44 限定奴隷契約
朝ごはん終了後、手早く片づけをして町に向けて出発する。
周囲は草原でまばらに木々が茂っているくらいで見通しがいいが丈の高い草も多いため、索敵はしっかりしないといけない。
とは言え、こちらにはシロがいるため、早々不意打ちをくらうことはない。
普通の魔物の索敵範囲は結構狭いため、遠くから狙われることもまずない。
そんな訳で特に危険も無く、町が見えてきた。
もう日は高く、町の出入りのピークはとうに過ぎているため、門前には兵士さんしかいなかった。
「ただいまでーす。」
顔見知りの兵士さんだ。
俺が始めて町に来たときに対応してくれたラクスさん。
俺も何度か町の出入りをするからよく覚えている。
そう言えばシャンプーほしいな。
気のせいだ。
「おう。今帰りか?そいつらは?」
「この子達のことで、ラクスさんに折り入って相談があるんですが。」
「訳ありか?罪科持ちは勘弁だぞ。」
「罪科はないですが、所有なしの奴隷なんです。」
「所有者なし?どういうことだ?」
俺はいきさつを掻い摘んでラクスさんに話した。
「所有者なしの場合、保護した人間、この場合はお前だが、が一旦の所有権を得ることになる。」
「そうなりますか。」
「ああ。だが、この町には奴隷契約を更新できる人間が登録されていないから、王都まで行かないと正式契約はできないぞ。」
「え?いないんですか?というか登録が必要なんですか?」
「ああ。奴隷契約は特殊だからな。今回みたいなことが時たま起きるから繋ぐためにもいるし、無差別に契約されても困るからな。確か登録していたやつがお前が来て少ししてから出て行ってしまったから、今この町には奴隷契約が使える人間がいないんだよ。」
「そうなんですか。ちなみにこのままだったらどうなります?」
「そうだなぁ。こちらで買い取って王都の商会に売るか、もしくはあまり前例がないが仮所有者ってことで書類出すかなぁ。処理がややこしいな。」
「買い取りかぁ。」
買い取りという言葉を聞いて2人が少し強張ったのが分かった。
「ちなみに契約の更新って、所有者に俺を契約魔法で登録するだけですよね?他に必要なことってありますか?契約書とか。」
「いや書類はいらないよ。鑑定すれば所有者は分かるから、契約魔法で契約更新が出来れば問題ないな。」
「ふーむ。2人とも。俺の奴隷になるか、王都の商会に行くか、どっちがいい?俺は基本的に根無し草だから明日どうなるか分からない生活を送ることになるかもしれないけど。」
「商会はもう嫌です・・・。」
いつもはゼンが受け答えをしていたが、以外にもイチがはっきりした声で拒否の声を上げた。
ゼンもイチに追従するように首を縦に振る。
「にゃー。」
シロも2人を擁護するように前に立って鳴いた。
うんまあそうだよね。
「ん?じゃあ仮所有者証を作るか?」
「いえ。ちょっと場所を貸してください。奴隷契約の更新を試してみようと思うので。」
「え?契約魔法を使えるのか?奴隷契約の魔法なんて一般には魔術書とか出回ってないはずなんだが。」
「以前、契約しているところに偶々居合わせることがあって、耳コピしました。なので、実際に使うのは初めてなので成功するかどうかは分からないんです。」
「知ってるけど試したことが無いってことか?まあ別に違法って訳じゃないからいいが。耳コピってなんだ?」
「聞き取って覚えること、ですかね。」
「聞き取って、って詠唱聞いただけで使えるようになるってことか?マジかよ。魔術師ってやつはそんなことも出来るのか。すごいな。」
「ははは。」
笑って誤魔化した。
魔術師だって、普通はそんなことは出来ない。
そもそもあまりはっきりと発音しなくてもいいから、傍から聞くだけでは聞き取りきれないのが普通だ。
俺の場合は、全言語理解スキルと高速思考スキルのダブルの効果で脳内補完が出来るため、普通より耳コピができるだけだ。
奴隷契約魔法の場合は、聞いた時その場では使えなかったが、使役契約魔法の魔術書が入手できたお蔭でなんとか補完できた。はずだ。
ダメなら大人しく仮所有者証を作ってもらおう。
ラクスさんに前と同じ衛舎を貸してもらい契約を試す。
門衛は別の兵士さんに代わってもらいラクスさんも付いて来てくれた。
成功してもしなくても書類は作らないといけないからだそうだ。
まずはゼンから。
以前練習にと作った契約補助剤に俺の血を少し混ぜて液を作る。
ゼンの背中にある奴隷紋に紋を重ね書きする。
補助剤は、その名の通り補助するものなので使用しなくてもいいのだが、ゼンに奴隷紋が刻まれいることから以前の契約にも使われていると思われる。
更新にはそれと同等以上の力が必要であるため、使用しなければいけない。
補助剤を使用しない場合、体に紋は刻まれない。
紋があるということは補助剤で紋を描き、契約したと言う証だ。
使役契約の魔術書に書いてあった。
シロは補助剤を使わずに契約したから紋はない。
紋は無くても鑑定すればすぐに分かるので問題はないようだ。
奴隷紋を描き、準備整った。
俺は構築した呪文を魔力をのせて詠唱する。
呪文を唱えると胸に入れていたスフィアを通して光が生まれる。
光はコードを描き、俺が手を翳すゼンの背中の周りに浮かぶ。
「□□□。コントラクト。」
アクティブコマンドを唱えるとコードは光に変わり、ゼンの背中の紋に吸い込まれていった。
光が納まると以前と変わらぬ紋がある。
さて。
名前:ゼン
レベル:6
性別:男
年齢:9歳
種族:狐人
職業:奴隷
属性:雷
所有者:ソーマ
罪科:なし
称号:なし
スキル:なし
説明:狐の獣人。双子の兄。
山奥で暮らしていたが、攫われて奴隷落ち。
天孤へと至る可能性を秘めている。
おお、成功した!
俺はゼンに軽く触れる。
「成功しました。」
「ホントか!?」
「はい。ステータスにも出てます。」
「お前鑑定まで出来るのか?」
「あ、そうなんです。レベル3なので実用性がまだ足りないんですけど。」
「契約も出来て、その確認もできるってのはかなり有用だぞ。契約スキルも持ってんだろ?」
「ああ、契約スキルは持ってないんです。なので完全な合意がないと契約魔法は成功しないんです。」
「ん?そうなのか?契約魔法ってやつは契約スキルがないと出来ないと思ってたんだが。」
「通常はそうなんですよ。完全な合意って中々難しくて、相手に拒否感があると成功しないんです。使役契約の魔法で実験したので確かだと思います。その完全な合意を曖昧にするのが契約スキルの役目なのかと想定してますけど、実際のところは分からないですね。持ってないので。」
「んー。よく分からんが、今回の成功はイレギュラーってことか?てっきりこれからはお前に仕事を頼めるかと思ってたんだが。」
「ちょっと厳しいと思います。」
「んー、まあ、本当は登録は必要なんだが、お前がそう言うなら仕方ないか。」
「すいません。」
そんなこんなで、イチにも同じ様に契約魔法をかけて、無事に2人とも俺の奴隷になった。
名前:イチ
レベル:6
性別:女
年齢:9歳
種族:狐人
職業:奴隷
属性:雷
所有者:ソーマ
罪科:なし
称号:なし
スキル:料理
説明:狐の獣人。双子の妹。
山奥で暮らしていたが、攫われて奴隷落ち。
天孤へと至る可能性を秘めている。
その後、簡単にラクスさんに身分証を作成してもらった。
奴隷は物扱いとは言え、見た目では判別はつかない為、身分証は必要なのだ。
ラクスさんに礼を言って衛舎を後にする。
「あの、ありがとうございました。」
ゼンが礼を言ってきた。
「ん?発行手数料くらいどうってことないから気にしないで。」
「いえ、それも、ですけど、俺たちを売らないでくれて・・・。特に俺なんか何の役にも立たないし・・・。」
最後の方は尻すぼみになっていたが、俺は自分の勘違いに気付いた。
「これも何かの縁だし、俺も独りでいるのも寂しくなって来たからね。俺には隠し事があるから、無闇に普通の仲間を作るのも難しくて。」
「え、あ!」
どうやらストレージリングのことを思い出したようで、2人ともがハッとした表情をしていた。
実際は他にも色々あるんだけど、それは追々かな。
「まあ、そういう訳で裏切らない仲間が欲しかったんだ。奴隷契約で無理やり裏切らなくさせておいて仲間って言うのもおこがましい話だけどね。」
「ぜ、ぜったい裏切らないです!」
「うんうんうんうん!」
「ありがとう。」
「にゃー。」
素直ないい子達だと思う。
この子達ならきっと大丈夫だとは思う。
俺も前を向かないと。




