第19話 魔法少女は二律背反で。(1)
◆5月8日 午前4時55分◆
はじめて訪れた公園で居ても経っても居られない子供の如く、雹果は目移りするようにフラフラと走り回っている。
「まったく、子供みたいにはしゃいで…。これじゃ、どっちが犬だか…」
それとは対照的に、三匹の犬たちは主人の動向を見守るように、礼儀正しくおすわりをしていた。
『…まったくだな』
「!?」
私は唐突に声がしたことに驚いて振り返る。
だが、周囲に人影らしきものは無く、隈なく見回しても人影は見当たらなかった。
私は幻聴だと特に気にも留めず、振り返りざまに視界に入った犬たちを、まじまじと眺める。
目を凝らすように細目でじっと見つめていると、こちらの視線を察したのか、銀色の毛並みをした一頭が私を睨み返してきた。
「っ…!?」
遠目では判らなかったが、銀色の毛並みをしたその一匹だけ、私には一般的な犬の姿とは違って見えた。
姿形だけではなく、威厳というか凛々しさというのか、他を寄せ付けないような不可思議な凄みを発していた。
「そ、そういえば、この犬たちどうするんだ…?というかそもそも、ここに一緒に連れてきて良かったのか…?」
得体の知れない異空間に普通の生き物が足を踏み入れるとどうなるのか…、なんて私と言えど知る由もない。
犬を連れ込むこと自体がイレギュラーなことだろうし、そこらへんに生えている謎の草を食べたら、どんな影響を与えるかなど判ったものではない。
それこそ、急に巨大化して頭に噛み付いたり、砂を操る能力に目覚めたり、饒舌に言葉を話したりなんてことだって考えられる。
「言葉…?いやいや、まさか…」
私は犬たちに刺激を与えないよう注意しながら、少しずつ距離をとる。
「コイツらだけ外に放り出すなんて出来ないし…。というかそれはそれとして、犬の扱いなんて――」
『――誰が犬だ。誰が』
その声に驚き、私はすぐさまその場で硬直する。
――気のせい…じゃないな。これ。
その声は、頭に直接語りかけてくるような感じでもなく、至近距離で発しているような声だった。
私たち以外の誰かが隠れ潜んでいるという可能性も考えられるが、わざわざこちらに悟られるような真似をする理由もないだろうし、そもそも雹果ですら私が手引きしなければ立ち入ることもできないこの空間に、アイツ以外の誰かが居るという可能性も考え難い。
そうなると、可能性は限られてくる。
私は恐る恐る、隣でお座りをする犬に視線を向ける。
すると、その鋭い細目は私を睨み付けるように見上げていた。
『まったく…。ソイツはともかく、この私を犬呼ばわりとは…』
「…」
――やっぱり、か…。
祈莉のように犬の声まで聞こえるようになったのかと、私は自分の人間性を憂いながら頭を抱える。
そこへ追い討ちをかけるかのように、もう一匹の犬まで会話を始めた。
『もしや、そのソイツとやらは童のことではあるまいな…?童が高貴で高潔な存在だと知っての愚弄か…?』
『笑わせるな。お前以外に誰がいる。この時代にそうそう吸血鬼なんぞが居てたまるものか。大体、犬に犬と言って何が悪いのだ?その姿も、ヒトにへり下る姿勢も、まさに犬そのものではないか?』
『ぐぅっ…!またしても貴様如きが主さまのことを愚弄する気か…!たかだか怪の分際で…!』
喉を鳴らしながら、犬たちは威嚇をしはじめた。
『かはは…!そのたかだか怪に飼い主との縁を切られて、一人メソメソ泣いていたのは一体誰だったのだろうな?あの様は滑稽だったぞ?』
『っ…!?それは…!?そも縁切りなどという力が反則なのじゃ!?』
『地が出ているぞ?高貴で高潔とやらはどこへいった?』
『ぬうぅ…!言わせておけば…!!』
それらは臨戦態勢に入ったかと思うと、もつれあうように喧嘩をはじめた。
「あ~…なるほどね…。そっかそっか…」
自分が原因で犬たちの声が聞こえているかもしれないと思ったこと自体が勘違いであったと悟り、私は納得しながらホッと胸を撫で下ろす。
「どうして二人とも仲良く出来ないんだろう…?」
いつの間にか私の隣に立ち並んでいた雹果は、首を傾げながら二匹の犬の間に入り、その頭を撫でながら仲裁をはじめた。
「どうどうー。落ち着いて、クロ。ガーくんも煽らないでください」
私はそのやりとりを呆然と眺めながら、一言も言葉を発することはなかった。
――これはもう…なんか、ツッコんだら負けな気がする。
◇
◆5月3日 午前2時13分◆
「そんな方法が本当にある…というのか?」
私は小さく頷く。
「まず、それを可能かどうかを確かめるには、二つの現象の正体を知らなくちゃいけなかった。一つは天草先輩の持つ、八代稲荷神を知覚できる“神を見る目”の正体。そして、もう一つは、それが何によって引き起こされている現象なのか、ということ」
「“神を見る目”の正体…」
私は雹果と天草雪白をそれぞれ指差す。
「じゃあ、問1。雹果は天草先輩と違って、幼少の頃から八代稲荷神が見えていたと言っていた。つまり、巫女かどうかは関係なく、その力は、ある力に比例しているという事実だけが残る。さあ、その力とはなんでしょう?」
宇城悠人に向けて顎で指示すると、宇城悠人は鼻で笑って即答した。
「釈迦に説法とはこのことだな。二人の違いは巫女の素養。つまり、“縁を操る力”だろう」
私は再び小さく頷く。
「正解。縁を操る力は、この世ならざるものや現世など、物理的法則に捕らわれないものとの関係を結んだり切り離したりすることが出来る。“縁を結ぶこと”と“神を見る目”は、本来繋がっていないものを繋げるという点で、性質が同じ。つまりそれらは、程度が違うだけで同じ力だと考えられる」
雹果が除霊のために縁を断つ力を使っていたのと同様、“縁を操る力”にはさまざまな利用方法があると考えられる。
縁結び以外にも、本来見えないはずのもの――つまり、神や怪といった、本来関わりの無かったはずの存在との縁を結ぶことも可能だった。
そして実際、雹果も八代稲荷神を見ること出来た。
だとすれば、幼少から見えていた雹果と、巫女になってから見えるようになった天草雪白の違いはなんなのか。
その差こそが大きな鍵を握っていた。
「次、問2。それらの力を八代家が受け継いできたものとすると、それがどんな方法で受け継がれていたのかが重要になる。じゃあ、どのようにしてその力は受け継がれていたのか?」
八代家が大国主の子孫かどうかを証明する術はない。
実際問題、どこかのタイミングで血脈が途絶えている可能性だって考えられる。
だが、千年の時を経た今もなお、“縁を操る力”は受け継がれているという事実もまた存在する。
となれば、“縁を操る力とは一体どのようにして受け継がれているのか”というのが最大の疑問となる。
「はい、雹果」
雹果を指差して解答権を委ねると、雹果は自身あり気に答える。
「そんなの簡単です。わざマシ――んむぅ…?」
「…不正解」
私が雹果の口を塞いでその先を言えないよう阻止すると、なぜ自分が口を塞がれているのかを疑問に思ったのか、雹果は大きく首を傾げる。
――まさかコイツ…本気で言ったんじゃないだろうな…?
私は大きなため息をついたあと、口を開く。
「ハァ…。巫女かどうかが関係ない以上、儀式的なもので継承されるものではない。となれば遺伝と考えるのが妥当だけど、特異な遺伝子であろうと、子から孫、孫からひ孫と繰り返すうちに血は必然的に薄れていく。だから私は、縁の力は遺伝として受け継がれたものではなく、八代家に対して掛けられた加護や呪いだと考えてる」
映画などで“末代まで呪ってやる”という言葉を耳にすることがある。
大抵の場合、実際に呪われているケースというのはほとんど無く、無意識的に“呪われている”と自分に暗示を掛けてしまった結果、何の関係性もない悪いことを呪いによる影響だと決め付けてしまうことが原因だったりする。
それが幾度となく続くと、悪いこと全てが呪いのせいであると錯覚してしまい、余計に疑心暗鬼になり、呪いの信憑性を高め、負のスパイラルに陥る、というのが科学的な見解と言えるだろう。
だが、その話自体が後世に伝わらなければ風化してしまうし、そんなことをまったく信じない人間に伝わってしまえば、呪いはたちまち廃れることになる。
だが、もし末代まで呪うような力が本当に実在していたとしたらどうだろうか。
「…これは伝染病のように無意識のうちに感染し、無限に続いてゆくウイルスプログラムみたいなもの」
パソコンやスマホなどは、Webサイトを巡回している間やメールを開いたときなど、知らないうちにウイルスプログラムに感染してしまう。
そしてウイルスに感染したそれらは、パスワードの盗み見をされたり、知らないデータを勝手にダウンロードしたり、最悪の場合は乗っ取ったりして、本体と使用者に悪影響を与える。
私はそれと同じようなことが、人の体の中で起きていると考えた。
「呪いなのか加護なのかは、今の私には判らない。けど、これを表現するのに最適な言葉がある。それは――」
――“縁を操る力”には、さまざまな利用法がある。
縁を結ぶ力は、ほぼ赤の他人であっても恋人同士にしたり、神と人間というまったく違う存在であろうと、強力な縁で結ぶことが出来る。
それは言い換えると、二つのことが可能であることを示している。
ひとつは、さながらSNSのように、実際に会ったことのない相手だろうと縁を繋ぐことが可能。
そしてもう一つは、対象の無意識に介入して、その人の行動や考え方などを操れるということ。
もし、無意識の中に自分という存在の縁を植えつけることが出来、それが無意識下のうちに縁の繋がっている相手に共有されるのであれば、それはつまり、出会ったことのない人間を操り、その人を介して連鎖的に信者を増やし、多くの人間の信仰を受けることも可能ということになる。
そしてそれは、出会ったことのない他人であろうと、これから生まれるであろう子孫だろうと違いはない、未来永劫繰り返されるロジックとなる。
「――“大国主との血縁”。鎖のように繋がれた大国主との縁を介してもたらされる力。それこそが“神を見る目”の正体であり“縁の力”の根源」
宇城悠人は何かに気付いたように、その細目を見開く。
「そう…か…。君はまさか…」
私は大きく頷く。
「宇城先輩と現世の縁を断ち切る必要なんてない。天草会長の持つ“神を見る目”は“大国主の血縁”であるという縁からくるもの。だから――」
宇城悠人という存在は、一般の生徒に認識されることはなかった。
また、天草雪白は八代稲荷神である宇城悠人を視認できることを除けば、普通の人間とほぼ変わり無い。
それであれば、天草雪白もそれら普通の人間と同じ状況にしてやれば良い。
「――“大国主の血縁”という縁を断てば、天草会長の“縁を操る力”そのものが失われ、“神を見る目”は機能しなくなる。そうすれば、二人とも記憶はそのままで、同じ現世に存在していられる」
障害となっている“神を見る目”が遺伝によるものでないのであれば、その力は意図的に取り除ける。
そして、大国主によって与えられた“縁を操る力”によって“大国主との血縁”を断つことでそれを実現する。
それこそが、私が導き出した最悪を回避する答えだった。
「か…ははは…。なるほど…私には想像もつかなかった答えだよ…」
宇城悠人はかすれるような乾いた笑いを部屋に響かせる。
だが、その笑い声は数秒と経たずにピタリと止んだ。
「しかし、だ…。その答えには大きな問題がある」
「大きな問題?」
「縁を断つには大国主を意識し、彼女との繋がりを明確にイメージする必要がある。過去の縁を辿って切り離そうというからには、個人を特定できるくらい明確な情報は必要ということだ」
私はその言葉の意味について、暫しの間考える。
「明確にイメージ…?ようするに、相手の顔とか声とか性格とかを知らないと難しいってこと?それなら…」
私が何を言おうとしたのかを察していたのか、宇城悠人は私が言葉を発するよりも前に首を横に振っていた。
「先に言っておくが、彼女の力の一部を授かったに過ぎない私には、その強力な縁を断つのは不可能だろう。それが出来るとすれば同等の力を持った…」
宇城悠人の視線は同等の力を持つであろうその人に向けられた。
「?」
向けられた張本人は、僅かに首を傾げながら眉をハの字に曲げた。
「あー…なるほど…。それは大きな問題だ」
私は宇城悠人の言う“大きな問題”の意味を把握して、頭を抱える。
「私の持つ彼女のイメージを直接伝えられれば話は別だろうが…」
「大脳皮質に直接電気流して映像化とか出来れば…」
「…。見た目に似合わず中々に過激な発言をするのだな、君は。さすがの私も引いたぞ…」
要約すると、大国主との縁を断つことは雹果にしかできないが、雹果は大国主を知らないため、大国主のことを明確にイメージすることは出来ない、ということになる。
写真や動画もない状況で、千年以上前の人間を明確にイメージさせるというのは雲を掴むような話であり、現代科学においても解決できない未解決問題の類と遜色ないと言える。
「…?科学じゃ解決できない…。それなら…」
壁に寄りかかりながら、事の成り行きを蚊帳の外で見守っている人物に私は視線を送る。
「ん…?私…?」
「あーちゃん。この前、私とノワの意識を共有したでしょ?あれ、もう一回だけできない?」
「あれを…?む、無茶言うなって!チーと違って、私にはもうそんな力無いから!」
私が疑いの目を向けるようにじっと見つめる。
暫くして困ったように頭を掻いたあと、私から目を逸らした。
「試さなくても…なんとなく判るんだよ…」
その瞬間、自分のしていたことが如何に軽率だったかを理解した。
その力を捨てることのきっかけになった私が、今度は都合よく使えないのかと問く。
そのことの意味を、私はまったく理解していなかった。
「悪いな…。力になれなくて…」
私は罪の意識を感じ、小さく呟いた。
「ゴメン…」
私たちの消沈しきった空気をもろともせず、割り込むように声を発する人物が現れた。
「それ…たぶん、大丈夫」
その一言で私たちの視線を集めたのは、雹果だった。
「大丈夫…ってどういう…?」
私はまた、空気をぶち壊すようなトンチンカンなことを言い出すのではないかと十分に警戒する。
「私、たぶんその人知ってる」
「は…?」
何を言っているのかまったく理解できない私を余所に、雹果は突然、宇城悠人を指差してこう言った。
「ガーくん」
「…!?」
指差しでそう呼ばれた宇城悠人は、柄にもなく取り乱すように一歩たじろぎ、机に背をぶつけた。
「ガーくんは粗暴でガサツで小心者なのに屁理屈ばかり言う頑固者だけど、どこか抜けてる。それと、ガーくんはすごく寂しがり屋だから、誰かがそばに居てあげないと泣いちゃう、泣き虫さん」
雹果は、親が子を撫でるように宇城悠人の頭にそっと触れた。
「彼女が…。大国主がそう言っていた…のか…?」
雹果は小さく頷いた。
「だから私がそばに居てあげないと、心配で眠れないって言ってた。夢の中で」
ことここにおいて、「夢の中かよ!?」などというツッコミは私には出来なかった。
なぜなら、大国主との結びつきが強い雹果であれば、そういったことも可能性としては十分に考えられる話だったから。
「ははは…ガーくん…か。懐かしい響きだが、子供の頃の話をされているようで複雑な気分だな…」
気がつくと、宇城悠人は目頭を抑えながら天井を見上げていた。
言葉では誤魔化そうと笑い飛ばしているものの、その口元はまるで堪えるように唇を噛み、その体からは二種類の感情の胞子を出していた。
それは悲しみと喜びという、相反した感情だった。
「やっと理解したよ…。今までの君の行動の意味を…」
宇城悠人は突然雹果の両肩を掴み、引き寄せた。
だが、雹果はそれを拒んだりはせず、口を噤んだまま、真っ直ぐにその瞳を見つめ返していた。
「君は私が一人にならぬよう、彼女の想いを必死に守ろうとしてくれていたのだな…」
「…違う。私がただ…あなたのそばに居たかっただけ。あなたを独りにさせたくないと思ったからそうしただけ…。あの人は…関係ない」
その一言で、私の抱いていた疑念は払拭され、それは確信へと変わった。
大国主は私が疑いの念を持つような邪な心を持った存在ではない、と。
神になることを約束され、そして神となったあとも自らが残した“血縁”システムによって、人類からの信仰を保障され、自らを不滅の存在へと定着させる。
大国主が構築したこのシステムは、人類が滅びない限りは機能し続ける、まさに完璧な永劫機関と呼べる代物だろう。
故に私は大国主が生前からこのシステムを企て、仕組んでいたものだと考えていた。
だが、恐らくそれは私の勘違いだ。
彼女はただ、世話焼きで困っている人々を放っておけなかった。
彼女はただ、お人好しな性格で見返りを求めなかった。
彼女はただ、自分の死後に残された人々が心配だった。
それだけだったのだろう。
だからこそ、人々の心に深く根付き、今もなお語り継がれている存在となった。
だから、私はこう思う。
助けを求めている人々の前に颯爽と現れ、異能の力で事件を解決する彼女は、周囲からこう見えていたのだろう。
正義のヒーロー、と。




