第17話 魔法少女は口づけで。(4)
◆5月3日 午前1時◆
『終わらせる…だと?かはは…!こいつは笑わせてくれるぜ…!!てめえが俺様をどうこう出来ると本気で思ってんのか?』
嘲るように笑い飛ばしながら舞台の上に立つトウガをまっすぐに見据えながら、段差を一歩、一歩と降りてゆく。
「…当然。あなたの化けの皮を剥がしてやるつもり」
私は鼻で笑いながら、意気揚々と答える。
『化けの皮…だあ?』
未だ距離があるため良くは見えないが、その口調でなんとなくだが表情の察しはついた。
「狐は化けるし、人を化かすモノ。あなたが天草先輩を押し倒したとき、あなたは宇城悠人に姿を変えた。それで全部が繋がった」
『…繋がった?何が言いたいんだ、てめぇは?』
「今日、私が生徒会室で宇城悠人と天草雪白と会い、トウガの封印が解かれ、八代霖裏が身体を乗っ取られる…。今日起こったことの殆どが偶然なんかじゃなく、ある人物の描いた筋書き通りの出来事だったんだ」
一瞬の間を置いて、トウガは高笑いを始める。
『…かははは!!てめえは、俺様が誰かを操って封印を解かせたとでも言いたいのか?』
私は首を大きく横に振る。
「人に化けることができるということは、あなたが他の誰かになりすましていた可能性があるということ。あなたは人になりすまし、そう行動するように誘導していた。それに、そもそもあなたは封印なんてされていない。違う?」
高笑いはピタリと止み、トウガはその釣り上がった眼をこちらに向ける。
『…面白いこと言いやがる。いいぜ、聞いてやろうじゃねえか。そんで俺様の化けの皮ってやつをひっぺがしてみろよ?』
私はいつものように大きく息を吸い込み、呼吸を整える。
「思い返してみれば、トウガの発言は事実と矛盾していることばかりだった」
私は右腕をゆっくりと上げ、その人差し指を立てる。
「まずは一つ目。雹果が現れた時、トウガは『巫女が二人も居るなんて聞いてない』と言った。私にはその発言の真意が掴めなかった。だって、あの時点で雹果は自分の正体を明かしていない。だから、雹果が巫女であることは知らないはず。だからこの言葉の意味を普通に解釈すると、八代雹果が巫女であることは知っているけど、巫女が二人存在することは知らない、ということになる。当然だけど、天草雪白に封印されたトウガは天草雪白が巫女であることを知っている。だから、トウガの発言としてこの発言は矛盾していることになる」
トウガが封印されたことで天草雪白が巫女を辞めるきっかけになり、それによって雹果が次の巫女になったとしたら、あの時点のトウガが雹果が巫女になっていることを知るはずもない。
それならなぜ、トウガはこんな言葉を使ったのか。
可能性は幾つか考えられたが、納得できる答えがひとつあった。
「けど、その発言をこう解釈したら納得した。トウガはあの時、『巫女がここに二人も居るなんて聞いてない』と言おうとしたんじゃないかって。つまり、この場に巫女である天草雪白と八代雹果の二人が居合わせていることこそが、トウガが驚いた理由だった。そして、そのことを誰かから聞かされていた」
トウガは先ほどの様子とは打って変わって、反論もせずに鋭い眼光でただただ私を睨み付けている。
突き刺すような視線が向けられていることを肌で感じながらも、私は気にしないようにしながら気丈を振舞い、人差し指に続けて中指を立てる。
「…二つ目。私と天草先輩は最近出会ったばかり。それどころか会った回数も数えるほど。それなのに、二年間封印されていたはずのトウガがなぜ、私が天草先輩にとって邪魔な存在であるなんて言葉を口走ったのか」
天草雪白が私を庇ったあの時、トウガは私のことを指して『お前にとって邪魔な存在じゃ無かったのか』と言った。
天草雪白とは何度か会う機会はあったものの、初めて会話したのは二週間ほど前で、それ以前は面識もない。
それに、生徒会室で会話することが殆どで、公然の場で言い争うようなことはしていない――というよりも、実質的に言い争ったのは部活申請の時に訪れたあの時だけだった。
「簡単な話、知っていたんだろう。それはつまり、トウガはトウガが知るはずのないことを知っていたことになる。私たちは代わる代わるトウガの相手をしていたから、トウガが屋上に現れてから今の今まで、他の誰かと接触する機会なんてほぼ無かった。ということは、トウガが独自の方法で情報を入手した可能性が高い」
それらの情報は、何らかの方法で見聞きしたのだろう。
相手が神様だけに、人の心を読むとか、記憶を読み取ったりなんてチート技を使われたという可能性もあった。
「けど、それは私の思い違いだった。接触する機会は無かったのではなく、無いものだと思い込んでいただけ」
トウガが情報を得るためには、誰かと接触するにしても調査するにしても、時間が必要だった。
だが、“前提条件”が無ければどうだろうか。
「トウガの封印は以前から解かれていた、もしくはそもそも封印なんてされていなかった。“封印が解かれて間もない”という前提条件さえ崩れれば、情報を得る手段は幾らでもあったことになる」
もし、人の心を読むことが出来たのなら、まさしく全知全能の神であり、天草雪白に封印されるなんてこともないだろうし、なにより今この瞬間、私の話を真面目に聞くなんて行為は無駄でしかない。
生徒会室でのやりとりを、千里眼的なものやデ○ルイヤー的な能力で知られている可能性も考えられたが、その場合、封印が解かれる前にその場に居合わせていたことになる。
ようするに、トウガは以前から封印が解かれていたか、封印されていなかった可能性が高かった。
「だから私は、今さっき封印が解かれたという状況に疑いを抱くと同時に、トウガには協力者が存在すると仮定した」
中腹に差し掛かった辺りで私は一瞬だけ立ち止まり、ライトの眩しさに眉を顰める。
「雨たちから聞いた話の中にも不可解な点があった。メルティー・ベルである八代霖裏が、なぜこの学校の鏡の場所を全て把握した上で鏡を割り歩いたのか。そして何より、なぜこの時間、この場所に居るのか」
私が雹果の家を訪れたとき、そこで交わした会話を聞かれていた可能性はある。
しかし、それだけで私たちを分断しようと鏡を割った、などと考えるには無理があった。
なぜなら、私と天草雪白の関係を知りつつ、七不思議を解明するという言葉の真意を知り、かつ私たち三人が夜の学校を訪れるだろうと予測したなんて、予知能力か天才的推理力でもない限り難しいだろう。
「普通に考えれば彼女が協力者で、彼女が姉さまと呼ぶ天草雪白のために独断で鏡を割ったと考えるのが妥当なんだろう。けど、それだと校内にある鏡の場所を教えた人物についての説明がつかない。じゃあ、天草雪白もグルで八代霖裏に指示したのかといえば、それも無い。なぜなら、天草雪白はトウガだと悟った瞬間、迷うことなく弓を引いた。その敵意は本物だった」
『敵意…だと…?まさか…その目は…』
メルティー・ミラである天草雪白がメルティー・ベルである彼女に私以外の二人を捕らえるよう指示していた可能性は十分あった。
だが、その可能性は天草雪白の行動によって否定された。
なぜなら、天草雪白がトウガに対して向けた敵意は殺意に匹敵する怒りを発していた。
だからこそ、私はあの時、慌てて彼女を制止したのだ。
「だから私は八代霖裏は利用されただけだと考えた。八代霖裏は校内の鏡の位置を誰かに教えられ、その人物に指示されるままに鏡を割り歩いた」
雨たちの話の中でもう一つだけ不可解な点があった。
それは、生徒会室にあった大鏡だ。
「その証拠に、この作戦に必要不可欠である生徒会室の鏡だけは割られていなかった。それを割られると、この計画における最重要人物である天草雪白を、この物語の舞台に上げることが出来ないから」
メルティー・ベルによって全ての鏡を割られたのであれば、生徒会室の鏡だけが残されていたのはなぜか。
それは考えるまでもなく、彼女の独断によって割られたのではなく、この計画に必要だったため意図的に残されたと考えるほかは無い。
『かはは…!なかなかおもしれぇ想像力だ。だが、協力者ってのがそいつじゃねぇなら、どんな奇特なやつが俺様なんかに手を貸してるっつーんだ?』
「…そう。そこまできてふりだしに戻った。学校の情報を与えたのが誰なのかを特定する決定的なものが無かった。でも、トウガが姿を変えて天草雪白にキスをしたことで、その決定的なものが満たされた」
学校の関係者であれば校内にある鏡の情報を知っているだろうが、屋上の鏡まで知っている人間は限られてくる。
天草雪白はトウガに敵対心を剥き出しにしていることからそれは無い。
そう考えたとき、私の中で一人だけ該当する人間が浮かんだ。
「トウガには人に化ける能力があった。だとすれば、学校の情報を与えたのはトウガ自身という可能性も考えられたんだ」
もし、私が天草雪白にとって邪魔な存在だと知りえた人物が居るとすれば、私たちが言い争っていたところに居合わせた人間。
そして、屋上にある鏡の存在について知っている、学校に深く関わっている関係者。
鏡の世界の特性を知った上で校内の鏡を全部割るという発想を思いつき、それを実際にやってしまうという行動力と策略。
その条件に当てはまる人物は、私の知る限り一人しか居ない。
「よっと」
舞台の前に辿り着き、足に力を入れて高々と跳躍。
通常では上がることもままならない2メートルくらいある舞台の上に、軽い身のこなしで難なく着地すると、私はトウガに向き直る。
「…さっき、トウガは私の語った物語を迷わず肯定した。史実を知らない人間なら、それが正しいか間違っているかなんて解らず、一瞬答えに迷う。だけど、トウガは迷わず答えた。それはつまり、あなたが本物の八代稲荷神であるという証拠でもある」
私がトウガに創作物語を聞かせたのには理由があった。
それは、トウガが本物かどうかを確かめるため。
私は最初から、神と呼ばれる存在を本物だとは思っていなかったし、八代稲荷神になりすました別の存在である可能性も考えていた。
何も持たない人間が、自分という存在が誰であるかを証明できないように、八代稲荷神であるということを証明できる存在もまたここには存在しないし、普通であれば証明することなど不可能だろう。
だが、この目があれば、その人の持つ記憶とそれを信じて疑わない心さえあれば、それを証明することができる。
「あなたから視える感情は、正常を保っていることが不思議なくらいに酷く不安定で、歪な心だった。だからこそ、私がその答えに至った時、すごく納得した」
『不安定で歪、か…。かはは…ちげーねーな…』
トウガは獣の腕と化した自分の右の手のひらを見つめ、そう呟いた。
初めてトウガを視たとき、その感情の多様さに驚いた。
とりわけ目立ったのは、不安という感情だった。
不安を抱くということは、何かを恐れているか、何かに迷っているということ。
だから私は、トウガのことを怖いとはまったく思わなかったし、むしろ怯えながらも虚勢を張る動物のように思っていた。
「あなたから視える複数の感情は、他人の意思が混ざったものなんかじゃなく、立場も生き方も違う三つの顔を持った存在だったから。妖怪という存在でありながら神として存在することを強制され、人を否定しながらも人とともに歩み続け、共にありたいと想いながらも、立場や生きる世界の違いという現実に翻弄され、苦悩する。きっと今まで、自分がどうするべきかを考え続けていたんじゃないか?妖怪に戻り孤独に生きるか、神として見守りながら永遠を送るか、人間になりすましながら別れを承知で人間と共に生きるか」
『…ようするにてめぇは、俺様には人間としての別の名があって、そいつになりすましていたと言いてーわけだな?』
トウガの問いに、私は大きく頷く。
『…良いぜ。てめぇの答えってやつを聞かせろ』
トウガはゆっくりと目を閉じて俯き、耳を澄ますように沈黙した。
それはまるで、裁判の判決を待つ被告人や、死を覚悟をした瞬間のような、全てを受け入れる準備が整っているといったような、落ち着いた佇まいだった。
「妖怪としてのトウガ。神としての八代稲荷神。そして、人間としてのもう一つの名。それは――」
数瞬の後、私はゆっくりと右腕を上げ、その指先をトウガに向ける。
「――宇城悠人」
トウガは顔を上げると、まっすぐ私を見据えながら口を開いた。
『それがてめえの導き出した答えってやつか?』
私は再び大きく頷く。
トウガはすぐさま私に背を向け、天井を仰ぐ。
『かはは…!本当に君はいつも私を驚かせてくれるな。私の誤算は君を選んでしまったあの時だった、というわけか…』
私は一度瞬きをした。
そしてその直後、トウガの姿は目の前から忽然と消え、制服姿の宇城悠人が代わりにそこに立っていた。
「私がトウガと同一人物であると、君はどこで気が付いた?」
「天草先輩に…キス…したから」
私がまごまごしながら答えると、宇城悠人は振り返り、私の様子をからかうように茶々を入れたあとに小さく笑った。
「…君は人並み外れて賢いが、その見た目と同じで心は初心なのだな」
「ばっ!?見た目は関係――!!」
「しかし、聞かせてもらいたい。そんなことでなぜ気付いたのだ?私がトウガの協力者であるというのなら理解はできるが、私がトウガであるという根拠はなかったはずだ」
私は先ほどまでチビガキと罵られ続けて来たことを問い詰めようとしたものの、見事その機会を逸した。
私は小さくため息を吐いた後、仕方なく話を続けることにする。
「…八代家の人間には対魔の力がある。それは恐らく、縁を断つ力とまったく同じもの。そして、その力を最も効率的に使う方法は相手に…キスすること。私はそれを事前に知ってた」
雹果と出会ったあの日、私は雹果とサラリーマンがキスをしているところを目撃した。
その時の私は、雹果の持つ霊を視る力に共鳴していることなど知る由もなかったため、援助交際だと勘違いしてしまった。
あの通りは街灯が少なく、交通事故が非常に多かったため、死者も多く、霊の残留思念が出現しやすい場所でもあった。
だからこそ、たとえ最短距離であろうとも危険なため、私は普段からあの通りを使わないようにしていた。
つまり、私が見たものは援助交際の現場などではなく、雹果が対魔の力でサラリーマンの霊を祓っている瞬間だったのだろうと、今なら確信を持って言える。
――援助交際の件…雹果にはあとで謝っておこう。
「なるほどな…。ということは、君は私がそうした理由を知っている…ということになるのか?」
私は小さく頷く。
「まあ、なんとなく…」
霊が現世の未練を断ち切れば、黄泉という死後の世界に送られるというのは、ホラーやミステリーなんかじゃ定番の話だろう。
そして、知ってか知らずか、八代家代々の力である縁を操る力というやつを、雹果は対魔の手段として用いており、天草雪白もまた、自分の血や唾液にその力があること知りながらそれを行使していた。
つまり、八代家のキスには縁を断つ力が秘められていると断言できる。
そうなると疑問に上がってくるのは、トウガとしてそれを知っているはずの宇城悠人の行動だった。
「あなたは生徒会室で天草先輩にキスをせがんだ。きっと、次の段取りに進むための合図が無かったから気を急いていたんだろうけど、あの時は失敗した。だけど、屋上では強引にそれを達成した。だから、それこそがあなたの目的なんじゃないかって思った」
宇城悠人が生徒会室で天草雪白にキスをせがんだのは、自分という霊を祓わせるためだと思っていた。
だが、結果的にその考えは間違っていた。
トウガが神だとすれば、キスをしたところで現世との縁を断ち切り、成仏することなどできない。
そもそも縁を断つ能力を持っているトウガにその必要は無いし、神の力を失いかけているといっても、八尾の狐を祓うほどの力は天草雪白には無いのだろう。
では、宇城悠人の本当の目的は何なのか。
きっとその答えは、彼女の口から聞けるだろう。
「さて、と。私からも色々と聞きたいことがあるけど、この話の続きを話す前に、まずは関係者を呼ばなきゃいけない」
私は舞台から観客席に向き直る。
――何度やっても慣れないなー…。この感覚は。
高鳴る心臓を強く押さえ込み、ある程度静まるのを待つ。
数秒後、私は思いっきり息を吸い込み、そして観客席に向かって精一杯の声を発する。
「聞こえるかー!!」
私の声は大きな空間を反響しながら、空間に溶け込むように掻き消えた。
「…ここです」
その直後、講堂の入り口に置かれた大鏡の方向から小さな声が聞こえた。
その方向に視線を移すと、闇に紛れるように壁にもたれかかる人影がひとつあった。
「宇城悠人は協力者であって、首謀者じゃない」
私が人差し指で指し示すと、スポットライトがその人影を照らしだす。
「今回の計画を立てたのはお前だろ?八代雹果」




