22 名物シチュー
部屋で一息ついた俺はこれからの事を考えていた。
直近はまずは冒険者ギルドへの登録だろう。
後はお店を回って色々と品物を見てこよう。
魔道書なんかも欲しいし、魔法道具とか、魔法薬とかも調べたいし。
鑑定眼のレベルが8だからもうちょっとでmaxになる。
そのためにも色々と見ておきたい。
やりたい事はたくさんある。
とりあえずは、安定した収入と実力をつけることだ。
後のことは後で考えよう。うんうん。
夕暮れが近づくとそろそろ夕食の時間だ。
灯りを点けるにもお金がかかるため、日が落ちると大体どこも薄暗くなってしまう。
それは店内であっても同様だ。
金持ちの家や高級宿であれば、ランプとか篝火などを豊富にしているところもあるかもしれないが、市井ではそんなことはない。
なので、日が落ちる前に食事やら寝る準備やらは終わらせておくのが常識だ。
宿の食事はうまいと聞いていたので、夕食が楽しみだ。
食堂に下りると既に賑わいを見せていた。
「こっちのシチューはまだかー?」
「ビール追加だー!」
「はーい。すぐ行きまーす。」
「肉炒めちょーだーい!」
「はーいー。ちょっと待ってねー。」
賑やかだなぁ、と思った。
これまで俺がいたところでこれほどの賑わっていて楽しい雰囲気のある場所は、日本でしかなかった。
牢獄みたいなところとか、閑散としたところとか、静かなところとかばかりだ。
...悲しくなってきた。
気を取り直して席に着こう。
カウンターがあったので、そこに座った。
日本にいたときの癖でメニューを探してしまうが、置いてはいなかった。
「いらっしゃいませ!」
サラさんやルカちゃんとは違う女性のウェイトレスさんが声をかけてくれた。
3人家族と聞いていたので、雇いの人かな?
「何があるんですか?」
「あ、はじめてですね?食べたいものを言ってみてください。作れるものなら大体即興で作ってくれるので。手の込んだものはあるものだけですけどね。いつもあるのは名物のシチューと肉の煮込みですね。」
「なんかざっくりしたシステムですね。」
「ざっくりでもサラさんが帳尻を合わせてくれるので大丈夫なんですよー。」
「そうなんですか。うーん、どうしようかな。あ、そうだ。俺泊まり客なんですけど。」
「あ、そうでしたか。でも基本的には何頼んでもいいんですよ。」
いいのかそれで。
値段設定とか疑問は残るが上手いことやっているのだろう。
おまかせでもいいそうなので、今回はおまかせにした。
ちなみにウェイトレスさんはトトさん。
近くに住んでて食堂が忙しくなる時間だけ、お手伝いに来ているそうだ。
しばらく待っているとルカちゃんが名物のシチューとステーキと黒パンを持って来てくれた。
結構、というかかなり豪華だ。
え、これ、食事代大丈夫か?
「お待たせしましたー!」
俺の不安をよそに全部の皿が目の前に置かれた。
ありがたいけど大丈夫か?
「け、結構多いね。」
「ふふふ。今日は初日なので特別ですよー。」
「ああ、そうなんだ。なんだかありがとう。」
「いえいえ。楽しんでくださいねー。」
それだけ言ってルカちゃんは別のところに給仕に行った。
至るところで声がかかっている。
食堂が盛況なのもあるがルカちゃんの人気も結構あるみたいだ。
それはさておき温かい内に食べてしまおう。
村では基本的に塩味が多かったので、シチューを食べるのは久しぶりだ。
パンも無かった。
雑穀の粥とかが主で、あまり美味しくは無い。
シロにもシチューをもらった。
シロはまだまだ小さいが、このサイズにして結構食べる。
どこにそんなに入っているのかと思うくらいに、自分のサイズより多い量でもいつの間にか食べてしまっている。
魔物の一種だからなのか、シロだからなのか不思議な話だ。
解はない。
久々のシチューをスプーンで掬い、口に入れるとシチューの甘みと野菜や肉の旨味が口の中に広がった。
関係なく今まで味わったことがない旨味を感じ、俺はもう一口を味合うためシチューにスプーンを入れた。
コン
あれ?
コンコン
あれれ?
直前まであったシチューがない。
いや皿はある。
皿しかない。
シチューがない!!!
なんで!!?
あれ?
気がつくと俺はなぜか涙を流していた。
そして、周りに注目されている。
「あらあらー、そんなに美味しかったかしらー?ありがとうねー。でも涙流しながら食べなくてもいいのよー。おかわりいるかしら?」
「え、いや、えっと、はい。いただきます。」
「ふふふ。いいのよー。」
サラさんが微笑ましいものを見るように皿を下げて、シチューのおかわりを持ってきてくれた。
どうやら気がつかないうちに一杯を食べきってしまっていたようである。
なんでこんなことになったのか・・・。
サラさんが持ってきてくれたおかわりを再び口に入れる。
やはり美味しい。
一杯食べて落ち着いたからか、今度はしっかりと味わうことが出来た。
ただ一口食べるごとになんだか懐かしいような、悲しいような、うれしいようなよく分からない感情が生まれてくる。
パンも肉も美味しくいただいた。
村で食べた食事も悪くは無かったが、やはり美味しいと評判の食堂の食事は格別だったが、それよりも母さんを思い出してしまった。
もう5年近く前の思い出だ。
日本での記憶もあるからかなり昔のことの様にも思え、中々思い出すこともなくなってきたが、まだ乗り越えるには時間がかかりそうだ。
「美味しかったです。ありがとうございました。」
「あらあらー、いいのよー。今日はもうお休みかしらー?」
「はい、そうします。旅の疲れもありますし。」
「そうねー。ゆっくり休んでねー。」
「はい。ありがとうございます。おやすみなさい。」
「にゃあ。」
俺は部屋へと引き上げて、眠りについたのだった。




