101 翼人
目当ての【薬師】スキル持ちは居なかった。
まあ【検索】スキルで予め分かっていたことだから予定調和だが、条件に合わない者を連れてこられても困る。
湯水のようにお金があるわけではないのだから、買える人数にも限りがあるのだ。
勘弁してほしい。
「まあいい。別の条件だが、翼人、レベル6、10歳の女の子はいるかい?」
「翼人、ですか。【薬師】スキル持ちよりも更に珍しいですな。余り奴隷にはならないので。」
「そう。で?いる?」
「・・・ふむ。お客さんには隠し事はできないねぇ。いますよ。いますが、問題もあるのですよ。」
「問題?」
「ええ。酷い怪我をしているんですよ。翼人としては致命的とも言えるね。どうします?見たいと言うならご案内しますが、お客さんを案内するような場所ではありませんよ。」
「案内してくれ。問題かどうかは俺が決めることだ。」
「はあ。まあそういうことでしたら。」
渋る奴隷商に案内をさせる。
奴隷商に先導されて連れられた場所はいくつもの牢が並んだ正しく牢屋だった。
掃除自体は行き届いているようで殺風景でありながら、不潔ではなく、悪臭が漂うと言うこともなかった。
ふむ。垂れ流しではないようだ。
別に期待していた訳ではないが、こういう所では嫌悪感を抱いて・・・と言うのがセオリーだと思うのだ。
ここの奴隷商はセオリーを知らないようだ。
いいんだけども。
案内されたのはその牢の一つ。
他の牢はベッドの類は無く殺風景だが、そこは敷物がしかれ、その上に横たわる長い髪の女の子。
女の子の息は荒く、空気の抜けるようなヒューヒューと言う音が聞こえ、重症であることが伺えた。
「こちらの子になります。」
「・・・なるほど、これが問題か。」
「?」
「にゃー。」
ゼンにはよく分からないらしいが、重症の子を見て心配そうにしているのは分かる。
全く優しい子だ。
俺は元々【検索】して【鑑定】していたからある程度は知っていた。
そもそも指定した条件がピンポイントだったのはそのためだ。
「片方の翼がないのか。」
「はい。翼人としての最大の売りである翼が欠損しています。他にも体中に傷があり、顔にも火傷を負っていましてねぇ。」
間違いない。
「この子を貰う。いくらだ?」
「え?買われるので?この怪我では慰み者にもなりませんよ?」
「それを決めるのも俺だよ。」
「はあ。まあそう言われるのでしたらこちらとしては有り難い話ではありますが。そうですねぇ、この怪我ですし金貨5枚でいかがでしょう?」
「この怪我で金貨5枚は取りすぎだろう。この状態では何もできないと言ったのはそちらだろう。金貨1枚にまけろ。」
とは言ってみたものの本当のところは金貨1枚ですら取りすぎだろうな。
まともに動けるようにするだけで、怪我の治療に金貨数枚、下手したらもっと飛んでいくことになる。
そこまでしてこの娘を手に入れようなんて普通は考えない。
奴隷商は少し考える素振りを見せてから手を打つ。
「分かりました。この娘もお客さんに貰われるなら本望でしょう。金貨1枚で手を打ちましょう。」
だろうね。
「手続きがございますのでこちらへお越しください。その娘も連れて参りますのでねぇ。おい。」
奴隷商は使用人の男に指示を出しつつ、俺たちをさっきの部屋へと促した。
「丁重に扱えよ。傷が増えてたら、消しちゃうよ。」
闘気を纏って殺気を込め、態と明るい口調で言う。
あまり殺気を放ったりとかは得意ではないので、不気味さを演出した。
顔は笑っているのに目は笑っていない、と言うやつだ。
イチが思い出されたような気が、き、きっと気のせいだ。
上手くいったのかは分からないが使用人の男は一瞬ビクリとして頷いてくれたので成功したと信じよう。
例え足元から俺より強い殺気を感じたとしても、それはきっと関係ないはずだ。
野生って凄い。
お、俺のことだからね!
奴隷商に続いて俺たちはさっきの部屋へ戻ってきた。
「すぐに先ほどの娘は連れてきますので、まずは売買契約の方を進めさせて頂きますねぇ。」
そう言って奴隷商は1枚の紙を取り出した。
「こちらが契約書になります。お支払いの方は多少細かくなっても構いませんよ。」
ざっと目を通すが、特に問題は無さそうだ。
返品はきかないとか、売買成立後に何があろうと感知しないとかだ。
クレームが多いんだろうか?
魔法がかかった書類と言うわけでもなく、ただの契約書だ。
売買の管理のためか?
いやにしっかりしているな。
「まあいいだろう。」
俺は契約書を返し、金貨1枚を取り出して机に置いた。
金貨ならいっぱいあるからな。ドヤァ
「はい。確かに。」
奴隷商が金貨を確かめると同時に見計らったかのようにあの娘が連れて来られた。
使用人に支えられながら、何とかギリギリ自分で歩いているが、部屋に入ると同時に崩れ落ちる。
床に崩れ落ちる前に隣に居た筈のゼンが受け止めていた。
ゼンが動くのが分かったから、俺は動かなかったんだけどね。
女の子に優しいのはいいことだ。
きっとイケメンに育つね。
「では早速、契約に移りましょうねぇ。」
奴隷商がそう言うとローブのフードを目深にかぶって顔を隠した術師が準備を始めた。
「血を頂けますかねぇ。」
俺は指先を少し傷付けて血を垂らす。
術師は俺の血をインク(おそらく契約補助剤)に入れて軽くかき混ぜる。
術師が女の子に近付くとゼンが睨み付けて威嚇していた。
「ゼン。やめなさい。」
ゼンは渋々ながら威嚇を止めた。
睨んではいるが。
術師が女の子の背中を晒し、既に刻まれていた奴隷紋に上書きしていく。
女の子の背中にはいくつもの傷があり、最低限の手当てしかされておらず、見ていて気持ちのいいものじゃなかった。
さっさと終わらせよう。
「こちらに。」
術師が短く俺を呼ぶので近付いていく。
「ここに手を。」
こいつはコミュ障か何かか?
言われるがままに女の子の背中に手を沿える。
「××× %%% ○○○ ●□▼ ・・・」
聞いたことのある呪文の詠唱を術師がしだした。
やはり奴隷契約の呪文だ。
若干細部が異なっているが流派か、個性か何かだろう。
あまり意味のないワードだった。
「▼▼▼。コントラクト。」
あれこれ考えている内にアクティブコマンドが唱えられ、無事契約が結ばれた様だ。
奴隷商が術師に視線を向け、術師が頷く。
「どうやら問題なく契約は成立したようですねぇ。」
「そのようだ。」
俺は手を握ったり、閉じたりと意味ありげな行動を取っておく。
意味はない。
「ああ、そうだ。少しこの部屋を借りてもいいか?このまま外に連れ出すのもあれなんでね。」
「ええ、構いませんよ。それでは私共はこれで失礼いたしますねぇ。お帰りは外の者に声をかけて下さいねぇ。」
そう言って、奴隷商とその部下たちは退室していき、部屋には俺たちだけが残った。




