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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
79/183

第15話 魔法少女は鏡と鐘で。(4)

 ◆5月3日 午前0時15分◆

 パピヨンマスクを巻いた私たちは、二階にある一番近い女子トイレに走った。

 無論、突然尿意を催したからとかではなく、女子トイレに設置された鏡を確認するためだ。

「やっぱ、鏡っつったらここだよなー…」

 真っ暗な女子トイレを覗き込む。

 だが、私の足は闇の中に踏み入ることを本能的に拒んでいた。

「雨さん!ファイトですの!」

 本来なら私が警戒に当たるべきなのだろうが、暗闇の中で戦闘になった場合を考えると、芽衣には荷が重過ぎるし、芽衣だけでも逃げさせることが可能だろうと考え、このような役回りになった。

「わ…わかってるよ!芽衣は外を見張ってて!何かあったら声上げるから」

 鏡にライトを当てた直後、私は愕然とした。

「雨さん…?どうかしましたの!?」

 芽衣は外を警戒しながらも、背中越しに声を掛ける。

「鏡が…全部割られてる」

 見ると、地面には鏡の破片が散乱し、鏡という鏡は全て叩き割られていた。

 誰がやった――なんて、言うまでも無い。

 恐らく、私と芽衣をこちらに引きずり込むよりも前に、出入り口となりうる全ての鏡を割り歩いたのだろう。

 私はその時初めて、パピヨンマスクの「逃げても無駄」という言葉の意味を本当の意味で知ることになった。

「…でもまあ、これでハッキリしたわ」

 私は散乱していた握り拳ほどの破片を拾い上げ、それを眺めながら芽衣の元に戻る。

「ほい」

 その鏡の破片を芽衣に手渡す。

「これは…」

 その鏡の破片には、覗き込んだ芽衣の顔が映るわけでもなく、暗闇の女子トイレが映し出されていた。

「鏡の向こうに、女子トイレ…?ということは、やはり…?」

「ああ。たぶん、鏡が出入り口ってのは間違いなさそう」

 パピヨンマスクが鏡をわざわざ叩き割った理由は、逃げ道を塞ぐため。

 それは裏を返せば、鏡が逃げ道であると肯定していることになる。

「んで…アイツは?」

「見える範囲には居ませんの…たぶん、三階に向かったのかと…」

「それなら、今がチャンスか…。さっさと――」


 ――キイィーン!!


 次の瞬間、まるで至近距離でトライアングルを鳴らされたような高音の金属音が鳴り響いた。

「うぅっ…!?これは…!?」

「ぐあ…!?頭が…!?」

 頭が割れるような感覚に襲われ、私と芽衣はすぐさま耳を塞いだ。


 ――バリィーン!!!


 するとその数秒後、女子トイレの目前に設置された窓ガラスが勢いよく割れて飛散したかと思うと、ガラスの破片が降り注ぐ乱反射の中に、突如として人影が舞い降りた。

『…みーつけた♪』

 窓ガラスを突き破りながら、どこぞの怪盗のように派手な登場をかましたのは、当然の如くパピヨンマスクだった。

「しまった…!」

 先ほどの高音はパピヨンマスクの手に持たれたハンドベルだと一目で察しがついた。

 しかも、どういう理屈なのかは判らないが、目標を探査するなにかしらの機能があることが判明した。

 それはつまり、最初から私たちが隠れ潜める場所なんて無かったということだ。

『鏡に目をつけるなんて、ゴミにしては中々の観察眼でしたが、私を軽んじて頂いては困ります――…ってぇ!?ちょ、ちょっと!?私を無視してどこに行きますの!?』

 私は頭痛を押し殺しながら芽衣の手を掴み、パピヨンマスクの横をダッシュで駆け抜けていた。

「こっちはお前と鬼ごっこしてる暇なんてないんだ!一人でやってろ!」

 私が全力でその場から離脱しようとすると、強い抵抗を感じたため、慌てて立ち止まる。

「ま、待ってください!雨さん!」

「ど、どうしたんだ!?怪我でもしたか!?」

 振り向くと、芽衣は何か思い詰めたような表情で私の目を見つめ返してきた。

「私に…少しだけ時間を頂けませんか?」

「はあ?何言ってんだ…?それはどういう…?」

 私はその真剣な表情に、チーの持っている気迫に似たものを感じ、思わず手を離してしまった。

 それを了承と受け取ったのか、芽衣はゆっくりと振り返り、パピヨンマスクに向き合った。

「私の名前は、木之崎芽衣ですの。私と少しお話をしませんか?」

「な…!?」

 その瞬間の私には、芽衣の意図を理解することが出来なかった。

『私と話がしたい…ですって?あなた、正気ですか?私はあなたの敵だということをお忘れですか?』

 芽衣は首を横に振る。

「敵かどうかは、お話しした後で決めても遅くはないと思いますの。ですから、まずはあなたのお名前を教えて頂けませんの?」

 ――これって、もしかして…。

 そこで私は気が付く。

 恐らくその行動は、相手から何か情報を引き出そうとしているのだろう。

 そして、まさしくその行動は、チーが敵対する相手に対して最初に行う行動と同じだった。

『…そっちのガサツで粗暴な方と違って、こちらの方は礼儀がなっているようですね。良いでしょう。あなたには特別に、私の名前を教えて差し上げましょう』

 そう言うと、パピヨンマスクは芽衣に一歩ずつ歩みを進め、その正面で足を止めた。

『私の名前はメルティー・ベルですわ。宜しく、木之崎芽衣さん♪』

 メルティー・ベルと名乗ったパピヨンマスクは左手を差し出した。

「メルティー・ベルさん…ですの?宜し――」

 芽衣が握手をしようと手を差し出そうとした瞬間、私は声を上げる。

「そいつから離れろ!」

 私はパピヨンマスクの不審な動きを見逃さなかった。

『…私、偽善者ぶってる人って大嫌いなんです♪』

 右手をアンダースローするように振ると、モーニングスターの鎖が螺旋を描くように宙を舞った。

「きゃっ!?」

 次の瞬間、ジャラジャラという鎖の音とともに、人影が地面を転がった。

『つーかまーえた♪残りひとりです…――って?アレ…?』

「――残念…だったな。目的とは違う魚が釣れたみたいで」

 私はパピヨンマスクの不審な動きとともに加速し、咄嗟に芽衣を突き飛ばした。

 その結果、芽衣に巻きつこうとした鎖は代わりに私の全身を束縛し、私は鎖に縛られながら地面を転がる結果となった。

「雨さん!?そんな…!?」

『きゃはは…これは愉快ですね…。網に絡め取られた魚が、こんなに惨めな格好で強がりを言うなんて――』

 パピヨンマスクは鎖を引っ張りながら、私の腹部にその踵を捻じ込む。

「ぐあ…!?」

『まったく…。滑稽を通り越して不愉快ですわ!!』

「へへ…まあ、ゴミから魚に格上げしたみたいだな…。少しは認められたってことか…?」

『減らない口ですね…。少し教育が必要そうですね…』

「ぐぅ…っ!?」

 パピヨンマスクは私が呻き声を上げ続ける間、何度も何度も腹に蹴りを入れる。

「あ、雨さん!?酷い事は止めてください!?」

 私が呻き声を上げなくなって飽きたのか、芽衣に向き直る。

『…まあ、私としては二人とも捕らえるつもりでしたし、結果オーライです』

「雨さんを離してください!」

 芽衣が必死に懇願するも、その様子を見たパピヨンマスクは逆に上機嫌になっていた。

『イヤです♪なんで私があなたみたいな偽善者の言うことを聞かなければいけないんです?』

「偽善なんて…。あなたの目的が私たちの足止めなら、私たちをここに閉じ込めている時点で終わっているはずですの!?」

 パピヨンマスクは下卑た笑みを浮かべ、芽衣に向けて言い放つ。

『はあ?そんなの、楽しいからに決まってるでしょ?これは遊び。ゲームなんです。楽しまなきゃ損でしょう?それに、あのお邪魔虫の邪魔をすれば姉さまはきっと喜んでくれます♪』

「ぐぅ!?」

 鎖はさらに全身を強く締め付け、息も出来ないくらいに締め上げる。

 その時、私はようやく納得した。

 どうやら、私たちの足止めをしているのはパピヨンマスクの独断行動であり、狐面の指示ではないらしいということを。

「わ…私に構わず…行け…っ!」

「で、ですが!?私のせいで…」

『お友達ごっこしてるところ悪いのですが、どこに逃げたって無駄ですよー?どうせ、入ってきた大鏡から帰ろうとしているのでしょう?その大鏡も私が割ってしまいましたよ?残念でしたー。きゃはは!?それに逃げたとしても、私はあなたがどこにいるかをすぐに見つけることが出来るのですー。またまた残念でしたー!きゃはは♪』

 芽衣の表情が少しずつ悲痛に歪んでゆく。

『嘘だと思うのなら自分の目で確かめてみれば良ろしいかとー?』

 状況的に見ても、パピヨンマスクの言っていることは本当だろう。

 事前に鏡を割っていたという行動を考えても、あの鏡は私たちを引き摺り込むことを目的に残しておいただけであり、最初から後で割る気だったのだろうと推察できる。

『さーて、追い詰められたあなたはどんな顔で泣いて、どんな声で泣き叫ぶのでしょうか?楽しみです♪』

 パピヨンマスクは、Sっ気たっぷりの悪女のような言い回しで嘲笑った。

 二人がやりとりしている間、私は考える。


 ――考えろ。きっとあるはずだ。

 私たちが知らないだけで、あいつが用意している脱出方法は必ずある。

 人間が通れる位の大きな鏡。

 こちらの世界に鏡を持ち込んでも向こうと繋がらないのは、コンパクトで証明されているため、元の世界に最初から設置してある鏡。

 私がパピヨンマスクと同じ立場だったら、相手にバレないような場所に出入り口を残しておきたいと考える。

 だとすれば、それは私たちが思いつくような場所には置かれていない。


 ――誰にも見つからない場所にある鏡…。


「…そう…か」

 私は勘違いしていることに気がついた。

 知らないと思っているのは相手のほうで、私たちは()()()()()()()()()()

 私は残った息を吐き出しながら、それを声にして伝える。

「ドローン…だ…!」

『ドローン…?一体、何を言って…』

「…!?」

 芽衣は私の意図を汲み取ったのか、コクリと頷いたあと、すかさず階段を駆け上る。

『あ…!?こら!?待ちなさい!?』





 ◆5月3日 午前0時16分◆

 普通の人が聞けば、私の言ったことは荒唐無稽な話だっただろう。

 しかし、この場においてはそれが違うことを、二人の反応が示している。

「…二人とも、私が言ってることに驚いたり、笑ったりはしないんですね?」

 私は以前にも天草雪白の口から一度だけ「宇城先輩」という言葉を聞いていた。

 実のところ、その発言こそがこの奇妙な矛盾を解き明かすきっかけでもあった。

 三年生である彼女が“先輩”と呼ぶような人間が居るとするならば、愛称でもない限りは、卒業生かOBか、留年している生徒くらいなものだろう。

 だが、この男は制服を着用して生徒会長席に座り、まるで自分が生徒会長のように振る舞っていた。

 生徒会室で判を押している以上、留年している生徒だとも考えられない。

 卒業生でもないしOBでもなく、留年した生徒でもないとなると、愛称として"先輩”と呼ばれるような存在という線しか残されていなかった。

 私は三年生の中で宇城という生徒を生徒名簿から探すことにしたのだが、それすらも見つからなかった。

 そこで、校内新聞の過去記事から生徒会選挙の記事だけに目星を付け、宇城という名を探すことにした。

 そして遂に、三年前の生徒会役員選挙の記事からその名は発見され、宇城悠人が彼女にとって二学年上の“先輩”であることが確認された。

 だが、その事実を私の認識に当てはめると、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「この人は…宇城先輩ではありません…」

 天草雪白は大きく首を横に振る。


 ――なかなか強情だな…。察しはついていたけど。


 そこで私は、もう一つ根拠を明示する。

「天草先輩。こんな話を知っていますか?生徒会長であるあなたが、なぜか生徒会長席に座った姿を誰も見ていないという噂が流れていることを」

 彼女は一度生徒会長席に視線を向けた後、目を泳がせながら口を噤んだ。

「それは当然ですよね?あなたが座れるハズがない。その席には、ずっと宇城さんが座っていて、それは()()()()()()()()()()()()()()のだから」

 私には最初から宇城悠人の姿が見えていた。

 だから、そこに存在しているものを疑うことはなかった。

 だが、他者から見た事実と私から見た事実の相違が、()()()()()()()()()()()()()という可能性に真実味を持たせ、それによってこの仮説を裏付ける形となった。

「この人は…違います」

 しかし、私が持つ根拠を提示したところで、天草雪白は意志を曲げることは無かった。


 ――やっぱり、私と同じか…。


 彼女が折れてしまえば、彼を守るために口を閉ざし、他者を遠ざけてきた二年間の意味が無くなってしまう。

 まさしくそれは、私と同じ状況だった。

「…よく聞いて、先輩。相手の気持ちを聞き、相手を知ろうとすること。自分の気持ちをちゃんと言葉にすること。それが出来ないと、本当の意味で相手と分かり合うことなんて出来ない」

 雹果にも伝えた言葉と同じだったが、私が思うに、天草雪白の方がもっと深刻な状況なのは火を見るよりも明らかだった。

「相手の気持ちを聞く…。自分の気持ちを言葉にする…」

 背後で静観していた男は、天草雪白の肩を軽く叩く。

「天草くん。もういいんだ…」

「先輩…」

 宇城悠人は私の顔をまっすぐに見据える。

「君の言うとおり、間違いなく私の名前は宇城悠人だ。だが、それで君はどうするのだ?私の存在を誰かに話したところで、誰も信じはしないだろう?」

 私が言ったことを信じそうな人間が二人ほど思い当たったが、流れ的にそれは口には出さないでおいた。

「さっきも言ったでしょ?私は()()()()()()()()()()()()()()()って」

 私は、リュックサックから小さな短冊状の紙片を取り出し、それを見せつける。

「これはとある神社の巫女さんから貰ったお札。ここまで言えば、私の目的は判る?」

「なるほど。そういうことか…」

 宇城悠人は俯き、沈黙した。

「君にしてみれば、()()()()()()()というわけか」

「…七不思議を解明する必要なんて最初から無かった。宇城悠人は今の生徒会長じゃない。だから、あの約束も無効。あなたに付き合ってやる理由は無い」

 私は札を掲げながら、宇城悠人に向けて一歩、一歩と接近する。

「そ、それ以上近づかないでください…!」

 だが、私と宇城の間に割り入るように天草雪白が立ち塞がり、彼を守るように大きく手を広げた。

「これ以上、この人に近寄ることは許しません…!」

 その表情からは、大切なものを守らんとする切実な想いを感じた。

 だが、彼女は大きな勘違いをしている。

「あなたのことだから、守っているつもりで、守られているなんて考えもしないんだろうな」

「…守られている…?私が…?貴方は何を言ってるんですか…?」

 まるで、不快だと言いたげに眉を寄せ、私を睨み付ける。

 私はここに来たもうひとつの目的を思い出し、話を切り出す。

「そういえば…まだ、もう一つの謎を解明していなかった」

「もう一つの謎…?そんなの、どうだっていい…!とにかく、早くここから立ち去って下さい!そうしないと…!」

 まるで駄々をこねる子供のように、天草雪白はその場を動こうとしなかった。

 こうなってしまっては、彼女に話し合いは通じない。

 そう考え、私は次の手に出る。

「…私を力ずくで排除するのか?」

「…」

 私の問い掛けに、天草雪白は応じる素振りを見せることはなかった。

 ゆえに、私は首を大きく横に降る。

「…私だって立ち去るワケにはいかない。私にとっては大事なこと。嫌でも聞いてもらう」

 私は天草雪白を睨み返し、大きく深呼吸したあと、口を開く。

「まずは、今までどこにどうやって隠れていた?」

「何を…」

 その質問がまったく予想外だったのか、ピクリと眉を動かしたかと思うと、ようやく私の言葉に反応を返す。

「良いから、答えて」

 私はこれ好機と見て、威圧するような冷たい口調で言い放つ。

「…放課後からずっと、そこの机の裏に隠れていました」

 私はすぐさまそれを否定する。

「それは嘘。私はあなたがこの部屋から出て、帰るところまで見ていた」

 私が宣戦布告をした直後、私は物陰から彼女が生徒会室から出て行くまでをずっと監視していた。

 そして、彼女がこの部屋を後にするところまでこの目で確認している。

 そうしなければ、()()()()()を得ることが出来なかったから。

「…貴方の見間違えでは?」

「仮に私の見間違えであったとする。だけど、宇城さんがずっと一緒にあなたとこの部屋に居ると知っていたら、宇城さんは私の話を止めるか、場所を変えようと提案していただろう。もし、宇城さんがそれを知らずにあなたが隠れていたとしても、隠れる場所の無いこの部屋で身を隠し通せるとは到底思えない」

 この部屋にあるのは、書類で埋まった棚と大鏡と生徒会長が座る机と椅子、そして私が座っていたソファー。

 机の下に隠れたとしても、宇城悠人に悟られるだろうし、他に身を隠せる場所なんて存在しない。

 彼女がこの部屋の中で、宇城悠人の目から隠れながら六時間以上も居座ることは不可能だろう。

「…貴方が目を離した隙に戻ったという可能性もあります」

 予想通りの返しに、私は事前に用意しておいた確たる証拠を明かす。

「それじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ…?」

 私の言葉に、天草雪白は意表を突かれたような表情を見せた。

「私はあなたが部屋を立ち去ったすぐあと、この部屋の扉に張り紙をしておいた。だから、開ける時には嫌でも目に入る。答えられないはずがない」

「そんなものは…」

 彼女がそう答える前に私は部屋の入り口へと向かって扉を開け、扉に貼られていた紙をもぎ取る。

「これ。でも、あなたには絶対に答えられない」

 「改装工事中のため立入禁止!」と書かれたその紙を裏向きで見せつける。

「だってあなたは、この部屋にある()()()()()()()()から出入りしていたんだから」

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