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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
89/183

第17話 魔法少女は口づけで。(3)

 ◆5月3日 午前0時58分◆

 私の叫び声とともに踵部分が光を帯び、その直後、眩い閃光を放つ光の柱が天を貫くかの如く放出された。

『ぬぁ…!?』

 その光を腹部でまともに受けたトウガは、まるで噴水で打ち上げられた魚のように宙を舞った。

 事態を飲み込めていないといった様子のトウガには目もくれず、これ好機とばかりにすぐさま寝返りを打ち、地面に這いつくばる形にもっていく。

 

 ――イチかバチか、やるしかない…!


 私は、上空を見上げながらポカーンとしていた雹果に向けて短く言い放つ。

「さっきのやつ!」

 こちらの声に気がついてハッとした表情を見せたあと、すぐさま懐から取り出した札を空中へと放り投げる。

「ハク!」

 空中で体勢を立て直したトウガは、ハンドベルのチェーンをまっすぐ雹果に向け、狙いを定める。

『同じ手は食わねぇよ!』

 そして、間髪入れずにハンドベルを射出する。

「…なんちゃって」

 ――ガキン!

 豪快な音を立てたものの、放たれたチェーンは鏡の盾に弾かれるに留まった。

『なん…!?』

 トウガは驚きの声を上げる。

 しかし、トウガが声を上げた理由は盾で弾かれたからではない。

 確かに狙いを定めたはずの対象が、()()()()()()()()()()()()()()()からだろう。

「ざ、残像だ…!」

 トウガと同様、私も動揺していた。

 だが、それを気取られまいと鉄板ネタを挟む余裕を見せようとした結果、言葉の選択を間違えた。

『…馬鹿な!?一体いつの間に…!?』

 トウガの疑問も当然だろう。

 実のところ、私は一歩たりとも動いてはいないのだが、結果的に()()()()()()()

 頓知のように聞こえるかもしれないが、それが事実だった。


 私が雹果に使うよう指示したのは、“シュピーゼ”という魔法だった。

 かく言う私も、その魔法がどういった原理なのかを先ほどまでは理解していなかったが、今は()()()おおよその理解ができていた。

 どうやらこの魔法は、幻影魔法などではなく転移魔法に類するものであり、対象となる人間を鏡に映した状態で発動することで、その対象を鏡の対角座標へと瞬間移動するという代物だった。

 少年たちは“瞬間移動”という言葉に心躍らせてしまうことだろう。

 しかし、どこにでも移動できるかといえば現実はそう甘くはなく、対象と鏡の間に障害物があると移動は出来ず、対角にしか移動できないため、鏡の性質上、実質的に移動できるのは直線方向かつ数メートルといったところだった。

 もちろん、この魔法を単体で使っても、鏡に映した対象が移動するだけで、天草雪白が見せたような緊急回避くらいにしか使えないだろう。

 そこで私は、()()という状況を利用した。

 結果から言うと、私と雹果はそれぞれの鏡を重ね合わせるように二人の中間地点に移動させ、“シュピーゼ”の魔法を同時発動させ、配置転換をしていたのだ。

 “ミラ・フォーム”と名乗り、同じように鏡を二つ持っている以上、先ほど雹果が私にやってみせた状況を真似することで、私にも使える可能性が高いのではと考え至った。

 無論、私自身使ったことも無い魔法であり、雹果に私の意図が伝わるかどうかも不安はあった。

 しかし、私が思っていたよりも雹果の理解力が優れていたのか、私の意図を全て理解してくれていたため、上手いこと功を奏す結果となった。


「おりゃあああ!!!」

 私は弾いたチェーンを掴みとり、それを思いっきり引っ張る。

『ぐっ…!?舐めんなよ…!』

 トウガの体はチェーンに引っ張られるように軌道を変えるものの、すぐさまハンドベルの柄から手を離そうとする。

そこではじめて、トウガは自分に起こっている異変に気が付く。

『なっ!?手が…!?』

 見ると、トウガの手には先ほど雹果が投げた札が張り付き、そこから粘着質を帯びた黒いものがベッタリと付着していた。

 それらはトウガの手とハンドベルの柄にまとわり付くように絡みつき、接着剤のようにしっかり繋ぎ止めていた。

「同じ手…効きましたね」

 私はハンマー投げのように何度か回転しながら、掴んでいたチェーンをタイミングよく離す。

「うりゃ!」

 トウガの体は大鏡に向かって一直線に飛び、成す術もなくそのまま鏡の中に飲み込まれた。


 …


『くそっ…!あのチビガキ…なんつーことしやがる…』

 何かがぶつかり、材木を破壊するような盛大な物音がした直後、闇に包まれた空間に声が反響する。

 冷たい床に伏していたトウガは、四肢を使ってなんとか起き上がり、周囲をキョロキョロと見回す。

『ここは…どこだ…?つーか、一体どうなってやがる…?』

「…ここは講堂。と言っても、“鏡の中の”だけど」

 私の声は闇の中で反響し、四方八方からその声が響き渡る。

『鏡の中…だと…?そんなわけは…』

 トウガは、緑色に光る誘導灯を視界に捉えた途端に押し黙った。

 恐らく、その文字が反転していることに気が付き、自分の置かれている状況を飲み込んだのだろう。

『つーか、これで俺様を追い詰めたつもりか?笑わせるぜ…』

「違う。捕らえる必要も、封印する必要も無い」

『はあ?どういう意味だ?つーか、姿を見せやがれ!!』

 次の瞬間、複数の照明によって舞台上が照らされ、スポットライトの光がトウガの姿を照らし出す。

『くっ…!』

 強烈な光を突然浴びてたじろぐトウガを、観客席最後部にある大きな扉の前から見下ろす。

「ここで全部終わらせる」





 ◆5月3日 午前0時34分◆

 天草雪白は俯き、黙ってしまった。

 消沈した様子の天草雪白を一瞥したあと、私は今自分のやるべきことを始めるため、雨と芽衣に向き直る。

 すると、雨が天草雪白の様子を気にしながら小声で話しかけてきた。

「良いのか?放っといて?」

 私はコクリと頷く。

「ちょっと卑怯かもしれないけど、誰かが犠牲になったり、誰かが傷ついたりするよりは良い」

 私がどうこう言ったところで、天草雪白の意思を曲げるほどの信用や説得力が私に無いことは、今までの経緯から知っているし、彼女が他人を簡単に信用しない性格であることも理解しているつもりだ。

 だからこそ、私は宇城の名を出した。

「とりあえず、場所を変える必要がある。トウガがすぐに逃げられないような場所が良いんだ。どこか近くて良い場所知らないか?」

 私は近くの飲食店探すようなノリで二人に問いかけると、雨は唸り声を上げる。

「う~ん…急に言われてもなぁ…」

「それなら、ちょうど良い場所がありますの」

 そう言って芽衣はある方向を指差す。

 指差したその先に視線をやると、そこには大きな鏡一つ立て掛けてあった。

 それは、先日ドローンで発見した本物の大鏡だった。

「あー…。なるほど。向こう側の鏡は全部割られていたから、出入口はあそこしかない。確かに逃げようにも逃げ辛いし丁度いい。身をもって知ってるからお墨付きだわ」

 私には二人の交わしている会話が飲み込めなかったため、そのままの疑問の言葉を返す。

「…どういう意味?」

「鏡の世界では、向こう側にある鏡とこちら側の鏡同士が出入り口のように繋がっていますの。ただ、向こう側の鏡はあの鏡以外、全てあの子に割られてしまっていましたの。ですから、事実上、鏡の世界への出入り口はあそこだけということになりますの」

「なるほど、理解。だから、逃げられない場所なのか」

 『全てあの子に割られていた』という芽衣の言葉に引っかかりを覚えたが、私は話を続ける。

「…ってことは、やっぱり繋がってるのは屋上。んー…でも、出来ればそこそこの広さがあって逃げ出し辛い閉鎖空間みたいな場所が良いんだけど…」

 無論、無理を承知で言っている。

 だが、相手が神を名乗っている以上、作戦の成功率を上げることや、万全を尽くすことに妥協などしてはいられない。

「体育館なんてどうですの?広さであれば申し分ありませんの」

「それなら、剣道場とか柔道場なんかも候補になるんじゃないか?」

 理由も聞かず、私の無茶ぶりにまったく疑問すら抱かない二人を見て、私は思わずにやけてしまった。

 口々に候補を挙げる二人に割り込むように、違う方向から別の候補が聞こえてきた。

「…講堂。あそこなら全校生徒収容するだけの広さはあります。音漏れしないようにドアが二重構造になっていますし、締め切ってしまえば密閉空間なので、逃げ出すのも容易ではないでしょう」

 声の主は天草雪白だった。

「先輩…。なるほど、講堂…」

 舞台というのは刑事モノや探偵モノで真犯人を追い詰める定番スポットの一つである。

 だが、大抵の場合のそれは演出の一環であるが故、現実性が伴わないことが多い。

「となると、そこまでどう誘導するかが問題だな…。ここから講堂のある中央棟までの距離は近いけど、惹きつけながらトウガを誘い込むのは…」

 相手の目的がハッキリしない以上、エサで釣るようなこともできないし、トウガの猛攻を凌ぎながら誘導するなんて芸当は私には出来ない。

 そもそも、直線距離で50メートルほどとはいえ、ここは屋上で講堂は半地下であり、階段を下ったりすると移動距離だけで言えば結構ある。

 飛び降りられれば早いのだろうが、魔法少女を卒業した私には絶対に不可能だし、そもそも魔法少女であっても高いところから飛び降りるのは相当な勇気がいるものなのだ。

「私が引き受けます。というより、私が適任でしょう」

「協力してくれるのか…?」

「あなたを信用した訳ではありません。もし、宇城先輩が私のために何かを残してくれていたのだとしたら、私はその期待に応えたい…。そう思っただけです」

 天草雪白が信頼を寄せ、私が知る限りで唯一、彼女が聞く耳を持ってくれる人物――それが宇城悠人だった。

 彼という存在が居なければ、天草雪白の無自覚な暴走を止めることは誰にも出来なかっただろうし、それを本人に気が付かせることも出来なかっただろう。

 つまり、彼が残した可能性の一つは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 嘘を吐いているようで悪いと思いながらも、私はそれを本人に伝えることは蛇足と考え、出掛かった言葉を飲み込んだ。

「わかった。けど…」

 私はその先の言葉が思いつかず、口篭る。


 天草雪白が言うように、囮役として適任であることは間違いない。

 なぜなら、トウガは天草雪白に対して封印されたことへの復讐の念を抱いている。

 だが、本当にそんな安直に決めて良いのだろうか、果たしてそれが本当に最善と呼べるのだろうか。

 天草雪白だけを矢面に立たせて、私たちは見ていることしか出来ないなんて、今までの状況となんら変わりは無い。

 きっと、私たちにも何か出来ることはあるはず。


 ――惹きつけるためには囮役が必要不可欠。

 ――そして、それには危険が伴う。なぜなら、距離があるから。

 ――じゃあ、距離が近ければ危険は減らせる…?


「待てよ…?」

 私は考えているうちに、ある言葉を思い出す。

「芽衣。さっき、『向こう側の鏡とこちら側の鏡が繋がってる』って言った?」

「え…?あ、はいですの!」

 私は腕を組んで大きく頷く。

「よし。じゃあいっそのこと、両方の案を採用しよう。鏡の世界に閉じ込めつつ、講堂に閉じ込める。講堂が遠いなら近くしてしまえば良いし、これで逃げ道は限りなくゼロになる」

 三人の困惑の視線が、同時に私を貫いた。

「…どゆ意味?もうちょい判りやすくプリーズ」

 雨たちに伝わるよう、判りやすく説明を始めるため、私は両手の人差し指を立てる。

 そして、右手の人差し指を自分に見立てて左手の人差し指に近づける。

「ようするに、トウガを惹きつけながら移動するのが難しい」

 今度は左手の人差し指を右手の人差し指にスライドして近づける。

「それなら講堂のほうをこっちに近づければ良い」

「鏡の世界にある鏡を講堂まで移動する…ということですか」

 天草雪白がポツリと呟き、私はコクリと頷く。

「なるほど…。移動しながら応戦する必要もないからリスクは減るな…」

「それに、戦えない私たちが鏡を移動すれば良いので、役割を分担出来る…!名案ですの!春希さん!」

 私は自慢げに胸を張る。

「というわけで、天草先輩にはそれまでの時間稼ぎをお願いしたい。その間に私たちが鏡を移動します」

 私は雨と芽衣に目配せし、二人は頷く。

「…10分です。あなたがトウガをなんとかできるというのであれば、助力はします。ですが、それ以上は――」

 直後、天草雪白は首を大きく横に振った。

「――いえ。今さらあなたたちに威勢を張っても仕方ありませんね…。正直に言いますが、トウガとの力量の差を鑑みるに、私一人の力ではせいぜい10分足止めするくらいが限界でしょう」

「10分か…」

 あの大きさの鏡を講堂まで運ぶとなれば、それなりに時間はかかる。

 先ほどの話からすると、鏡が割れてしまうと私たちはこちらの世界に帰る手段を失うことになってしまうため、慎重かつ迅速に鏡を運ぶ必要もある。

 そう考えると、最低でも15分は要することだろう。

「それなら…一人じゃなければ15分いける?」

 時間が無いのであれば、制限時間をなんとか延ばすしかない。

「あなたが手伝うと言いたいのですか?しかし、あなたが居たところで足手まといにしか…」

 想定通りの疑問に対して、私は首を横に振る。

 そして、無言で雹果を指差す。

「まさか…私にあの子と協力しろと言うのですか?」

 私は大きく頷く。

「ですが…きっとあの子は、私のことを許してはくれないと思います」

 天草雪白は私たちに背を向ける。

「私の独断でトウガを封印したことで八代家の立場は危うくなり、そのせいで家族がバラバラになったどころか、あの子は次の巫女になることを突然強要され、部活を辞め、夢を諦めることになってしまった。全部…全部私のせいなのです…」


 ――本当にこの姉妹は感情表現が苦手なんだな…。


 私は小さく息を吐き、口を開く。

「雹果が私に巫女の道具を貸してくれたのは、自分では力になれないと判ってはいるけど、少しでもあなたの力になりたかったからだと思う」

 私は天草雪白の前に回りこみ、ポケットから取り出したそれを見せる。

「お守り…」

「これを返そうとしたとき、あの子は私にこう言った。『私たちには必要の無い物』って。()じゃなく、()()()って」

 恋愛成就のお守りを持つ場合、大抵は一人が密かに隠し持つものだろう。

 当然、意中の相手とお揃いにしたりすることもない。

 私にそういった経験は無いので断言は出来ないのだが、年頃の学生ともなれば尚のことそれを隠そうとするものなのだろう。

 つまり、どうあってもそこに関係者は一人しかおらず、“私たち”という言葉は当てはまらない。

 それなら、なぜ雹果は“私たち”と言ったのか。

「このお守りは雹果が作ったって言ってましたよね?つまり、このお守りは雹果が誰かのために作ったもの。そして、さっきこれを見たときの反応で確信した。これはもともとあなたが雹果に貰ったもの。そして、あなたは宇城さんと恋人になった直後、願いを叶えたそのお守りを雹果に返したんだろうって」

 私はなぜ雹果が恋愛成就のお守りを持っていたのかが疑問だった。

 ここ数日の彼女の行動や交友関係を見ていても、他人と関わるどころか避けているような状態で、とてもじゃないが想いを寄せている相手が居るようには見受けられなかった。

「お守りは一年に一度、願いが叶った時か年始の時期にお炊き上げをして返納する。先輩もそれに従って雹果に返した。そして当然、雹果もそれは知ってるはず。それなのに、あの子はお炊き上げもせずにこれを持ち歩いていた。理由は一つ。雹果はこれをお守りとして持っていたわけではなかったから」

 私は、雹果がお守りを持っていた理由が“お守りとしての効力”ではなく、“物としての価値”だと考えた。

 すると、答えは自然と浮かび上がった。

「きっと、あなたから返されたこのお守りを焼いてしてしまうことに躊躇した。なぜなら、お炊き上げをする年始頃は既に、あなたが雹果たちの元から去った後だったから。きっと、雹果は天草先輩と自分を結ぶ縁として残しておきたいと考えたのだと思います」

「あの子が…」

 天草雪白はトウガと雹果の元へとゆっくり歩を進めた。

「…まずは、相手の気持ちを聞き、自分の気持ちを言葉にする…そうですね?」

 天草雪白が自分の言葉を覚えていたことに少し驚きながらも、私はすぐに頷く。

 直後、背後から肩を軽くたたかれて振り返る。

「あっちが心配なんだろ?こっちは私たちだけで大丈夫だから、チーは会長さんについてってやれ」

「そうですの!私たちなら大丈夫ですの!必ずや、成し遂げて見せますの!」

「雨…芽衣…」

「準備が出来たら向こう側からこっちに何か投げ入れるわ。それが準備完了の合図だ」

 私は言葉に出来ない安堵感を抱きながら、大きく頷く。

「わかった。そっちは任せた」

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