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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
92/183

第18話 魔法少女は縁で。(1)

 ◆5月3日 午前4時50分◆

「う…」

 窓から差し込む光を受け、少女は眩しさに眉をひそめながら瞼を開く。

 片目をこすりながら立ち上がろうとすると、何やらうめき声のようなものが聞こえ、声が聞こえた方向に慌てて視線を向ける。

 そこで初めて、自分の座っていたソファーにもう一人の人間が存在していることに気がつく。

「霖裏…」

 それは血は繋がっていないが天草雪白にとっての妹であり、何の因果か、同じ力を与えられた相棒でもある、八代霖裏だった。

 その小さな相棒は姉の肩にもたれ掛かり、小さな寝息を立てながら未だ夢の中を彷徨っているようだった。

 少女は起こさないように気をつけながらゆっくりと横に寝かせ、先ほどまで自分に掛かっていた毛布をそっと掛け直してやる。

 すると、無邪気に眠っていたその顔は小さな笑みを浮かべた。

「ふふ…」

 その様子を見て、姉としての彼女もまた笑みを受かべる。


 何の気なしに窓際まで移動し、朝靄に包まれた外の世界を覗き込む。

 すると太陽は今まさに昇り始めたといった様子で、まるで絵画に描かれるような陰影を世界にもたらしていた。

 数秒か数十秒か、その幻想的な情景を目に焼き付けるように、少女はその様子をただただぼんやりと眺めていた。

「…っ!?」

 その時、少女は何かの気配を察知して、すぐさま振り返る。

「…?」

 しかし、そこに人影はなかった。

 少女はそこではじめて気が付く。

 最初からそこにあったのか、それとも今まさに置かれたのか。

 大きな机の上にポツンと置かれていた一枚の紙に目が留まった。

 少女は何かに惹かれるようにそれ手に取り、そこに書かれた文字に目を通す。


 そこには、無骨な筆跡で文章が綴られていた。

 宛名も差出人も書かれてはいないものの、その差出人が誰で、それが自分に宛てた手紙であることだということも、少女はすぐに理解した。


 当たり前のようにこの部屋に居座り、この席に座りながら生徒会の仕事をこなし、長いようで短いような年月を少女と共に過ごした相手。

 きっと彼との日常は、世間一般的に言えば当たり前ではない、まるで覚めることのない長い夢のような日々だったのだろう。

 しかし、この静寂こそが本来あるべき生徒会室の姿だということも、それがやがて必ず訪れるであろうことも、少女は知っていた。

 だが、突然訪れた静寂を受け入れることは、少女にとっては容易なことではなかった。


 少女は嗚咽を漏らしながら、床に泣き崩れた。


 その様子を扉の隙間から見ていたもう一人の妹は、扉をそっと閉め、その場を後にした。





 ◆5月3日 午前2時◆

 校舎を出ると、三人分の人影は校門へと迷わず歩みを進め、やがて校門の前まで辿り着く。

「はあー…さむ…」

 雨は肩をすくめながら両手の摩擦で暖をとっていた。

 今の今までまったく気にもならなかったが、言われてみると雨上がりのせいか空気は確かに冷え込んでおり、不思議かな、途端に寒気を感じて自分もつられるように両手を擦る。

「天草先輩…大丈夫でしょうか…?」

 芽衣は少しだけ距離をとり、まるで映画のアクションシーンのような軽い身のこなしで門扉を飛び越える。

「確かになー…。本当にこれで良かったのかねー…?」

 続くように、雨もまた三角飛びの要領で段差を踏み台にし、門扉へと器用に飛び乗る。

 そんな二人の様子を、私だけは呆然と眺めながら立ち尽くす。


 ――おいおい、一体どういう鍛え方してるんだ…?この二人は?


 さも当然といったように二人とも飛んで見せたが、並みの身体能力では2メートルある門扉を易々と越えられはしないのだろう。

 数時間前の私であればなんのことは無かったのだろうが、今の私が当然飛び越えられるわけもなく、巨大な障害物を前に立ち往生する他なかった。

 すると、そんな状況になることを悟っていたと言わんばかりに雨は振り返り、門の上から私に手を差し出す。

「ほら?引っ張り上げるから、手出して?」

「お、おう…」

 差し出された手をしっかり握り締め、私の体は引き上げられる。

「やっぱチーは軽いなー」

「あーちゃんが怪力なだけでしょ?」

 私が他人より多少軽いとは言っても、ひと一人を片手で易々と持ち上げられる女子は早々居ないだろう。

「…放すよ?」

「か、勘弁。友達を突き落とす気か?」

「…」

 雨は一呼吸置くと、腕を一気に引き上げる。

 まるで一本釣りされるように引き上げられた私の体は宙を舞った。

 そのまま息つく間もなく、まるで荷物を抱えるかのように雨の小脇に抱えられた。

「なっ!?この体勢は…ちょっ…」

「よっ!」

 慌てふためく私をよそに、雨は勢いのままに空中へとジャンプし、門扉の上から2メートル下の地面に飛び降りる。

「えうっ…!?」

 着地の衝撃で、腹部にボディーブローを受けたような強烈な痛みを受けた私は、自分でも発したことのないような声で嘔吐(えず)く。

「な…なんか、私の扱い酷くない…か…?」

 ――これじゃ、まんま荷物じゃないか。


 私が地面に四つん這いになりながら苦言を呈しても、雨は思い詰めたような表情で下を向くだけで、返答はない。

 その様子に違和感を感じた私は、すぐに問いかける。

「…あーちゃん、もしかして怒ってる?」

「怒ってない」

 まるで、そう聞くことを予期していたかのように雨は即答した。

 無論、それが嘘であろうことは、彼女の態度が真実であると語っている。

 しかし、私は雨がへそを曲げてしまった理由を掴みかねていた。

「私がまた変身しちゃったこと…?」

「…ごめん。今はその話したくない」

 雨はそっぽを向き、私に顔を向けようともしない。

「そっか…」

 私が変身したことが理由なのは確かなのだろうが、それと雨がへそを曲げる理由がどうにも結びつかない。

 ついでに言うと、肝心の当人がこんな様子なので聞きだせるような空気でもない。

 となれば私に取れる選択肢は一つしかない。

「…まあ。それはともかく、だ」

 私は振り返り、闇夜に沈む校舎を一瞥する。

「ここからは個々人の問題。それぞれが悩んだ末に出した結論。あの姉妹のことは、私たちがとやかく言う資格なんて無い」

 結果的に利用されていたとはいえ、散々掻き回した私が言えたことではないのだろう。

 だが、内情を知ったからには尊重してやりたいという気持ちは少なからずあった。

「それでもやっぱり、お別れは…辛いですの…」

 私が芽衣に視線を向けると、芽衣は遠い目をしながら夜の月を見上げていた。

 その様子を見て、以前、芽衣宅でも同じ表情をしていたことを私は思い出した。

「好きな人に会えなくなるのは…とても辛いことですの…」

 その語り口調や言葉、そして悲しみを含んだような複雑な表情から、ただならぬ事情があることは窺い知れた。

「め…」

 私はその瞬間、とある事実に気がつき、慌てて口を閉じる。


 ――この口は罪深い、な。


 私は()()()()()()()()()()()()()()()()

 芽衣の人柄や性格については知っているつもりだったが、思い返してみれば彼女の生い立ちや素性について、私は何一つ知らなかった。

 誰にだって、人には話したくない過去や、知られたくない秘密はある。

 しかし、私がそれを問い返してしまえば、きっと芽衣は何から何まで嘘一つ吐かずに話してしまうのだろう。

 だがそれは、彼女の心に土足で上がりこむ無粋な行為だと私は思った。

 私の好奇心は、時として他人の心を傷つけてしまう。

 故に私の口は罪深い。


 私は思いとどまり、芽衣のことを詮索しないよう注意を払いながら言葉を選ぶ。

「…芽衣があのとき私にかけてくれた言葉。私はちゃんと覚えてるから」

「…?あの時…?言葉…?」

「『人生には立ち向かわないといけない時が必ずある』って。私はあの言葉があったから前に踏み出すことが出来たんだ。たぶん、天草先輩にとって、それが今なんだと思う」

 私が小さく頷くと、芽衣もまたゆっくりと頷く。

「これは、あの人自身が自分の力で乗り越えなければいけないこと。私たちはこれからのことを見届けるしかない」

 言うまでもなく、宇城悠人という存在と一緒に生活していた今までが異常だった。

 それが、正しい形に戻るだけ。

 きっとこの結末は、一番自然な形に収まったとも言える。

 だが、それを受け入れることが容易ではないことも事実。

 変化を恐れていた人間にとって、その結末は厳しい現実を突きつけられることになる。

 だからこそ、こう言える。

「だから、助けを求められたら手を差し伸べてあげよう」

 私は芽衣と雨の手を取り、静寂に包まれた道を歩き出す。

「一人では越えられなくても、一緒だったら越えられることもある」





 ◆5月3日 午前1時12分◆

「私は…」

 雹果は私の手をとり、しっかり握り締める。

「…私はもう、姉さまの辛そうな顔は見たくない。だけど…」

 雹果が左手で手振りをすると、二つの鏡が足元まで移動し、雹果はその両足を乗せる。

 すると、舞台と同じ高さまで鏡が移動し、まるでエレベーターのように雹果の体がせり上がる。

 そして、雹果は舞台上へとまったく労することなく降り立った。


 ――そんな使い方もあるのか…。


 引っ張り上げるつもりだった私は、内心で驚きながらも、それを表に出さないように振舞う。

 舞台に上った雹果は、コツコツという足音を反響させながら、舞台に立つもう一人へと距離を詰め、その正面に陣取る。

「あなたが存在し続ける限り、姉さまや私の家族に本当の幸せは訪れない」

 宇城悠人はニヤリと笑う。

「ははは。面と向かって言われるとさすがに傷つく」

 まるでそんな風には見えない様子で笑い声を上げると、正面にある頭に優しく手を乗せる。

「とはいえ、元々そういう約束だ。妹くん、君は約束を守った。今さら気が変わったり、約束を反故にするようなことはしないさ」

 雹果は乗せられた手を勢いよく振り払う。

「いがみ合ってるところ悪いんだけど、ちょっといいか?一つ疑問がある」

「いいだろう。一つと言わず、いくらでも聞くといい」

「なら遠慮なく。なんであんなに天草会長とキスしたがってた?妖狐に戻りつつある状態であの行為は自殺行為だろ?」

「ははは。そんなことか。君は少しだけ勘違いをしている」

 私は眉間にシワを寄せ、遺憾の意を示す。

「彼女には私を祓うほどの力は無い。というよりも、そこの妹くんを除いて、今の八代家にはほとんど対魔の力は残されていない」

 ――やはり、か。

「そして、私が彼女にキスをしたのは、私なりのケジメをつけるために行ったことだ。まあ、それが目的でもあったが」

「…それはつまり、あれは別れのキスってこと?」

「ああ」

 ――確かに。それじゃ私に解りようがない。


 それを聞いて、私は改めて状況を整理する。

 すると、未だ取り残されていた謎が線を描くように繋がった。

「…ということは、あなたはずっと天草先輩に手を貸していたのか?」

 天草雪白に対魔の力が無いのであれば、彼女はどうやって霊に類する魔を祓っていたのかが疑問に浮かぶ。

 恐らくそれは、縁を断つ力を保持している誰かが代わりを担っていたと考えるのが妥当だろう。

「ああ。彼女には私を知覚する力はあったが、巫女としての適性が高くはなかった。だから私が彼女に気付かれないよう手を貸していた」

「なるほどな…。だからあんな三文芝居をわざわざ…」

「三文…芝居…」

 屋上で行われたトウガと雹果のやりとりは全て、天草雪白に巫女の適性がないということを暗に伝えるための演技であり、二人が戦うことで力の差を見せ付け、天草雪白よりも雹果のほうが適性があると誇示するために予め用意されていたシナリオだったのだろう。

 そうすることで、天草雪白本人の意思で退くよう促していた。

 だが、あのやりとりにも不可解な点は残っている。

「あれを考えたのって…」

 私は無言で雹果を指差すも、彼女は無言で首を横に振った。

 そのままジト目の視線をもう一人に向ける。

「まさか…」

「…確かに、あれは私が二年前に考えたものだ。しかし、三文芝居か…」

 宇城悠人は、私の『三文芝居』という言葉に首をかしげながら眉を寄せ、少しだけ傷ついている様子だった。

「一つ弁明させてほしい。私の書いた台本はほぼ妹くんのアドリブになっていた。なにより、ここで彼女が利用してくるとは思ってもいなかったのだ。私に落ち度はない…というより彼女に話を合せた私のアドリブ力を褒めてほしいくらいだ」

 天草雪白は既に巫女から退いている状態だった。

 戦闘から距離を置かせるという意味では成功していたのだろうが、巫女に適していないことを改めて主張する必要性はなかったはず。

 だが、あのやりとりが二年前に考えられたというのであれば、諸々合点がいく。

「うん…?」

 しかし、そこでさらなる疑問が浮上する。

「ちょっと待て…。もしかして、二人は前から面識があったってことか?」

 宇城悠人と雹果は互いに視線を合せると、阿吽の呼吸で同時に頷く。

「ああ。幼少の頃は、雪白が私の存在に気付くよりも先に、いち早く私の存在を認識していた。やたらと目が合うから、気になって私から話しかけた。それがきっかけだ。たぶん三つか四つくらいだったか?」

「…変な狐が家に居座っているのに、誰も見向きもしないから不思議だと思ってた。話しかけられた時は泣きそうなほどビックリしたのをよく覚えてる」

 私だったら、庭に狐が居座っている時点でビックリするだろう。

「彼女に巫女の適性があることは知っていた。だが、長子ということもあって、当然のように雪白が巫女に選ばれた。雪白が私を認識したのは確か中学生くらいの頃だったと記憶しているが、それまでの間は妹くんの遊び相手はもっぱら私だった」

 雹果は小さく頷く。

「しかし、巫女の素養があることは知っていたが、呪術の才能まであるとは思ってもみなかった。私としても二年間でここまでの化け物になるとは想定していな――いだだだだだ…」

「…相変わらず、あなたは口が失礼です。やはり、一から躾が必要です」

 そう言いながら、雹果は宇城悠人の頬を思いっきり引っ張り上げる。

 お兄ちゃんに焼きもちを焼く妹みたいな仲睦まじい様子を静観しながら、私は次の質問を投げかける。

「二年前にトウガが封印されたっていうあの一件も二人が仕組んだもの…?」

「ああ。宇城悠人はトウガに体を乗っ取られ、そこに駆けつけた妹くんに倒される…という筋書きだったのだが…」

 宇城悠人の視線は雹果に向けられる。

「私が途中、高熱で倒れてしまって、作戦は見事失敗に終わりました」

 まるで自慢話でも語るように、雹果は胸を張りながら答える。

「そういうわけで、やむなく私はわざと彼女の矢を受け、宇城悠人もろとも彼女に封印された、という筋書きに変更することにした。そして、彼女の前から姿を消し、行方をくらまそうとしていたのだが…」

 恐らく、宇城悠人は自分自身に縁を断つ力を使ったのだろう。

 だが、私の考えではそこで一つの()()()()()が生じたことになっている。

「…ドジ踏んで天草雪白に見つかった、と」

「それに至っては弁解の余地もないな。ははは」

 宇城悠人は臆面もなくそう答える。

「それで、記憶喪失の幽霊のフリをしていたわけか…」

 宇城悠人が八代家の能力を見誤った――かどうかは定かではない。

 もしかすると、縁の強かった天草雪白だったからこそ、死んだはずの宇城悠人という存在を見つけることが出来たとも考えられる。

 ともあれ、縁を断ち、文字通り消息を断ったというのに、肝心の天草雪白に見つかるという最大の失敗をおかした。

 その結果、世間的に死んだことになっている宇城悠人という存在の説明をつけられない状況に陥り、その辻褄(つじつま)合わせをするために、“記憶喪失の幽霊”という架空の設定を採用することになった。

 そうして紆余曲折あって出来上がったのが“八つ目の七不思議”ということになる。

「そうか…。だからあのとき雹果は…」

 私はそこでやっと、気に掛かっていた言葉の真意を知った。

 私が初めて生徒会室を訪れた際、雹果は『まだ終わってなかったんですね』と言った。

 二人の関係が終わっていなかったとか、そういった意味合いだと私は思っていたのだが、あれは天草雪白に向けられた言葉などではなく、宇城悠人に掛けられた言葉であり、要約すると『二年前の作戦はまだ続いていたんですね』という意味合いだったのだろう。

「色々と納得――というより少し呆れた…」

 大きくため息を吐いたあと、二人を次々に指差す。

「ようするに、だ。体調管理が出来てなかった人間と、うっかり天草先輩に見つかってしまった間抜けな神様のおかげで、二年間も話が長引いて、ここまで状況がややこしくなった、と」

「そう言われてしまうと…返す言葉もないな」

「…不服…だけど事実」

 ――まったくもって迷惑な話だ。

「まあ、いいや。今さらとやかく言ってもしょうがない。とりあえず、私は納得したからそれでいい」

「もういいのか?」

 私は小さく頷く。

「ああ」

「そうか…。それでは、私から一つ」

 宇城悠人は雹果に向き直ると、その目をジッと見つめる。

「妹くん。君の望み通り、天草くんや君たち八代家の前から私は姿を消すと約束しよう。だから…」

 そういうと、宇城悠人は頭を下げた。

「君の手で、私と天草くんの縁を切ってはくれないだろうか?」

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