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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
69/183

第13話 魔法少女はソウカツで。(4)

 ◆4月19日 午後4時◆

 ――コン、コン。

 私は木で作られた重厚な扉をノックする。

「どうぞ」

 扉を隔てた向こう側から女性の声が聞こえた。

 それを合図にドアノブに手を掛け、扉をゆっくりと開く。

「失礼しまーす…」

 厳かな雰囲気にたじろぎながらも、室内へと足を踏み入れる。

 見える範囲では、棚を整理する書記らしき女生徒の影一つしか見当たらなかった。

「少々お待ち頂けますか?すぐに片付きますので」

 私は待ちぼうけを食らい、その間にキョロキョロと室内を見回す。

 まず、真っ先に視界に入ってきたのは、階下を見下ろす大きな窓だった。

 左右の壁には書類整理とは縁遠そうなアンティーク棚が複数並べられ、その傍らには凝った造形のレリーフがあしらわれた、全身を写せるほどの一枚鏡が設置されている。

 そして、生徒が使うにしては立派過ぎる大きさの机と地位のある人間が使いそうな黒椅子が、部屋の奥に堂々と設置されていた。

 一言で言い表すと、この学校における生徒会権力を象徴したような部屋だった。

 女生徒が棚の整理を終えると、その黒い長髪をなびかせながらこちらを振り向いた。

「お待たせしました。花咲さん…で宜しいでしょうか?」

 私は頷く。

 私とは初対面のはずだったので、なぜ私の名を知っているのかと少し焦った。

 だが、彼女が一度視線を下に向けた瞬間を捉えていた私は、下を見て納得した。

 私の履いている上履きには、私の苗字が堂々と刻まれていた。

「どういったご用件でしょうか?」

 真っ黒で艶があり、バッチリ整えられたサラサラの長髪。

 つり上がった目尻と長いまつ毛に加え、口元に備わった艶ぼくろがその妖艶さを引き立ており、やまとなでしこという言葉がしっくりくるような容姿。

 芽衣とは違ったベクトルの年上美人だった。

 なんとなく書記っぽい雰囲気が出ていたので、私は黒髪書記と呼称することにした。

「あ」

「どうかなされましたか?」

 私はその顔に見覚えがあった。

「…昨日屋上でイチャイチャしてた人」

「いちゃ…いきなり失礼な人ですね…。私にそんな覚えはありません。何かの間違いでしょう…」

「こう見えても、目の良さと記憶力には自信がある」

「…だとすれば、それは勘違いということになるだろう」

 唐突に聞こえた男の声に驚いて、私は一瞬だけ硬直する。

 恐らく、椅子の背もたれと窓から差し込む逆光で認識出来なかったのだろう。

 その時初めて、生徒会長席に座る男の存在に気が付いた。

「私と彼女が話しているのを見掛けていたとしたなら、それは誤解だ。私たちは屋上の確認をしていただけなのだからね」

 椅子はクルリと回転し、初めてその顔を晒す。

 その顔は屋上で見掛けたもう一人の顔だった。

「アレのどこが調査なんだ…二人とも抱きついていたじゃないか」

「――!?」

 黒髪書記は動揺の色を顔に浮かべながら、私の顔を直視する。

「…屋上は風が強くてな。天草君が体勢を崩して私が支えただけのことだ」

「じゃあ、キスしようとしてたのは?」

「あ…あれは…」

「そんなことあっただろうか?私の記憶にはないな」

 生徒会長席に座るその男は、徹底的にとぼける心積もりのようだった。

「ふ~ん…まあ興味ないし。そういうことにしておく」

 これ以上言い合っても平行線だろう。

 まあ、相手方としても生徒会役員同士でそういった噂が流れることは避けたいだろうから、譲れないことなのだろう。

 正直、私としても他人の色恋沙汰にはこれっぽちも興味がない。

 なので、早々に切り上げて本題に入ることにした。

「じゃ、これが本題」

 私は黒髪書記に一枚の書類を手渡す。

「部活創設申請…ですか。これはまた…」

 黒髪書記はその書類に目を通してゆく。

 視線が部員欄を通りかかったとき、黒髪書記の眉がピクリと動く。

八代(やつしろ)雹果(ひょうか)…?これは本当なのですか?」

「…あ、ああ」

 部活の創設には時間が掛かるらしいので、とりあえず人数はでっち上げておくことにした。

 彼女が部員候補であることは間違いないし、結果的にそうなれば問題ない。

 しかし、黒髪書記とあの援交兎(ラビット)に接点があったことは意外だった。

「なるほど…納得しました」

「…?」

「…それはともかく、この書類には不備があります」

 そういうと、書記は三つある四角い枠のうちの一つを指差す。

「印鑑?」

「我が校が部活動に力を入れていることはご存知ですよね?」

「なんとなく知ってる。部活と同好会合わせたら100を越えるんだっけ?」

「その通りです。でも実際、部活動の数は全体の10パーセントほどしかありません。この意味が貴方に解りますか?」

 普通に考えれば、部活を創るのは難しいということだろう。

 だが、彼女が私に言わせたい答えとは違う気がした。

「…」

 この学校は地方に位置している分土地は広いので、運動部が複数あっても問題ないくらいの敷地はある。

 校舎も三棟あり、教室数も相当数あるため、部活動の場は用意されている。

 生徒の数も普通の高校に比べれば多い方で、それ故に同好会の総数も比例して多い。

 だが、部活動の数が全体の10パーセントしかないとすると、部活と同好会の間に大きな壁があり、多くの同好会はそれを越えられないため、同好会として活動を続けている、ということになる。

 それなら、この学校に()()()()()()()()に着眼点を置けば良い。

「…なるほど。この学校は大きな矛盾を抱えているのか」

「貴方は聡いようですね」

 黒髪書記は口の端を上げる。

「部活に部費は出るけど、同好会に部費は出ない。部を減らして同好会を多く創ることで、部活動の数を水増ししているのがこの学校の現状。でも、同好会と言えど学校の中での修学活動である以上、責任者である顧問は必要。顧問の絶対数は教員数。外部コーチで補うとしてもお金が掛かる」

 部活動の多さを売りにして新入生を確保している以上、学校側としては現状維持や拡大を続けたいが、それには足りないものが二つある。

「つまり答えは、お金と顧問不足に困ってる」

「その通りです。以前までは部活動も多かったのですが、増やしすぎた結果、成績優秀だった部活動に回す部費は年々減ってしまい、維持が出来なくなりました。そこで部活動を極力減らし、部費を必要としない同好会を増やすことでバランスを取りました」

「だが、それによって新たな問題が浮上した。それが顧問不足。現状、この数の同好会を賄うために、教員たちは既に複数の部活の顧問を掛け持ちしている」

 合計で100以上ある部と同好会を教員全員が掛け持ちしているとすれば、一人辺り2、3個は兼任していることになる。

 無論、家庭の都合などで兼任出来ないとなれば、一人辺りの負担は多くなる。

「だから、部活や同好会を創るにしても、差し当たっての問題は顧問を見つけること。逆に顧問を見つけることこそが一番の課題。そう言いたいワケ?」

 黒髪書記は頷く。

「我が校は生徒の主体性を尊重し、重んじることを教育理念としています。部活においてもそれは同じ。顧問探しやその交渉も生徒自身が行う。そういう決まりです」

 どうやら私は、現実という闇に足を踏み入れてしまったようだった。

 だが、私の気持ちはその程度で揺らぐことはない。

 ――今の私に出来ることを、全力でやるだけ。

 私は踵を返し、スタスタと扉に向かって歩き出す。

「…わかった。すぐに顧問を見つけてくる」

 ――ゴン!

 私が勢いよく扉を引くと、何かが地面にぶつかる音がした。

 首を下に向けると、額を地面にこすりつけるように前のめりになって倒れ込む女子生徒の姿が私の足元にあった。

「…白」

 そして、その生徒は、スカートの中に隠された下着を惜しげもなく晒していた。

 女子生徒は何事も無かったかのように自力で起き上がる。

 それは援交兎(ラビット)だった。

「おい、大丈夫か…?」

雹果(ひょうか)…!」

 援交兎(ラビット)は室内に目を通すと口を開いた。

「やっぱり…まだ終わってなかったんですね…」

 何かを悟ったように、彼女はポツリと呟く。

 その言葉がきっかけかどうかは判らないが、先程までの大人びた様子が嘘のように、黒髪書記は取り乱した。

「今すぐ帰って…!」

 今の私に感情は視えない。

 だが、黒髪書記が心の底から援交兎(ラビット)に対して敵対心を向けていることは、その表情から察することが出来た。

「貴方には…判らない…」

 援交兎(ラビット)は無言で黒髪書記を睨み付けたまま微動だにしない。

 それから長い沈黙が部屋を支配した。

 その間私は、二人の並々ならぬ険悪ムードに挟まれながら、唾を飲み込むことしか出来なかった。

「また…来ます…」

 先に口を開いたのは援交兎(ラビット)だった。

 彼女はそれだけ呟き、足早に生徒会室を立ち去った。

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