36 新たな魔法
ゴブリン迷宮での討伐依頼の日からひと月経った。
あれからしばらく同じ討伐依頼が出されていたが、最近は落ち着いてきたようで、依頼がなくなっていた。
俺はというとシロを連れ立って、魔法の練習と開発を行っていた。
あの迷宮で手に入れた下級魔術書(水)に掲載されていた4つの魔法は、ウォーターボール、ウォーターボールズ、ウォーターウィップ、アクアヒールだ。
ウォーターボールはファイアボールの水版
ウォーターボールズはウォーターボールを複数作って飛ばす魔法
ウォーターウィップは水の鞭を作り出して攻撃できるが攻撃力は弱い
アクアヒールは水の回復魔法だ。
ウォーターボールは以前作っていたが、魔術書に書かれていた呪文と知っていた呪文とでは大きく違いがあった。
魔術書の呪文は知っていたものよりも倍くらいの長さで構成されていた。
冗長な表現が使われていたり、同じ意味のコードが数種類使われていたりしていた。
以前知り合った冒険者の人の呪文ですら冗長なコードが多かったが更に多かった。
その分参考になるコードもあって、コードの勉強には役立った。
ウォーターボールズは俺が考えていたマルチファイアの劣化版だった。
コードもウォーターボールに毛が生えたようなもので特に参考になる部分が無かった。
残念だ。
ウォーターウィップは飛ばしてアクアヒールは怪我をしていないので使っていない。
コードの短縮や強化した呪文だけは開発しておいて今度適当な動物か何かで試す予定だ。
飛ばしたウォーターウィップが今回の目玉だ。
ウォーターウィップは水を鞭のようにして操る魔法だが、俺が着目しているのは水を鞭のように細長くした状態で操るところだ。
これを改造すれば水で線が描ける。
つまり文字が書ける。はずだ。
最初の状態だと線の直径が10cmくらいあるので意味が無いが、もっと細くして文字が書けるようになれば魔法板の作成に使えると考えた。
文字を書くのも方向を制御するコードを駆使すればできないことはないと思っている。
ものすごい長い呪文になるだろうけど、手書きするよりはきれいに書ける気がする。
現状では細さは髪の毛ほどにまでできるようになったので、文字作成のコードを作っている。
これまで何枚の紙を無駄にして来たことか。
パソコンが懐かしい。
パソコンと言えば相馬の時のパソコンはどうなっただろう。
俺が死んだってことは誰かが引き取ったんだろうけど、中身を見られるのはやだなぁ。
変な画像とか残ってたっけ?
あ!
いや何でもない。
いや誰に言ってるんだ。
「ふうー。頭沸騰してきたー。」
「にゃー?」
「休憩しよう。」
「にゃ。」
こんな時は切り替えが大事だ。
俺はシロをつれて食堂に下りて行った。
時間は昼を大分過ぎた頃のため、ガランとしていて誰もいなかった。
「誰もいないか。」
俺が独り言をついていると奥から声が聞こえてきた。
「あれ?ソーマさん?どうしたんですか?こんな時間に。」
奥から出てきたのはルカちゃんだった。
「ちょっと気分転換にね。何か軽くつまめる物ない?」
「あ!ちょうど今リコの実のパイが焼き上がったところなんです。」
「リコのパイか。いいね。もらえるかい?」
「はい!切り分けてくるのでちょっと待っててくださいね。」
そう言ってルカちゃんは元気に奥に下がって行った。
俺とシロは席に座って大人しく待つことにした。
切り分けか。
戻ってきたルカちゃんの手の皿には三角に切り分けられたパイが乗っていた。
お皿は2つ。
ルカちゃんはそれを俺とシロの前に置いてくれた。
シロの分まで貰えるとはありがたい。
「にゃん!」
シロもうれしそうだ。
「じゃあいただきます。」
「はい、どうぞ。」
程好い酸味と甘さが広がる優しい味だった。
リコはほぼりんごだ。
熱を加えると甘さが引き立ち、甘味の少ないこの世界でも人気のある果物だ。
この辺りでは砂糖もなく、蜂蜜も取れないため、甘味と言えば木の実や果物そのままになる。
甘い果物と言うのは貴重な一品ではある。
ただ、リコの実はこの辺り一帯の森の中で大量に自生しているので、この辺りの人間からすると甘味は身近なものであるとも言える。
シロも機嫌良さげに食べている。
アップルパイうまし。
いい気分転換もできたので、魔法開発を再開する。
まず、練成台のコードを分割する。
そして更に細かく切り分ける。
この時同じ文字列が多くできるように切り分ける。
こうすることで同じ文字形成のコードを使いまわすことができる。
今までは一筆書きの要領でコードを書いていっていたので、かなり複雑なコードになってしまっていた。
さっきアップルパイ(こちらではリコのパイ)をルカちゃんが切り分けると言った時に気が付いたのだが、魔法の呪文には同じ魔法文字の文字列が多用されることがある。
例えば、「上とした」という言葉は普通の文章だが、別の見方をすると「上と下」とも読める。
日本語の言葉遊びだが、これは魔法のコードにも当てはまる。
文字一つ一つを全て分割すると長くなり過ぎるため、ある程度でひとまとめにしたい。
その方法の一つがこれだ。
基本的には意味のある言葉で区切っていくが、意味のないただの文字列としてもひとまとめにすることで区切りを少なくしつつも長大なコードにならなくなる、はずだ。
臨機応変は必要だが基本はこの考え方で行こう。
よし、やるぞー!




