第13話 魔法少女はソウカツで。(5)
◆4月20日 午後1時15分◆
総合実習棟二階の端にある、実験道具で溢れかえった化学準備室。
私と芽衣の二人は、その小さな部屋の片隅で待たされていた。
目的の人間はというと、アルコールランプでビーカーを炙っていた。
「待たせて悪いな。その辺の椅子適当に使ってくれ。あ…コーヒー飲むか?」
白衣を着た男は、ビーカーで沸かしたお湯をろ過の実験をする要領でロートに湯を注ぎ、コーヒーを作っている。
「いえ。お構いなく」
理科の教師がビーカーでコーヒーを作るということが事実であることを目の当たりにして、私は多少なりとも心躍る想いを抱いた。
「で、俺に用件ってなんだ?」
「単刀直入に申しますと、部活の顧問になって戴けるようお願いに参りましたの」
私たちは、各部活と同好会の顧問を調べ上げ、どこにも所属していない教員を絞り込んだ。
その中で、顧問を引き受けていない教員は三名ほど居たが、私は目の前に居るこの白衣の男に的を絞った。
それが、この荒井銀二という教員だ。
「あー…その話かー…。無理だから他を当たってくれ」
「そこをなんとかお願いしますの!」
手筈通りに芽衣が食い下がり、男を魅了する期待の眼差しが男の目を一直線に貫く。
白衣の男は一瞬呻き声を上げながら、たじろぐ様子を見せると、すぐさま視線をそらした。
「い…言っておくが、俺は忙しいんだ」
なぜ私が三人の内からこの男に絞ったかというと、他の二人にはちゃんとした理由があったからだ。
一人は産休から上がったばかりで育児が理由。
もう一人は、提携している姉妹校で講師を務めているから放課後は忙しい。
だが、この男だけは特に理由もなく、ただただ所属することを拒んでいるだけだった。
年齢は二十六歳と比較的若く、独身で子供も居ないにも関わらず、担任を受け持つこともなく、顧問になることも断固として断り続け、何故かすぐに帰宅するという謎の行動が目立っていた。
そこで私たちは、この人物を掘り下げてみることにした。
「私たちの情報網を甘くみないほうが良いですよ?先生?」
私は初めて口を開く。
「…?どういう意味だ?」
どうもこうもなく、ぶっちゃけただのハッタリである。
特別な情報網などなく、SNSや校内で聞いた噂くらいの情報だが、私たちはこの教師の行動理由を既に掴んでいた。
ぶっちゃけその行動パターンは、私のような人間の世界では普通のことだった。
「ラクーン」
私がその言葉を発すると同時に、コーヒーを口に運ぶ手が止まる。
「…な、なんだそれは?」
それを聞いた荒井銀二の声が不自然に裏返る。
――どうやら、ビンゴみたいだ。
「…何をとぼけてるんですか?ご自分の名前ですよね?シルバーバレットのラクーンさん?」
その瞬間、白衣の男の表情が完全に固まった。
「は…花咲と言ったか…?お前…その情報どこから仕入れた…?」
「弟さんから」
「くっそ…あの馬鹿…あれほど口止めしたのに…!」
何を隠そう、私たちの数学教諭でもある荒井鉄矢はこの男の実の弟である。
私たちがここまでの情報を迅速に仕入れられたのも、身内である荒井鉄矢の雄弁な舌があったからこそだ。
「先生がコッチ寄りの人間だってことは調査済み。観念してください」
「ち…ちなみに、お前たちはどこまで知ってるんだ?」
「好んでアライグマのアバターを使用する重度のゲーマーで、様々なFPSゲームを渡り歩きながら数多の公式大会で優秀な成績を残し、最多キル数を塗り替え続け、『対象を一発で仕留める、銀の弾丸を持つアライグマ』としてその筋では恐れられている…」
「わーかった!わかったから!恥ずかしいからその先は言うな!」
「じゃあ、ここにサインと判をお願いしますの」
芽衣は待ってましたとばかりに、例の書類を差し出す。
「オイオイ…妙に展開の運びが手馴れてるな…。お前たち…勧誘業者みたいだぞ?」
「お褒めに預かり光栄ですの」
芽衣は満面の笑みで返す。
「いや、褒めてねーよ…」
◇
◆4月20日 午後4時◆
放課後。
教室を出たところを見計らって、私は援交兎の前に立ち塞がった。
「あなた…ですか…」
援交兎は呆れたといった様子でため息を漏らし、視線をそらす。
「ちょっとした提案があるんだけど?」
「部活の件はお断りした…はずです。何度いらっしゃっても…私の答えは変わりません」
「今日もあの天草って人を監視するの?」
援交兎は一瞬戸惑った様子を見せた。
「…あなたには関係ありません」
「生徒会の人たちと、何か関係があるの?」
「あなたには……関係ありません」
「あの人に接触できない理由がある。そうじゃない?」
「…」
天草という書記風美女と、八代雹果の間には浅からぬ縁があることは間違いない。
そして、この子は天草という生徒が動くのを待っており、天草はそれを先延ばしにして拒んでいるのだと、昨日のやりとりで推察できた。
あの言動や状況から察するに、あの部屋の中にそのヒントがあったのだとは思うが、今の私はそこまでの特定は出来ていない。
だが、私には彼女に対して掛けるべき言葉がある。
「…相手の気持ちを聞き、相手を知ろうとすること。そして、自分の気持ちをちゃんと言葉にすること。それが出来ないと、本当の意味で相手と分かり合うことなんて出来ない」
「どういう…意味…ですか?」
「人生の先輩からのアドバイス」
この行動に意図があるわけではない。
この子が私と雨のように関係を拗らせているのなら、私にはその手助けができるかもしれない。
そう思ったから、私はただ思ったことを言葉にしたのだ。
「…」
「あなたたちの事情は知らないけど、私ならあの部屋に堂々と入れる理由がある。だから、私を利用してみるってのはどう?」
援交兎は俯き逸らしていた顔をこちらに向ける。
その瞬間、私は初めて彼女の素顔を見た。
「利用…」
「…こっちのピースは揃ってる。月曜日の放課後、また生徒会に殴り込みかけるから。一緒に来たいなら来るといい。部活に入るかどうかの返事はその後でも構わない」
◇
◆4月23日 午後3時30分◆
私が教室を出ると、扉の裏で待ち構えていた人間が居た。
「八代…雹果?」
私としても、まさか援交兎の方から接触してくるとはつゆほども思っていなかったため、完全に虚を衝かれる形になった。
「…あなたの言ったことは…一理ある。気持ちは言葉にしないと伝わらないし、言葉にしてくれないと判らない」
前髪の隙間から覗き見える黒く綺麗な瞳は、私の目をしっかり捉えていた。
「…私は知りたい。だから私は、あなたを利用させてもらうことにした」
…
生徒会室を訪れると、黒髪書記はたくさんの書類を抱えながら忙しそうに棚の整理をしていた。
そして、生徒会長席に座る男は一つ一つの書類に目を通しながら、判を押している。
生徒会役員はこの二人しか見掛けたことがかったことに気が付き、私は若干の違和感を覚える。
「あなたは確か…花咲さんでしたね。部活についてのお話…」
黒髪書記が言い終える前に。私は一歩横に移動する。
すると、私の背後に隠れていた存在に気が付き、黒髪書記は抱えていた書類を地面に落とした。
「雹果…!?」
黒髪書記は身構える。
だが、相手の態度とは正反対に、援交兎は冷ややかな目で黒髪書記を見据える。
「…私は何が正しいのかを確かめるためだけに、ここに来ました。私に構わず話を続けてください」




