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第九章「真夜中の学校はキリングフィールド!?」

  第九章「真夜中の学校はキリングフィールド!?」


 保健室前の廊下で、美鈴は、里沙、隆子、百合花、サトルと打ち合わせをした。サトルは、警備員の見回りが始まる前に、校内から出て、見張りをする予定の雑居ビルへ向かった。四人は、九時半になる少し前に保健室内に入った。そこで一時間ほど待機し、警備員の見回りが終了するのを待って、保健室をあとにした。隆子は東校舎を出て、食堂ホールに向かった。そこで、十一時半頃まで待機する予定だ。残り三人は音楽室で待機し、見張り役のサトルからの連絡を待った。

 十一時少し前に、美鈴の携帯電話に、サトルから連絡が入った。李大栄と思われる五、六名が、正門から校内に入ったとのことだった。正門の周囲の外灯は薄暗く、顔までは確認できなかったようだ。

 十一時半になる少し前に、再びサトルから連絡が入った。美鈴が、電話に出た。

 「はい。サトル? 奴らは来た?」

 里沙が、美鈴の携帯電話に、自分の耳を近づけ、聞き耳を立てた。

 すると、百合花もそのまねをし、美鈴の逆側の頬に自分の頬を寄せ、聞き耳を立てようとした。

 「ああ。分かった」

 美鈴はそう言い、電話を切った。

 里沙は、サトルの言葉が良く聞こえなかったらしく、美鈴に尋ねた。

 「李秀英達は、何人だって?」

 「一〇名以上だってさ」

 「正確には?」

 「数えるまもなく、正門の中に入って行ったってさ」

 「役に立たない見張りね。一〇〇万円も取るのに」

 里沙が、不満の言葉を吐き出した。

 美鈴は、自分の腕時計を見ながら、二人に呼びかけた。

 「現在、十一時二十八分。ちょうど一〇分後に、この部屋を出る。一〇分で仕事を終え、またこの音楽室に戻って待機する。計画通りにね」

 「分かってるわ」

 里沙が答えた。

 美鈴は、無言のままの百合花を見た。百合花は、緊張した(おも)()ちで、美鈴の顔を見つめ返した。

 「百合花、大丈夫?」

 「ええ、もちろんよ」

 だが、そう答えた百合花の声は、わずかに震えていた。

 里沙が、意地悪く百合花を挑発した。

 「怖いの? まあ、実戦は初めてなんだから……」

 「そんなことないわよ」

 百合花は、怒気を含んだ声で、里沙の言葉を途中で遮った。

 美鈴が、百合花に尋ねた。

 「百合花の拳銃って、オートマチック?」

 「ええ、そうよ。最新型のベレッタよ」

 「じゃあ、今のうちに、安全装置を外しておいたほうがいいよ。ホルスターの留め金も外しておいて、走る時は、拳銃がホルスターから飛び出さないように、銃把に軽く手を乗せておくといいよ」

 美鈴はそう言いながら、自分の両腰のホルスターの留め金を外し、いつでも拳銃を抜けるようにした。

 「あ、ありがとう……」

 百合花は小声で礼を述べながら、言われたとおりにした。

 「美鈴、五分前よ」

 里沙の言葉に促され、美鈴は隆子に携帯電話をかけた。食堂ホールの一階で待機していた隆子は、すぐに屋外に出て、配置についた。

 三人は、花粉症用ゴーグルとマスクをつけた。手製の催涙ガス爆弾は里沙が手に持ち、手榴弾は百合花が持った。

 「ライターは?」

 百合花が美鈴に尋ねた。

 「里沙に渡してある」

 「一個しかないの?」

 「その手榴弾を使うのは、里沙かアタシだから。アタシが、手榴弾、って叫んだら、アタシのほうに投げて渡して」

 「分かった……」

 百合花の返答を途中で遮り、里沙が美鈴に声をかけた。

 「時間よ!」

 力強い声で、美鈴は二人に呼びかけた。

 「行こう!」

 三人は、音楽室を出た。

 

  * * *

 

 暗闇の中を、三人は、足音を立てないように、静かに小走りで移動した。先頭に立つ美鈴は、南校舎三階の階段に到着すると、足を止めて、二丁の拳銃をホルスターから抜いた。百合花もそれをまね、拳銃を抜いた。既に拳銃を抜いていた里沙は、下に向けていた銃口を、上に向けた。

 美鈴が百合花に左手で合図をすると、百合花は大きくうなずき、階下に銃口を向け、警戒態勢を取った。

 美鈴は、里沙の顔を見た。暗闇に加え、ゴーグルとマスクをつけているため、その表情は分からない。だが、美鈴がゆっくりと大きく一回うなずくと、里沙もうなずき返した。

 姿勢を低くした美鈴は、階段の内側の壁に背をつけながら、足音を立てずに、ゆっくりと、一段ずつ昇った。

 三階と四階の間にある踊り場まで、あと三段という地点まで来ると、美鈴は、いったん足を止めた。

 一度だけ、大きく深呼吸した。

 その直後、美鈴は、一気にその三段を上り、踊り場に飛び出した。

 二十二口径の軽い銃声が、暗闇の中に響いた。

 里沙が、美鈴に続いて、踊り場に飛び出した。

 だが里沙が目にしたのは、崩れるように倒れて階段の上から滑り落ちてくる、四つの死体だけだった。

 美鈴は、一気に階段を昇った。階段の上まで来ると、壁の裏から上半身だけ廊下に露出し、両手の拳銃を撃ちまくった。

 続いて、里沙が階段の上方まで駆け昇った。姿勢を低くし、自分の頭部と上半身を、美鈴の腰の後ろから出し、廊下の奥に向かって発砲した。

 情報通り、敵の警備役は、教室の前後のドアに二名ずつ立っていた。一秒足らずでその四名を射殺した美鈴は、廊下の突き当たりの非常口ドアの前にいる、二名の警備役に目を向けた。その二名は、里沙が倒す予定だった。だが、距離が遠すぎるせいか、撃たれて床に倒れたのは、一名だけだった。

 その倒れた人影が、絶叫した。もう一人が、美鈴達の方に向かって、慌てて乱射を始めた。四組の教室の中で、日本語ではない言葉で、女達がわめく声が聞こえた。

 美鈴が、非常口ドアの警備役を、一発で頭部を撃ち抜き、射殺した。

 床に倒れて叫んでいる負傷者に対し、里沙が何発か撃ち込み、ようやく仕留めた。

 絶叫が、止まった。

 廊下は、再び、静寂に包まれた。四組の教室の中の女達は、息を潜めているようだった。

 美鈴が、小声でささやいた。

 「来るよ。一気に。中の連中が」

 「催涙ガス爆弾、使う?」

 里沙も、ささやくような小声で、尋ねた。

 「用意して」

 美鈴がそう答えた直後、教室の二つのドアが、同時に開いた。

 多数の人影が、一気に廊下に飛び出した。

 美鈴から見て手前の一団が、一斉に乱射した。

 同時に美鈴も、姿勢を低くしながら、両手の拳銃を連射した。

 奥のドアから飛び出した集団は、脇目もふらずに、非常口に向かって走り出した。その先頭にいる女らしき人影は、左手に、アタッシュケースを持っていた。

 「李秀英が逃げる! 撃て!」

 美鈴が里沙に叫んだ。

 里沙は、導火線に火を点ける寸前だった催涙ガス爆弾とライターを床に放り出し、ホルスターから拳銃を抜いて銃撃を始めた。

 手前のドアから飛び出した六人を、瞬く間に射殺した美鈴は、アタッシュケースの女に銃口を向けたが、彼女の背後は複数の護衛役が固めており、狙えなかった。

 そこで美鈴と里沙は、その護衛役から倒し始めた。美鈴の放った弾丸は、続けざまに、正確に相手の頭部を撃ち抜いたが、里沙の銃弾の半分は外れ、残り半分も、相手の背中や肩に当たったのみだった。

 「(たま)が切れた!」

 美鈴がそう叫んだ直後、里沙も叫んだ。

 「わたしもよ!」

 里沙は壁の裏側に上半身を引っ込め、(から)になった弾倉を外した。

 アタッシュケースの女が、非常口のドアに右手をかけた。背後を固める護衛役は、残り一名のみ。

 両手の拳銃を腰のホルスターに戻した美鈴は、勢いよく廊下に躍り出た。右膝を胸に引きつけるように蹴り上げると、銀色のリボルバーが飛び出した。その拳銃をつかんだ瞬間、護衛役が振り返った。

 本能的に、美鈴は床に飛び込んだ。

 パリパリパリ、という軽い連射音と共に、軽機関銃の無数の銃弾が、美鈴の頭上を通過した。

 胸と腹が床に接地するのと同時に顔を上げた美鈴の目に、アタッシュケースの女が、ドアを開けるのが見えた。

 三十八口径の銃声が、(とどろ)いた。

 護衛役の女は頭部を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。

 アタッシュケースの女は、ドアの向こうへと一歩踏み出した。

 再び、三十八口径の銃声が轟いた。

 その女は、心臓を背後から撃ち抜かれ、前のめりに倒れた。非常口のドアが閉まり始めたが、その女の上半身を挟んで、ドアは止まった。

 「美鈴!」

 そう叫びながら、弾倉を換えた里沙が廊下へ踊り出て、乱射した。

 慌てて美鈴は、額が床につくほど、頭を下げた。

 「李秀英は?」

 里沙が、叫ぶように尋ねた。

 「ドアに挟まってる奴だよ」

 美鈴がそう答えると、里沙は一瞬、銃撃をやめたが、すぐに銃撃を再開した。

 今度の標的は、廊下でのたうちまわる負傷者達だった。七、八発ほどしつこく銃撃を加え、四人の負傷者全員を、絶命させた。

 四階の廊下で、生きている女は、美鈴と里沙の二人だけとなった。

 「他に、敵の生存者は?」

 里沙のその問いかけに、立ち上がった美鈴は、四組の教室をあごで指しながら、答えた。

 「教室内は、まだ確認してないよ」

 「じゃあ、確認しましょ。油断して、背中から撃たれたら困るからね」

 美鈴と里沙は、一組から順に、教室内を確認した。敵が潜んでいた四組も含めて、六つの教室の中に、人影はなかった。

 二人は、廊下に転がる死体に銃口を向けながら、用心深く非常口まで進んだ。

 廊下は暗かったが、非常口の周囲は、非常灯と、半開きのドアから差し込む月明かりのおかげで、多少はましだった。

 アタッシュケースの女は、うつぶせに倒れており、白いハーフコートの背中には、赤黒い染みが広がっていた。

 全ての敵の死亡を確認した里沙は、ゴーグルとマスクを外しながら、尋ねた。

 「なぜこの女だけ、頭部を撃たなかったの? あなたの腕なら、充分可能だったでしょ?」

 美鈴も、ゴーグルとマスクを外しながら、答えた。

 「顔面を破壊してしまうと、身元確認ができなくなって、懸賞金をもらい損なうことがあるからね」

 「なるほどね。じゃあさっそく、李秀英の顔を、拝見しましょ」

 里沙はそう言うと、死体に銃口を向けたまま、あごで美鈴を促した。

 美鈴はその場にしゃがみ込むと、死体の後頭部の短い金髪をつかんで頭部を持ち上げ、顔をのぞき込んだ。

 「この女、どうやら、李秀英じゃないよ」

 美鈴の三歩ほど後ろにいる里沙が、いぶかしげに尋ねた。

 「どうしてそんなこと、分かるの? 李秀英の顔を知らないくせに」

 「だってこの女、どう見ても高校生には見えないほど、年喰ってるよ」

 「老けてる女子高生だっているわ」

 「だけど、どう見ても、三十路(みそじ)に見えるよ」

 そう言うと美鈴は、その死体を廊下に引きづり込み、仰向けにした。非常口のドアが自動的に閉まり、月明かりは差し込まなくなった。だが、おおよその年齢を確認するのには、非常灯の明かりだけで、充分だった。

 美鈴は、その死体の体を探り、財布と携帯電話を見つけた。財布を開け、中を確認した。身分証の(たぐい)は入っていなかったが、一枚の紙製のカードを見つけ、里沙に差し出した。

 「何、それ? 暗くてよく見えないわ」

 里沙が、よく見ようと顔を近づけた。

 「ハングル文字だよ。コリアンの何かの店のメンバーカードじゃないかな」

 「ということは……」

 そこまで言って、里沙は、思わず口をつぐんだ。

 「なんか、ヤバイ感じだね」

 立ち上がりながら、美鈴が言った。

 恐る恐る、里沙が美鈴に尋ねた。

 「コリアン・マフィア?」

 「そうだろうね」

 美鈴は素っ気なく答え、死体の財布を里沙に渡した。

 「なんで、コリアン・マフィアが、こんなところにいるのよ」

 里沙は、八つ当たり気味に文句を言った。

 「アタシ達は、はめられたんだよ。李秀英にね。このコリアン・マフィアもだけどね」

 冷静にそう答えながら、美鈴は、自分の携帯電話を取り出し、写真撮影機能で、その死体の顔を撮影した。

 「写真なんて撮って、どうするの?」

 「あとで、警視庁の懸賞金付き指名手配者データベースを調べれば、名前と所属組織が分かるかもしれない。指名手配になってればの話だけど」

 美鈴は、死体の携帯電話を操作し、電話帳機能を開いた。

 「何か分かりそう?」

 「意味不明のカタカナばかりで、よく分かんないや」

 軽く首を左右に振った美鈴は、その携帯電話も里沙に渡した。

 美鈴は、護衛役が持っていた軽機関銃を拾った。

 「二十二口径の国産軽機。これは弾倉が長いから、九〇発入りかな。現金輸送車の警備員が、よく使っているタイプだね。里沙、これももらっておこうよ」

 「それは良くないアイディアね。軽機関銃の所持には免許が必要だし、その免許は、十八歳以上で、しかも大手警備会社の推薦状がないと、取得できないわ。だから、私達高校生が持ったら、法律違反になるわよ」

 「だけど、風紀委員が、校内で違法な銃を発見し、風紀取締局に提出するまでの間、保管していた、ってことなら、問題ないはずだよ」

 「なるほどね」

 美鈴は、予備弾倉と合わせて、軽機関銃を里沙に渡した。

 スカートのポケットから、小さく折り畳んだビニール製のゴミ袋を取り出すと、美鈴は、マフィア達が持っていた拳銃を、拾い始めた。

 それを目にした里沙が、驚いて尋ねた。

 「ひょっとして、全部拾うの? 戦利品ってことで?」

 「全部じゃないよ。金属製のものだけだよ。プラスチック製は強度が弱いし、劣化しやすいから、質屋に持って行っても、安い値段しかつかない。その点、金属製は壊れにくいからね。だいぶ年季の入った中古品でも、そこそこの値段がつく」

 そう話しながら美鈴は、三丁目の拳銃を拾った。

 「あっ! これって、ニューナンブじゃん! いまどきめずらしい!」

 ニューナンブとは、二〇世紀の後半に、日本の警察官用拳銃として広く普及した、国産の三十八口径五連発回転式拳銃だ。撃鉄を起こしてから撃つシングルアクションの場合の命中精度は悪くないものの、撃鉄を自動的に起こすダブルアクション時の命中精度は、芳しくないと言われていた。

 「随分古い拳銃を持ってるわね」

 「あっ! もう一丁あった。ひょっとしてこのコリアン・マフィア、二〇世紀から続く古い組織かもね」

 その時、百合花が階下から、小声で呼ぶ声がした。

 「美鈴!」

 美鈴は、大きな声で答えた。

 「百合花! もう終わったから、上がって来なよ」

 四階へと上がった百合花が、思わず叫んだ。

 「何これ! 床が血の海じゃない!」

 死体のアタッシュケースを手に取りながら、里沙は百合花に尋ねた。

 「一階の敵はどうしたの?」

 「来なかったわ、誰も。だから私、まだ一発も撃ってないわ。それで、李秀英は倒したの?」

 美鈴が、間髪入れずに答えた。何かイヤミを言いたそうな里沙が、言葉を発する前に。

 「いや、まだだよ。こいつらは、李秀英のグループじゃなかった。とりあえず、音楽室へ撤退しよう。なんか、悪い予感がするからね」

 その時、美鈴の携帯電話が、振動した。拳銃の入ったビニール袋を床に置き、電話に出た。

 隆子だった。

 「美鈴、ごめん……」

 隆子の声は、蚊の鳴くような、か細いものだった。

 「隆子、どうした?」

 「撃たれた。いきなり、背後から……。油断してて、ごめん……」

 「待ってろ! 今行く!」

 美鈴は、里沙と百合花を見た。

 「隆子が撃たれた。アンタらはここで待て」

 それだけ言うと、美鈴は非常口から飛び出し、非常階段を一気に駆け下りた。

 

 * * *


 「隆子ー!」

 美鈴が叫んだ。

 隆子は、食堂ホールの建物西側の陰に、倒れていた。

 駆け寄った美鈴は、仰向けで地面に倒れていた隆子のそばにひざまずき、抱き起こした。

 暗がりの中だったため最初は分からなかったが、抱き起こした彼女の右胸からは、大量の血が溢れ出ていた。

 「隆子! しっかりしろ!」

 美鈴は、彼女の耳元で怒鳴った。

 「み、すず……」

 隆子は、弱々しい声で、つぶやいた。

 「隆子、傷口を自分の手でしっかりと押さえな」

 そう言って美鈴は、隆子の両手をとって、彼女の右胸の傷口に当てた。

 「急所は外れてるから、出血さえ止めることができれば、この程度の怪我……」

 美鈴の言葉を遮り、隆子がつぶやいた。

 「ごめん、美鈴。アンタの四四マグナム、取られちまった……」

 「そんなこと、気にするな」

 答えながら美鈴は、暗がりの中で、隆子の背中を右手で探った。背中からも、大量の血が溢れ出ていた。出血量からすると、三十八口径以上の大口径の拳銃で、至近距離から撃たれたようだった。

 傷口を手で押さえながら、美鈴は、ゆっくりと隆子の体を地面に横たえた。手当をするまでの間は、傷口が地面に接していたほうが、出血量を多少は押さえることができるからだ。

 「弾丸は貫通している。血さえ止まれば、大丈夫だ。しっかりしな!」

 そう励ましながら、美鈴は携帯電話で里沙を呼び出した。

 「里沙! 隆子が出血している。今すぐ保健室へ行って、包帯とガーゼを持って来てくれ!」

 美鈴が、繋がったままの携帯電話を地面に置くと、隆子が口を開いた。

 「ごめんな、美鈴。アタシ、何の役にも立たなくて……」

 「何言ってるんだよ。そんなこと、気にするなよ」

 「アタシ、ホント、ダメな女だよな……」

 「そんなことないよ……」

 「アタシ、何やっても、あともう一歩というところで、全部パーになっちまう。柔道の時もそうだったし……。今回だって、せっかく、チャンスが巡ってきたのに……」

 「チャンスなんて、またすぐに巡ってくるよ。いいから、今はムリにしゃべるな」

 「アタシ……、結局、何一つ親孝行ができなかった……」

 隆子の言葉が、すすり泣きに変わった。

 「親孝行なんて、これからいくらでもすればいい」

 「アタシは、ダメな娘だよ。母さんが一人で、苦労して育ててくれたっていうのに、アタシは母さんに、何もしてやれずに終っちまうなんて……」

 「もうしゃべるな。傷口をしっかり押さえな!」

 そう言いながら、美鈴は自分の両手を、隆子の両手の上に重ねて力を入れた。手だけで、圧迫止血を試みようと考えたのだ。

 美鈴は、地面に置いたままの携帯電話に向かって、怒鳴った。

 「里沙! 早く包帯もって来い!」

 「美鈴……、頼みがある……」

 か細い隆子の声は、途切れ途切れで、その上、震えていた。

 「何?」

 美鈴は、自分の耳を隆子の口元に近づけた。

 「こんなこと……、頼めた義理じゃないけど……、アタシの取り分の七〇〇万円、アタシの母さんに、渡してくれないか……」

 「ああ、分かったよ。だけど、渡すのは自分で渡しなよ。怪我が治ってからね」

 「あ、ありがとう……、み、すず……、アンタに出会えて、ホント、良かったよ……」

 「ああ。アタシもアンタと出会えて良かったよ。だから、このくらいの怪我なんかに、負けるんじゃないよ。第一、アンタは、都立高生最強の女なんだろ。だったら、このくらいの怪我、たいしたことないはずだよ。急所は外れてるし、出血さえ止まれば、すぐに良くなる。アタシは、包帯巻くの得意なんだ。アタシの母さんは、昔、看護婦だったからね……」

 隆子が、深く息を吐いた。彼女の口元が、一瞬、ほころんだような気がした。

 そして、彼女の息が、止まった。

 「隆子、おい、しっかりしなよ! アンタ、都立高生最強の女なんだろ! このぐらいの怪我で死ぬなよ! アタシ達、ダチだろ! ダチなら、勝手に一人で先に死ぬんじゃねえよ!」

 そう叫びながら隆子の体を揺すると、彼女の両腕が、力なく、ダラリと両脇に垂れた。

 慌てて美鈴は、隆子の左胸に、自分の耳を当てた。

 心音は、聞こえなかった。

 美鈴は、左の手のひらを彼女の心臓の上に当て、その上から、右の拳を叩きつけた。

 二度、三度、四度、五度。

 心臓が止まった時に行う救命処置だ。

 再び、隆子の左胸に、耳を当てた。

 だが、彼女の心音は、全く聞こえなかった。

 「たかこー!」

 大声で叫んだ。

 「美鈴!」

 背後で、悲痛な声で呼ぶのが聞こえた。

 振り返ると、百合花が立っていた。包帯とガーゼを、両手に持っていた。

 月明かりに照らされた百合花の表情は、大きく歪んでいた。

 無言のまま百合花を見つめた美鈴の顔も、大きく歪んでいた。深い悲しみの感情で。

 「誰に……、ヤラれたの?」

 百合花が、美鈴に尋ねた。

 「たぶん、李秀英か、その仲間だよ。いずれにしろ、アタシは許さない。絶対に」

 美鈴がそう答えると、百合花は小さくうなずいた。

 「私も、許さないわ。仲間を殺されたんだからね……」

 その百合花の言葉に、美鈴もうなずいた。

 「そうだね。ダチをヤラれて、黙ってるわけにはいかない。絶対に、(かたき)を討たなきゃ」

 「そうだね。仇討ちをしなくちゃね」

 「隆子が、最後に言ってた。自分の取り分七〇〇万円を、母親に渡してくれって」

 百合花は、うなずきながら答えた。

 「仲間との約束は、守らなくちゃね」

 その百合花の言葉に、美鈴も、黙ってうなずいた。

 永遠の眠りについた隆子の両まぶたを、美鈴は、手のひらで優しく撫でるようにして、閉じた。

 美鈴は、無言で立ち上がった。

 百合花が尋ねた。

 「隆子を……、このあと、どうするの?」

 「残念だけど、このままここに置いておく。しばらくしたら、警備員が救急車を呼んで、病院に運んでくれるよ」

 「そうだね……」

 小声でそう答えた百合花の表情は、とても悲しそうだった。

                                   第九章・終

 

 

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