第18話 魔法少女は縁で。(4)
◆5月3日 午前12時50分◆
芽衣はニコニコと上機嫌な表情を浮かべながら、黙々と作業に没頭している。
これほど集中している様を見るのは初めてだったが、それ以外はこれといって変わった様子は見受けられず、いつも通りといった印象だった。
――『ずっと一緒に居られれば』…か。
先ほど芽衣が呟いた言葉が妙に引っ掛かり、私はその意味深な発言について考えを巡らせていた。
「ずっと一緒に居られれば」という言葉は、裏を返せば一緒に居られない可能性がある、という意味に解釈できる。
クラス替えや卒業のことを指しているにしてはかなり先の話であり、このタイミングで気に掛けるようなことではないし、まして入学したばかりともなれば転校という線も考え辛い。
別の方向性では、不治の病に冒されていて余命幾許もないなんて発想も考えられなくはないのだが、毎朝のジョギングや、運動神経の良さからみてもその可能性は薄い――というより、私から見たら自分よりも遥かに健康そうである。
それ以外の可能性があるとすれば、予知や未来視で未来を知ることが出来たとか、未来から来た未来人だから離れ離れになることを知っていた――などと妄想めいた発想もある。
魔法少女の私から見ても、それらはファンタジーやフィクションに類する理解を越えたものに等しく、説明もつかないため現実性に欠けるものではあるのだが、願いを叶える妖精が存在するくらいなので、それ自体の可能性がまったく無いかといえば完全に否定は出来ない。
――ダメだ。落ち着け、私。
私の思考は仮定と否定を繰り返しながら堂々巡りをはじめ、あらゆる可能性を模索するうちに、的はずれな方向へと飛躍する。
そうなってしまうと、私の脳内は散らかった部屋のように“可能性”という物で溢れ、真実という答えを探そうにも、散乱した物に隠れて見つけ辛くなってしまう。
私は背筋を伸ばし、細く長い深呼吸を数回繰り返す。
「すぅー…ふぅー…」
そうすることで体をリラックスさせるとともに、脳内の散らかった部屋を整理整頓するよう明確にイメージし、否定された可能性はゴミ箱に捨て、今までの仮定条件を一旦リセットする。
そうして綺麗になった部屋で胡坐をかき、私は懲りずに考察を再開する。
それを幾度となく繰り返すことで、小さな可能性にも焦点を当てていくのが、私なりの推理方法だった。
「♪~」
芽衣はどこかで聞いたことのある鼻歌を歌いながら、未だ私の髪を好き放題に弄り倒している。
――判っている。
今回に限っては、この繰り返し問答に意味なんて無い。
なぜなら、答えを知っているのは本人だけで、私が出来るのはせいぜい一番合理的な可能性を模索することだけ。
それであれば、直接本人に問いただせば済むだろうと思うかもしれないが、そう簡単な話でもない。
私は既にその真意を問いただす機会を逸しているし、込み入った話となれば、今までのように適当に誤魔化されるのがオチなのだ。
ただ一つ、言えることはある。
きっと芽衣は私に隠し事をしている。
「――って、それは判ってるんだよ…」
「どうされましたの?もしかして、痛かったですの?」
「あーいや…。なんでもない…。その…せ、生理のせいで体調が不安定なんだ」
私は咄嗟に吐いたこともない嘘を吐いた。
…
――カチャ。
モヤモヤとした気分のまま再び時は流れ、反芻するように思考を巡らせていると、それに終わりを告げるように扉の開く音が鳴り響いた。
私は不意を突かれたように固まり、すぐさま意識だけをそちらに向ける。
というのも、私の位置からは扉が死角であり、身動きも取れない状態であったため、誰が入ってきたのかを確認することもままならなかったためだ。
「おおっ?今度はツインテールか。めちゃ似合ってるぞ、チー」
聞き慣れた声に安堵しつつも、私はその発言に異を唱える。
「…その発言には悪意が感じられる」
実際に見たわけではないが、現在の私は頭の両サイドにロングテールを一対供えた武装に換装されている。
言うまでも無く、この格好は私が望んだからこうなったわけではない。
ゆえに私は、この状態を誰かに見られてしまうことに対する危機感と同時に、羞恥心を抱いていた。
「まったく、このひねくれ者は…。考えすぎ。ホントに可愛いぞ?」
「そ、そんなこと言われても…嬉しくはない」
普通は肯定的な意味として使われる「小さくて可愛い」といった褒め言葉も、私の脳内では私に向けられた皮肉へと自動解釈される。
ゆえに私はそっぽを向いて、遺憾の意を頭だけで示す。
「むくれた春希さんも可愛いですのー♪」
だが、私をこんな姿にした張本人は悪びれた様子を見せるどころか、好物を与えられたように、ご機嫌な笑顔を浮かべた。
「はあ~…。まったく、仕方ないなー…」
雨は頭をポリポリと掻きながら、サイドテーブルに置かれたヘアセット用の道具類を物色し始める。
「芽衣、ここにあるブラシとヘアゴムちょっと貸りるわ?」
「えっ?あ、はい?構いませんが…?」
雨の行動に違和感を抱いた私は、視界の端で雨の動向を追う。
すると、雨はソファーにドスンと座り、なにやら自分の髪をとかしはじめた。
その不審な行動に疑問を抱いていたのも束の間に、雨の髪はあっと言う間に形状を変えていた。
「ほい。出来上がりっと」
「まあ!雨さん!早くてお上手ですの!!」
「だろー?結構練習したからなー」
雨は私の正面に回りこんだかと思うと、そのまましゃがみ込み、自分のツインテールを揺らしながら、私の顔を下から覗き込む。
「これでチーとお揃いだ。私だって結構似合ってるだろ?」
私はその問い掛けに、自分が思ったままの評価を下す。
「…ちょっと無理がある」
雨は「ガクッ」という擬音が聞こえそうなほど肩を落としながら、大きなため息をついた。
「言い方がさー…。もっとこう、社交辞令とかあっても良いと思うんだけど…?つか、私だって一応花の女子高生なんですけどー…?」
「あーちゃん相手に社交辞令なんて必要ない」
「んー…まあ、そりゃそうだけどー…。そう直球で言われると私でも傷つくんだぞー?」
ツインテールを指先でクルクルと絡めながら、不満そうに口を尖らせた。
私はすぐさま雨を指差す。
「嘘。あざとい。あと、あーちゃんにそういうの似合わない」
「バレてたかー…。つか、ヒドい言われようだな…。そんじゃーさ、こんな私に比べて自分はどう見えるのよ?ほれほれ?」
雨は近くにあった手鏡を取り出し、それを私に向けた。
私はそれを見た瞬間、目を見開いて驚いた。
鏡の中に映し出された私は、お世辞にも高校生とは言えない容姿をしていた。
だが、非常に不本意ではあるものの、要約してしまえば、その髪形は私に似合っていた。
「ぷっ…!あはは!!チーはやっぱり正直だなぁ。全部顔に出てる」
その瞬間、雨は無邪気な表情を見せた。
私はその光景を見た瞬間、激しく揺さぶられるものを密かに感じた。
「わ、笑うなよ…。やっぱ…恥ずい…」
鏡から目を逸らすと、鏡は回り込むように再び私に向けられる。
「別にその姿が面白くて笑ってるんじゃないって。それは私には無い、チーだけの特権。だから、恥じる必要も無い。背が小さいことも、可愛い髪形が似合うところも、気持ちが顔に出ちゃうところだって、全部含めてチーだ。もっと自分に自信を持てって」
「…」
――なんだ…?この感じ…?
言い知れぬ違和感を感じた私は、すぐさま雨の顔をまっすぐ見つめ返す。
「あーちゃん…。なんでわざわざこんなことしたんだ?」
「こんなことって…これのことか?」
雨は自分のツインテールを持ち上げ、私は頷き返す。
雨はなぜ、私を励ますようなことを突然言い出したのか。
私には励まされるような心当たりは無いし、機嫌を伺われるような理由も思い当たらない。
それどころか、昨夜の出来事を考えれば、雨が私に対して何かしら悪い感情を抱かれている可能性のほうが高い。
雨は俯き、数秒の間沈黙したあと、その重い口を開いた。
「…まあ、昨日の件で思うところがあったんだよ、私も。だから気分転換みたいなもんかな?」
その時、私の記憶からフラッシュバックのように記憶が蘇った。
――私は馬鹿だ…。
雨が先ほど見せた笑顔は、私の中に色褪せることなく残る“憧れのあーちゃん”と同じものであり、それは紛れも無く、私が小学生の頃に遠くから見ていた光景と同じものだった。
そして今、私の目の前に居るのは、私が憧れを抱き、肩を並べて共に戦い、苦楽を共にした“五月雨”という人物である。
私はそれを再認識したとき、自分が大きな勘違いをしていることを悟り、そして自分を強く恥じた。
「あーちゃん…ごめん…」
「え…?なに…?ど、どうしたん急に?つか、なんでチーが謝るんだ…?」
雨は困惑したように、眉をしかめる。
「私だけが魔法少女に変身したこと…。あーちゃんはすごく怒ってると思ってた」
私が魔法少女に再び変身したことに対して、雨が裏切りのようなものを感じており、それが理由で私に対して意地悪めいたことをしているのかとも考えた。
だが、そんなことあるはずがなかった。
「怒る…?私が?う~ん…」
私の言葉を聞いた途端に雨は目を瞑り、首を傾げながら唸り声を上げる。
「判ってる。それは勘違いだって。あーちゃんの性格は昔から変わってないから」
「どゆこと…?ん…?つか、もしかして私いまディスられてる?」
私は首を大きく横に振る。
「あーちゃんは昔から、周りに落ち込んでいる人が居たら親身になって話を聞いて、その人の気持ちになって寄り添い、その痛みに共感してくれる。困っている人が目の前に居たら、真っ先に手を差し伸べて助ける。それは今も変わってない。だから、自分なりに頑張ろうとして、今の自分に出来ることをしようとしてる」
私が不機嫌な様子を察した雨は、自分が同じことをすることで自然に話題に入り、私の抱くコンプレックスを逆手に取って、自分を弱く見せることで私を励まそうとした。
そのやり方は、昔も今も変わっていなかった。
「そっか…。なんか、余計な心配かけたみたい…だな。悪い…」
私は首を横に振る。
「私が勝手に勘違いしただけだから」
雨は自分のツインテールを手のひらに乗せながら目を細める。
「…昨日のことだけど、ぶっちゃけ私は何の役にもたたなかった。チーや芽衣に助けられっぱなしだった。だから、チーにだけってのも違うかなー…って。そりゃまあ正直言うと、チーのあの格好見たときはビックリしたし、思うところがないってのは嘘になるけど、ノワのやつに騙されてたってのが腹立たしいというか、魔法少女卒業したんじゃなかったのかよ!?――ってほうが強かった。だからチーに怒ってるなんて勘違いされたのかもな」
虚を突くように雨は私の手を取り、両手で強く握り締めた。
私は一瞬驚き、身をすくめた。
「でもまあ、この際だからこれだけは言っておこうかと思う」
だが、その手が僅かに震えていたことに気付き、二度驚く。
「ノワに怒ってたのもそうだけど…ぶっちゃけた話、またチーが危険なことに巻き込まれるんじゃないかってことのほうが一番心配だったんだ」
その言葉と手が、私に何を伝えようとしているのかを暗に語った。
「あーちゃん…」
「こんなこと私から言えた事じゃないけど…もう、危険なことに首を突っ込むのは止めてほしい。あの力も、もう使わないほうがいい」
その一瞬、雨の顔から笑顔は消えた。
――恐らく雨は、自分がこれ以上力になれないことを悟ったのだと思う。
そして、悔やみながらも、その現実を受け入れようとしている。
だからこそ、私の身の安全を考えた上でそう言ってくれたのだ。
私がこれ以上の厄介事に巻き込まれでもすれば、以前のような大怪我では済まない事態を招きかねない。
そんな状況になったとき、雨は魔法少女の力を捨てたことを一生後悔することだろう。
私はもう二度と、雨にそんな思いをさせたくはない。
それに、私が戦いに身を置き続ける限り、芽衣や雨を含めた周囲の人たちの平和な時間を脅かすことにも繋がってしまう。
私はそれを望んではいない。
何より、あの力は捨てたはずのものが偶然手元に戻ってきただけのこと。
ノワが何を考えてこんな力を用意していたのかなんて、今の私が知ったことではない。
それなら、答えは一つしかない。
「…わかった」
私は少しだけ悩んだ末に、小さく頷く。
「というより、昨日みたいな厄介事、そう何度もあったら身が持たない」
私の回答を聞くと、雨の強張った表情は緩み、苦笑いを浮かべた。
「それな」
私は緊張した心を落ち着かせるように、ミルクティーを口に含む。
「つーかさ。昨日から様子がおかしいとはなんとなく感じてたけど、まさか私に嫌われたとでも思ってたのか?」
まるで私の胸中を知っていたかのように、雨は私の図星を突く。
「ぅぐ…!けほ…!ち、ちが…!そういうんじゃなくて…なんか不機嫌だったからそうかなって思っただけ!!元はといえば、そっちが紛らわしく怒って――」
私は突然視界に入りこんだ異変を察知する。
そして、意思とは関係なく、反射的に雨の後方を指差す。
「うーん?からかおうったって無駄だぞ?私だって少しは成長し――」
言い終えるよりも先に、その人影は雨の肩をポンと叩いた。
「ひぃ!?」
「お願いがありますの!!」
「――って…な、なんだ芽衣か…。ビックリさせるなよ…ホント…ガチで…」
私の背後に居たはずの芽衣は忽然と姿を消し、いつの間にやら雨の背後に回り込んでいた。
だが、その様子は特段変わりなく、いつもどおりだった。
「つか、お願い…?いいけど、今度は一体何だ…?」
芽衣は懇願するように雨の手を握った。
「私も…ツインテールにしてくださいの!!」
雨は全てを悟ったように、苦笑を浮かべた。
「はははー…なるほど…。今度は『お揃い』か…」
◇
◆5月3日 午後2時20分◆
私たちは銭湯で背中を流し合うように、一列に並んで座っていた。
「しっかし…。ツインテールなんて小学生の頃でもしたことなかったからなー。ちょっと新鮮だわ。これなら、私も最初から混ざれば良かった」
芽衣の髪を後ろから弄りながら、雨はそう呟いた。
「めっちゃサラサラでキラキラ…。一体、何食べたらこうなるんだ…?」
雨はシルクのような天使の髪を堪能するようにとかしている。
対して私は、これから繰り返される悪夢を待つように座らされていた。
「むぅー…」
だが、先刻までとは様相が違い、芽衣の手は止まり、唸り声のようなものを漏らしながら悩みあぐねている様子だった。
「何をそんなに悩んでるんだ…?」
雨はその様子を不思議に思ったのか、覗き込むように芽衣に問いかける。
「何というか……思い出せそうというか……。あと少しで掴めそうなんですの…」
芽衣は顎に手を添えながら、鏡の中の私をにらめ付けていた。
その様子はまるで、キャンバスを前にした芸術家のようだった。
「…そんでもって、チーもずっと黙ってどうしたんだ?また食い過ぎたとか?」
「だーかーらー、私を腹ペコキャラにしようとするなって。ちょっと、気になることがあっただけ」
「ふーん…?それならいいけど、あんまり小さいことばっか気にしてると…ハゲるぞ?」
「大丈夫ですの!安心してください!今のところ春希さんの頭部にはそれらしきものは発見されていませんの!」
「…そういう報告いらないから」
これほど平然を装っているというのに、あっさり勘づかれるとは思ってもみなかった。
雨が普段からどれだけ周囲に気を配っているのかが、改めて伺い知れる。
「それはそれとして、二人に聞きたいことがあった」
このまま同じ話題を続けられると分が悪くなるだろうと考え、私はやや強引に話題を逸らす。
「何?」
「鏡」
「鏡…?自分の今の惨状を見たいのか?」
「…違う。昨日のこと」
今の惨状という言葉が引っかかったものの、私はそれを受け流して話を先に進める。
「大鏡のことですの?」
私は小さく頷く。
「あー…そういや、運ぶの結構大変だったんだぞ?アレ。ガチで感謝しろよー?」
「それは感謝してる。けど、気になることがひとつ残ってる」
「気になること…ですの?」
実際のところ、二人は本当に良くやってくれたと、私は心の底から感謝している。
あのひっ迫した状況で鏡の運搬を、“必ず成し遂げる”という言葉通り、滞りなく成し遂げてくれたこと。
それになにより、二人の残してくれた幾つもの小さな手掛かりが、真実への道を切り拓く鍵になったのは言うまでも無い。
それらが欠けていたら、私が真実に辿り着くことはなかったといっても過言では無いだろう。
だが、ひとつだけ、どうしてそうなったのか疑問に残っていることがあり、胸のつっかえが取れないでいる。
「設置が終わったら何か投げ込むとは言ってたけど、あんな形で送られてくるとは思ってなかった」
私は『鏡の設置が完了したら何かを投げ込む』と聞いていた。
だが、それは意外なモノと特殊な方法で伝えられた。
「ああ。アレなー…。あの時、鏡の設置が終わったと思って一息ついた途端、芽衣がものすっごい形相でだな…」
芽衣は慌てふためいた様子で、私の両耳を塞いだ。
「あ、雨さん!?あ…あれは…!だ…だって、春希さんに危険が迫っていましたの!き…キスまで迫られて…!だから…」
私はゆっくりと自分の両手を塞ぐ手を退かす。
「あー…全然、話が読めない…。あーちゃん。まとめてくれると助かる」
「…!」
「鏡を覗いたら、ちょうどチーがアイツに押し倒されてるところだった。そしたら、芽衣はそれを見た途端、鬼みたいな形相で弓を構えてだな」
芽衣が見せた鬼の形相というやつを、興味本意で見てみたい気もしたが、きっと見ないほうが双方のためだと察し、私はあえて考えないことにした。
「それを私が制止して、空に向けて射るように指示したわけ。目立つようにぬさの飾りを矢に取り付けてね。まあ、見た感じチーのほうは全然余裕があるみたいだったから、たぶん視界に入りさえすれば気付くだろうって」
「だからあの時、合図が矢になって飛んで来たわけか」
確かに、あの時の私はトウガに気付かれないよう注意を払いながら、いつでも魔法が使えるように足先に魔法の力を溜めていた。
あの状態を傍から見れば、余裕があるように見えたのは当然だろう。
だが、私のファーストキスを奪われるという一大事が迫っているという状況なのに、ただ眺めるだけでスルーされていたなど、まったくもって失礼な話でもある。
「角度と方向はバッチリだったろ?まあ、芽衣が私の指示通りの方向と位置を正確に狙ってくれたお陰なんだけど」
トウガに馬乗りにされ、押さえ込まれていたあのとき、夜空を見上げる私の視界に飛び込んできたのは、空を舞う一本の矢だった。
それは一瞬ではあったものの、私の視界に入り込み、そしてトウガの視界からは外れるよう、緻密に計算されているかのような軌道で放たれていた。
また、夜闇の中でそれが鏡設置完了の合図だと認識できるよう、ぬさの飾りが取り付けられていたのは、まさに機転の利いた対応だったと言える。
「あ――」
「出来ましたの!!」
私が感謝の意を口に出そうとしたその矢先、芽衣の声が部屋中に響き渡った。
「な…なに…?」
「春希さん!鏡をご覧になって下さいの!!」
私は芽衣の押しの強さにたじろぎながら、手に持っていた手鏡を恐る恐る覗き込む。
「…」
その瞬間、私は思わず言葉を失った。
――芽衣、お前もか…。
私の後ろ髪は三つ編みで丁寧に編みこまれ、後頭部に円を描くように纏められ、大きめのお団子のようなものを形成していた。
知ってか知らずか、その髪型は某腹ペコ王さんのそれと酷似していた。
「あとは、これをこうして――」
私の掛けていた眼鏡は取り払われ、その替わりに、どこからか取り出された帽子が頭部にちょこんと乗せられた。
「これは…」
「やっぱり…!春希さんはこちらのほうが似合いますの!」
「おおっ!?これはなんか探偵っぽい!!」
私は手渡された手鏡の角度を変えながら、自分の髪をまじまじと眺める。
生まれてこの方、髪はずっと長いままだったが、背中を擦れる感じも無くスッキリとした感覚があり、なんとなく新鮮だった。
そして、帽子のデザインも白と黒でシックに纏められたチェック柄のハンチングキャップであり、割と私好みのものだった。
私は帽子を目深にかぶり、呟く。
「…悪くないかも」




