第17話 魔法少女は口づけで。(5)
◆5月3日 午前1時5分◆
段差を一歩一歩踏みしめるようにゆっくり進むその様はまるで、花形の舞台役者のようだった。
「…首謀者…ですか…?」
理解できないとでも言いたげな表情を浮かべながら、雹果は首を傾げる。
私はそれに答えるように頷く。
「この計画を立てたのは宇城悠人じゃない。協力者だと思わされていたほうが首謀者…私はそう考えた」
「なるほど…。それが私…」
「ああ。もちろん、根拠はある」
私がこれまで見聞きしたことの中に、幾つか不可解なことがあった。
そのどれもが、聞き間違えかと思ってしまうことや、気にするほどでもない些細なことばかりだった。
だが、そのバラバラのピースを繋ぎ合わせると、埋まらなかった中心部が少しずつ補完され、一つの大きな絵となって私の脳裏に浮かび上がってきた。
その絵こそが、私の導き出した答えだった。
「一つめは、私が雨たち二人と分断されたのは計画的――ようするに雨と芽衣が一緒についてくることを事前に予期していたこと。つまり、八代霖裏は予め雨と芽衣だけを分断するように誰かに指示されていたと考えられる」
校舎内の鏡を全て割り、二人を鏡の世界に閉じ込めるために準備を整えていたことからも、偶然や思いつきの行動という可能性はない。
だとすれば、誰がそんなことを提案し、指示したのかが重要になる。
「でも、私がほかの二人と行動を共にしていることを、宇城悠人と八代霖裏は知らない。それが出来るのは、私と雨と芽衣の関係性を知っている人間」
私と八代霖裏は神社で一度顔を合わせた程度の面識しかない。
妹から情報が流れている可能性もあるにはあったが、姉の私だけならまだしも、雨や芽衣のことまで伝わっているとは考え難い。
無論、生徒会室で私だけとしか顔を合わせていない宇城悠人にも同じことが言える。
となると、私と二人の関係性を知っている第三者が、私と一緒に二人が同行するであろう可能性を示唆しない限りは、状況的に有り得ないことになる。
「二つめは、屋上に私たちが駆けつけた時。あの時、八代霖裏は不自然に足を止めた――というより、何者かによって止められていたと考えられる。あれは恐らく、八代霖裏が口を割り、天草雪白に計画がバレることを危惧した誰かが、二人の接触を阻止するために咄嗟に行ったこと」
あの瞬間、確かに彼女は動揺しているように見えたが、意識はハッキリしているように窺えた。
そして何より、私の目には足を止めたというより、足に重りを付けられているか、靴底が地面に張り付いてしまったかのように固定されている、そんな印象を受けた。
それなら、彼女の身に一体何が起きたのか。
「…その方法を、私はついさっき知った」
一見すると不可思議なその現象を、私は数分前に目撃していた。
私は宇城悠人に詰め寄り、その左手首を強引に掴み上げる。
「これ」
その左手には、まるで手放すことを許さないかのように、黒い粘着質の物体が絡みつくように付着し、ハンドベルと手を強力に接着していた。
「三つめ。屋上で雹果が現れたときにトウガが驚いた理由。それは恐らく、雹果は天草雪白を追い詰めるまでは裏方に徹する予定になっていたから。だからこそ、表舞台に姿を現しただけでなく、天草雪白に手を貸すような真似をした雹果にトウガは驚いた。違う?」
私が横目で睨みつけながら隣の人物に回答を促すが、宇城悠人は一度鼻で笑ったものの、口を噤んだまま、私たち二人のやり取りを静観する心積もりのようだった。
そして、当の本人も同様、未だ黙秘を続けている。
宇城悠人の姿は私一人だけでは見えない。
それ故に、生徒会室で私たちが会話している間、雹果が私たちを近くで監視していることを私は感知していた。
だが、生徒会室で私が危機的状況に陥っても、雹果は一向に姿を現すことはなかった。
それでは、なぜ雹果は姿を現さなかったのか。
姉を信じて、天草雪白が一線を越えないと踏んでいたのか、はたまた私を信じて、自分で状況を打開すると思ってそう判断していた――などと都合良く解釈していた。
だが、それは思い違いも甚だしい真逆の考え方だった。
雹果はトウガの封印が解ける演出と、その合図を出して私たちを誘い出す役割を担っていたと考えられる。
だとすれば、あのタイミングであの場に出て行くことは出来ないし、そもそも協力者である宇城悠人が近くに居るため、雹果の出る幕はない。
そして何より、天草雪白を誘き出すことが成功している時点で私は用済みであり、私を助ける理由なんてこれっぽっちもないのだった。
「これが最後。八代霖裏が姉さまと呼ぶ人間は二人存在する。一人は天草雪白。そして、もう一人は雹果、お前だ」
八代霖裏は『姉さまのためにと』と自分の口から言っていた。
恐らく、彼女に指示を出していた人間はその“姉さま”であり、彼女の気持ちを利用していたと考えられる。
尊敬されているか、絶対の信頼を寄せられているのか。
はたまた、彼女に強要するだけの発言力を持っているのか。
実際のところ、私にそこまでは判らない。
だがいずれにせよ、そんなことが出来るのは彼女よりも強い立場にある人間であるということに間違いはないだろう。
天草雪白も八代雹果も、血の繋がりがなくとも彼女にとって近しい存在であり、“姉さま”と呼ばれる対象。
だとすれば、二人のうちのどちらかが彼女に指示を出したであろう“姉さま”ということになる。
「屋上で二人が鉢合わせしたとき、天草雪白はメルティー・ベル――つまり、八代霖裏がここに居ること自体を驚いていたが、八代霖裏は、天草雪白がここに居ることを知っている様子だった。だとしたら、八代霖裏が従っている“姉さま”が誰なのか」
天草雪白が知らず、八代霖裏が知っていたという事実だけでも根拠にはなるが、屋上でのやりとり以外にも根拠はあった。
生徒会室での『あの二人も鏡の向こうに入れたのか』という私の問いに、天草雪白は『一体何の話です?』と答えた。
その時の彼女は嘘を吐いている様子は無かったし、あの状況で私に嘘を吐く理由も無かった。
そしてその直後、宇城悠人が会話を遮るように入ってきたことも、天草雪白に雹果や八代霖裏が関わっていることを悟られまいと咄嗟に起こした行動と考えられ、部屋から出ようとする天草雪白を引き止めるような真似をしたのも、あのまま帰られては計画が失敗してしまうから、という説明がつく。
「全ての状況が、お前がこの件に絡んでいることを物語っている」
私は真顔でそう言い放つ。
「ぱちぱちぱち…」
すると雹果は手をパチパチと叩きながら舞台の手前まで辿り着き、ピタリと立ち止まる。
そのふざけた調子の言動とは異なり、その様子はいつもと変わらず、表情ひとつ変わってはいなかった。
「名探偵みたい…ですね。でも、あなたの言うことには、一つも証拠が無い…。偶然…言い間違え…勘違い…幾らでも考えられる」
私は沈黙せざるを得なくなった。
――さて、どうする…?
実のところ、私に残された手札はもう無い――というより、最初から切れるカードなんて一枚も無かった。
雹果の言っていることは紛れもない事実。
私が挙げたそれらの根拠は、どれもこれも私の憶測や推察であり、そのどれもが証拠たり得ない。
なぜなら、私の視たものを根拠としても、他人に示すだけの証拠にはならないから。
だからこそ、この目を使って嘘を見破り、僅かな感情の綻びから証拠を見つけ出す――それが私の常套手段になっている。
しかし、その常套手段も雹果にはまったく通用しなかった。
私は思考をフル回転させながら、何か無いだろうかとなんとなくポケットに手を突っ込む。
「…!」
私はその存在を確かめるようにポケットの中で握り締め、雹果をまっすぐに見据える。
すると、雹果は私から視線を逸らし、まるで怯えたようにまったく視線を合わせようとしてこない。
――そうか。私はまた…。
そこで私は、自分の過ちに気付いた。
考えてみれば、証拠なんてものは私にとっては必要ないもの。
そして、私は大事なことを見落としていた。
そればかりか、向き合うべきものを間違えていた。
――自分が今、何を見ているのか。
――自分が何をすべきなのか。
――やっとそれがわかった。
私は右の拳を強く握り締める。
そして大きく息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。
「…ああ。確かに、状況的に見ても宇城悠人とメルティー・ベルのどちらにも接点のある天草雪白のほうが怪しいし、条件で言えば雹果と同じ。だけど、雹果にあって、天草雪白にない決定的なものがある」
「決定的な…もの…?」
事ここに至るまで、私は雹果が首謀者であるという考えに至らなかった。
理由は二つある。
彼女は感情の起伏が乏しいため胞子の放出量が少なかった。
そして、嘘も吐けない正直者だと私が勝手に思っていたためだ。
実際のところ、今さっき私が突きつけた根拠も、雹果はまったく物ともしていない。
だが、それは私が視た結論であり、見た結論ではなかった。
「ああ。それは動機だ」
私はポケットからそれを取り出し、見せ付けるように掲げる。
「…!」
その瞬間、雹果の感情が揺らいだという変化を、私は見逃さなかった。
「天草雪白には動機がないし、変化も望んでいない」
私は視えてしまうが故に、この目に頼り過ぎていた。
他人が考えていることを知る方法は、感情の胞子だけとは限らない。
この目に頼らずとも、相手の動作や仕草で見えるものはたくさんある。
雹果は感情の起伏こそ乏しいが、視線を泳がせるというその仕草が全てを語っている。
「それに対して、雹果。お前のほうは目的がハッキリしてる」
雹果たち八代家の人間には、縁を繋ぐ力と縁を断つ力が備えられている。
それは、それらの関係が切っても切り離せないという事実を暗に語っている。
「縁結びには人と人との縁を繋ぐ以外にも別の解釈の仕方がある。それは――」
“袖刷りあうも多生の縁”という言葉がある。
要約すると、どんな出会いも偶然ではなく因縁がある、という意味だ。
例えば、学校を卒業したとすると、級友や恩師と別れることになる。
だが、進学先や就職先で新しい級友や同期、上司や先輩など、新たな人たちと出会うことになる。
そしてその出会いは、その人の後の人生を変える出会いかもしれない。
「――“別れ”。出会いの先には別れがあり、別れの後にも新しい出会いがある。そういう考え方もある」
それまでの関係性を断つことで、巡り合う筈のなかった新たな出会いが生まれる。
それもまた、結果的には縁結びの一環と呼べる。
つまり、出会いと別れは一連の流れであり、縁を繋ぐ力と縁を断つ力もまた表裏一体と言える。
「…雹果。お前はこの恋愛成就のお守りを天草雪白に渡したことを後悔しているんじゃないか?」
手放すことを拒み、肌身離さず持ち歩いていたお守りにも関わらず、それを拾った私から受け取ることを拒み、それを私に譲り渡そうとしたこと。
その相反した行動は、恐らく彼女なりの決意の現れだったのだろう。
「それだけじゃない。縁結びの巫女としての役目と、このお守りを作った人間としての責任を果たそうとしている。違うか?」
「それ…は…」
雹果は俯き、再び沈黙する。
その様子を確認すると、私は舞台の縁まで移動する。
そして、その場でしゃがみ込むと、舞台下に身を乗り出して右手を差し出す。
「先に謝る…。怖がらせてゴメン…」
私がそう言うと、雹果は驚いたように顔を上げた。
「ど…どうして…謝る…の?」
「…私は警察や探偵じゃない。別に犯人探しをしているわけでも、犯人を追い詰めるために行動しているわけでもない。勘違いさせたならゴメン」
私は結論を急ぐあまり、雹果を追い詰めるような真似をしてしまった。
だが、私にとって犯人探しなんてどうだって良かったのだ。
今の私が知りたいのは、ひとつだけ。
「雹果。前に私が言った言葉、覚えてるか?」
「前に言った…言葉…。自分の気持ちを言葉にする…。そうしないと、相手と分かり合うことなんて出来ない…?」
私は大きく頷く。
「私は雹果の考えてることや、悩んでることを知りたい。そして、その力になりたい。これが今の私の気持ちだ」
姉を想うが故の善意と、自分がしてしまったことに対する贖罪、そして巫女としての責任感。
雹果の行動は全て、自分ではなく他人を想っての行動だった。
私はそんな彼女の行動を否定することなど出来ないし、そんな資格もない。
もしかすると、彼女のそんな考え方が私と共鳴した理由なのかもしれない。
そして、そんな彼女だからこそ、私は協力者になることを受け入れる決意をしたのかもしれない。
「…雹果の口から話してくれないか?今の雹果がしたいことを」




