第十一章「暗闇でドッキリ!?」
第十一章「暗闇でドッキリ!?」
誰かが、背中を揺すっていた。美鈴は眠い目をこすりながら、振り返った。
里沙だった。
「美鈴、電話がかかってきたわよ」
「誰から?」
「分からない」
「何それ?」
「ペク・スヨンの携帯電話にかかってきたの」
美鈴は思わず飛び起き、立ち上がった。
「貸して!」
「もう切れてるわよ。だけど、こちらからかけ直してみる? それとも、またかかってくるのを待つ?」
「ちょっと見せて」
美鈴は、里沙からペク・スヨンの携帯電話を受け取った。
電話をかけてきた相手は、カタカナで「ヌナ」と表記されていた。
「ヌナって誰かな?」
その美鈴の質問に、里沙は肩をすくめて答えた。
「私に分かるわけないじゃない。そんな変な名前、男か、女かも分からないわよ」
「女? あっ! 思い出した」
美鈴の声が、少しばかり大きくなった。
「何よ?」
「ヌナって、姉のことだよ、確か」
「美鈴って、ハングルを勉強したことあるの?」
「ないよ。だけど、昔、近くにいたからね。タチの悪いチンピラがね」
里沙は暗闇の中で、腕を組んだ。
「ということは、ボスのペク・セウンからの電話ってことね。で、どうする?」
「一つアイディアがある。ペク・セウンと李秀英を戦わせる」
「なるほどね。どちらが勝っても、戦力が大幅にダウンするでしょうね。で、具体的には?」
美鈴は、右手をあごに当て、唸った。
「李秀英が、ペク・スヨンを殺したことにする。もともとペク・スヨンは、李秀英と取引するつもりだったのだろうしね。なら、ペク・スヨン殺しが李秀英だというのは、分かりやすい話だと思わない?」
「かもね。じゃあ、美鈴、かけてみてよ?」
「アタシが?」
「だって、風紀委員がマフィアに告げ口するのは、おかしいでしょ。その点美鈴なら、たまたま高校で寝ていたら銃撃戦を目撃した、ってことにできるわよ」
美鈴は、再び唸った。
「早くかけたら」
「もうちょっと、考えさせてよ。細かいところまでね」
そう答えた直後、ペク・スヨンの携帯電話が、振動した。
里沙が、あごで美鈴を促した。
美鈴は深呼吸をしてから、電話に出た。
「もしもし」
その美鈴の言葉に、電話の向こうの人物が、息を飲むのが分かった。
「アンタ誰? 李秀英?」
その中年女の声には、強い怒気がこもっていた。
「いや、違うよ」
「じゃあ、誰よ」
「通りすがりの女子高生だよ」
「なんでアタシの妹のケータイに出てるのよ?」
「アンタの妹だったんだ……」
「早く妹を出しな」
「お気の毒だね……」
「まさか……」
電話の向こうで、ペク・セウンが絶句した。
「アンタの妹は、李秀英の待ち伏せにあって、殺されたよ。仲間も全員ね」
再びペク・セウンが、電話の向こうで息を飲むのが分かった。
「それで、アンタは何者だい?」
「この高校の生徒で、少しばかり、李秀英に恨みを持っている。アンタが李秀英に復讐する気なら、手を貸してもいいよ」
「復讐は、もちろんするに決まってる。あんなガキに、なめられたままじゃ終わらないよ!」
「李秀英は、明日の夜、都立古宿高校にやって来るはずだよ。もしアンタがヤル気なら、アタシが事前に、校内へアンタ達を手引きしてもいい。そうすれば、今度はアンタ達が、李秀英を待ち伏せできるよ」
しばらくの間、沈黙が流れた。
「あんた、日本人かい?」
「そうだよ」
「名前は?」
「美鈴」
「分かった。アンタと手を組もう。美鈴、それでアンタが求める見返りは?」
「二つあるよ。一つは、李秀英の死体。風紀委員に渡せば、カネをもらえるからね。もう一つは、サトルっていう男の子。アタシが唾つけてたのに、李秀英が、カネとヤクでたらし込んだんだよ。その男の子は、殺さないでね。アタシのお気に入りの美少年なんだから」
またしばらく、沈黙が流れた。電話の向こうで、慎重に考えているのだろう。
六〇秒ほどすぎて、ペク・セウンが、ようやく口を開いた。
「分かった。それで、李秀英は何時に来る?」
「それはまだ、分からない。情報が入り次第、このケータイでアンタに連絡するよ」
「分かった」
電話が、切れた。
「意外と、うまくいったわね」
里沙が、少しばかり感心した顔で、美鈴に声をかけた。
「まあね。だけど、ああいった連中は危険だからね。こちらも、充分用心しないとね」
「で、私達は、具体的にはどうする?」
美鈴は、腕時計を見た。午前三時を、少し過ぎていた。百合花とのおしゃべりが終わったのが、二時少し前だった。まだ一時間しか、寝てなかったことになる。
「朝まで寝よう」
「そうね。なかなか寝付けそうにないけど」
「百合花は、熟睡してるよ」
「意外と度胸があるのか、それとも単にバカだから、何も心配せずに寝れるのか……」
「度胸があるんだよ」
口の悪い里沙の言葉を途中で遮り、美鈴が断言した。
「バカなのよ」
里沙が、意地悪く言った。
美鈴は、暗闇の中で肩をすくめたあと、再び百合花の毛布の中に潜り込んだ。
* * *
百合花が目覚めた時、既に、美鈴も里沙も起きていた。音楽室のカーテンは閉められたままだったが、電灯は全部、点けられていた。美鈴は、黒い回転式拳銃を分解していた。里沙は、軽機関銃の手入れをしていた。
「おはよう」
百合花が声をかけると、美鈴が微笑みながら答えた。
「おはよう」
里沙が、イヤミたっぷりに言った。
「もう九時よ」
百合花は、慌てて飛び起きた。
「授業が始まってるわ」
「音楽の授業が、一時間目になくて良かったね……」
その美鈴の言葉を遮り、里沙が百合花に言った。
「どうせあなたは、校内の見回りと称して、授業には出てないでしょ」
「半分くらいは出てるわよ。ところで、サトルの奪還計画って、どうする? いいアイディアとか、浮かんだ?」
「計画は、できたよ」
分解したリボルバーの部品を布で磨きながら、美鈴が答えた。
「どんな計画?」
「ペク・セウンと連絡が取れた。彼女達と李秀英とを戦わせる。まず、ペク・セウン達を校内に手引きして、呼び出した李秀英を待ち伏せする。どちらが勝っても、戦力は大幅に低下するよ」
百合花は、感心した顔で美鈴を見た。
美鈴は視線を里沙に向け、尋ねた。
「ところで里沙、風紀委員の特権で、高校の警備員に、二回目の見回りを中止させることって、できる?」
軽機関銃の弾倉に二十二口径の弾丸を込めながら、里沙が聞き返した。
「なんで?」
「李秀英を呼び出す時間を、十一時に設定したい。そうすれば、二回目の見回りが、一〇時半までかかると思いこんでいるはずだから、李秀英は、まさか、数十名のコリアン・マフィアが、待ち伏せしているとは思わないだろうからね」
「なるほどね。それじゃあ、警備員のほうは説得してみるわ。麻薬取引の現場を押さえたい、って言えば、たぶん大丈夫よ」
「じゃあ、頼んだよ。で、問題なのは、予定通りに計画が進まなかった時なんだけど……」
美鈴は、里沙と百合花を近くに呼んで、小声で話し始めた。
「分かったわ」
美鈴が話し終えると、里沙は大きくうなずいた。
「わたしも」
百合花も大きくうなずいた。
「ところで、使う武器は、どうする? 昨日作った爆弾は使う?」
その里沙の質問に、美鈴が答えた。
「爆弾の使用は、やめとこう。今度のように、遮蔽物のない場所で使うと、仲間が巻き添えになるかも知れないからね。で、里沙は、その軽機、使えそう?」
「まあね。初めてだけど。弾丸は通常の二十二口径でいいみたいだし、銃の本体には、強化プラスチックを多用していて、かなり軽くて、扱いやすそうよ。で、美鈴は?」
「これも使おうかと思う」
美鈴は、戦利品の、脇の下につけるタイプのホルスターを、左右両脇につけてみた。その二つのホルスターに、組み立て終えたニューナンブを一丁ずつ納めた。
「美鈴、すごいわ。二丁拳銃じゃなくて、四丁拳銃ね」
百合花が、笑顔で褒めた。
美鈴は既に、両腰にも一つずつホルスターをつけており、十連発の二十二口径リボルバーを納めていた。
「百合花、実はね、美鈴はスカートの下にも、ホルスターをつけてるのよ」
里沙のその言葉に、百合花は驚いた顔をした。
「ホント?」
美鈴は黙って椅子から立ち上がり、スカートの両裾を少しだけ持ち上げた。黒いホルスターの下部が、少しだけ見えた。
「一緒に寝てたのに、気づかなかったわ」
「アメリカ製でしょ? コルト? それともスミス・アンド・ウェッソン?」
里沙の質問に、美鈴はスカートを元に戻しながら、視線を逸らして答えた。
「スミスだよ。二十二口径のほうもね。ところで……」
美鈴は、話を逸らした。
「百合花は、この拳銃、使ってみる?」
そう言って、一丁の黒い自動式拳銃を渡した。
「重いわね。一キロ以上ありそう」
受け取った百合花は、その拳銃の重さに驚いた。
「金属製だからね。九ミリ弾使用の軍用銃。たぶん、コリア製だね」
「重いから、遠慮しとくわ。わたしのベレッタ最新モデルのほうが、軽くて扱いやすいから」
百合花はそう言いながら、軍用オートマチックを美鈴に返した。
「分かった。それじゃあ、とりあえず解散ということで。放課後、またここに集合だよ」
三人は解散し、荷物をまとめて音楽室を出た。ちょうどその時、一時間目の終了チャイムが鳴った。
* * *
月明かりの中で、美鈴は、腕時計を見た。時計の針は、ちょうど、午後九時を指していた。校庭は、月明かりだけで、充分に明るかった。空を見上げると、満月だった。
三人は、その日一日、それぞれの役割を果たした。里沙は、警備員と話をつけた。美鈴は、午前中は百合花の校内の見回りについて行き、校内の隅々まで頭に入れた。正午には、食堂ホールへ行き、三人で昼食を取った。午後になってから、美鈴は李秀英に電話をかけ、午後十一時に、サトルと現金五〇〇〇万円を持って、校庭に来るように告げた。続いて、ペク・セウンにも連絡を入れた。その後、百合花が得意科目の英語の授業に出席している間、美鈴は保健室に行って、香織と無駄話をして時間を潰した。昔の同人小説の話で、盛り上がった。二〇世紀と二十一世紀の女子高生の間にある根本的な相違は何か、それは麻薬の有無である、という点で、意見が一致した。放課後には、再び音楽室に集合し、今夜の打ち合わせを充分にした。
体育館から、里沙と百合花が出てきた。
「美鈴、準備はいいわよ」
里沙が、引き締まった表情で言った。
「分かった。じゃあ、持ち場について」
百合花が、不安げな顔で、尋ねた。
「美鈴、ホントに一人で大丈夫? わたしも一緒に……」
その百合花の言葉を、美鈴は途中で遮った。
「百合花には、重要な役割があるでしょ」
「うん。分かってる。それで……、もう一回、練習してみる?」
今度は、里沙が口を挟んだ。
「もう三回もやったでしょ。あとは、あなたに度胸さえあれば、本番でもうまくいくわ」
「百合花は、度胸があるから、大丈夫だよ」
美鈴が、すぐさまフォローを入れた。
「それじゃあ、二人とも、持ち場について。アタシは今から、電話をかけるから」
そう言って美鈴は、ペク・スヨンの携帯電話を取り出した。
二人は、急いで体育館の中に入った。
美鈴は、電話をかけた。すぐに、ペク・セウンがでた。
「もしもし、ペク・セウン? 今どこにいる?」
「高校のすぐ近くだよ」
「車で来てるんでしょ? 近くに何台も車が停まってると、待ち伏せがばれてしまう。だから、一キロほど離れたところに車を停めて、そこから徒歩で来てよ。九時半に、正門を開けるから」
「分かった」
美鈴は、電話を切った。
* * *
九時半になった。本来なら、警備員の二回目の見回りが始まる時間だ。校内で寝泊まりするホームレスの生徒達は、この時間帯になると、部室に閉じこもって外には出てこない。
美鈴は、正門の横にある通用門を開けた。
ペク・セウンは、痩せた背の高い女だった。髪は、肩まである派手な茶髪。もう四月だというのに、黒いロングコートを着ていた。
通用門の内側の脇に立ち、美鈴は、ペク・セウンを招き入れた。彼女のあとから、続々と、腰にガンベルトを巻いた女達が、入ってきた。美鈴は、相手に悟られないようにしつつ、心の中で秘かに人数を数えた。全部で、ちょうど六〇名だった。ペク・セウンを除いて。
「随分多いね。組員総出? これなら、李秀英のグループの、二倍から三倍くらいになるだろうね」
そう言った美鈴を、ペク・セウンは、ジロリとにらみつけた。
「待ち伏せする場所は、どこ?」
「体育館の中だよ。李秀英が校庭に来たら、体育館の南側のドアを全部開けて、一気に飛び出す。これだけの人数がいたら、確実に勝てるよ」
「体育館はどこ?」
「今から案内する。ついてきて」
美鈴は、先頭に立って、歩き出した。
校庭を縦断し、あらかじめ開けておいた、体育館の南側のスライド式ドアから、美鈴は土足のまま中に入った。体育館の中は、電灯が点いておらず、暗闇に包まれていた。北側と南側の天井付近には、金属格子がついた窓が並んでいる。その格子は、ボールの衝突防止用だ。その窓からは、月明かりが微かに射し込んでいる。だが、ステージがある東側や、西側には窓はない。暗闇の中、美鈴は体育館の中央へ進んだ。
中央付近まで来たところで、美鈴は、振り返った。ペク・セウンの部下は、既に全員、体育館の中に入っていた。彼女と美鈴との間には、五メートルほどの距離しかなかった。
ペク・セウンが、口を開いた。
「随分、暗いね」
「しばらくすれば、目が慣れるよ」
美鈴がそう答えると、ペク・セウンは、南側のドアを閉めるように部下に命じた。
館内が、さらに暗くなった。
数十秒が、過ぎた。美鈴の目が、暗闇に慣れてきた。
ペク・セウンも目が慣れてきたらしく、口を開いた。
「ところで、アンタの待ち伏せ計画は、イマイチだね」
「そう?」
「だから、計画を変更することにした」
そう言うと同時に、ペク・セウンが、コリア語で号令をかけた。部下達が一斉に、拳銃を抜いた。
その六〇の銃口は、全て、美鈴に向けられた。
美鈴は、平静さを装い、尋ねた。
「で、アンタの新しい計画っていうのは、どんなものなの?」
ニタリと笑って、ペク・セウンが答えた。
「とっても良い計画さ。アンタと李秀英を、戦わせる」
「アタシは、たった一人だよ。それでどうして、二〇人以上も部下のいる李秀英と戦えるの?」
「だけどアンタは、凄腕の拳銃使いだそうじゃないか」
美鈴の表情が、険しくなった。
「誰から、そんなことを聞いたの?」
再び、ペク・セウンはニタリと笑った。暗闇の中で見るその笑みは、薄気味悪い代物だった。
「李秀英さ」
美鈴は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの女と、いったい、いつ話したの?」
「アンタとの最初の電話のすぐあとさ。李秀英から電話がかかってきた。取引現場に、風紀委員とその仲間達が突入してきて、アタシの部下を全滅させて、アタシのヤクを奪った、と言っていた。そして、その薄汚いチョッパリ連中の中に、凄腕の拳銃使いが一人いた。その女が、アタシの妹を殺した。その女の名は、美鈴。つまり、アンタのことだ」
美鈴は、もう一度唾を飲み込んだ。それから、ゆっくりと口を開いた。
「李秀英なんかの言うことを、信じるの?」
「まさか。信じるわけないだろ。なぜなら、アタシは誰のことも信じない。アンタの話も、李秀英の話もな。アタシが信じるのは、カネだけさ。だが、李秀英は、言っていた。美鈴と風紀委員を殺して、アタシが自分のヤクを取り戻したら、もう一度、取引をやり直そう、って。それで今夜、李秀英は現金五〇〇〇万円を持って来るそうだ。だから、アンタがおとなしくヤクを返して、アンタが李秀英と戦い、もしアンタが勝ったなら、アンタの命は助けてやってもいい」
ペク・セウンが話し終えるのを待って、美鈴が口を開いた。
「悪いけど、アタシもアンタらの口約束なんて、信じないよ。アタシが信じるのは、拳銃だけ。最初の予定通り、アンタが李秀英と戦いな。でないと、この場でアンタを殺すよ」
美鈴は、上体をわずかに前傾させながら、ペク・セウンをにらみつけた。
ペク・セウンは、みたび、気味の悪い笑みを浮かべた。
「拳銃を信じるって? アタシの拳銃は六〇丁もある。だけどアンタが身につけてる拳銃は、たったの四丁。しかも、まだホルスターから抜いてもいない。こっちは既に、全ての銃口をアンタに向けている」
「それが、どうしたっていうの? この距離なら、絶対に外さないよ。アンタの心臓と眉間に、鉛弾をぶち込める。確実にね」
その美鈴の言葉を、ペク・セウンは鼻でせせら笑った。
「そんな強がったハッタリ、するだけ無駄だよ。アンタが拳銃を抜く前に、アンタは蜂の巣になる。アタシの部下の放った弾丸でね」
美鈴はペク・セウンを見据えながら、微かに首を左右に振った。
「口で言って分からないバカは、殺すしかないね。この拳銃は、抜かなくても撃てるんだよ」
その美鈴の言葉を耳にした途端、ペク・セウンの表情が、強張った。
美鈴が叫んだ。
「百合花!」
叫ぶと同時に、美鈴は垂直に腰を下へと沈ませながら、両手を、両腰の二十二口径一〇連発リボルバーの銃把にかけた。
その直後、強烈なスポットライトの光が、ペク・セウンの周辺を照らした。まぶしさのあまり、ペク・セウン達は一斉に、その光から顔を背けた。
美鈴は、リボルバーをホルスターから抜くことなく、引き金に人差し指をかけ、銃把を後方へ引きつつ下方に力を加えた。
ホルスターが、一三〇度ほど回転した。ホルスターに入ったままのリボルバーの銃口が、ペク・セウンに向けられた。美鈴は、そのまま二つの引き金を同時に絞った。
二十二口径の軽い銃声が、響いた。右のリボルバーの弾丸は、ペク・セウンの左胸に、左のリボルバーの弾丸は、顔面に、命中した。
ペク・セウンの両脇にいた部下が、沈み込んだ美鈴に銃口を向け、発砲した。
だが既に、美鈴は、そこにはいなかった。
しゃがみ込んだ美鈴は、後方へ、床と水平に低く跳躍していた。跳びながら、美鈴はリボルバーをホルスターから抜き、発砲した。
正確な射撃で、その二名の頭部を撃ち抜き、射殺した。
美鈴の背中が、床に接地した。慣性の法則で、体が床を滑り始めた。そのまま滑りながら、美鈴は、引き金を引いた。続けざまに。
一度、二度、三度。
パリパリパリ、という軽機関銃の連射音が、聞こえた。南側の空中回廊から、里沙が銃撃を加え始めたのだ。里沙の位置は、ペク・セウンの部下達から見て、後方の頭上に位置する。
ペク・セウンの部下達が、恐慌に陥った。数十名の女達が、意味不明の言葉でわめきながら、四方八方に向けて、拳銃を乱射し始めた。
床の上を滑っていた美鈴の体が、止まった。美鈴はそのままの姿勢で、両手の拳銃の引き金を一度だけ引いたあと、背筋の力を使い、床に頭をつけて後転した。両足が接地すると、しゃがみ込んだ姿勢のまま、左右の拳銃の引き金を一度引き、再び、後方へ、床と水平に低く跳んだ。
跳びながら、また、引き金を引いた。背中が床に接地すると、滑りながら、引き金を引き続けた。
体育館の北側の空中回廊からも、銃撃音が聞こえ始めた。百合花だ。彼女はスポットライトを点けると同時に、敵の銃撃を避けるため、空中回廊を西方へと、十五メートル以上移動することになっていた。
美鈴の体が、止まった。弾切れとなった二十二口径一〇連発リボルバーを床に投げ捨て、後転した。足が接地した瞬間に、両脇のホルスターからニューナンブを抜いた。
軽機関銃の銃撃音が止まった。弾切れだ。
コリアン・マフィアの三分の二は、既に、床に倒れて血を流していた。まだ立ち続けている女達も、戦意など、もはや一欠片も残っていなかった。
ドア付近にいた女達が、南側のドアを開け始めた。
三十八口径のニューナンブが、火を噴いた。美鈴は立ち上がりながら、二丁の拳銃の引き金を、続けざまに引いた。ドアから逃げ出そうとした女達から順に、射殺した。
再び、軽機関銃の銃撃音が始まった。里沙が、予備弾倉に換えたのだ。
それから数秒の後、立ち続けているコリアンは、皆無となった。
美鈴が、怒鳴った。
「撃ち方、やめー!」
軽機関銃と百合花のベレッタの銃撃音が、止まった。
暗闇のあちらこちらから、死に損なった女達の、もがき苦しむ声が聞こえた。
里沙が怒鳴った。
「生きてる奴が、まだたくさんいるわ!」
すぐさま美鈴が、怒鳴り返した。
「外に逃げたのが、三人いる! 今からアタシが追いかける。アタシが体育館から出るまでは、発砲するな!」
美鈴は小走りで、死体や重傷者の間を駆け抜け、開け放たれた南側のドアから外に出た。
外に出るやいなや、体育館の中から、軽機関銃の銃撃音が、聞こえ始めた。
校庭は、月明かりで明るかった。全速力で走って逃げ出した三人の女達は、既に校庭の中ほどまでたどり着いていた。
戦闘の時、常に美鈴は、残弾数を計算しながら銃撃することにしていた。五連発のニューナンブの残弾数は、左右共に一発ずつ。
左右の拳銃の、撃鉄を起こした。両方同時に、発砲した。
二人の女が、倒れた。だがすぐに、左側の女が、立ち上がった。左手で撃った標的だ。その女は、肩を負傷していた。ふらつく足取りで、よろめきながらも、再び走り始めた。
弾切れとなった二丁の拳銃を、美鈴は、地面に投げ捨てた。右膝を、胸に引きつけるようにして、蹴り上げた。銀色のリボルバーが、飛び出した。右手で銃把をつかむと同時に、発砲した。
肩を負傷していた女が、地面に倒れた。
最後の一人は、全速力で走り続けていた。校庭の中ほどを過ぎ、美鈴との距離は、六〇メートルはあった。
リボルバーの、撃鉄を起こした。右足を一歩前に出し、右腕を真っ直ぐに伸ばした。慎重に、狙いをつけた。
引き金を、絞った。
三十八口径の銃声が、轟いた。
弾丸が、背後からその女の心臓を貫いた。
最後の一人は、地面に倒れたあと、もはや、ピクリとも動くことは、なかった。
気がつくと、体育館内でも、既に銃撃音は、やんでいた。
美鈴は、銀色のリボルバーを、いったんブーツに戻した。地面に投げ捨てた二丁のニューナンブを拾うと、回転弾倉を開け、中の空薬莢を、全部地面に捨てた。
死体以外は誰もいない校庭で、美鈴は、地面にあぐらをかいて座り込んだ。おもむろに、自分のスカートを、大きくまくり上げた。太もものガンベルトが、露わになった。そのガンベルトの、ホルスターが装着されている部分以外には、三十八口径の弾丸が、ぎっしりと装着されていた。その弾丸ベルトから、弾丸を抜き取り、二丁のニューナンブに弾丸を込め始めた。それが終わると、その二丁を両脇のホルスターに納め、今度は、銀色のリボルバーを右のブーツから取り出した。回転弾倉を開け、使用済みの薬莢二つを取り出した。弾丸ベルトから、二発だけ弾丸を抜き取り、回転弾倉に装填した。
回転弾倉をもとに戻しながら、美鈴は、立ち上がった。そして、拳銃をブーツの中に戻した。
体育館の中から、里沙が、大声で呼びかけてきた。
「美鈴! 全部仕留めた?」
美鈴も、大声で答えた。
「仕留めたよ! 死体を、体育館に運ぶから、手伝ってよ!」
一、二分してから、里沙と百合花が外に出てきた。三人で、三つの死体を体育館内に運んだ。次の決戦の下準備のために。
その作業を終えると、百合花が尋ねてきた。
「このあと、どうするの?」
美鈴が答えた。
「部室に行く。卓球部のね」
第十一章・終