第18話 魔法少女は縁で。(6)
◆5月3日 午前2時4分◆
「ちょっといい?」
二人の間に重い空気が流れている中、私は構うことなく沈黙を打ち破る。
「…ああ」
そんな空気の読めない私を細目で一瞥したあと、宇城悠人は小さく呟いた。
「確認だけど、八代家は大国主の血筋で、天草先輩や雹果は大国主の子孫。しかも、雹果はその大国主の先祖返りってことで合ってる?」
私の発したそのひと言で空気はがらりと変わり、皆一様に冷ややかな視線を私に送る。
「突然何を言い出すかと思えば…毎度毎度、突拍子もないことを言い出すな、君は…」
宇城悠人は深々とため息を吐き、私を蔑みの目で見る。
「突拍子…?ちゃんと根拠はあるけど?」
「大国主の子孫…?つか、大国主って神様じゃ…?」
部屋の隅で成り行きを見守っていた雨が疑問の言葉を零す。
私はおもむろに立ち上がり、振り向きざまにビシッと指差す。
「それじゃ、あーちゃんに聞く。そもそも“神様”の定義ってなに?」
「え、ええ…!?わ、私…?そ、それはえ~っと…だな…」
授業中に突然先生に当てられた時のように、雨は慌てふためく。
「凄い力を持ってて偉いとか…実在しているようないないような…とか…?」
腕を組んで呻いている雨を尻目に、芽衣は自分の目を袖で拭いながら小さな声で呟いた。
「…ヒトではないもの、ですの」
まるで断言するかのようにも聞こえる言葉を残したあと、すぐさま寒さに震えるかのように両腕を抱えながら、芽衣は縮まりこんだ。
その時に垣間見えた表情は、どこか虚無感のようなものを感じさせる、無表情に近いものだった。
「…二人とも、ある意味正解」
私はひと呼吸おいた後、自分の答えを提示した。
「だって、神様の定義なんて存在しないんだから」
「定義が…存在しない…?」
「神…天使…悪魔、鬼に魔女…妖怪…さらには宇宙人。人間は昔からそうやって、名前をつけて区別してきた」
神が生物に類するかどうかは判らないし、当然ながら科学的に証明されてもいない。
故に、翼が生えているとか角が生えているとか、怖いやカッコイイ、美しい女性や筋肉隆々の男性といったふうに、各々が勝手に妄想し、聞く人それぞれによってイメージは変わってくる。
実際、神に類するであろう宇城悠人も、学生服姿で普通の人と変わらない姿をしている。
つまり、神という言葉に曖昧な定義は存在するが、そこに明確な定義は存在しない。
では、なぜそんな言葉が日常的に使われているのか。
「…それが本当に神や悪魔であることは関係ない。自分たちの知らない存在を違う存在であると定義するために、同じ人間であってもそうやって区別してきたんだ。だから、あえて神という言葉を定義するなら“普通の人間から見て人間じゃないと思えるもの”という表現が近いかもしれない」
存在が確認されていない存在というのは、普通とそれら特異なものとを区別するための比喩表現としては、とても都合の良いものだった。
不可思議な現象、現代科学で説明のつかない太古の遺物、信仰対象としての偶像。
それら謎に満ちた存在を神話や地球外生命体の仕業などと関連付け、同じ未知の存在と定義することで自分たちを納得させようとした。
それとまったく同様、本来人間に対しては使われないはずだった神や悪魔という言葉は、類まれな才能、常人からかけ離れた発想力、常識を覆すほどの技術力など、特異な何かを持つ人間に対しても使われるようになった。
「だから私は、大国主は周囲から神だと呼ばれていただけで、人間だった可能性があると考えた」
そして、それらの言葉は立場や見方によって大きく変わってくる。
数々の敵を討ち取ってきた自軍のエースパイロットであろうと、敵軍から見れば恐怖の対象として「白い悪魔」と呼ばれることもあれば、大多数の人間から魔女だと忌避されようとも、たった一人の男から「マジ天使」などと誉められたりすることもある。
つまり、誰にだって神と呼ばれる可能性があると言える。
もし、見えないものと対話し、得体の知れない力を行使する人間が居たとすれば、誰だって直感的に感じてしまうのだろう。
“自分とは異なる存在だ”と。
「二人に共通している縁の力。それと『縁の力はもともと自分のものじゃない。アイツの血が後世に受け継いでる』って発言。そして、大国主が人間である可能性。これらを踏まえれば、誰だってこの結論に辿りつく」
私がわざとらしく言い放つと、宇城悠人以外の全員がその熱い眼差しを当人に向けた。
トウガが大国主から受け取ったとされる縁の力と、八代家の持つ縁の力は同じ性質のもの。
そして、その根源は恐らく、どちらも大国主。
だとすれば、なぜ大国主は普通の人間である八代家にその力を与え、さらにはトウガとの仲を取り持ったのか。
それは、大国主と八代家の間に特別な因果があったから。
「やれやれ…」
宇城悠人は長らくの沈黙のあと、呆れたというよりも、諦めに近いため息をつく。
そして、頭をポリポリと掻きながら口を開いた。
「大国主…あれは元々、神や怪といったものを見ることが出来、その者たちと言葉を通わせることが出来たというだけの人間だ。正義感の強かった彼女は、その力を活かして、それら人ならざる存在の力を借りながら、村や集落を数々の災害や飢饉から救った」
私は八代家どうこうよりも、大国主のことを彼女と表現していることが気に掛かった。
だが、それとは別にもう一つだけ引っ掛かることがあったため問い返す。
「元々って?」
「…彼女がそういったことを繰り返すうちに、彼女を神の子として崇め、神格化するものたちが現れた。彼女が生を全うする頃には、彼女という存在は神と同等なものとして扱われていたのだ。知ってのとおり、神は人々の信仰によって存在し、その想いによって定着する。彼女が本物の神として顕現するのにそう時間は掛からなかったそうだ」
「…」
私は顔には出さなかったものの、内心で驚愕していた。
なぜならば、それが事実だとすると、とてつもなく異常なことだと断言出来るからだった。
「え~っと、それってつまり…人が神さまをでっち上げたってこと…?じゃあ、アイドルとかチューバーも神さまになっちゃったりするわけ…?」
雨は眉を潜めながら首を傾げる。
普通に考えればそのような疑問を抱いても仕方がないとは思いつつも、私は補足を入れる。
「いや…。たぶん、今の世の中でそういうのは無いと思う。昔と今とじゃ情報格差があるし」
「情報格差…?スマホ使える人とそうじゃない人でどうこうってアレ?」
私は小さく頷く。
「例えば、地球は丸いっていうのは今では当たり前に知られていることだけど、当時はそれを信じる人は居なかったと思う。昔はネットも無いからそれを確かめる方法もなかったし、そもそも確かめた人も居なかった。偉い人や周囲の人間が“地球は平面”なんて言ったら、それを真に受けて心の底から信じる。そういう世の中だったんだと思う」
「なるほど…確かに…」
一部の熱狂的な人間が誰かを神と崇めたりもするが、それは本当の意味で神だと信じている訳ではなく、その技術やカリスマ性を称えているに過ぎない。
だが、大昔の人間たちは天変地異や不作は神の機嫌によるものや怪の仕業だと心の底から信じており、それが常識として根付いていた。
恐らくその当時は、私たちが考えているよりも神という存在が身近にあり、そういったものを信じることは、ごく一般的だった。
だからこそ、それは信仰という形で深く根付き、数百年経ってなお、今の世にも残り続けているのかもしれない。
「…ん?なに難しそうな顔してるんだ?」
「あっ…いや…」
雨にもっともらしく言った手前ではあるが、その発言が矛盾をはらんでいることも知っているため、私は思わず口籠る。
先ほど宇城悠人の語ったことを要約すると、大国主は生きている間に多くの人々から信仰を集め、亡くなった時には既に神になるための条件を満たしていた、ということになる。
情報の発信や伝達も満足に出来ないような時代に、たったひとりの人間がそれほど多くの人間の信仰対象になるということは、並大抵のことでは実現しえないことだろう。
だとすれば、大国主はどんな手段でそれを実現したのか。
人々を助け歩いた結果、それが風の噂で広まったとも考えられるし、信奉者たちが選挙活動のように布教したとも考えられる。
だが、そう思いたい反面、別の手段を用いることが出来たであろうことも、私は可能性として認識していた。
――大国主は今で言うヒロインなのか…或いは…。
「…君の言うとおり、八代家は大国主の血族であり、私に与えられた縁の力と八代家に受け継がれている縁の力は全て、大国主の持っていた力と同じくするものだ」
「…なるほど。じゃあ、先祖返りのほうはどう?さっき自分で口走ってたでしょ?」
私がそう言うと、宇城悠人は一瞬眉をひくつかせる。
「君の耳は地獄耳なのか…?」
「…そっちの口が軽いだけ。まあ、一応誉め言葉として受け取っておく」
私は多少記憶力が人より良いくらいで、遠くの会話も聞き取れるなんて都合のよい耳は持っていない。
そもそも、宇城悠人の口が軽すぎるのだと私は声を大にして主張したかったが、私は空気を読んでぼやく程度に留めた。
「…雹果は彼女と同等の力を持って生まれていることに間違いはない。容姿も私の知る大国主の神体と生き写しのようにそっくりだ。私の見立てではあるが、恐らく先祖返りというのはまず間違いないだろう」
「私が…先祖返り…」
雹果は表情にこそ出ていないものの、信じられないという反応を見せていた。
――当然、か。
私と言えど、「あなたには神と同等の力があります」などと突然告げられたところで、「俺TUEEE!無双できるじゃん!」だの「チート能力だぜラッキー♪」だのと浮かれて、楽観的にはしゃいだりなど出来はしない。
もちろん、私が既に魔法少女だからというわけではない――というよりも、一度そういった特殊な力を手に入れたからこそ知っている。
雹果の持つ縁の力は、本来繋がらないはずの神と人という存在を恋人として結びつけたり、一人の人間を存在ごと消すことも出来てしまう。
もし悪用すれば、それこそ世界すら手中に収めるられるほど強力無比な力だと言って差し支えないだろう。
たとえ本人が善行にのみ使うと心に決めていても、その力の存在を知り、悪用しようとする輩が現れれば、自分やその周囲の人間に危険が及ぶ可能性がある。
つまり、それほどまでに大きな力を持つということは、それ相応のリスクと責任がつきまとうことを意味する。
現実だろうと異世界だろうと、それはもはや世の常であり、必然の定理とも言える。
「つまり…私は神ってことですね?」
だが、雹果の思考回路は、私が思っていたよりずっと単純で楽天的だった。
「…違うな。話を聞いていたのか?君の持つその力は――」
雹果は耳を塞ぎながら宇城悠人を見上げ、少しだけ不服そうな表情を浮かべながら舌を出した。
その様子から、とりあえず雹果が悪用するようなことは無いだろうと、私は少し安心した。
「ありがと。これで情報は大体揃った」
「情報…?それは一体どういう意味だ?」
私の言動に反応するように、雨はニヤリと笑う。
「お?いつものドヤ顔ということは…?」
私はそれを肯定するように頷く。
「二人の記憶を消す必要も、離れ離れになる必要もない。最悪を回避する選択肢はまだ残されている」




