第十二章「真夜中の決闘!?」
第十二章「真夜中の決闘!?」
満月が、地上を明るく照らしていた。
赤いセーラー服の背の低い少女が、正門脇の通用門を開けた。
赤セーラーの大女が、現れた。
李大栄だ。
ジロリと、背の低い少女を、にらみつけた。
「他の奴らは?」
背の低い少女は、表情を強張らせながら、答えた。まるで、オオカミににらまれたウサギのようだった。
「た、体育館にいる、日本鬼子どもを、監視してます」
「四人ともか?」
その少女のウサギのように出っ張った前歯が、カチカチと鳴った。恐怖のせいだった。
ウサギ顔少女は、ゴクリと唾を飲み込んで無理矢理震えを止めてから、答えた。
「た、体育館は広いですから……、日本鬼子どもが裏口から逃げ出しても、困りますので……」
通用門から、赤セーラーの女達が、次々に入ってきた。その数は、全部で六人いた。
「大姐、時間がありません。もう、一〇時四〇分です」
声をかけてきたその少女を、李大栄は横目でジロリと見たあと、再び、ウサギ顔少女に視線を戻し、尋ねた。
「コリアンは、結局、来なかったのか?」
「は、はい。電話でも話しましたとおり……」
李大栄は、ウサギ顔少女の言葉を、途中で遮った。
「ペク・セウンは、腰抜けだな。おおかた、妹が殺られて、ビビッちまったんだな。なあ!」
大きな声で、李大栄は同意を求めた。七人の少女は、愛想笑いを浮かべながら、賛意を示した。
赤セーラーの一人が、ウサギ顔少女に声をかけた。
「なに震えてる? 今夜は、そんなに寒くねえだろ」
「え、ええ。ちょっと風邪気味なもんで……」
そこまで答えたところで、ウサギ顔少女は、李大栄が南校舎に入ろうとするのに気づき、慌てて声をかけた。
「大姐! どちらに行かれるんで? 日本鬼子は、体育館に潜んでる……」
その言葉を遮り、赤セーラーの一人が、代わりに答えた。
「決まってるだろ。この校舎をチェックしとかねえと、万が一、敵が隠れてたら、大変だ。アタシらが体育館に向かった途端に、背後から攻撃されて、挟み撃ちになっちまう」
その時だった。李大栄の名を呼ぶ女の声が、聞こえたのは。
その場にいた全員が足を止め、声がした方角に視線を向けた。
南校舎の西の陰から、人影が一つ、現れた。
背が、高かった。
長い黒髪が、背後から吹く強い風に舞った。
「誰だ!」
李大栄が、怒鳴った。
その人影が、答えた。
「アタシだよ。李大栄、アンタの妹を、殺した女さ」
「美鈴か……」
美鈴は、両手を背後に隠していた。あごを引き、上体をわずかに前傾させていた。
李大栄が、大声で怒鳴った。
「いい度胸だな! たった一人でアタシの前に現れるとは。ひょっとして、アタシとタイマン勝負でも、するつもりか?」
「アンタに、その気があるならね」
李大栄は、気味の悪い音を口から漏らした。押し殺した笑い声だった。
「日本人って、ホントにバカだな。アタシがそんなくだらないこと、するわけねえだろ。八人全員で撃ちまくって、てめえを蜂の巣にしてやるぜ!」
美鈴は、李大栄をにらみつけたまま、口を開いた。
「それはムリだね。なぜなら、アタシとアンタらとの距離は、三〇メートルもある」
李大栄の顔から、歪んだ笑みが消えた。
「それが、どうした?」
「分からないの? アンタの部下の持ってる拳銃、二十二口径の日本製オートマチックばかりだろ?」
「それが悪いか?」
「確かに日本製オートマチックは、中国製と違って、弾詰まりなどの故障がほとんどない。その上、銃身がプラスチック製だから、軽くて扱いやすい。命中精度も、室内の射撃場なら、悪くない。だけどそれは、護身用なんだよ。だから、有効射程距離は、たったの二〇メートル。その上、発砲時の反動は、銃本体が軽いためほとんど吸収されない。腕力の弱い女子高生の場合、どうしても銃口がぶれてしまう。だから、三〇メートルも先にいるアタシには、当たりっこない。特に、アンタらの腕ではね」
李大栄は、ギシギシと大きな音を立て、歯ぎしりをした。強い憎悪のこもった目で、美鈴をにらみつけた。
「日本鬼子は、やっぱ、悪賢いな」
「悪賢い? 李大栄、アンタが腰にぶら下げてる拳銃は、三十八口径だろ? だったら、アタシと条件は同じはずだよ」
再び、李大栄は、気味の悪い音を口から漏らした。
「条件? 条件なら、アタシは、アンタ以上だよ」
李大栄は、右の手のひらを上に向け、右腕を横に伸ばした。部下に、小声で命じた。部下の一人が、ナップザックから、大型拳銃を取り出した。
満月の月明かりに照らされたその拳銃のシルエットは、四四マグナムのものだった。
それを見た瞬間、美鈴の表情が、険しくなった。
「隆子を殺したのは、やっぱりアンタだったのか……。その拳銃は、アタシのだ。アンタにあげるつもりは、ないよ」
みたび、李大栄は、薄気味悪く笑った。
「小日本のものは、大中華のもの。大中華のものは、大中華のもの。だから、アンタのものは、アタシのものさ」
今度は、ゲラゲラと大声で笑った。周りの赤セーラー少女達も、一緒になって笑った。
李大栄が、四四マグナムを両手で構えた。
強い風が、吹いた。
美鈴が、地面に頭から飛び込んだ。両腕を、前に真っ直ぐに伸ばして。その両手には、二丁の銀色のリボルバーが、握られていた。
凄まじい轟音が、轟いた。
美鈴の頭上を、四四マグナム弾の衝撃波が走った。その衝撃波は、風に舞う長い黒髪の先を切り裂いた。
胸と腹が接地した瞬間、美鈴は背筋の力で胸をそらし、両手の拳銃の引き金を、同時に引き絞った。
三十八口径の銃声が、轟いた。
ゆっくりと、李大栄の巨体が、後方へ倒れた。まるで、切り倒された巨木のように。
李大栄は、心臓と眉間を撃ち抜かれ、即死した。
赤セーラー服の女達が、悲鳴を上げた。恐慌に陥った彼女達は、次々にホルスターから二十二口径の拳銃を抜き、めくらめっぽうに撃ち始めた。
美鈴は、横へ二回、素速く回転して回避行動を取ってから、両手の拳銃の引き金を、続けざまに引いた。
一回、二回、三回。
わずか一秒間ほどの間に、左右の引き金を、三回ずつ引いた。
六人の赤セーラー少女は、頭部を撃ち抜かれて、即死した。
美鈴が、立ち上がった。
ゆっくりと、李大栄の死体まで、足を運んだ。
右手のリボルバーをブーツに戻してから、脇に落ちていた四四マグナムを、拾いあげた。
「返してもらうよ」
そう一言だけ、つぶやいた。
美鈴は、視線を転じた。
地面にしゃがみ込んでいたウサギ顔の少女が、ガタガタと震え始めた。
「助けてくれる、約束だよ……」
その少女は、脅えた様子で、言葉を絞り出した。
「アタシは日本人だよ。アンタらと違って、約束は守る」
ウサギ顔少女は、他の中国系女子高生ギャング四人と共に、卓球部の部室に寝泊まりしていた。李大栄や李秀英らが、深夜、古宿高校を訪れる際に、通用門を内側から開ける係だった。今夜、一〇時少し過ぎに、突然、美鈴達の襲撃を受けた。とっさに拳銃を抜いた四人は、その場で射殺された。ウサギ顔少女は、恐怖で拳銃を抜くことができなかったため、射殺されずにすんだ。その少女は美鈴達と取引をし、自分の命を助けてもらう条件で、李秀英を裏切ることになった。そして、美鈴の命令に従い、李大栄に電話をし、嘘の情報を流したのだった。
「だけどそれには、アンタにも、きっちりと約束を守ってもらわなくちゃね」
地面にしゃがみ込んだままの少女を、冷たい目で見下ろしながら、美鈴は、冷ややかに言った。
「ほら。今度は、李秀英に電話しな」
* * *
美鈴は、一人で、校庭に立っていた。体育館の南側ドアから出て、五メートルほどの位置だ。そこは、校庭の最も北に位置する場所でもある。
満月を、見上げていた。しばらく見上げ続けたのち、両腕を空高く上げ、大きく深呼吸をした。美鈴の両脇のホルスターには、三十八口径五連発のニューナンブが、両腰のホルスターには、二十二口径十連発のリボルバーが、納められていた。四つのホルスターの留め金は、全て、きちんと留められていた。
視線を、足下に転じた。地面に置いてあった四四マグナムを、手に取った。回転弾倉を開き、もう一度、弾丸を確認した。装填数は、四発。
腕時計を、見た。十一時五分前だった。
もうそろそろだな、と思った瞬間に、美鈴の携帯電話が振動した。左腰のホルスターの後ろに装着してある小型ポシェットから、携帯電話を取り出した。
メールだった。ウサギ顔少女からの連絡だ。李秀英達が、正門の前に到着したらしい。これから通用門を開ける、とのことだった。
すぐさま美鈴は、里沙と百合花の携帯電話に、メールを送った。
四四マグナムを持った右手を、背後に隠した。
美鈴は、校庭を挟んで体育館の真向かいにある南校舎の、北側の壁に目を凝らした。古宿高校の校庭は、狭かった。南校舎の壁から体育館の壁までの距離は、一〇〇メートルもない。だから体育の授業では、一〇〇メートル走のコースは、校庭を斜めに使って設定している。
正門から入った生徒が校庭に出る場合、最短距離のルートは、二つある。一つは、南校舎と東校舎の二階部分をつなぐ、連絡通路の下を抜ける、東側ルートである。
もう一つは、南校舎と、その北斜め西側にある食堂ホールとの間を抜ける、西側ルートである。南校舎の一階と食堂ホールは、屋根付きの通路で結ばれているが、その通路には壁はない。だから、自由にその通路を横切ることができる。
突然、一発の銃声が、響いた。
小さな、軽い銃声だった。おそらく、二十二口径だろう。方角は、正門付近だ。
美鈴は、二つのルートを、交互に見た。やがて、南校舎と食堂ホールとの間から、つまり、西側ルートから、赤いセーラー服の少女達が、バラバラと現れた。
赤セーラー達は、校庭の北側にいる美鈴に気づくと、南校舎の中央付近の壁際に、横三列で並び始めた。
素速く、その数を数えた。全部で、二十二名の人影があった。
その第二列目の真ん中付近に、紺色のセーラー服で、背の高い人影があった。どうやら、サトルのようだ。
第一列目の中央に、ひときわ背の高い女がいた。その女は、右手にアタッシュケースを持っていた。
李秀英だろうか。
美鈴は、左手に持ったままの携帯電話を、左手だけで操作し、李秀英の携帯電話にかけた。
アタッシュケースの女が、携帯電話を耳に当てるのが見えた。
「アンタが、李秀英だね」
美鈴が、尋ねた。
だが、その女は、答えなかった。
「なんとか言ったらどう?」
美鈴が、促した。
しかし、それでもその女は、答えなかった。
「違うんだ……。だったら、本物に代わりなよ」
その影武者の女は、しばらくの間、躊躇した。それから、左後方を振り返った。
すると、二列目の中央よりやや左側にいた中肉中背の女が、携帯電話を受け取った。
「アンタが、美鈴ね」
低く、少しかすれた声だった。李秀英の声だ。
「そうだよ」
「アタシの可愛い妹、美姫を殺した女」
「そうだよ」
美鈴は、平然と答えた。
「大栄も、アンタが殺したの?」
「どうして殺したことが分かった?」
「裏切り者が、死ぬ前に吐いたよ。それに、正門の内側辺りから校舎の中のほうへ、大量の血痕が続いていた。いくつもの死体を引きずったことは、火を見るよりも明らかよ。その血痕をたどって中に入ったら、大栄達の死体があったわ」
「なかなか頭が切れるね」
「この校庭にも、死体を三つ引きずったあとがあるわ。引きずった先は……、体育館の中ね」
「スゴイ観察力だね。校庭の血痕は、足で砂をかけて消したつもりだったんだけどね」
「その三人は、いったい誰?」
「卓球部の部員だよ」
その美鈴の答えのあと、しばらく、沈黙が流れた。
李秀英は、美鈴の回答を疑い、真の答えを、慎重に考えているのだ。
再び、李秀英が、口を開いた。
「校庭を間に挟むなんて、アンタ、凄腕の拳銃使いのくせに、ずいぶん慎重ね。一〇〇メートルもの距離があれば、お互いに、拳銃の弾丸は届かない。よく考えたもんね。それとも、アンタの仲間が、代わりに考えてくれたの? 風紀委員の姿が見えないけど、どこに隠れてるの?」
「体育館の中さ。アンタに渡す五〇〇〇万円分のヤクの入ったアタッシュケースを持ってね。まずは、サトルを解放しな。そうしたら、ヤク入りアタッシュケースをここへ持って来させる。それから、現金とヤクとを交換だよ」
「分かったわ」
李秀英はそう言うと、電話を切らずに、中国語で、何かを部下に命じた。
サトルは、両脇にいた女達に促され、隊列の外に出た。
ゆっくりと、美鈴のほうに向かって、歩き始めた。
李秀英が中国語で、部下に何かを命じるささやき声が、携帯電話を通じて、美鈴の耳に入った。
サトルは、歩き続けた。一〇メートルほど歩いたところで、少しばかり、歩調が速くなった。
背の高い影武者女が、腰のホルスターから、拳銃を抜いた。
その次の瞬間、その女が、発砲した。
サトルの両膝が、ガクリと落ちた。地面に、両膝をついた。そのまま、前のめりに倒れた。
携帯電話から、李秀英の笑い声が響いた。
「美鈴、ざまあみろ! アタシの妹を二人も殺した罰よ! どう? 自分の愛おしい彼氏が死ぬのを、間近で見るのは? ざまあみろ! リーベングイズー!」
瞬間的に、美鈴の頭に血が上った。左手の携帯電話を、地面に投げ捨てた。背後に隠していた右手を、前に出した。
四四マグナムを、両手で構えた。あごを引き、両腕を真っ直ぐに伸ばし、両足をしっかりと踏ん張った。
地面に転がった携帯電話から、李秀英が、さらに大声で笑うのが聞こえた。
「無駄だよ! この距離じゃ、届かない!」
携帯電話の向こうの李秀英が、あざ笑った。
美鈴は、狙いを慎重につけながら、つぶやいた。
「この拳銃は、届くんだよ。世界最強だからね」
美鈴は、引き金を絞った。
凄まじい衝撃が両肩を襲い、美鈴の全身を震わせた。
四四マグナムの轟音は、あたかも、大地を揺るがす雷鳴のようだった。
李秀英の前に立っていた女が、三メートルも後方に吹き飛ばされ、死体となって、李秀英の足下に転がった。
あまりに衝撃的な光景を目の当たりにして、複数の赤セーラー女達が、一斉に悲鳴を上げた。
李秀英が、逃げだそうと、背中を向けた。
今や、美鈴と李秀英とを妨げるのは、九〇メートルほどの距離と、夜の闇だけしか、なかった。
次の瞬間、美鈴は、もう一度引き金を絞った。
再び、凄まじい衝撃が、美鈴の体を震わせた。
四四マグナム弾は闇夜を切り裂き、背中を向けた李秀英の細い体を、吹き飛ばした。
女達の悲鳴が、絶叫に変わった。
三たび、美鈴は、引き金を絞った。
凄まじい轟音と共に、影武者女が、くの字になって後方に吹き飛んだ。
幹部とおぼしき大柄な女が、赤セーラー達に、大声で何かを命じた。赤セーラー達は泣き喚きながら拳銃を抜き、やみくもに乱射を始めた。
四たび、引き金を絞った。
幹部女の頭部の左上部分が、吹き飛んだ。脳髄を辺り一面に撒き散らしながら、硬直した女の体が、痙攣しながら後方に倒れた。
女達が、恐慌に陥った。半数は、泣き喚きながら乱射を続けたが、残りの半数は、逃げ出し始めた。
弾切れとなった四四マグナムを放り出し、美鈴は、右膝を真上に向かって蹴り上げた。ブーツから飛び出したリボルバーを、右手でつかんだ。右足を着地させると同時に、今度は左膝を蹴り上げた。飛び出したリボルバーを、左手でつかむやいなや、美鈴は、全速力で、走り出した。
数名の赤セーラーが、西側ルートを通って、逃げ出そうとしていた。
だが、屋根付き通路を横切った直後、パリパリパリと、軽機関銃の銃声が響いた。
食堂ホール西側の陰に隠れていた、里沙だ。
軽機関銃がばらまく無数の銃弾によって、西側ルートから逃走しようとした六名は、全員、撃ち殺された。
赤セーラーが三名、東側ルートから逃走した。連絡通路の下をくぐって姿が見えなくなった直後、銃撃音がした。
一回、二回、三回。
東校舎に潜んでいた、百合花のベレッタの銃声だ。
美鈴は、校庭を走った。五〇メートルの距離を七秒台で走り抜け、校庭の中央付近を過ぎたところで、左足で踏み込み、右斜め前方に低く跳躍した。右足を着地させると同時に、右肩を下にして地面に転がり、バレーボールの回転レシーブの要領で、腰を落としたまま、起き上がった。
起き上がった瞬間に、両腕を前方に伸ばし、左右のリボルバーの引き金を絞った。続けて二回ずつ撃つと、再び右肩を下にして地面に転がった。今度は三回素速く回転してから、起き上がると同時に、引き金を引いた。左右二回ずつ。
美鈴と赤セーラー達との距離は、三〇メートル以上あった。だが、美鈴は一発も外さなかった。美鈴の放った三十八口径の弾丸は、八人の赤セーラー女の頭部、胸部、腹部に命中し、一発で即死させた。
李秀英とその一味は、全滅した。
美鈴は、両手にリボルバーを持ったまま、今度は、ゆっくりと歩を進めた。
倒れたサトルの脇に片膝をつき、リボルバーを地面に置いた。彼を仰向けにしてから、抱き起こした。
サトルは、まだ息があった。だが、軍用九ミリ弾で背中から撃たれたため、もはや、虫の息だった。
サトルが、まぶたを開けた。
「みす、ず……」
「そうだよ。アタシだよ」
「ごめんね。ボクのへまのせいで、迷惑かけちゃって……」
美鈴の表情が、歪んだ。
「気にするなよ。そんなこと」
「ボク、嘘もついちゃった。ボクとキミが、恋人同士だ、って……」
「ああ、知ってるよ」
「ボク達、まだ、キスもしてないのにね……」
それが、サトルの最後の言葉となった。
美鈴は、サトルの頸動脈に、指を当てた。脈が、止まっていた。
手のひらで、そっと、サトルの両まぶたを、閉じた。
サトルの上半身を抱き起こしたまま、美鈴は左手を、サトルの後頭部に回した。
静かに、くちびるを重ねた。
「これで、もう、嘘じゃないよ」
美鈴は、サトルの耳元にくちびるを寄せ、ささやいた。
「さよなら。アタシの恋人」
サトルの体を横たえ、美鈴は、立ち上がった。
両手には、銀色のリボルバーが、握りしめられていた。
二丁の拳銃は、満月の月明かりを反射し、輝いていた。
どこか幻想的で、そして、悲しい美しさだった。
第十二章・終