第15話 魔法少女は鏡と鐘で。(5)
◆5月3日 午前0時19分◆
「それでは貴方は、私が窓から入って来た…とでも言いたいのですか?馬鹿馬鹿しい…」
天草雪白はフンっと、わざとらしく鼻で笑う。
「…本当は、私がこの質問をした意味を理解しているんですよね?」
私のその一言で、天草雪白は沈黙する。
「ずっと不可解だったんだ。私たちがドローンを飛ばしたあの日のことが」
私は彼女の横を通りすぎ、部屋の奥へと歩みを進める。
「あなたは血相を変えて私たちの前に駆けつけた。ただドローンを飛ばしている私たちを注意しに来るのであれば、急ぐ必要なんてない。屋上は施錠されているし、通り道は一つしかないから、階段の下で待ち構えてれば済む話。じゃあ、なぜあなたは急いでいたのかって」
私は部屋の奥にある窓から、未だ雨が降りしきる中庭を見下ろす。
「他の生徒に怪我をさせる危険性がある生徒を、早く取り締まるべきと思ったから。それだけです」
天草雪白はキッパリとそう答えたが、その視線は私の瞳を捉えてはいない。
もちろん、そういった理由もあったのかもしれないが、彼女が必死になった本当の理由と違うだろうということは、その様子からも伺えた。
「それは生徒会長としてのあなたの答えですよね?あなた個人としての答えは、屋上には他人に見られては困るものがあったから。違いますか?」
「…見られては困るものなんて何もありません。これ以上貴方のくだらない妄想には付き合ってられません…行きましょう、先輩」
踵を返すように、天草雪白は部屋の扉に向かう。
すかさず私は、その背中に問いかける。
「あなたはいつまで、目の前の事実から目を背け続けるつもりなんですか?」
その一言で天草雪白は一瞬だけ立ち止まった。
だが、足枷があるかのようにゆっくりと、その歩みを再開した。
私が再び呼び止めようと口を開きかけるも、結果的に押し黙ることになった。
その理由は、ドアノブに手を掛けようとした彼女の手を、宇城悠人が制止していたからだった。
「先輩…」
宇城悠人は無言で首を横に振る。
数秒後、天草雪白は観念したように振り返った。
「…わかりました。聞くだけなら構いません。話を続けてください」
宇城悠人が少しだけ頷いたのを確認し、私は話を再開する。
「本来なら屋上は施錠されていて、一般の生徒は入れない。だから、屋上にあるソレの存在に気付かれる危険性はまず無かった。だけど、私たちがドローンを使って空撮しているとなれば話は別。横から見たら気付くことはまず無いが、真上から見ればそれは認識できる」
私は中庭を一瞥したあと、二人に向き直る。
「七不思議の調査をしている私なら、屋上に描かれた魔法陣や、差し替えられた鏡の存在を知り、宇城さんの正体に辿り着く危険性があった。なにせ、私には霊を視る力があると気付いていたから。もしそうなれば、私はあなたの日常を脅かす存在になりえる。そう考えたあなたは、なんとしても七不思議の調査を私に止めさせる必要があった――つまり、私を襲撃する動機があった」
天草雪白は、まるで苦虫を噛み潰したような顔で私をギラリと睨み付けていた。
「こっぴどく叱られた直後のあのタイミングとなれば、私を襲撃するような人は一人に絞り込まれる。だけど、確証は無かった。だから、わざわざこんな張り紙までして状況証拠を作ったんだ」
私は先ほど剥がした張り紙を見せつける。
すると、天草雪白は目を細めて、それを読み上げる。
「改装工事中…立入禁止…」
「この張り紙に気がついていたのなら、部屋の中を確認したうえで生徒の悪戯を疑って、紙を剥がす。もしこの張り紙を鵜呑みにしたなら、この部屋には入りはしない。だから、この部屋の中にあなたが居て、張り紙が剥がれていないこの矛盾した状況こそが証拠」
私は部屋の壁に設置された大鏡の前まで移動する。
「根拠はもう一つ。屋上で二人がキスをしようとしていたあの時を覚えていますか?その時の屋上には鍵が掛かっていました。生徒会役員とはいえ、教員が不在の状態で生徒に鍵を貸すとも考え難い。それじゃあ一体、二人はどうやって屋上に出て、どうやってその場を立ち去ったのか」
私は手のひらで大鏡の表面に触れる。
「それは、こう考えれば繋がるんです」
すると、鏡は何の抵抗もなく、波紋を描きながら私の指先を飲み込んだ。
「…」
天草雪白は表情一つ変えず、その異常な光景を直視していた。
「あなたがこの部屋に入った入り口は、鏡。そして恐らく、鏡は至るところに繋がっている。もちろん、屋上にあった本物の大鏡にも」
――鏡は霊的なものを祓う力がある一方、裏を返すと霊的なものを宿しやすい性質があることになる。
海外では鏡の国のアリスや合わせ鏡の悪魔、日本では雲外鏡という妖怪なんかが有名どころだろう。
アニメや漫画でも鏡を題材にした物語は多く、それらは総じて鏡の世界に迷い込んだり、引きずり込まれたりすることが大多数だったりする。
鏡の中で戦う特撮ヒーローも居るくらいなので、もはや鉄板ネタといって過言はないだろう。
ようするに、鏡は異世界への扉になりやすい性質を持っている。
雨と芽衣が姿を消したのは大鏡の前であり、その鏡の向こう側に二人の姿が映っていたことを私は確認していたのだが、逆を言うと、その時初めて“鏡が空間を行き来できる扉である”という可能性に確信を持った。
そうなると、残る疑問は誰がやったのかというより、誰がそんなことを出来るのかということになる。
当然、赤狐面が実行犯であることは状況的にほぼ間違いなかったのだが、その正体が何者なのかが判明していなかった。
だが、“鏡の中を移動できる”とした場合、屋上に設置された大鏡の意味や、屋上の昼ドラ的一件が証明できる。
「…鏡から弓矢を自由に取り出せるくらいだから、鏡を通して場所を行き来するくらいは出来る。そうなんでしょ?」
赤狐面は鏡を異次元にある袋のように使い、私を襲撃する動機があり、天草雪白もまた、鏡という扉を通ってこの場におり、宇城悠人という存在を守るために私を敵対視している。
つまり、動機と状況証拠は全て、彼女が赤狐面と同一人物であることを示していた。
私の問いかけに、天草雪白は鼻で笑い飛ばす。
「フッ…本当に貴方は底の知れない人ですね…。まさか、そこまで見抜かれていたとは思いませんでした…。貴方が最初に現れたあの時から、もっと警戒しておくべきだったと今は後悔しています…」
天草雪白はポケットからスマホを取り出す。
私がなぜこのタイミングでスマホを取り出したのかを考えている間に、天草雪白は画面をタッチする。
すると次の瞬間、天草雪白の姿は赤い閃光に包まれた。
闇に慣れた目には強すぎる発光に驚き、思わず瞼を閉じる。
そして、瞼を開いた次の瞬間、私の眼前には先日私を襲撃した赤狐面が立っていた。
「なっ…!?」
私は驚愕した。
天草雪白が変身したことなどではなく、その変身が一秒も掛からなかったことに。
「この仮面はもういりませんね」
そういって、狐の面をソファーに放り投げた。
「一応ですが、こちらの姿の名はメルティー・ミラ。以後、お見知りおきを」
私は自分の思ったままの言葉を、そのまま口走る。
「メルティー・ミラ…。へ…変身シーンとか決めポーズは…?」
「…?変なことを聞きますね…?そんなものありません」
私は肩を落として、うな垂れる。
――宇宙刑事じゃあるまいし、早すぎるだろ!ていうか、これじゃあ変身シーンをじっくり見れないじゃないか!?
視線を宇城悠人に向けるが、特段驚いた様子は無く、ただ行く末を見守るように眼鏡を光らせていた。
「早速ですが、貴方にはこれから暫くの間、行方不明になってもらいます」
言葉の意味を理解しようとした次の瞬間、メルティー・ミラは机に飛び乗ったかと思うと、私の額に狙いを定めて顔面を鷲掴みにする。
「が…!?」
そして、そのまま私の頭を大鏡に押し付ける。
「か…鏡の世界に私を放り込む気か…?」
私は背中半分を鏡に飲み込まれながらも、額縁に手を引っ掛けて抵抗する。
「心配せずとも、貴方を殺めるようなことはしません。鏡の牢に閉じ込めて自分の行いを反省させるだけです。とはいえ、貴方がこの件から手を引くと誓うのであれば、悪いようにはしません」
その瞳には怒りも無く、ただ無感情に見えた。
それはまるで、機械人形のようだった。
――人は誰かのためになら、ここまで非情になれるのか…。というか、どうしてこうやり方が悪趣味なのだろうか?
「んぎぃ…!こうやって…!あの二人も…鏡の向こうに入れたのか…!?」
メルティー・ミラは私の言葉に意外な反応を示した。
「あの二人…?一体何の話です…?」
「そこまでだ…。天草君」
私の顔を押し付けるメルティー・ミラの右腕を、宇城悠人が掴む。
「…君はやりすぎだ。その力は彼女に対して行使するべきものじゃない…」
「…せん…ぱい…」
私の顔面を掴んでいた手は力を失い、私は支えを失って地面にへたり込む。
「やはり、今の君がそうなってしまったことも含めて、私の責任なのだろうな…」
宇城悠人は突然、メルティー・ミラを抱きしめた。
「せ…せんぱい!?」
「天草君。私と…キスをしてくれないか?」
「…!?」
なぜこの男が、このタイミングで彼女にキスをせがむのか。
私には、その言葉の意味が理解できていた。
――ドオォォーン!!
「な…なんだ…!?」
地震のような縦揺れの振動とともに、天井を突き破るかのような轟音が上階から響き渡ってきた。
「上…?ということは、屋上…?」
「ぐうっ…!?」
タイミングを合わせるかのように、宇城悠人は胸元を強く押さえながら膝を崩した。
「…っ!?宇城先輩!?大丈夫ですか!?しっかりしてください!?」
メルティー・ミラは慌てて宇城悠人を支える。
「心配ない…と言いたいところだが、これは思いの外マズそうだな…」
宇城悠人が手を上げると、その手は半透明に透けていた。
「これは…まさか…!?」
メルティー・ミラは何かに気がついたのか、怒りと焦りを混ぜたような表情を浮かべる。
「あっ!?おい!」
そして、私が止める暇もなく猛スピードで部屋を飛び出した。
それを見送ったあとに背後を後ろを振り向くと、宇城悠人の姿がまるでホログラム映像のように半透明になっていた。
「待ってくれ…」
私もまた、音の鳴ったであろう屋上へと急ぐことにしたそのとき、私を呼び止める声が聞こえた。
「彼女を…頼む」
私は振り向いて、即答する。
「嫌だ」
「ははは…君は相変わらず手厳しいな…」
宇城悠人は苦しみながらも、私に小さく笑って見せた。
「助けてくれたことには感謝してる。けど、これは別問題」
私は部屋の入り口に立つと、背中越しにこう告げる。
「これはあの人が乗り越えるべきことだから、彼女が決断するその時まで、あなたは未練がましくこの世にしがみつけ。それが彼女を救う唯一の方法」
私は去り際にそう吐き捨てて、部屋を後にした。
◇
◆5月3日 午前0時18分◆
パピヨンマスクは余裕を見せつけるかのように踵を鳴らしながら、一歩一歩ゆっくりと歩く。
『逃ーがーしーまーせーんーよー?』
そして、その先を一目散に駆ける芽衣の姿が辛うじて確認できる。
「芽衣…!逃げろ…!」
私は無様にも、米俵を担ぐかのような形でパピヨンマスクに運ばれていた。
この短期間で似たような経験を二度もするとは思っていなかったが、正直、何度されても不愉快極まりない。
芽衣は三階の階段に到着したところで一瞬蹴躓いたように見えたものの、すぐさま体勢を立て直して階段を駆け上がる。
『上…?あの女…まさか屋上に…?』
パピヨンマスクが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
先程までの余裕はどこかへ消え、少しだけ慌てたように屋上への階段を文字通りひとっ飛びで上る。
「…うあ!?」
私はジェットコースターに乗っているような気分を味わいながら、なすがままに揺らされていた。
ものの数秒で屋上前の踊場に到着するも、そこには開け放たれた扉があるだけで、芽衣の姿は無かった。
そのまま屋上へ飛び出ると、豪雨は静まり、宵闇と無音が支配していた。
『…!』
「芽衣!」
外に出ると、大鏡の前に佇む芽衣の姿があった。
「やっぱり…ここが出口らしいですの」
鏡の表面は波紋のように揺らぎ、芽衣の右手は手首まで鏡に飲み込まれていた。
『なぜ…ここに鏡があると知っている…?』
「…この鏡は、春希さんが私たちに残してくれた希望ですの」
芽衣は力強くそう答える。
『ハル…キ…?きゃはは…!あのちんちくりんで弱そうな根暗女ですか…!?まったく、姉さまの邪魔ばかりして…本当に余計な真似をしてくれますね…!』
「ちんちくりん…弱そう…根暗…」
私には一瞬、芽衣の眉が動いたように見えた。
すると、芽衣はそのまま鏡の中へと一歩踏み出す。
『ま…待ちなさい!?そこに入ったら、この人がどんな目に遭うか判りませんよ!?』
パピヨンマスクが右手を引くと、私を縛りつける鎖は一層締まり、全身に強烈な痛みを走らせる。
「ぐあ…っ!?」
その瞬間、芽衣の動きがピタリと止まる。
『そうです…!そのままこっちに来なさい!』
「芽…衣!私に構う…な…!」
芽衣は無言で振り返り、パピヨンマスクをまっすぐな視線で眺める。
「…メルティ・ベルさん。あなたが姉さまという方を慕って行動している気持ちは、なんとなく判りました」
『…いきなり何の話です?』
芽衣の言葉に、パピヨンマスクは首を傾げる。
「確かに、姉さまという方がどういった方なのかを私は存じ上げていません…。ですが、そんな卑怯なことをするあなたを、その方はどう思っているのでしょうか?」
まるで図星を指されたかのように、パピヨンマスクは一瞬動揺したように固まった。
『そ…それはもちろん、姉さまはいつでも私のことを誉めて下さります…!』
「これだから子供は…」
芽衣は呆れたように小声でそう呟いたあと、俯いて大きく溜息をつく。
『子供…ですって…?』
「もし、本当にあなたの行動を肯定するような方だとしたら、あなたの敬愛する姉さまという方は嘘つきで粗暴で卑怯な人ですの」
その言葉の直後、パピヨンマスクが奥歯を噛む音が聞こえてきた。
『な…!?姉さまが…卑怯者ですって…!?その言葉を、今すぐ取り消しなさい!!』
私は突如として支えを失い、地面に打ち付けられた。
「ぐ…!?」
パピヨンマスクは地面を転がった私には目もくれず、右手を高々と掲げる。
すると、私に巻きついていた鎖は解け、鎖とベルはパピヨンマスクの持つハンドベルへと収納される。
「取り消すのはあなたのほうですの」
その光景を見た瞬間、私は恐怖を覚えた。
無表情で落ち着いてこそいるが、その瞳の奥には内に秘めた強い怒りが宿っているように思えた。
「…大事な人を侮辱されて怒っているのは、あなただけではありませんの」
芽衣はその言葉を吐き捨てるように言い残すと、鏡の中へと飛び込んだ。
『ま…待ちなさい!?』
そして、芽衣の姿を追うようにパピヨンマスクも鏡の中に飛び込み、二人の姿は鏡に吸い込まれていった。
一人取り残された私は、ふらつきながら立ち上がる。
「くっそー…アイツ、人のことを手荒に扱いやがって…」
打ち所が悪かったのか、左腕を動かそうとすると激痛が走り、もろに打ち付けた背中がむち打ちのように痛む。
だが、今はそんなことを気にしている余裕など無かった。
「芽衣のやつ…」
チーのことを貶されて怒っていたのが演技なのかどうかは、正直私には判断のつけようがなかったが、相手の怒りに触れそうな子供扱いをしたうえで、姉さまという人を侮辱し、わざと挑発したうえで敵の注意を自分に惹きつけ、隙を生ませて私を助けようとしたのは、紛れも無く芽衣の作戦なのだろう。
「それはともかく急がないと…芽衣がヤバい――けど…」
私は腕を組んで考える。
実のところ、アイツをどうにかする打開策は未だに浮かんでいなかった。
一対一の格闘戦において、モーニングスターを使う相手に素手で挑むのは分が悪すぎる。
武器の一つでもあれば状況は変わるのだろうが、手近で武器になりそうなものは周囲を見回しても見当たらない。
だが、そんなものを探していたら芽衣が取り返しのつかないことになってしまう可能性だってある。
――くそっ…せめて…。
私はすぐに首を横に降る
「駄目だ…考えるな…!今出来ることをするしかない…!」




