈴、それは違うの。わたしはもう、大学へは行けないの。二年間も、風紀委員として、命をかけて、がんばってきたというのに。わたしの両親はね、半年ほど前、交通事故で、死んじゃったの。保険会社の連中は、遺族が高校生のわたし一人だと知ると、ナメた態度を取ってね。車を運転していたわたしの父の過失を主張して、保険金の支払いを拒んだのよ。だから、自宅マンションの住宅ローンの残高三〇〇〇万円が、残ってしまった。だからといって、ローンの支払いが遅れると、マンションは銀行に差し押さえられて、わたしはホームレスになってしまう。だからわたしは、ローンと自分の生活のために、お金がいる。それなのに、泣きっ面に蜂とは、このことよね。先月、教育委員会から、通知が来たの。死んだ父の代わりに、新しい保証人を立てないと、あと三ヶ月で、つまり、六月いっぱいで、風紀委員の地位を剥奪するって。だけどわたしには、保証人になってくれるような親戚はいないのよ」

 里沙の表情が、さらに歪んだ。怒りと憎悪の感情で。

 「こんなふざけた話って、ある? わたしが二年間も命がけで戦ったのは、いったい何だったの?」

 美鈴の表情も、大きく歪んでいた。

 「アンタの置かれた辛い立場はよく分かる。だけどさ、だからといって、なんで百合花を殺すんだよ!」

 「お金のためよ。去年の夏、ある有名IT企業の経営者の息子がね、同じ高校の生徒に殺される事件があった。犯人は、そのあとどこかに逃走したんだけど、そしたらね、父親が懸賞金をかけたの。一〇億円もね。だから、美鈴、あなたの拳銃を使って、百合花を殺した。これで、百合花殺しの犯人は、あなたよ。弾道検査の結果を見れば、誰も疑わない。で、その犯人のあなたを殺せば、百合花の父親が、億単位の謝礼金をくれるかも知れない」

 「そんな計画、うまくいくとでも、思ってるの?」

 「うまくいかないかもね。百合花の父親はケチだから。だけど、それでも別に、構わないわ。なぜなら、美鈴、あなたを殺せば、数千万円単位のお金が、確実に入るからね」

 「それは、いったいどういうこと?」

 美鈴の表情が、険しくなった。

 その時、ドアの外から、女が呼びかける声が聞こえた。

 「里沙、入るわよ」

 甲高い、耳障りな声だった。

 ドアが、開いた。現れたのは、銀色の細い眼鏡をかけた少女だった。

 埼玉県の風紀委員、椎名政美だ。

 美鈴の形相が、さらに険しくなった。憎々しげに、吐き捨てた。

 「へえ〜。埼玉県の教育委員会は、アタシなんかに何千万円も懸賞金をかけたんだ」

 「いいえ。たった八〇〇万円よ」

 政美が、憎々しげな笑みを浮かべながら、答えた。

 「じゃあ、数千万円ってのは、何の話?」

 「これよ」

 そう言って里沙は、足下のアタッシュケースを、片足で軽く蹴飛ばした。

 「この麻薬、政美が埼玉県で売ってくれると約束してくれたの。各高校の密売組織を使って、毎月五〇〇万円ずつね。わたしはその見返りに、美鈴、あなたを殺すことになった」

 美鈴は、視線を政美から里沙へと戻した。

 「だったら、なんで百合花まで殺したんだよ。アタシだけ殺せばいいだろ」

 「それは難しいでしょ。百合花も誘って、アルコール・パーティーにしたから、あなたは油断して、拳銃を二丁とも手放してしまう失態を犯した。いくら凄腕のあなたでも、拳銃さえなければ、ただの女なのにね」

 ククッと、里沙は、押し殺した笑い声を漏らした。意地悪そうな笑みを、浮かべながら。

 「それに、あなただけ殺して百合花を生かしておいたら、百合花は絶対にわたしに復讐したわ。なにせ、百合花とあなたは、二晩も、一つの毛布にくるまって乳繰りあっていたレズ仲間ですものね」

 すると政美が、耳障りな声で叫んだ。

 「まあ! 女同士で乳繰り合うなんて、あなたやっぱり変態だったのね!」

 「そんなことしてねえよ。レズでも変態でもねえよ」

 美鈴が、吐き捨てた。二人を、さらに強くにらみつけて。

 「で、アンタら二人は、いつからグルだったの?」

 「今朝よ」

 里沙が、そっけなく答えた。

 「今朝の一〇時頃、突然、政美から電話がかかってきたの」

 今度は、政美が、説明を始めた。

 「わたしね、テレビのニュースで見たのよ。都立古宿高校で、二日前、女子高生ギャングやコリアン・マフィアが、合計三〇人以上も殺された、って。その段階で怪しいと思ったんだけど、今朝のニュースを見て、確信したわ。なにせ昨夜は、同じ高校で、合計九〇人以上のギャングやマフィアが殺された、っていうんだから。これって、大宮の三十六人殺しの時と、同じパターンよね。昨年の夏、西大宮高校で、風紀委員と組んで、日本人女子高生ギャング八名に、在日女子高生ギャング二〇名ほどと、その取引相手だったコリアン・マフィア一〇名ほどを、たった一晩で殺害した女拳銃使いがいた。だからわたしは、古宿高校の風紀委員を調べて、電話をかけた……」

 続いて、里沙が言葉を継いだ。

 「わたしは驚いたわ。だっていきなり、美鈴っていう拳銃使いがいるでしょ、って言われたんだから。八〇〇万円払うから殺して、って言われたんだけど、その段階では断ったわ。こっちは美鈴のせいで、五〇〇〇万円も損してるのよ、って思わず怒鳴っちゃった。そしたら、五〇〇〇万円の事情を聞かれたので、それを話したら、なんと政美が、五〇〇〇万円分の麻薬を、さばいてくれるって言うじゃない。それで、渡りに船とばかりに、手を組むことにしたのよ」

 美鈴は、大きく表情を歪めたまま、(かす)かに首を左右に振った。

 「アンタ達、風紀委員のくせに、人間のクズだよ。麻薬を売る奴は、みんなクズだ。アンタ達も含めて、全員な」

 政美は、美鈴が吐き捨てた言葉を無視し、里沙を促した。

 「さあ、この憎たらしい拳銃使いを、その拳銃で撃ち殺しなさい」

 里沙は、レディー・スミスの銃口を美鈴に向け続けながらも、横目でチラリと政美を見た。

 「この拳銃は、ダメよ。美鈴の拳銃だから。札付きの拳銃使いが、自分の拳銃で自分を撃つなんて、不自然でしょ。だから、あなたの拳銃で殺しなさいよ。どうせあなたは恨みがあるんだし……」

 政美が、里沙の言葉を途中で遮った。政美の顔からは、血の気が引き始めていた。

 「その拳銃、美鈴の拳銃じゃないわ」

 「いえ、そうよ」

 「違うわ。美鈴のリボルバーは、もっと大型だった。銃身だって、その二倍は長かったわ」

 「大きく見えたのは、気のせいよ」

 「そんなことないわ。わたしは、目の前に突きつけられたんだから」

 「これは美鈴のよ。スカートの下のホルスターから出すのを、この目でちゃんと見たんだから」

 「スカートの下?」

 政美の顔が、さらに青ざめた。

 「美鈴は、拳銃をブーツの中に隠してるのよ」

 「えっ?」

 里沙は、思わず政美の顔を見た。

 その瞬間、美鈴は左足で一歩前へ踏み込み、左手で内側から外側へと、拳銃を握った里沙の手を払った。

 その直後、右膝を真上に蹴り上げ、ブーツから飛び出した銀色のリボルバーを、右手でつかんだ。

 次の瞬間には、美鈴のリボルバーの銃口は、里沙ののど元に突きつけられていた。

 里沙の表情が、泣きそうなくらいに、歪んだ。

 「待って、美鈴。わたし達、友達でしょ」

 美鈴は、無表情で答えた。

 「もう、違うよ」

 銃声が、(とどろ)いた。

 力を失った里沙の体が、床に崩れ落ちた。

 美鈴は、視線を転じた。政美のほうへ。硝煙の立ち昇る銃口を向けながら。

 「ま、待って。わたしは風紀委員よ。風紀委員を殺すのはまずいわよ」

 「もう、二人も殺しちまったよ」

 「だ、だけど、他の二人は、正当防衛だったじゃない。だけどわたしは、ほら、拳銃には一切、手を触れていない。だからわたしを殺したら、正当防衛は成り立たないわよ」

 政美は、自分の右手を、腰のホルスターから離し、両手を上に挙げた。

 「なに寝ぼけたこと言ってるんだよ。前回アンタを殺さなかったのは、校舎の窓から見ている生徒が、たくさんいたからだ。だが、今度は違う。アタシとアンタの他には、もう誰もいない」

 政美は、恐怖でガタガタと震え始めた。

 「待って。取引しましょ。わたし今、五〇〇万円を持ってるの。里沙との一回目の取引金よ。背中に背負ってる鞄の中に、入ってるわ。それに、ほら、その足下のアタッシュケース。五〇〇〇万円分の麻薬も、あなたにあげる」

 「麻薬なんていらない。麻薬は、多くの人に不幸をもたらす。アンタを殺したあと、全部、トイレに流すよ」

 「わ、分かったわ。それでいいから……」

 「いい加減、観念しな」

 「ちょ、ちょっと待って……」

 美鈴は、政美の言葉が終わるまで、待たなかった。

 「あばよ。悪党」

 銃声が、轟いた。

 政美は、心臓を撃ち抜かれ、即死した。

 美鈴は、まだ銃身の熱い拳銃をブーツにしまうと、倒れた百合花の脇に、ひざまずいた。

 それから、百合花の体を抱き起こし、テーブルの上に横たえた。指先でまぶたを閉じたあと、彼女の艶やかな亜麻色の髪に、少しだけ触れた。

 彼女のために、何かしてやれることはないかと、思案した。だが、すぐに思い出した。死んだ者に、してやれることなど、何もないことを。

 美鈴は、百合花の耳元に、くちびるを寄せた。

 「さよなら、百合花。アタシの、親友」

 美鈴は、左の指先で、目頭を押さえた。だが、涙は、流さなかった。

 なぜなら、学校生活に、友人の死は、つきものだから。

 心の中で、美鈴は、思った。

 「やっぱり、同じだね。学校と、大自然の荒野とは」

 百合花の遺体を残して、美鈴は、その部屋をあとにした。

                                  第十三章・終

    

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