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第十章「一期一会で即席カップル!?」

  第十章「一期一会で即席カップル!?」


 美鈴と百合花は、東校舎の音楽室に戻った。里沙が、一足先に戻っていた。

 暗い表情で、百合花が里沙に言った。

 「隆子が……、亡くなった……わ……」

 「そう」

 里沙の答え方は、あまりにも素っ気なかった。

 「何よ。その言い方」

 百合花が、里沙に突っかかった。

 「この仕事に、犠牲はつきものよ」

 その里沙の言葉に、百合花は美しい顔を怒りで歪め、さらに喰ってかかった。

 「犠牲、って……、あなた、仲間の命を、なんだと思ってるの?」

 「仲間ですって?」

 今度は、里沙の表情が一変した。

 「カネに釣られただけの女が、仲間ですって? わたしは二年間も命がけで戦ってきたのよ。二年間も! 何度も死ぬかと思ったことがあった。だけどそれでも続けたのは、お金のためじゃない。正義のためよ! それなのに、カネのために戦う女をわたしと一緒にして、仲間ですって? わたしをそこら辺の守銭奴のゴロツキと一緒にしないでよ!」

 里沙の言葉は、(しま)いには、叫ぶような言い方になっていた。

 「な、なによ! そんなふうに言わなくってもいいでしょ……、ねえ」

 里沙の剣幕に押された百合花は、美鈴に同意を求めた。

 美鈴は、静かに口を開いた。

 「里沙。隆子と約束した。隆子の取り分七〇〇万円を、彼女の母親に渡すって」

 「何ですって!?」

 ヒステリックに里沙が叫んだ。

 「何もしなかったくせに、カネだけは払えっていうの?」

 その里沙の言葉に、百合花が言い返した。

 「あら、あなたは正義のために戦ってるんでしょ。それなら、隆子のママにお金を渡したっていいじゃない」

 苦虫を噛み潰したような表情で、里沙は百合花をにらみつけたあと、話を逸らした。

 「美鈴、あなたの戦利品、持ってきてあげたわよ」

 そう言って里沙は、机の上のビニール袋をあごで示した。

 「ありがとう」

 「ところで美鈴、このアタッシュケース、どうやって開ける?」

 「どれ、見せてみな」

 アタッシュケースの鍵は、ダイヤルロック式だった。

 美鈴は、ダイヤルロックに右耳を近づけ、ダイヤルを端から順に、一つずつ、ゆっくりと回し始めた。

 「何か聞こえるの?」

 不思議そうな顔で、百合花が、尋ねた。

 「安物は、音がするんだ」

 「開きそう?」

 里沙のその質問に、美鈴が答えた。

 「ダイヤルが、三つしかないからね」

 三分もしないうちに、ダイヤルロックは外れ、アタッシュケースが開いた。

 中にぎっしりと詰まっていたのは、白い粉の入ったビニールパックだった。

 「何これ?」

 百合花が、美鈴に尋ねた。

 「バカね。ヤクに決まってるでしょ」

 間髪を入れず、里沙が答えた。

 「そんなのは分かってるわよ。どんな麻薬か聞いてんのよ」

 美鈴は、二人の言い争いに終止符を打つかのように、大きな音を立ててアタッシュケースを閉めた。そして、ダイヤルを適当に回した。

 「ちょっと、何やってるのよ。せっかく開けたのに……」

 その里沙の文句を無視して、美鈴が口を開いた。

 「ますます悪い予感がしてきたよ。このシャブは、五〇〇〇万円分はある。どんなマフィアだろうと、これだけのシャブをパクられて、黙ってるわけがないよ」

 「確かに、そうね……」

 里沙は眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。

 美鈴は、自分の携帯電話を取り出し、片手で操作し始めた。

 「何やってるの?」

 百合花の質問に、美鈴は、携帯電話の画面を見つめたまま、答えた。

 「警視庁の懸賞金付き指名手配者データベースに、アクセスしてるんだよ」

 そのまま、数分が過ぎた。

 退屈したのか、百合花が、美鈴の携帯電話の画面を、のぞき込んだ。ちょうどその時、美鈴が叫んだ。

 「あった!」

 里沙も、美鈴の携帯電話をのぞき込んだ。

 「アタッシュケースを持っていた女は、ペク・スヨン、二十八歳。古久保周辺を根城とするコリアン・マフィアの女ボス、ペク・セウンの妹。ペク・セウンは三十三歳。一九九〇年代の末頃から、北鮮製覚醒剤の小売りを、女子高生相手に始めたらしい。つまり、女子高生ギャングのはしり、ってことだね」

 「ペク・セウンなんて、聞いたことないわね」

 里沙が、拍子抜けしたように言った。

 「あの辺りは、多いからね。コリアン・マフィアが。だけど、グループの構成員は、推定で、五〇名以上だってよ」

 美鈴が、データベースを見ながら、答えた。

 「五〇名? データベースにそうあるなら、その二倍くらいは、いるかもね。どうせ、不法入国者の分はカウントしてないんだから」

 里沙が、冷ややかに言った。

 「そうだね……」

 そう答えた時、手にしていた美鈴の携帯電話が、振動した。

 表示された電話番号は、サトルのものだった。

 電話に出た。

 「サトル? 実は、隆子が……」

 「あ〜ら、違うわよ」

 少しかすれた、女の声だった。

 「アンタ誰だ?」

 怒気を込めた口調で、美鈴が尋ねた。

 里沙と百合花にも、緊張が走った。

 「李秀英よ。アンタのかわいい彼氏の身柄は、アタシが預かってるわよ」

 「サトルを、人質に取ったのか?」

 その美鈴の言葉に、里沙と百合花の表情が、一気に険しくなった。二人は、美鈴に頬を寄せるようにして、会話に耳をそばだてた。

 「アタシの五〇〇〇万円分の覚醒剤は、アタシのために、手に入れてくれた?」

 ククッと、電話の向こうで、李秀英が笑った。

 「ああ、今ここにあるよ」

 美鈴の口調にこもった怒気が、さらに強くなった。

 「それじゃあ、アンタの彼氏とアタシのシャブとを、交換しましょ」

 「サトルを、電話に出しなよ」

 「いいわよ。まだ殺してないから」

 電話の向こうで話し声がしたあと、サトルが出た。

 「ごめん、へましちゃって……」

 「いいよ。それより、怪我はない?」

 「今のところはね。ビルの屋上でさ、突然、大勢に囲まれちゃってさ、それで、多勢に無勢で、捕まっちゃって、面目(めんぼく)ない……」

 「別にいいよ。アンタのことは、必ず助ける」

 「あ、ありがとう……、ボク、命が助かったら、君のために、何でもするよ」

 「気にするなよ」

 「美鈴、愛してる……」

 そこで、サトルから李秀英が電話を奪った。

 「明日の夜、交換よ。時間と場所は、明日になってから連絡するわ」

 「待てよ。シャブは五〇〇〇万円と、サトルはあんたの妹と交換だよ」

 「日本(リーベン)鬼子(グイズ)!」

 李秀英が、電話の向こうで(ののし)った。

 「アンタらはアタシをバカだと思ってるの? 李美姫の遺体は、とっくに回収したわ。よくもアタシの可愛い妹の美しい顔を、メチャクチャに潰してくれたわね! アンタらは全員今すぐ皆殺しにしたいところだけど、ここはビジネスに徹して、取引を優先することにしたの。だけどね、妹の復讐は、必ずするから、覚悟してなさい!」

 「遺体がどこにあるか、よく分かったね」

 「簡単なことよ。風紀委員が負傷者を入院させる場所といったら、都立病院しかない。だから行って調べてみたのよ。今日入院した都立高の女生徒は、一名しかいなかった。その女に会ってみたら、妹ではなく、張紫明だった。あの裏切り者の女は、すぐにペラペラと全部話してくれたわ。だから、苦しませずに、ひと思いに殺してあげた。だけど美鈴、アンタは、地獄の苦しみを味あわせながら、殺してあげる」

 美鈴は、李秀英の激しい憎悪のこもった言葉を無視し、要求を突きつけた。

 「サトルと五〇〇〇万円の両方を持ってきな。そうじゃなきゃ、シャブは渡さないよ」

 一瞬の沈黙のあと、李秀英が、かすれた声に怒りを(にじ)ませて尋ねた。

 「何言ってんだい? アンタは」

 「サトルに、五〇〇〇万円分の価値はない。だから、五〇〇〇万円の現金も用意しな」

 「アンタの可愛い恋人なんだろ」

 「現金がなけりゃ、他の仲間が納得しない」

 「仲間はアンタが説得しな」

 「ダメだ。できないし、するつもりもない」

 「そんなこと言ってると、アンタの彼氏が死んじゃうよ」

 ククッと、電話の向こうで、押し殺した笑い声が聞こえた。

 「アタシ達は、アンタらとは違う。仲間同士で一度決めたことは、覆すことはできないんだよ」

 今度は、歯ぎしりをする音が、電話の向こうから聞こえた。

 「それじゃあ、特別に、男に一〇〇〇万円をつけてやるよ」

 「ダメだ。五〇〇〇万円だ」

 「そんなこと言ってると、マジでアンタの男を殺すよ!」

 「やってみろよ。アンタはシャブを入手できなくなるよ」

 「マジで殺すぞ!」

 李秀英の口調が、激しさを増した。

 「アタシは日本人だ。アンタ達と違って、仲間のために、自分を犠牲にするのには、慣れている。仲間との約束を守るためなら、自分の恋だの愛だの何て、いくらでも犠牲にできるよ」

 再び、歯ぎしりをする音が、電話の向こうから聞こえた。

 「分かった。五〇〇〇万円、用意してやるよ。明日、アタシからの電話を待ってな……」

 すかさず美鈴は、李秀英の言葉を遮った。

 「ダメだ。連絡はアタシがアンタにする。そのサトルのケータイにね」

 そう言い終わるや否や、美鈴は電話を切った。

 「やったわね。主導権を奪い返した」

 里沙が、感心した顔で、美鈴に声をかけた。

 美鈴は、携帯電話の電源を切った。李秀英が再びかけてこれないように。

 「電源まで切っちゃうの?」

 驚いた顔で、百合花が尋ねた。

 「ああ。これで、完全にこっちのペースになる」

 「でも、サトルってコ、美鈴の彼氏なんでしょ……」

 「違うよ。今日逢ったばかりだよ。だけどサトルは、李秀英にそう思わせないと、自分の命が危ないって、思ったんだろうね。だから、アタシの彼氏の振りをした」

 「じゃあ、なんで美鈴は、サトルを取り返そうと、必死に交渉したの?」

 その百合花の質問に、里沙がすかさず言葉を挟んだ。

 「そうよ。あんな男、そのまま見捨てちゃえばよかったじゃない」

 「それはできないよ。アタシ達の仲間なんだから」

 「今日逢ったばかりよ」

 里沙が、意地悪く言った。

 「一期一会(いちごいちえ)の縁、ってやつさ」

 その美鈴の言葉に、百合花が眉間にしわを寄せて、尋ねた。

 「イチゴ……のエン?」

 「たった一瞬の出会いであっても、それを大切にするっていうことさ」

 「一瞬の出会いなのに、大切にする……」

 「それが、日本の伝統だからね」

 その美鈴の答えに、百合花は、意味を完全には理解できていないようだったが、尊敬のまなざしで、美鈴を見つめた。

 里沙が不満げな顔で、口を開いた。

 「で、どうするの、美鈴? あの李秀英が、小細工なしに、おとなしく取引するとは思えないわ。こちらも何か作戦を立てておかないとね」

 「そうだね」

 「で、何か良いアイデアはある?」

 美鈴は、里沙と百合花の顔を交互に眺めてから、肩をすくめた。

 「とりあえず今夜は、もう寝よう」

 「こんな時に寝るの?」

 百合花が、驚きの声を上げた。

 「ああ、そうだよ。徹夜じゃ、ろくなアイデアも浮かばないし、ガンファイトの時だって、体が思うように動かないからね」

 美鈴のその言葉に、里沙が続けた。

 「度胸のある人間は、どんな時でも寝れるし、ご飯も食べられる。で、そういう度胸のある人間だけが、生き残れる。この世界ではね」

 「わ、わたしだって、寝る度胸くらいあるわよ」

 百合花は、里沙をにらみつけながら答えた。

 「じゃあ、保健室から、毛布を持って来ようか」

 美鈴のその言葉で、三人は音楽室を出て、保健室へと向かった。


 * * *


 保健室には、余っている毛布とシーツは、それぞれ二枚ずつしかなかった。

 音楽室に戻ってきた三人は、とりあえず、椅子に腰掛けた。

 百合花が、二人に尋ねた。

 「二枚ずつしかないけど……、どうする?」

 「二人で、一枚の毛布とシーツを使えばいい」

 美鈴が、即答した。

 既に、毛布とシーツを一枚ずつ手にしている里沙は、美鈴と百合花を冷ややかに眺めながら、口を開いた。

 「三人で四枚あるわけよ」

 「まだ四月だから。シーツだけのコは、風邪を引いちゃうかも知れない」

 その美鈴の意見に、百合花が同意しつつ、尋ねた。

 「そうね。少し肌寒くなってきたものね。だけど、じゃあ、どうする?」

 「二人で、共用すればいい」

 美鈴のその答えに、百合花は少し首をかしげながら、尋ねた。

 「キョーヨー?」

 「つまり、毛布とシーツをワンセットとして、それを二人で一緒に使うってことさ」

 そう美鈴が答えたとたん、里沙が甲高い声で文句を言い始めた。

 「イヤよ、そんなの! (けが)らわしい! 女同士で一つの毛布で寝るなんて! 変態でもあるまいし!」

 「そこまで言うほどのことじゃないだろ」

 不愉快そうな顔で、美鈴が抗議した。

 それに、百合花が加勢に加わった。

 「そうよ。一緒に寝たって、変態なんかじゃないわよ。海浜学校の時、わたしも、親友と一つの毛布で寝たことあるけど、わたしも彼女もレズなんかじゃないわよ」

 「だったら、あなた達二人で、乳繰り合って寝なさいよ! 私の毛布は貸さないわよ!」

 里沙はそう言いながら、毛布を丸めて、胸に抱え込んだ。

 「じゃあ、それでいいよ。百合花はどう?」

 「ええ。それでいいわよ、美鈴」

 その二人の会話を目にした里沙は、視線を逸らし、明後日の方角を見ながら、小声で吐き捨てた。

 「変態女達め」

 そそくさと里沙は、椅子を四つほど並べ、その上にシーツを敷いてから、美鈴達に背を向けて、毛布にくるまった。

 美鈴は、壁際に机をいくつか並べた。その机の上に、百合花がシーツを敷こうとしたが、美鈴がそれを、いったん押しとどめた。

 「シーツは二つ折りにしたほうがいいよ。一枚じゃ体が痛くなるからね」

 二つ折りにしたシーツを敷いた上に、美鈴は横になった。

 「壁側のほうが、少し暖かいよ」

 そう言って美鈴は、壁側を百合花に譲った。

 百合花は、おとなしく美鈴に従った。

 二人は、お互いに逆方向を向き、背中をくっつけて横向きに寝た。両膝を抱えてから、毛布を上に掛けた。

 「こういう寝方が、あるんだ」

 百合花が少しばかり感心したふうに言うと、それに美鈴が答えた。

 「もっと寒くなったら、今度は背中じゃなくて、胸やおなかをくっつけて、抱き合って寝るんだよ。人間の体は、意外と温かいからね」

 「そうなんだ……」

 里沙が、声をかけてきた。

 「ちょっと! 電気くらい消しなさいよ。そっちのほうが、スイッチに近いんだから」

 「アタシは明るくても寝れるよ」

 美鈴がそう答えると、里沙は舌打ちしながら立ち上がった。そして、音楽室の電灯を消した。

 室内が、暗闇に、包まれた。

 静寂が、数分ほど続いた。

 小声で百合花が、ささやいてきた。

 「美鈴、まだ起きてる?」

 「うん」

 美鈴も、小声で答えた。

 「私ね、こうやってお友達と一緒に寝るの、小学五年の海浜学校以来なの」

 「そうなんだ」

 「美鈴は?」

 「アタシは……、前の学校でもあったよ。冬は寒いからね」

 「いいなあ。美鈴は、たくさん友達がいて」

 「そんなことないよ。百合花だって、友達はたくさんいるでしょ」

 「わたし……。百合花にはね、小五の時以来、親友って、いないの」

 百合花は、まるで幼い子供のような、甘えた口調になっていた。

 「そうなんだ」

 「実はね。小五の時の親友にはね、小六になった時に、嫌われちゃったの。百合花は、何も悪いことしてなかったんだけど、クラス中のみんなから、嫌われて、無視されちゃったの」

 「それは……、辛かったね」

 「そうなのよ!」

 百合花の声が、少しだけ大きくなった。それに、寝返りを打つ気配を感じた。

 「その親友のコの名前は、ヒトミっていうんだけど、百合花のパパがね、ヒトミのパパの会社を乗っ取っちゃったの」

 「乗っ取る?」

 「そうなの。敵対的買収ってやつよ。ビジネスの世界はヤルかヤラレルかだから、百合花のパパだって、ちょっと油断しちゃったら、ヤラレちゃうかも知れないのよ。だからパパのやったことは、本当は悪くはないんだけど、その敵対的買収のせいで、ヒトミのパパは、会社社長をクビになっちゃったの。そしたらさ、ヒトミのパパ、自殺しちゃったの」

 美鈴は、思わず絶句した。暫しの沈黙が流れたあと、ようやく口を開いた。

 「大変だったね」

 「そうなのよ! クラス中のみんなが、私の陰口をたたくの。百合花のパパが、ヒトミのパパを殺したって。それ以来、ヒトミは私と口をきいてくれなくなっちゃったの。それに、クラス中の大部分のコも」

 「で、百合花は、どうしたの?」

 「百合花は……、仲直りしたかったんだけど、がんばったのに、結局、できなくて……。だから、転校したの」

 「そうなんだ」

 「だけどね、転校した別の私立校でも、同じことが起きちゃった。百合花のパパが、クラスメイトの会社に、敵対的買収を仕掛けちゃったの。その時は、そのコの父親は自殺はしなかったんだけど……。また、クラス中から嫌われちゃって……、それで中学の時にも、また転校したの」

 いつの間にか百合花は、美鈴の背中に顔を押しつけ、すすり泣いていた。

 「公立高校なら、社長の子供なんていないだろうし、だから、今度は嫌われること何てないだろうと思ったんだけど、だけど、前の都立高校も、今の高校も、みんな、百合花のことを嫌ってて、とっても冷たいの。百合花はモデルの世界を少し経験したから、モデルの世界では、ちょっとでも油断すると、足を引っ張られて潰されちゃうから、そういう世界で少し経験を積んだから、今は弱みを見せずに強気で生きてるけど……」

 「けど……?」

 美鈴は、百合花の次の言葉を促した。

 「百合花、ホントはね……、友達が欲しいの」

 「アタシ達、もう友達だよ」

 美鈴は、体の向きを変えた。上を向き、真っ暗な闇を眺めながら、左手で百合花の頭を撫でた。

 「わたし達、今日出会ったばかりだけどさ、一期一会ってやつでさ、親友になれる?」

 「ああ。なれるよ」

 「百合花ね、ちょっと寒くなっちゃった。もっと、くっつかない?」

 「そうだね」

 美鈴は、百合花の方を向いた。百合花は、額を、美鈴の胸にくっつけてきた。美鈴は百合花の背中に手を回した。百合花の体は、思っていた以上に、細かった。

 「小五の時も、こうやってくっついて、親友と一緒に寝たんだ。あの時は、寒くはなかったけど……。あの時は、幸せだった……」

 「これからだって、幸せはくるよ」

 「そうよね……。自分を信じて、努力してれば、幸せは必ず来るよね」

 「そうだよ」

 「百合花の夢はね、三田塾大学に入学して、カリスマ女子大生モデルになって、グラビア・アイドルになって、それから、みんなから好かれて、そして、みんなに元気や幸せを分けられるような、そんなカリスマ芸能人になるのが、夢なの。小六の時、百合花、毎日がホントに辛くて、もうこれ以上生きられない、って思った時にね、テレビで見たの。笑顔の素敵なアイドル歌手のお姉さんが、こう歌ってたの。負けないで。一人じゃないよ。わたしがいるから。きみのそばにいるから、って。その歌を聴くことができたから、百合花、負けずにすんだの。それ以来、百合花ね、大人になったらカリスマ芸能人になって、苦しんで、辛い思いしてる人達を、元気にしたいって、そう思い続けてきたの」

 美鈴は、百合花の頭を優しく撫でながら、相槌を打った。

 「きっとなれるよ」

 百合花が、嬉しそうに微笑んだ。

 「そうよね。信じて努力してれば、夢はきっとかなうわよね。百合花はね、歌が下手だから、歌手はちょっときついかなって思うし、頭悪いから、トークで面白いことも話せないけど、モデルやグラビア・アイドルなら、充分いけると思うの。だから、プロポーション作りのために、毎日ジムで汗流してるし……」

 そこまで言ったところで、百合花は突然、話を美鈴に振った。

 「ねえ、美鈴。あなたの夢は?」

 美鈴は、答えに詰まった。しばらくの沈黙の後に、口を開いた。

 「アタシの夢は……、自分の娘をキチンと育てて、幸せにすることかな」

 「ええっ? 美鈴、もう娘がいるの?」

 「違うよ、まだだよ。そのうち、って話さ」

 「そっか、そうだよね。それでさ、美鈴は、大学とか、どこ志望なの?」

 再び美鈴は、沈黙した。美鈴の母は、死の間際に、大学へ行けと言った。だが、どこの大学とは、言わなかった。母の考えでは、初めて愛した男と結婚できずに未婚の母となったことも、その後の人生の転落も、不幸な末路も、全て、大学に行かなかったからだと、思っているようだった。大学さえ行っていれば、一生、幸せな人生を送ることができたはずだと、思っている節があった。今の美鈴自身は、そうは思っていない。だが、母の遺言である以上、大学に進学し、卒業しようとは思っていた。しかし、どの大学に進学するかまでは、考えたことがなかった。

 「分からない。大学には行きたいけど……」

 「まだ、三年生になったばかりだものね。そういうコは多いわ。で、どんな分野を勉強したいの?」

 美鈴は、しばらく考えてから、口を開いた。

 「アタシの母さんは、看護婦だったんだ。だから、看護関係がいいかな」

 「どうせなら、医学部に行きなさいよ」

 「えっ?」

 「だってさ、美鈴って、頭いいじゃない。うちの高校への転校だって、通常の転入試験を受けて、受かったんでしょ。だから美鈴だったら、医学部も受かるわよ」

 「そうかなあ。この高校は、今年、定員割れだったから、都立高校の中で、一番倍率が低かったんだ」

 「そうだったんだ。去年、乱射事件があって、たくさん死んだからね。そういえば、あれ以来、転校してうちから出て行く生徒も、結構いたわね。だけど、まだ一年あるし、美鈴なら、努力すれば受かるわよ。美鈴なら、医者の仕事に、向いてるわよ。絶対に」

 百合花は、自信たっぷりに断言した。

 「だけどさ、医学部って、ものすごく学費が高いって聞いたことがあるよ」

 「そうでもないわよ。公立だったら、すごく安いわよ」

 「どのくらい?」

 「年間の授業料が、五〇万円のところもあるって。進路指導の先生が言ってたから、間違いないわ」

 美鈴にとって、五〇万円は、大金だった。しかし、大学の授業料としては、格安だとも思った。

 「それなら、いいね。だけどさ、そんなに安いとさ、倍率とかすごく高いでしょ」

 「普通はそうだけど、一つだけ、定員割れのところがあるのよ」

 「そうなの?」

 「そうなの。川崎市立大学の医学部。昨年の夏に校内で乱射事件が起きちゃってね。それで、今年は定員を二割も切っちゃったのよ。私の母方のほうの従姉妹がね、頭悪いのに、どうしても医学部に行きたくてね、こないだね、倍率が低いから、川崎市立大学を受けるって言って、両親が猛反対して、それで親子で大げんかしたんだって」

 「そうなんだ」

 「美鈴は強いから、乱射事件の一つや二つ、平気でしょ」

 その時、里沙が怒鳴った。

 「アンタ達うるさいわね! いつまでコソコソくっちゃべってるのよ! これじゃあ寝られないじゃない!」

 「分かったよ! もう寝るよ」

 美鈴が、答えた。

 「じゃあ、百合花、もう寝ようね」

 「うん。私達、もう親友よね」

 百合花は、楽しそうな声で、尋ねた。

 「うん。そうだよ」 

 美鈴は、暗闇の中で、微笑んだ。

 百合花も、暗闇の中で微笑んだ。

 二人は、抱き合って眠りに落ちた。

                                   第十章・終


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