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私はあなたの希望の風になりたい  作者: すけともこ
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第7話

叔父は歴史研究を続ける傍ら、城下町の薬屋としても働いていた。


そのほうが生活にもメリハリが出て、町の人との会話から情報網も広がるのだそうだ。


研究所の中は意外と広く、客間や居間だけでなく、屋根裏や地下室もあるという。


しかし、現在は屋根裏に歴史学の古書、地下室に薬学の資料が山と積まれており、叔父自身も中に入れなくなっているらしい。



私は薬草の香りが漂う客間に通され、そこでコーヒーとクロワッサンをご馳走になっていた。


クロワッサンは私が物心つく前からの叔父の大好物だ。


今でも、薬草との物々交換で町の人たちからよく頂くという。



「城下町の人たちは、叔父上のお好きなものまでよくご存知なのですね」


「俺はバクにしか教えていないんだが、気がつけば近所のお年寄りたちが焼きたてのクロワッサン片手に常備薬をもらいに来るようになっていた。おかげで、やつがお喋りだってことがわかったよ」


「バクリッコさんは、いつもあんなかんじなのですか?」


「あんなかんじ…まあ、そうだな。俺がここへ来る前までは陰気な顔をした暗い青年だったそうだが、今では自他ともに認めるお調子者だよ。バクに言わせると、どうやら俺のおかげらしいんだが、特別に何かした記憶はなくてね。いったい、俺の何がやつを引き寄せるのかはわからないが、仕事をサボるときは大抵、この研究所に入り浸っているよ」


「そ、そんな勤務態度でよく…」


「クビにならないな、だろう? まあ、理由はいろいろあるけれど、バクはかなりの飽き性なんだ。別に仕事が嫌いなわけじゃなくて、集中力がもたないだけなんだよ。それで、ちょっと休んでいるところを執事長に見つかってしまう運の悪い日がたまーにあるわけだ。今日のようにね。それでも仕事は丁寧だから、執事長も目を瞑っている」


「なるほど。エスペーシア王国は叔父上が手紙で知らせてくださったとおり、穏やかで平和な国なのですね」


「…確かに、そうだな」



叔父は頷いてはいるものの、その瞳は不安そうな色をしていた。


どうしたのかと問いかけると、少々考え込んだ後、歯切れ悪くも答えてくれた。



「実は、このところ王家の方々を狙った悪質な事件が頻発していてね…」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



始まりは、まだセミたちの大合唱が鳴り響く、暑い夏の日だった。


城下町にある南の広場を散策していたサフラン国王への投石、という大事件が起こり、エスペーシア城内は騒然となった。


幸い、広場のベンチで昼寝をしていたバクリッコさんの起き上がりしなに石が額へ命中したため、サフラン国王は怪我ひとつせずに済んだという。



「そのかわり、バクは額を十針縫う大怪我をしたが、国王様をお救いした英雄としてら称えられた。医務室で安静にしていたのは二日ほどだったそうだが、ことあるごとに国王様が見舞いにいらっしゃるので、かなり緊張したとこぼしていたよ」



その後、投石のあった南の広場は、騎士団によって徹底的に捜査され、近隣の人々へ詳しく聞き込みも行われた。


しかし、犯人の特定には至らず、唯一の目撃者と思われたバクリッコさんですら「何も見えなかった」と話しているため、事件は現在も解決していないという。



そして、投石事件から数日後のこと…


エスペーシア城の階段に洗剤が撒かれているのが発見された。


これが不特定多数の人間が使用する階段であれば、単なる使用人の不注意で片付いたかもしれない。


しかし、洗剤の撒かれていた階段がナツメグ王妃専用の段差の低い階段だったため、城内には不穏な空気が流れた。


幸い、ナツメグ王妃が二階から一階へ移動する際、近道と称して階段を駆け上がって来たバクリッコさんが、撒かれていた洗剤で滑って転んだため、王妃は怪我ひとつせずに済んだという。



「そのかわり、前のめりに倒れたバクは、両腕を強く打ちつけて骨にヒビが入るという大怪我をしたが、王妃様をお救いした英雄として称えられた。医務室で安静にしていた二週間、毎日王妃様がお見舞いにいらっしゃるので、かなり緊張したとこぼしていたよ」



その後、事件のあった階段が階段なだけに、エスペーシア城内は騎士団によって徹底的に捜査された。


しかし、使用人たちにはそれぞれにアリバイがあり、洗剤の撒かれた時刻も曖昧で目撃者もいなかったため、現在も犯人は見つかっていないという(ちなみに王妃専用の階段を無断で使用したバクリッコさんは不問に付された)。



「今のところは、このふたつの事件だけですんでいるが、次また何かあったとき、今までと同じようにバクが助けてくれるかどうかは…いや、間違えた。それ以前に何かあってはいけないんだ。それで、エスペーシア城内はピリピリしている。この国は、今まで王家の人々を狙った事件なんて起こったことのない、平和を絵に描いたような国だ。それで、城内の使用人たちも何が最善の策なのか、試行錯誤の中で警護に当たっているという噂だ」


「なるほど…しかし、叔父上。二つ目の事件で、すでに犯人は城内の者と判明しているのですから、目星ぐらいはついているのではないですか?」


「犯人の目星、ねぇ…」



私の質問に、カステーラ博士は渋い顔で腕を組んだ。



「残念ながら、まったく進展はない。城内を出入りしている人間が多すぎて、犯人を特定出来ないんだ」


「は?」



事件の解決していない城内を、多数の人間が出入りしている、だって?



思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、叔父に苦笑される。



「さっきも言っただろう? 使用人たちは試行錯誤中なんだって。しかしまあ、驚くのも無理はないな。なんたって君は、あのターメリック王子を知らないんだから」


「王子…?」


「そう。城内を出入りしている多数の人間というのは、ターメリック王子の従者のことなんだ」


「えっ…その王子様には、そんなにたくさんの従者が?」


「いやいや、エスペーシア王国の財政だって、それほど豊かではないさ。…入れ替わっているんだよ。それも、とんでもなく頻繁にね。俺が聞いたところによると、長くて三日、短くて十分と持たなかった奴もいたらしい」


「その…王子様には、そんなに、あの、人望が…?」


「あー、そういうわけじゃなくてだな…なんていうか、とてつもなく…お人好しで…良く言えば…とてもお優しくていらっしゃるんだ」


「え…? 何か問題があるのですか?」



パステール王国の国王は、国民に対して優しさなどという慈悲の心は微塵も持ち合わせていなかった。


それに比べれば、心の優しい王子様なんて素晴らしいことにしか思えない。



しかし、実際はそうではないようだ。

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