第18話 魔法少女は縁で。(3)
◆5月3日 午前11時15分◆
「八代雹果と宇城悠人は、天草雪白を夜の学校に誘き出す作戦を考え、私を餌に利用することでそれを成そうとした。だけど、その裏でひとつだけ誤算が生じていた」
「誤算…ですの?」
隣に座る芽衣が、私の顔を覗き込むように首をかしげる。
「七不思議の謎を解明しようとしている私を排除するため、天草先輩自らが行動を起こしたこと。これは二人にとって想定外の出来事だった」
慎重で用心深いあの天草雪白が、私が一人になったところを路上で襲撃するなどと、二人は思ってもみなかったことだろう。
しかし、私は彼女がなぜそんなことをしたのか、理由を聞かずとも容易に想像できた。
今までの彼女の行動原理は終始一貫しており、彼女がどう考え、どう思ったのかを考えれば自ずと答えは出る。
彼女は恐らく“今ある大事なもの”を失いたくなかった。
ただそれだけだったのだろう。
「チーが病院送りなんてことになったら、会長さんを誘きだすための餌がいなくなる。だから、むこうとしては望んでいなかったことってわけか。なるほどなるほど」
雨は納得したように何度か頷く。
「私の素性を探るために私のことを尾行していた雹果は、たまたま襲撃現場に居合わせた。そして、赤狐面ことメルティー・ミラと戦う私たちを近くで見ていた」
「えっ…それマジなのか…?私はまったく気づかなかったけど…根拠はあるのか?」
私は小さく頷く。
「昨日の夜、雹果が屋上に姿を現したとき、『あなたたちの使った戦略、勝手に使わせて貰いました』と言っていた。あれは、メルティー・ミラと初めて対峙した時、芽衣に不意打ちをさせたあの時を指した発言。まあ、それだけじゃなく、根拠なら他にもあるけど」
私はメルティー・ミラと対峙したあの時、初めて二人と協力することを選んだ。
そして、その後も分断されたりで一緒に戦う機会などは一度も無かった。
つまり、私たちが連携し、戦略を披露した機会は、後にも先にもその一回しかない。
無論、それだけが根拠というわけではない。
先日、雹果の家を訪れた際に彼女は『危険を冒してまで私のことを嗅ぎ回るなんて』と言った。
つまり、私が危険に晒されるようなことに巻き込まれていたことを、雹果はあの時既に知っていたことになる。
雹果が私を尾行していたという事実も併せると、メルティー・ミラに襲撃されたあの時も同様、近くで様子を窺っていたことはほぼ間違いないと言える。
更に付け加えるならば、その後の彼女の行動こそがその根拠になり得る。
「自分が出て行ってメルティー・ミラを止めることも考えただろうけど、その場に居合わせた理由を説明することは難しいし、作戦が勘付かれる可能性がある。きっと、成り行きを見守るように息を潜めながら、隙を見て私たちを逃がそうとしていたと考えられる」
恐らく雹果は、メルティー・ミラが天草雪白であることを知っていた。
だからこそ、安易に姿を見せるようなことをしなかったのだろう。
天草雪白の前に姿を見せてしまえば、雹果自身の行動も警戒されてしまい、後に控える作戦に支障をきたす。
かといって、そのまま放っておけば、私が怪我をして最悪入院ということになり、折角の好機が無駄になってしまう。
そんな状況であれば、雹果なら姿を見せないように私たちを支援しようと考えるのだろう。
「だけど、私たちはメルティー・ミラに健闘し、彼女を退けた。幸か不幸か、その様子を見た雹果は、私たちに対する考えを改めた。もちろん、私たちにとって悪い方向に」
「その一件があったから私や芽衣も一緒に来るだろうと考えた。そんでもって、自分だけでは手に負えないだろうと考えて、霖裏って子を助っ人に呼んだ…ってわけか。なるほど…」
私たちが一筋縄ではいかないということを、メルティー・ミラと対峙したあの時に知り、その対策として八代霖裏を利用した。
雹果のその行動こそが、あの場に居たという証拠だった。
「八代霖裏を利用しようと考えたことからも、メルティー・ベルの存在についても事前に知っていたんだろう。たぶん、メルティー・ミラのことを調べているうちにメルティー・ベルの正体に辿り着いた、とかそんなとこだろう。もしかすると、正体を黙っていることを条件に利用したって可能性もある。まあ、呼ばれた当人に作戦の本当の内容を伏せられていたところをみると、そんなに信用されていなかったみたいだけど」
「あー…あの性格を考えると隠し事なんて出来そうに無いと思ったんだろうな…。そういや確かにあの子、私たちを追い詰めるのをゲームとかなんとか言ってたような…。だよな?芽――」
雨が芽衣に問いかけると、雨は一瞬固まった。
「――って、なんて顔してるんだ?」
私も同様に視線を移すと、まるで汚らわしいものを目にしたかのような険しい表情をしていた。
「春希さんを尾行…。なんて不埒な…!」
「あー、また飛んだか…。てか、引っかかるところそこ?」
私を尾行した挙句、厄介ごとに巻き込まれたのはどこの誰だったのかを、ひと月前の誰かさんに言ってほしい――などと考えながら呆れて深いため息をついたあと、気を取り直して話を続ける。
「…その結果、七不思議を解明するために私が行動を起こしたことで天草雪白は動き、二人の思惑通りに表舞台に引っ張り出されたってわけ」
…
「二人と離されたあと私は生徒会室に向かい、そこで宇城さんと天草先輩に会った。天草先輩を問い詰めて、赤狐面であることを暴いたけど、メルティー・ミラに変身した彼女に襲われた。けど、宇城さんがそれをなだめたあと天草先輩にキスをせがんで、かとおもったら屋上で大きな音が鳴った。その直後、宇城さんに異常が起こり、それを見た天草先輩は屋上に向かい、私も追うように生徒会室を後にした。あとは二人も知ってるとおり」
「なんかさらっと流してるけど、脳が追いつかない…。結構急展開てんこ盛りじゃね…?」
「私もそう思うけど、その後の展開を考えれば普通だろ?」
恐らく、あのあたりで「その直後、人生を変えるような出来事が起こることを、その時の彼女たちはまだ知らない――」などとナレーションが入ることは間違いないのだろう。
「まあ…確かに…そうだな…」
遠い目で思いにふける雨をよそ目に、私は食後に出された高級そうなクッキーをひとつ口に運ぶ。
「たぶんその直後、私と天草先輩が部屋を出たことを確認した宇城さんは、生徒会室の窓から出たか、壁をすり抜けるなりして屋上に移動した」
「壁をすり抜ける…って。結構無茶苦茶なこと言ってないか?」
私は首を横に振る。
「そうでもない。むしろ、出来ないと考えるほうが不自然。なにせ相手は元々妖怪で神様。私たちから見れば出来ないことのほうが少ない。きっと」
身軽なトウガであれば、一つ上の階である屋上に出ることなど容易いだろうし、精神体か概念の類であると想定される八代稲荷神であれば壁をすり抜けられてもおかしくはない。
いずれにせよ、私たちが階段を昇っている間に生徒会室から屋上に移動するのは造作も無いと推測できる。
「そう言われると、そんな気もしてくるけど…。それはそれとして、とりま言いたい事がある」
「ん?」
私がテーブルに伸ばした右手を、雨は「ズビシッ!」という効果音が出そうな感じで指差す。
「――さっき言ってた満足とは?」
テーブルに置かれたクッキーをコンスタントに口に運ぶ私に向けて、ジト目が鋭く突き刺さる。
「…ちょっと喋ったから糖分補給。そして、甘いものは別腹」
臆面も無く吐き捨てながら、私は構うことなくクッキーを口内へと放り込む。
「こちらもいかがですの?」
隣の席に陣取る芽衣は、私がお菓子を食べ終えれば新たなお菓子を追加し、ティーカップの中身を飲み干せばタイミングを見計らったかのように注ぎ入れ、さながらわんこそばのような手際の良さを見せていた。
「何言っても無駄だな、こりゃ…。つか、その栄養はどこに行ってるんだか…」
「それは私が聞きたい」
ばつが悪くなった空気を察したのか、芽衣が慌てるように手を鳴らす。
「そ、そういえば!春希さんにお聞きしたかったのですが、なぜトウガさんとメルティー・ベルさんが入れ替わってると春希さんは気がついたんですの?」
私のティーカップにミルクティーを注ぎ、芽衣は私に問う。
その一言で、空気は一瞬にして変化した。
「あー、それな。私もなんでチーがそれに気付いたのか不思議だったんだ。こういっちゃなんだけど、あの状況なら体を乗っ取られたって考えるのが普通だったわけだろ?なんでまた、入れ替わったなんて発想になったんだ?」
雨もまた、それに乗っかるように相づちを打ちながら紅茶をすする。
私は答えに少し迷ってから、小声で呟く。
「それは…」
私は無意識に芽衣のほうをチラリと見る。
それを見逃さなかった二人は、顔を見合わせながら頭上に疑問符を浮かべる。
「私…ですの…?でも、思い当たることは何も…」
私はティーポットを持つ、芽衣の右手を指差す。
「それ…。“名誉の負傷”ってやつ」
雨と芽衣の二人は顔を再び見合わせ、今度は同時に首を傾げる。
だが、雨のほうは私の言葉の意味を理解したのか、手で小槌を叩く。
「名誉の…負傷…!そうか、血か…!」
私は小さく頷く。
「…最初にメルティー・ベルを見たとき、顔を血まみれにしている派手目のコスプレした女の子ってのが私の第一印象だった。でも、あの光のあと、あの子の顔から血は消えていた。痕跡一つ残らず」
あの場の状況を考えると、顔に塗りたくられた血糊のようなものは赤いインク、もしくは誰かの血。
そして、芽衣の手の傷を“名誉の負傷”と雨が評した。
となれば、芽衣の怪我によってメルティー・ベルに一矢報いたのだと私は考えた。
そして、メルティー・ベルの顔に血糊が付着していた理由もそこにあるのだろうと、私の思考は二つの事象を結びつけ、その結論に至った。
「何かで拭いたのかとも思ったけど、衣服や袖は汚れていなかったし、当然だけど顔を洗う時間も無かった。だから、拭いたというよりも、途中で別の誰かと入れ替わったんじゃないかって」
血を綺麗に拭きとるのは存外難しい。
乾いてしまえば拭き取ることは出来なくなるし、皮膚の隙間に入り込んでしまえば洗い流すか濡れたもので拭き取る以外に方法は無い。
まして、顔に浴びたとなれば、鏡を見ながら濡れタオルで拭き取るくらいしなければ、残らず拭き取ることなんて出来ないだろう。
「あれ…?でも、春希さん。あのとき『この子は本物だ』と仰っていませんでしたか?」
私は少し感心しながらミルクティーを口に含んだあと、芽衣にそのままの事実を告げる。
「あれはでまかせ。ほとんど面識のない人が本物かどうかなんて、私に判るワケない」
結果的に八代霖裏とは知人ではあったものの、出会ったばかりの初対面とさほど差はなく、見知った間柄では無かった。
まして、口調も格好も変えている相手を見分けるとなれば、デビューしたてのアイドルグループの顔を見分けるくらい至難の業である。
たとえ私の目で人の感情を視ることは出来ても、鑑定士のようにどれが誰の感情だと見分けるようなことは出来ない。
つまり、“本人だ”などと断言できる要素を、私は何一つ持ち合わせてはいなかった。
「確かに、言われてみますと…」
「じゃ、チーはなんでそんなこと言ったんだ?」
当然の如く浮かんでくる疑問だろうが、私にも明確な根拠はなかった。
しかしながら、先人たちは最も適切な言葉を残してくれている。
「…触らぬ神に祟りなし、だ。あのまま放っておいたら、天草先輩は怒りに任せて正体不明の相手に攻撃を加えてた。そしたら相手が怒って反撃してくるかもしれないし、第二形態に変化したり、攻撃を吸収されて優位に立たれる…なんてこともあるかもしれない。だから、こちらからは動かず、まずは相手の出方を伺うのが最善だと思った」
「アニメや漫画じゃあるまいし、第二形態やら吸収ってのはさすがに考えすぎ――」
雨はそう言い掛けたあと、すぐに口篭った。
「――でもなかったわ…。実際にあった…」
先月の一件を思い返したのか、うな垂れながら自分の言葉を否定する。
「…だけどまあ、チーの言うとおりだ。私の経験から言わせて貰えば、本当に手強い相手に対して先手必勝なんてものは通用しない。結局のところ、それまでに重ねた準備や、その人が積み上げてきた努力や経験がモノを言う。だから、面と向かったときは、大抵深い読み合いから勝負が始まる」
勝負の世界を渡り歩いたからこそ共感できることがあったのか、雨は腕組みをしながら、しきりに頷いていた。
「だからこそ、最初が肝心。相手が嘘を吐いているのなら、騙されたフリをしながら探りを入れる。これは基本中の基本――…と、どこかの本に書いてあった」
「なんの基本だよ…つか何の本だよ、ソレ…」
どんな本だったかは私も覚えていないが、どう考えても母が持っていた本でまず間違いないだろう。
「まあ、それはともかく。本当の霖裏ちゃんである可能性も少なからずあったし、もしそうなら、それこそ取り返しがつかない事態になる。だから私は、天草先輩を止めることを優先し、騙されているフリをしようとしたわけだけど――」
相手が自分を騙しているつもりであれば、そこに余裕が生まれ、油断や隙が生じる。
それを逆手に取れば、自分が騙されているフリをすることで、その油断や隙に漬け込む事も出来る。
“敵を欺くにはまず味方から”という言葉があるように、私は天草雪白を欺くことで、メルティー・ベルになりすましている人物を誘導し、優位に立てる情報を引き出そうと考えていた。
だが結果的に、彼女相手にはそう都合良くはいかなかった。
「――見事に失敗した、と?」
天草雪白が早々にトウガの正体を暴いてくれたお陰で、私の算段は水の泡となり、相手の素性を一切知らない状態で開戦するという事態になった。
その結果、私は裏方に回りながら相手を観察し、あれやこれやを試しながら相手の情報を引き出すことに翻弄する羽目になった。
「まあ、考えようによってはお互い天草先輩の行動に苦労させられていたわけだし、そういった意味では対等な条件だったと言えなくも――」
ふと横を見ると、天に祈りを捧げる天使がそこに居た。
「芽衣…?」
「今日は良く飛ぶなー」
「私が…春希さんの役に…。感無量ですの…!」
その様子はまるで、教会で感謝の意を捧げる修道女のようだった。
「今度はそこか…」
芽衣は衝動を抑えきれないといった様子で、私を真っ直ぐな視線で見つめる。
「ちょ、待…」
「春希さん!!」
すかさず私の手を握ろうとする芽衣だったが、私は持ち前の反射神経を生かし、万歳をするように両手をまっすぐ上げてそれを回避する。
「か…!過度なスキンシップはしばらく禁止!!」
「ええ~!?そんなぁ…。なんだか春希さんが冷たいですの~…」
「…いや、それはいつものことだろ」
雨は紅茶を一口運んだあと、包帯の巻かれた芽衣の手を指差す。
「まあ、“その手”に責任ってやつを感じてるみたいだから、たっぷりお礼をしてもらうと良いと思うぞー?なあ?チー?」
雨は口角を上げながら、お返しと言わんばかりにニヤリと微笑む。
「な、何言って…って、あ!?昨日の報復か…!?なんて卑怯――んなぁ!?」
雨の言葉を聞いた途端、芽衣は歓喜の表情を私に向け、その刹那、両手を上げた無防備な私を、獲物を捕獲するかの如く飛びつく。
「この怪我を気遣ってくれていたんですの!?やっぱり、春希さんは優しいですの!!」
私は芽衣という鎖に拘束され、自由を奪われた。
「あー…もう…好きにしてくれー…」
◇
◆5月3日 午前11時45分◆
――確かに、好きにしてくれとは言ったけど…。
私は芽衣に背を向け、身を強張らせながら縮こまるように座っていた。
「ずっとこうしてみたかったんですの…」
芽衣は不適な笑みを浮かべながら、私の耳元で囁くようにそう呟く。
「んっ…!」
そして、その細い指先が私の首筋にそっと触れるたび、私は声を押し殺すように口を噤む。
「そんなに堅くならなくても大丈夫ですの…。リラックスしてくださいの」
「いや…。わ、私…こういうのはじめて…だし…」
私は上擦る声を誤魔化しながら、そう答える。
「私が春希さんの…はじめて…?」
芽衣はニヤリと口角を上げたあと、私の髪をすくうように束ね、毛艶を確かめるように何度も撫でる。
「安心してください…。私、こういうのは得意ですから。全部私に委ねてくださって構いませんの」
「そ、そうは言っても…やっぱり恥ずい…」
「でも…今日だけは、私の好きにさせていただきますの♪」
…
私は目隠しをされたまま手を引かれ、誘導される。
「…と、いうわけで完成ですの!!」
その声を合図に、私の視界を遮っていたものは取り除かれた。
瞼をゆっくり開くと、私の目の前に大きな鏡があった。
「あー…」
私はその衝撃の光景を目の当たりにして、口ががらなくなった。
「ぷ…。ドリル…ウケる…!」
その鏡に映し出された人物は、背中にぐるぐると巻かれたドリルのような髪を複数本搭載した、凶悪な武装に身を包んでいた。
「春希さん♪お人形さんみたいで可愛いですのー♪」
「写真…撮っていいか?」
「だ、ダメだ!ゼッタイ!」
そんなものが後世に残ってしえば、あの動画に続く黒歴史第二号になってしまうと考え、私は全力でそれを拒否する。
「いいじゃんかー。お人形さんみたいで可愛いぞー…くふふふ…」
雨はテーブルに両肘をつきながら、ニヤニヤと笑みを浮かべ、私たちの動向を傍から伺っていた。
「ひ、ひとごとだと思って…」
「ふ~ん…。でも、自分で好きにしていいって言ってたじゃん?まあ、昨日助けられたりもしたし~、散々ご馳走も頂いたしな~?」
「ぐ…」
芽衣の怪我に対する贖罪の念があったことや、食事やお菓子のお礼のため、今日に関しては私を好きにしてよいということで手を打った。
その結果、私の髪は芽衣のブラシに散々もて遊ばれた挙句、まるでお人形さんのような風貌へと変えられ、リアルお人形さんごっこをさせられることになった。
――“口”が災いの元とは、このことだ。
二つの意味で。
「この髪型はお気に召しませんでしたの?それでは次は――」
芽衣はドリルの出来に満足したのか、私の背中を押しながら定位置へと誘導する。
「ま、まだやるのか…?」
私は再び着席させられ、整えられた髪を解きほぐされる。
「もちろん♪本番はこれからですの♪」
…
私はそれから一時間もの間、幾度となく繰り返される羞恥に耐えることを余儀なくされていた。
しかし、心の底から終わりが来ることを待ち望んではいるものの、一向にそれが訪れる気配は無かった。
「おっと、もうこんな時間か。ちょい家に連絡してくる」
雨はそう言うと部屋を出ていき、唐突に無言の間が訪れた。
「…」
突然訪れた静寂に焦りを覚えた私は、視線だけを動かして何か話題になりそうなものを探すが、話のきっかけになりそうなものは見当たらなかった。
そうしていると、前髪をかきあげている包帯の巻かれた手が視界に入り、私は先ほどから気になっていたことを聞くことにした。
「その手……痛くないの?」
「これですの?少し切っただけで、春希さんが気になさるほどの怪我ではありませんの」
「私は気になる…。その……私のせいで怪我させた…みたい…だから…」
そう言うと、芽衣はクスリと笑った。
「ふふ…。この怪我と春希さんは関係ありませんの。私が私の意志で勝手にしたことですの」
「そうは言っても…」
私が振り返ろうとすると、芽衣は強引に私の首を前に向ける。
「前を向いてくださいの。私は、こうして春希さんと平和な時間を過ごせていることがすごく幸せですの。だから、何も問題ありませんの」
――平和な時間、か。
『あまり無茶をしてほしくない』と私が告げれば、彼女は快く頷くのだろう。
そこには嘘や建前など存在せず、偽りなく心からそう思っている。
だが、その約束は決して守られることはない。
私は、助けを求める誰かがいれば怪我をも厭わないようにその人を助ける。
そして彼女もまた、誰かを助けるためには手段を選ばず、身を危険に晒してでも鋼の意志を貫き通す人間である。
私が誰かを助けるために危険に晒されようものなら、彼女は私の忠告を無視し、どんな相手にも身を挺して立ち塞がってしまう。
つまり、私が私の正義を貫く限り、彼女に危険がつきまとう。
それはつまり、彼女の平和な時間を奪うことに他ならない。
私は考え、彼女の身を案じる気持ちが伝わるよう、慎重に言葉を選ぶ。
「…ずっとそばに居て」
私がそう呟くと、私の髪を解きほぐしていた芽衣の手がピタリと止まった。
「ずっと…そばに…?」
異変を感じて振り返ってみると、芽衣は目を丸くしながら硬直していた。
「ずっと…そば…」
私は自分が発した言葉を復唱し、そこで始めて自分の過ちに気が付き、慌てて取り繕う。
「あっ…!い、いや…!?今のは目の届く範囲に居てほしいって意味で…!言葉のあやだから…!」
芽衣が近くに居れば、私が彼女を守ることも、何かしないように引き止めることも出来る。
だからこそ、そばに居たほうが安心だと思っての発言だった。
だが、如何せん言葉足らずだった。
「…?芽衣…?」
私は言い知れぬ違和感を覚え、思わず呟く。
芽衣であれば、喜んだ挙句に狂喜乱舞しながら私を撫で回したり抱きしめたりするだろうと考え、心の中で覚悟を決めながら身構えていた。
だが、芽衣の反応は私の予想に反したものだった。
「そう…ですね…。ずっと一緒に居られれば…」




