第17話 魔法少女は口づけで。(2)
◆5月3日 午前0時53分◆
依然として両の腕を拘束されたまま、私はトウガに語り始める。
「…妖狐は歳月を重ねることで強くなり、やがて九尾の狐になるとされている。あなたが大国主と争ったという話が本当だとしたら、それは古事記や日本書紀で描かれる神代の時代ということになり、今から千三百年も昔の話ってことになる」
中学生の頃、ゲームの影響で日本神話について興味を持ち、古事記や日本書紀について読み漁った時期があった。
というのも、願いを叶える妖精や、それまでの常識を覆す魔法の数々を目にしてきた私は、魔法というものの存在にそれまで以上の興味を示していた。
まあ、状況が状況だっただけに、現実から目を背けていたとも言えるのだろう。
それはともかく、自分同様に魔法少女になった人、魔法に類似する現象や出来事等、過去の文献にそういったものがあるのではないだろうかと思い至り、ギリシャ神話や北欧神話も含め、神話に関する情報を収集していた。
結局、その時はそれらを読んでいるうちにその目的を忘れ、空想世界の物語として楽しみながら読んでいたことをハッキリと覚えている。
ようするに、どの神話も内容が現実離れしすぎており、当時の私にはそれが作り話の世界としか受け入れることが出来なかった。
だが、その中でも日本の神話に関してだけは、私には違って見えた。
古事記や日本書紀で語られ、それが実際にあった史実として今もなお伝えられている。
全てを受け入れるまでには至らなかったが、妙に人間味のある神たちの様子から、本当にあったことが脚色されているような印象というのが私の感想であり、一番納得できる落ち着きどころだった。
「それから千年もの時代を渡り歩いた妖狐であれば、とっくに九尾の狐になっていてもおかしくはない。それなのに、あなたは依然として八つ尾の狐のまま。それが何故なのかを私なりに考えてみた」
もし、日本神話が事実とすると、トウガは人から人へと千年もの間絶え間なく乗り換え続けたということになる。
それは気の遠くなるようなことだろうし、相当にリスクのあることでもあったと思う。
だから私は真っ先に、その依り代として八代家の巫女がその役目を代々受け継いでいるのではないかと考えた。
しかし、前の巫女であるという天草雪白が縁を切られずに健在であることや、二年前にトウガを封印したという事実から見ても、その線は限りなく薄かった。
となると、手近な人間に乗り換え続けていたという可能性が浮上するが、その場合、八代家の人間がトウガの存在を感知出来なくなる恐れや、神隠しなどの悪評が付近で広まってしまう可能性があり、現在のような“神”と“伝承する者”というような関係は維持できていなかったはずだ。
どちらかの支配によってその関係が成り立っている可能性も考えたが、トウガは八代神社に奉られ、八代家はトウガという神の存在を千年以上もの長い間、今尚その関係を維持している。
利用しているにしてもなんにしても、少なくともトウガは八代家の人間を必要としており、八代家にとっても二年前までは良好な関係を築いていたと考えてまず間違いはない。
だとすれば、最も気に掛かるのは“関係を維持していた理由”だ。
「…結論から言うと、そもそも私の考え方が間違っていた。あなたに妖狐の常識は当てはまらない。なぜなら、あなたは妖怪ではない存在になっていたから。そしてそれこそが八つ尾の狐のままである理由」
両者に良好な関係が築かれているとしたなら、この両者は一体何を与え、何を得ているのか。
そして、トウガが八尾のままであるのは何故なのか。
そこで私は、一見するとなんの関係も無いこの二つが、トウガの目的に繋がっているのではないかと考え至った。
「大国主との戦いで破れたあなたは大国主に取り入って、神の力をまんまと手に入れた。けど、誤算だったのはあなたが神の名を与えられたこと。そして、それによって失うものがあったこと」
キツネだった頃の名残かどうかは知らないが、トウガにとっては自分が全てだったのだろう。
強いながらも狡猾だったトウガは、神に喧嘩を売ってまで力や権力を欲し、一人で生き抜くための力を確実なものとしようとしていた。
そして、神をも恐れぬその行動は、のちに自らの行く末を変えるほどの分岐点となった。
神の力や地位を得ることと引き換えに失うものがあるなんて、その時のトウガは想像もしていなかっただろう。
「…あなたは、神の名を授かった影響で、永遠の存在となった。どんなに時を経ようとも、どんなに力を得ようとも、成長もしなければ老いもしないし、死にもしない神という存在になった」
永遠の存在――それはトウガにとってそれは非常に残酷な事実だったのだろう。
自分だけ時が止まったように周囲に取り残されながら、終わりのない世界を過ごす。
性格から察するに、その千年はトウガにとって退屈で地獄のような日々だったのかもしれない。
「けど、神となり、不死となったあなたでも、実質的に死ぬ条件はある…。それは、人に忘れ去られること」
神といえど万能ではない――なんてことは、人間である私がわかるはずもない。
だが、トウガが理由もなく千年以上も八代家と関わっているとは到底思えない。
だとすれば、それこそが八代稲荷神としての生死に関わること――つまり、死なないために必要な条件なのではないかと私は考えた。
「知覚されなければ死んでいるも同じ。神様のルールは知らないけど、忘れ去られれば思い出す人も居なくなり、それは神としての存在価値を失う。あなたが存在を維持するために必要なのは、人の生気ではなく人の記憶に残ることだった」
一般的に、神は信じるものが居なくなれば力を失い、やがて消滅するとされている説が多い。
それは恐らく、神となったトウガにも当てはまったのだろう。
妖怪ではなく、神として存在することを余儀なくされたトウガは、存在を維持する術を探さなくてはいけなくなった。
だが、妖怪として長らく生きていたトウガには、その術を知る由も無かった。
「妖狐として存在する術を失ったあなたは、自分という存在を維持し、神としての力を強力にするために自分の名を広め、信仰者を増やすことにした。そこで目を付けたのが、自分の存在を知覚できる特別な人間――つまり八代家の人間だった」
先ほど、天草雪白が『あなたの放つ邪気を見間違えることはありえない』と言っていたように、八代家の人間はトウガの存在を何か特殊な力で知覚できるのだろう。
その時のトウガには人間という存在が必要であり、八代家の人間はトウガにとって、これ以上ないほどに好都合な存在だった。
だが、その行動が自分の首を絞めるとは、当人も思ってもみなかっただろう。
「信仰者が多ければそれだけ多くの人の記憶に残り、神としての存在を確たるものにすることができる。だからこそ、八代家の人間に縁結びの力を分け与える代わりに、縁結びの神社として人を集めさせ、人間達に自分の名を広める。そうすることで、自分の存在を維持しながら、自分の力を強くすることができる。あなたはそう信じて長い年月をかけながら人間と親睦を深めていたのだろう。だけど、どんなに月日が経過しても、あなたが九尾になることはなかった。なぜなら、あなたという存在は八つ尾の狐として人間に定着していたから。これが私なりの答えだ」
当然ながら、神という存在は一般的な人間では知覚出来ない。
だからこそ、神は人の想像力によって形作られ、それが定着したとき神は不変の存在となり、人が認識できる事象となる。
八代家の人間が「八代稲荷神は八つ尾の狐だ」と人界に広めたことで、その概念は定着した。
その結果、九尾の狐になろうとするトウガの思惑を外れ、その姿が不変のものとなってしまった。
「時が流れて、自分が不変の存在になったことを悟ったあなたは、自分が九尾の狐になるにはどうすればいいかを考えはじめた。その結論として導き出した答えが、神であることを人間に否定されること。神の性質が消えてなくなれば、“八代稲荷神”ではなく妖怪である“トウガ”に戻れると思い至ったわけだ。あとは荒霊として人間に危害を加え、八代家と距離を取りさえすれば、時とともに自分の存在を語るものは居なくなり、いつしか神としての自分は居なくなる。そう考えていた」
自分のことを神だとしきりに主張してたのは、自分が神であることを私たちにしっかりと認識させたうえで、神であることを否定させるためなのだろう。
だが、ここに来てもトウガの思惑は外れている。
「…まあ、全部私の妄想だけど」
『かーっはっはっ!!』
トウガは腹を抱えながら空に向かって高笑いを始めた。
『面白いから黙って聞いていたが、とんだ茶番だったな…!俺様の気を紛らすには十分な余興だったぜ?』
その反応は、私にとっては想定内だった。
なぜなら、私が語った物語は、現在の状況と断片的情報を頼りに、過去と現在が繋がるようにそれっぽく筋書き立てただけであり、確証と呼べるものなど何一つない。
妄想だと笑われても仕方が無い。
だが、それで十分だ。
『…褒めてやる。てめえの妄想は良い線いってるぜ。俺様の姿が人間の記憶で定着しちまってるってのは事実だし、八代家とつるんでるってのも当たってる。そんでもって、俺様が九尾になろうとしてるってこともな。だが一つ言わせてもらうぜ。縁をどうこうする力はもともと俺様のものじゃねー。八代家の連中が勝手に俺様から授かった力だと思い込んでるだけで、アイツの血が後世に受け継いでるもんだ』
――アイツ…?
私はそれを聞き、一つだけ考えを改めた。
つまり、順序が逆だったのだ。
八代稲荷神という名は、大国主から与えられたもの。
八代家とトウガの関係はトウガが意図したものではなく、大国主がその間を取り持っていた可能性が高い。
となると、その関係性は一つの事実を示している。
「ははははは…!マジかー…!ははは…!!」
私は堪えきれず、思わず笑ってしまった。
『…何が可笑しい?』
「もしかすると、大国主って神様はあなたの心を見透かしていたのかもしれないな…。だってそうだろ?妖怪を神様にしようなんて発想が最初から生まれたとも思えないし、そもそも自分を打ち負かそうとしてきた相手をすぐに信用するなんて、いくら神様でも懐が広すぎるだろ?」
『黙れ。てめえに何がわかる…!』
確かに、私の説は妄想でしかなかった。
だが、トウガが真実を語っていることを私の目が証明している。
つまりそれは、ただの妄想が一つの真実へと変化したことを意味している。
「ああ…私にはわからない。けど、知ってる。妹の体を乗っ取り、姉を傷つけても、あなたのことを“神様”と呼び続け、“友達”になって欲しいとまで言っている奇特な人間がこの世に居るって事実をね」
『…!』
トウガは驚いた表情を見せ、ゆっくりと雹果の方に視線を向ける。
「あの子の考えを曲げるのは骨が折れると思うぞ?大国主って神様と同じで」
私にとっての雨や芽衣のように、今も変わらずトウガのことを神様だと呼び続け、信じている人間が居る。
きっとそれは、孤独という道を選ぼうとしている者にとっては、救いの手になると私は知っている。
「…さーて、この余興もこれ終わりだ」
私は身を縮めて丸め、両足の裏をトウガの腹部に押し当てる。
『な…』
トウガが気がついた瞬間には、私は既にその言葉を発していた。
「シャイニー・ライトー!!!」




