2 問い
そう。
俺は確かに腹を地竜の角に突き刺されたはずだ。
血が出てるし。傷ないけど。
上を見上げると遥か遠くに光が見える。
相当な距離を落ちたんだな。
谷底なのに明るいからおそらく朝か昼だろう。
そしてここは地竜の深谷の谷底である。
すぐ死ねるな。これは。
ん?
そういえば、暗闇の中で誰かに何かを言われたような。
金髪?
いや、あれは相馬の時の記憶か。金髪美人外人さん。
とにかくここにいた理由は分かった。
生きている理由は依然として分からないが、何か不思議な力が働いたのだろう。
転生特典とか。そんなやつだ。
とりあえず、もうちょっと端っこに寄ろう。地竜の深谷だし。気休めだけど。
今の持ち物は、折れたショートソード、穴の空いた服、割れたスフィア、形見の皮腕輪。
懐に入れていた支給品のスフィアも割れてやがる。
ショートソードも折れてるし。
周囲にもちらほらと落下物があるが、どれも折れるか曲がるか燃えるかしていて使えそうなものはなさそうだ。
スフィアというのは、魔法を使うために必要な触媒だ。
スフィアに魔力を流して、呪文を詠唱すれば魔法術、いわゆる魔法が発動する。
魔法は感覚的に発動させるようなものでは無く、技術であり学問だ。
一般に魔法、魔術、魔法術はどれも同じものを指す言葉で、基本属性、火水風土光闇と無属性が基本である。
その他にも上位属性とか複合魔法とか特殊な専用魔法とか色々あるらしい。
詳しいことは分からない。
だって12歳だもん。
というか、この国では魔法教育はごく限られた支配者階級の人間たちだけに行われていて、一般には普及していなかった。
魔術書は高いし。
俺が知っているのは一般に普及している初級の生活魔法だけだ。
種火になったり、少量の水を出したり、ふわっと風を吹かせたり、光らせたりとそんな程度だ。
攻撃手段にはならないが、焚き火をしたり、隠れて読書をしたりするには便利だった。
初級魔法は雑用によく使われるため、品質の低いスフィアは支給品として配布されていた。
スフィアにも等級がある。
様々な形、色のものがあり性能もまちまちだったりして、見た目には品質が分からないものだが、性能の低いスフィアだと高レベルの魔法は発動しないと言われている。
スフィアはいつの間にか世界に広まり、等級の高いもののは高難易度迷宮や古代の遺跡などからしか入手困難な代物だ。
一般に普及している品質の低いスフィアは難易度の低い迷宮から見つかったものだ。こちらはごろごろ見つかるらしい。
ただ等級の高いスフィアを持っていても、高レベルの魔法が使えるとは限らない。
魔法は技術であり、学問を要する技術だからだ。
高レベルの魔法を使うには、高レベルの魔法の呪文を覚えて十分なだけの魔力を供給する必要がある。
結局、財力と魔力と知識力がないと意味はないのであった。
俺には何もないな。
...悲しくなってきた。
なんで魔法についてこんなに熱く語っているんだろう。
異世界っぽいからかな。
まあいいや。
とりあえずこれからどうしよう。
「ん?何だこれ?」
崖の端によって見たら、盾みたいなものを見つけた。
というかこれは、
「地竜の鱗だよなぁ、これ。」
なんといってもここは地竜の深谷だからね。
鱗くらい落ちているよね。
というかでかいな。50cm四方くらいあるし。
「あれ?突き飛ばされた地竜ってこんなサイズだったっけ?」
俺を突き飛ばした地竜の鱗はこんなサイズじゃなかった気がする。
いや暗かったし、混乱してたし、見間違いかもしれないけど。
・・・。(ブーン)
!!!!
何か聞こえた!!!ブーンって!!!
周りを見回しても何も居ないけど!!!
ていうか今気づいたけど何か体中痛いし!!!?
地味にダメージ食らってるし!!!?
何でだし!!!?
ゴゴゴ・・・・ドガシャーン!!!!!
「ギャァァァァァァー!ワーム出たー!!」
年甲斐も無く叫んでしまったが、ワームです。きもいです。
「キシャァァァァァァー!!!」
くーちーあーけーたー!!!
ぐにゅぐにゅぐにゅ
ワームが体を縮めていた。やべぇ、これ飛び掛ってくるやつだ。逃げなきゃ、、、
飛び掛ってきたワームの上から黒い影が落ちてきた。
「は、、、?」
正しく竜だった。
夜に見たものとは明らかにサイズが違った。
地竜はワームに襲いかかり、喰らい付き、ワームを地面に叩き付けた。
俺は咄嗟に拾っていた地竜の鱗を盾にしたが、地竜の攻撃は桁が違った。
攻撃の余波だけで俺はまたしても吹き飛ばされてしまった。
吹っ飛ばされてばっかりだ。
崖の岩壁に激突して、何かを突き破った感じがした。
俺はそのまま暗闇へと落下していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は暗い部屋にいた。
上を向くと光が漏れている箇所があるため、そこから落ちてきたのだろう。
結構近いが、ジャンプでは届きそうに無い。
目が慣れてくるとそこは正しく部屋だった。
明らかに人工物だ。
しばらくして光が浮いてきた。
明らかに魔法的な何かだ。
声が聞こえてきた。
明らかに男性の声だ。
声は問う。
「お前はなぜ力を望む?」
「いや望んでないし。」
声は問う。
「お前は何を目指す?」
「別に何も目指さないし。ただ生きているだけだ。」
声は問う。
「お前は力を何に使う?」
「...力があったら、俺は守れなかったものを守りたい、、、。」
救えた人がいた。
救えなかった人がいた。
自分は死んでしまった。
自分は生き残ってしまった。
ただ、結局、体は動いただろうな。
声は言った。
「お前を認めよう。思うが儘に進め。」
目の前の光が強くなり、目を開けていられなくなって目を閉じてしまった。
目を開けたら、辺りは明るくなっていた。
そこは100畳くらいはありそうな長方形の部屋だった。
扉は前後に2つ。
今いるのは前に見える扉の近くだ。
どちらの扉をくぐるかが問題だ。
天井の穴は明らかに崩れてできたものだ。
つまりはショートカットして来てしまったことになる。
問題なのはどちらの扉が入り口で出口なのかということである。
もし間違って入り口の扉をくぐってしまったら、悲惨なことに成りかねない。
先ほどの光から非常に高度な魔法技術が感じられた。
つまりここは遺跡なのだろう。
遺跡にはトラップが付き物だ。
先ほどの問答は、最後の問い掛けとかそんな感じだろう。
となると、入り口の扉の先にはトラップが待っているに違いない。
ということは、間違えたら終わりだ。
ここ何度も経験しているが。
ん?
そう考えるともう何でもいい気がしてきた。
うん。
どうせもう死んでるんだし。
何度死んでも一緒だろ。
よし、目の前の扉を開こう。
近いし。
光は目の前に出てきたし。
きっと正解だ。
うん。きっとそうだ。
そうに違いない。
お願い!!!
ガチャ!
そして、世界は真っ白に包まれた。