9 行商
カリオ村での生活もかれこれ半年になる。
季節はもう秋だ。
あれから何度か弓の訓練は続けていたのだが、あまり進展はなかった。
ビョーンという音をあげて矢はヒョロヒョロと飛んでいくだけだった。
本格的に弓の才能がなかった。
手に持って投げた方が速いくらいだ。
というかナイフ投げを覚えた。
こちらは今では10mくらいの距離では百発百中になった。
遠距離攻撃の才能がなかった訳ではないようで安心した。
まず、称号に関してだが、称号[挑戦王]は無事取得できた。
効果はステータスアップとなっていて、その他にはなかった。
アップの倍率は、おそらく1.1倍だ。
取得前のジャンプ距離で測定した。いわゆる垂直跳びだ。
これくらいしか測定できるものがなかったからだ。
今の段階では誤差みたいな変化しかなかったが、倍率でいくと1割アップしていたので、微増ではない気がする。
ステータスアップが倍率ではなく、一定値の加算だったら微増だ。
あってもなくても変わりないくらいの微増だ。
いや1mに対して10cm増えてもたいした事ないのか?
どちらにしても微増な気がしてきたが、強化されるのだからよしとする。
この半年の間でまたかなりの変化があった。
村にとってではなく、俺にとってだ。
まず、村に行商人が来た。
村には金物製品を作れる人も設備もないため、行商に頼っているそうだ。
この村の近くにはいい鉱脈もないし、小さな村なので仕方ない。
その代わりこの村の近くの山では岩塩が取れる。
村の収入源の殆どはこの岩塩だ。
村人のほとんどは岩塩を取る仕事をしている。
とはいえ毎日過重労働というわけではない。
1日3時間程度を3日おきくらいでやっていて、倉庫がいっぱいになったら次の引取りまではお休みだ。
この近くではこの村でしか取れないが広い範囲で見るといたるところに塩が取れる場所がるのだ。
珍しいところでは地下塩湖と言うのがあるらしい。
と言うわけで、それほど大量に必要なわけでは無く、高くも売れないのだそうだ。
ほどほどの食料や道具と交換している程度らしく裕福ではないみたいだ。
俺の元いた国では塩は手に入りにくかったから、金持ちのイメージだったが色々らしい。
この国の周辺国はみんな何かしらの塩供給地があるそうで、争いになることも無く、この国は平和だそうだ。
この村には2ヶ月~3ヶ月に1回くらいのペースで買い付けついでに行商に来るそうだ。
俺が来た少し前に来ていたらしく、3ヶ月経つ前くらいに1回と先月に1回ほど村にやってきた。
行商が来たことが変化ではなく、行商人が持っていたものが問題だった。
まずは薬だ。
いわゆるポーションを扱っていた。
ポーションは一般的な傷薬とは違う即効性のある薬のことだ。
村では村長さんが万一の時用に確保している以外は持っている人はいないらしい。
普通に使うのは山で取ってきた薬草をすり潰して作る傷薬だ。
簡易だが日本の薬と似たようなもので、傷の治りがちょっと早くなるとかその程度だ。
だがポーションは飲んだ瞬間、傷がどんどん治っていくものだ。
回復の魔力を含んでいる魔法薬というやつだ。
この魔法薬にも種類あって、調剤魔法薬というのがある。
練成魔法がなくても作ることができる魔法薬だ。
一般的に魔法薬は練成魔法を用いて、魔力を加えたりして作成するが、調剤魔法薬は材料自体の魔力で作られた魔法薬だ。
即効性や効果は魔法薬には劣るが、魔力がなくても作成できるメリットがある。
一方で魔力を含んだ材料の入手には高い鑑定スキルか魔力を感知できる技術が必要であるため、材料を収集できる人材が限られている。
そのため、あまり一般には流通しておらず、作成方法も知られていなかったりする。
その調剤魔法薬が商品として置いてあった。
置いてあること自体はいい。問題ない。
ところで俺は常日頃から鑑定眼を使うようにしている。
高速思考スキルの補助のおかげで鑑定眼を使いながらでも普通に生活することができている。
集中したい時はうっとうしいから止めているが、スキルレベルを上げるために可能な限り使っている。
行商が来ているときも鑑定をしていた。
その結果がこれだ。
名前:調剤回復薬
種類:回復薬
等級:普通
品質:粗悪
属性:なし
説明:怪我を治すことができる調剤薬。
材料には魔力を少し含んだメディケ草と水が使われている。
メディケ草を水で煮て、不純物をろ過することで作成。
効果向上のためには高品質な材料を用いる、もしくはメディケ草に対して5~10%のメトロケ草を混ぜるとよい。
材料のことが書いてあったから気になって触らせてもらったらこうである。
効果向上方法まで鑑定の説明欄に書いてあるって何でだろう。
親切設計である。
鑑定レベル10の力である。
鑑定さんまじすげー。
メディケ草は山に行けば沢山生えているし、ストレージにも見つけては放り込んでいた。
ストレージの機能で品質毎にスタック、ソートできるので鑑定するまでもなく魔力の含有量で分類されている。
便利である。
で、メトロケ草というのは迷宮の近くで俺が迷っていた時に見かけた毒草のことである。
弱毒だが食べたら死ぬやつだ。
薬草と毒草を混ぜるって誰か試したことがあるのだろうか。
試しに作ってみたが、量を間違えたら毒になった。
メトロケ草の量が少なくても多くても強毒の毒薬になってしまった。
誤って飲んだら即死である。
作成したのがこれだ。
名前:調剤回復薬
種類:回復薬
等級:普通
品質:中
属性:なし
説明:怪我を治すことができる調剤魔法薬。
材料には魔力を含んだメディケ草とメトロケ草と清水が使われている。
メディケ草と適量のメトロケ草を清水で煮て、不純物をろ過することで作成。
効果向上のためには高品質な材料を用いるとよい。
名前:毒薬
種類:毒薬
等級:普通
品質:中
属性:なし
説明:強毒。大抵の生物を瞬時に殺すことができる調剤薬。
死因の特定が簡単で、摂取者は口から血を流して死ぬ。
材料には魔力を含んだメディケ草とメトロケ草と清水が使われている。
メディケ草と適量のメトロケ草を清水で煮て、不純物をろ過することで作成。
効果向上のためには高品質な材料を用いるとよい。
この半年の間に転移でルームに行ってから迷宮と森を抜るルートが確立した。
ルームにあった清水の湧き水を取ってくるためというのが主だ。
水は容器に入れればストレージに入れることができるのだが、水を入れておく容器が少なくてそこそこ頻繁に取りに行くことになっていた。
何度か木桶を作ろうとしたのだが、俺が作ったのでは水漏れが激しくて殆ど使い物にならないのだ。
工作スキルの無さに絶望した。
木箱程度ならいいのだが、水が漏れないような木桶は俺には無理だ。
村人に名人がいたので頼んで作ってもらったりはしているのだが、あまりに頻繁に頼むのも変なのでまだ3つしかない。
バケツくらいのサイズだ。
薬の制作以外にも畑に撒いたりすると発育に良かったので、結構すぐに無くなるのだ。
そうやって手に入れた清水で薬を作ったのだ。
成功率は1割だ。
3ヶ月もやっているのに。
調合の才能もないらしい。
ストレージにはどうしようもないほどに強毒薬が溢れている。
毒の大量所持なんて危険人物である。
誰にも言えない秘密だ。
ゴートさんには薬を作ってみていることは知られており、これまでのお礼としていくつか渡している。
鑑定ができる人はこの村にはいないので、中品質の回復薬だとばれる事もないだろう。
メトロケ草を混ぜると成功率が下がるので、普通の回復薬も作っている。
普通のといっても清水を使うことで俺が作っても普通品質のものが作れる。きっと上手な人が作ったら、もっと品質が良くなるんだろうが、詮無いことだ。
...悲しくなってきた。
普通品質のものを作っているのは、使うためではなく売るためだ。
売るといってもお金をもらっても今のところ使う宛てがない。そのため、物品との交換が目的だ。
交換でもらいたい物は水嚢である。自分で作れないし、村でも作れる人が少ないからだ。
もう1つ欲しいのが武器だ。
持っていた錆びた剣は村に来て早々にポッキリ折れて亡くなった。
今使っているのは、元々持っていた折れたショートソードの刃先をその辺の棒に括り付けただけの槍モドキだ。
いつでも壊れそうなぐらいな出来の悪い一品である。
なので、まともな武器が欲しいのだ。弓以外の。
剣でも槍でもいいと言ってある。次の行商のタイミングで持ってきてくれる予定だ。
前回作った普通の回復薬をサンプルとして渡してあるので、それなりのものを用意してくれると期待している。




