第14話 魔法少女は七不思議で。(3)
◆4月25日 午後6時8分◆
「挟み撃ち状態で弓一本じゃ、さすがに二人を相手するのは難しいんじゃない?」
『…あなたたち相手に、私が遅れをとる要素が見つかりません』
私には、赤狐面が仮面の下で嘲笑ったように思えた。
「へぇ…。じゃあ、その考えを私たちが変えてやろうじゃん」
雨は赤狐面に睨みを利かせたかと思えば、突然赤狐面に向かって礼をする。
それが終わると、剣道の構えをとり、真っ直ぐに相手を見据える。
『…それは何の真似ですか…?あなたは私をおちょくっているのですか?』
もちろん、その手には何も握られてはいない。
「あ…。た、タンマ!あ、雨が降ってたからいつもの癖で…。い、今のナシ!」
雨は大きく息を吐き出した後、帯を締めるような動作で脇を締め、今度は空手のような構えになる。
「こっからはマジだから」
そして、私が瞬きをした次の瞬間、10メートル以上あった雨と赤狐面の距離が一瞬で縮まった。
『――!?』
さすがの赤狐面もその人間離れした速度に驚いたのか、すかさず一歩後退する。
かく言う私も、ただの人間に戻った筈の雨が、尋常でない速度で移動したことに驚愕していた。
雨の腰は低い位置を維持したままに勢いを殺さず、そのまま大きく一歩踏み込む。
「はっ!!」
気合の籠もった一声とともに、しっかりと腋の締まったその拳が、赤狐面の腹部目掛けて一気に突きだされる。
直撃すると思ったその瞬間、私の想像を超える展開が起こった。
「――シルト!」
「なっ!?」
雨の繰り出した正拳突きを、先程の鏡が防いだのだ。
赤狐面は重心を左に移動しながら、雨の右側面に回り込もうとする。
だが、雨はそんな事態にも動じず、正拳突きから流れるような動きで回し蹴りのモーションに入る。
「まだまだぁ!」
左足が赤狐面の左肩目掛けて軌跡を描く。
しかし、浮遊する鏡が再びその攻撃を妨害する。
「くっ…!?」
『隙だらけです』
攻撃によって生じた隙を狙い澄ましたかのように、赤狐面は体を捻らせながら体勢を低く保ち、雨の真横から弓を引く。
――なるほど。だから弓なのか。
相手は弓使いであり、接近戦に持ち込まれるのが一番苦手としているはずである。
だが、あの“盾のような鏡”があるかぎり、手を使わずとも近接攻撃は無効化できる。
つまり、相手にとって接近していようと遠距離だろうと大きな違いはなく、むしろ相手が近い分、的を狙い易いのだ。
攻防において、理にかなった戦術であると感嘆せざるをえない。
だが、そこには弱点がある。
『――!?』
私は赤狐面の腰に飛び付き、そのまま勢い任せに倒れこんだ。
そして、放たれた矢は僅かに逸れ、遥か上空へと消え去った。
私はそのまま上乗りになり、マウントポジションをとる。
『くっ…!?この…離しなさい!?』
「…忠告しておく。あなたの相手は私たち」
盾が一つしかない以上、複数の攻撃を防ぎきれないだろうという大方の予想通り、あの鏡が有効に作用するのは一対一の対人戦に限られるようだった。
「すぅー…」
私は大きく息を吸いながら、身を思いっきり反らす。
「てい!」
そして、私自身の頭を相手の頭に打ち付ける行為――ようするに頭突きをした。
『あ――う…!?』
仮面越しとはいえ、その衝撃は結構なものだったらしく、終始冷静沈着な様子だった赤狐面が初めて声を荒げた。
みんな別の意味で言っていたのだろうことは明白ではあるが、私は昔から石頭だと言われ続けていた。
それとこれが関係があるかどうかは定かではないが、どうやら有効打は与えられたようだった。
『くぅ…っ!こ…の…石頭…!』
ほんの少しの間油断していると、赤狐面は私の襟首を掴み、片手だけで私の首を締め上げる。
「ぐ…っ!」
『離れなさい!』
およそ女性の片腕とは思えない力で、私を無理矢理に引き剥がそうとする。
だが、私はその体に必死にしがみつく。
「ぐあっ!?」
しがみつくことに気を取られ、再び油断していた私の腹部に蹴りが入る。
さらに、怯んだタイミングで脇腹にもう一撃加えられ、私の体は引き剥がされて、道の脇へと投げ飛ばされた。
「チー!」
私の体は何度も転がり、硬いコンクリートの壁に打ち付けられてようやく静止した。
そこへすかさず雨が駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「だ…大丈夫。大したことない…」
当たり所が悪ければ呼吸すらままならなくなっていただろうが、運良くそれは回避できた。
とは言ったものの、私の制服は雨に濡れて大したことになっているので、家に帰った後の事で気が滅入る。
「あの子…相当場慣れしてる…。それに物凄い怪力」
寝ている状態から、私の体を片腕で投げ飛ばしたことからしても、見た目からは想像もつかないほどの怪力を持っているのは間違いないだろう。
雨の肩を借り、私が腹部を押さえながら起き上がると、頭部を押さえながらフラフラとよろめきながら立ち上がる赤狐面が視界に入った。
『…まずは訂正します。あの動きや咄嗟の判断力…あなたたちが只者じゃないことは認めざるをえません』
「お褒めに預かり、どーも」
「嬉しくないけど、どーも」
私は小声で雨に呟く。
「あーちゃん。注意して。あの子はたぶん…」
「…ああ。でも、こっちの話なんか聞いてくれそうもないし…あの鏡のせいで私の攻撃も全然当たらない。これ、どーすんのよ?」
私は当然戦力外だし、今の雨も魔法は使えない。
接近戦を主体とする体術での戦闘になることは必然としても、相手は弓使いであり、得意なのは遠距離攻撃。
距離を開けようとしてくる相手に対して、常に接近し続けないといけないため、イニシアチブは必然的に向こうに取られてしまう。
それに加えて、鉄壁の守りを持つ鏡の盾は、○次元ポケットのような機能を持っていることが確認されており、その全容は未知数。
相手が魔法のような攻撃をせず、直接的な攻撃は効かないわけではなさそう、ということが判っているのがせめてもの救い、といったところだろう。
「…あーちゃん。アイツの注意を惹き付けながら戦ってみて。私が必ず何か見つける」
「あー…やっぱそうなるか…。おっけー、まかせろ」
雨は一歩前に出て私の前に立ち、柔道選手のように両腕を広げながら相手の懐に潜り込もうとする。
恐らく、空手のような打撃技ではなく、柔道の投げ技を試そうとしているのだろう。
雨はそのまま距離を詰め、柔道の組手をするかのように、相手の襟首や腰布を執拗に狙う。
だが、相手は触られることを毛嫌いしているかのようにサイドステップを繰り返し、接近することすらも許してはくれない。
「…?」
気がつくと、鏡の盾は雨と赤狐面の組み手に介入することはなく、赤狐面の少し後ろを浮遊しながら私の姿を映し出している。
私が直立のまま真横に移動すると、鏡もまた私を真正面に据えながら私の姿をその鏡面に映し出している。
「…まさか」
――そんな単純で良いのか?
あの鏡の盾について、もう一つだけ判っていることがある。
雨の正拳突きやまわし蹴りには反応していたが、最初に雨が投げた野球ボールや、私の体当たりと頭突きには反応していなかった。
つまり、どういう理屈かは判らないが、特定の条件に合致しなければ、あの盾の防御行動は起こらない、ということ。
「試して…みるか」
私は全力疾走で赤狐面に向かって突進を開始する。
すると鏡は、私と赤狐面の間に割り込むように宙を移動する。
私はギリギリのところまで接近し、急ブレーキを掛けてピタリと立ち止まる。
すると、鏡は別段何もしてくることはなく、私の目前で静止したまま私と睨めっこする形になった。
「…なるほど」
私は制服の上着を脱ぎ、それをそのまま目の前にある鏡に掛ける。
すると鏡は力を失ったように地面へと落下し、沈黙した。
『――!?』
「あーちゃん!今だ!この鏡は映りこんでいる相手しか防御できない!」
恐らく、この鏡の盾は一度対象と決めた相手を映し、その相手が接近すると防御行動を起こす。
つまり、相手が鏡に映らなくなればその機能を停止する。
「なるほど…。どうりでさっきから防御されないワケだ」
『…今さらそれを理解したところで無駄です。攻撃は当たらなければ意味はありません』
どこぞのエースパイロットが吐きそうなセリフを吐き捨て、赤狐面は雨を挑発する。
だが、私はその苦し紛れの嘘を見抜いていた。
「それは嘘だ!鏡を封じたことで、次の矢は取り出せなくなった!そいつの武器は残っているその矢だけ!」
雨はニヤリと笑う。
「おっけー、それなら…!」
雨は右足の踵を使い、地面に落ちていた私の傘を器用に浮かせてキャッチする。
それを両手で強く握り締め、目にも止まらぬ速さで赤狐面の右手首へと一撃が入る。
「小手ぇー!!」
『くっ!?』
その衝撃で赤狐面の右手が弾かれ、右半身が沈む。
すると、二本目の矢は狙う的もなく、ただ地面に突き刺さった。
「ど…――っ!?」
胴を打つモーションに入っていた雨だったが、雨の動きに耐えられなかった私の傘は、曲がったままの形状を記憶してしまっていた。
「まだだ…!」
そこで私は、すかさず赤狐面の腰に飛びつく。
『しつこいですね…!二度も同じ手は…!』
「じゃあ、二人掛かりならどう!?」
赤狐面が一瞬怯んだ隙に、雨が背後に回り羽交い締めにする。
『な、にを…?』
怪力女と言えど、二人掛かりで動きを封じ込めば数秒の時間くらいは稼げる。
私たちにはそれで十分だ。
「芽衣!仮面だ!」
私が空に向かって声を上げると、電信柱の陰から人影が飛び出した。
『三人目…!?いつの間に!?』
「チーが言ってたでしょ?アンタの相手は私たちだって!」
少し前の私だったら、勘付かれないように振る舞って二人を引き離し、自分一人で解決しようとしていただろう。
だが、今の私はあの時とは違う。
私は先日の戦いで、信じられる仲間を得て、人を頼る事を覚えた。
だからこれは、最初から私たち三人の戦いだったのだ。
芽衣が緊張した面持ちながらも一気に近付き、そして仮面に手を掛けた。
「失礼しますの!」
その狐の面を両端から掴み、それを一気に剥ぎ取る。
『くっ…!』
この戦いにおける勝利条件は、勝つことではない。
知人であれ他人であれ、実行犯の素性さえ判ってしまえば、なぜ私を襲撃したのかがハッキリする。
真犯人でなかったとしても、実行犯を辿れば真犯人へと繋がるし、今後どうするべきかも見えてくる。
つまり、相手の正体を明かした上で、私たちが逃げられれば勝利となる。
そのはずだったのだが――。
「きゃっ!?」
芽衣が甲高い声を上げた次の瞬間、芽衣を含めた私たち三人は、同時に崩れ落ちた。
「な…どこに…?」
私と雨が捕らえていたはずの赤狐面は、目の前から忽然と姿を消していた。
何が起きたのか理解できないまま、私はキョロキョロと周囲を見回す。
「あ!?あそこだ!」
雨が私の後方を指差し、慌てて振り返る。
赤狐面が私の制服を払いのけ、鏡を拾い上げている姿がそこにあった。
『…今日のところは、あなたたちに勝ちを譲るとします。ですが、次はこうはいきません』
まるで、敵幹部のような捨て台詞を残すと、赤狐面はコツコツと足音を響かせながら反対側の道へと歩みを進めた。
「ま…待て!」
私の声は雨にかき消され、赤狐面の背中は闇に溶けるように消えた。
暫くの間、沈黙の空気が私たちの間を流れた。
「逃げた…のか?」
「そうみたい…ですの」
こうして私は、またしても不思議な事件に巻き込まれることになった。




