第13話 魔法少女はソウカツで。(3)
◆4月18日 午前8時15分◆
桜並木も散り始め、葉桜がちらほら見え始めた道を三人で並び歩く。
「部活。五人目はどうなの?決まった?」
私は胸を張って答える。
「絶賛募集中」
「あー…その様子だと、先は長そうだわ…。勧誘手伝おうか?」
「いや、今回は私が自分で探したいんだ」
私はきっぱりと答える。
私が部活を作ろうと思い立ったのは、単に入れそうな部活が無かった、という理由だけではなく、私が成長するために自分自身に課した試練みたいなものでもあった。
暗黒騎士がパラディンになるためには、自分自身が過去の自分に打ち勝たなくてはいけない、というのはもはや語るまでもない常識なのだ。
そもそも、それくらいの事が出来なくては、コミュ障の私がこれからの世間を渡り歩くことなど出来るはずも無い。
「そっか。わかった…一人で無理だけはすんなよ?」
「無理…か」
無理をするなと言われても、今までずっと一人の力で乗り越えて来たため、私はどこからどこまでが無理なのかがイマイチピンとこなかった。
「雨さんの言葉を要約すると、悩んでることや困ったことがあったら私たちに言うこと!何でも相談に乗ってあげるから――という意味だと思いますの」
「か、勝手に人の心を代弁するなよ!?」
“悩んでること”という単語を聞いて、私はあることを思い出した。
「あ。ある。悩んでること」
歩きながら鞄を漁り、昨日拾ったお守りを取り出して二人に見せた。
「…これなんだけど」
すると、雨と芽衣は目を点にしながら硬直し、その場で立ち止まった。
「…?二人とも急に立ち止まって、どうした?」
二人の反応に、私は首を傾げる。
「まま…まさか、あのチーが!?」
「は、春希さんが恋愛成就!?お…おお、お相手は誰なんですの!?」
少し考えた後、話しの流れと自分の行動の意味を理解して、私は慌てて取り繕う。
「は、話が飛躍しすぎだ!これは昨日拾っただけで、深い意味は無い!」
「拾…った?ハア…なんだ…。ビックリするだろ」
「し、心臓が止まるかと思いましたの…!」
妹といい二人といい、皆が私に対して同様の印象を抱いているということは良く判った。
「たぶん、うちの学校の生徒が落としたものだと思う。顔はハッキリ見えなかったけど、前髪は長くておかっぱ頭。日本人形みたいだった」
この流れだと、サラリーマンと一緒だったという情報は混乱を招きそうなので、とりあえず伏せておくことにした。
「それを拾って悩んでいる…ということは、春希さんはそれを元の持ち主に返したいということですの?」
私はコクリと頷く。
「うちの生徒かあ…。と言っても、その情報だけだと全クラス手当たり次第に回るしか方法がなさそうだけど…」
――やはりそうなってしまうか。
足を使って情報収集するのは、私が一番苦手とする分野である。
ある程度覚悟していたとはいえ、このご時世でも足で稼ぐという考え方は変わらないのかと、私は半ば諦めかける。
「いえ?たぶん、その必要はないと思いますの」
そのとき、芽衣が私の常識を覆した。
◇
◆4月18日 午後1時25分◆
芽衣の提案を全面的に採用する形で、雨には協力してもらった。
その手段はというと、何の捻りも無くSNSで情報を集めただけだった。
そんな捜索方法があったこと自体が私にとっては目から鱗だったのだが、普通の学生であればそういったことを利用するのは普通のことなのだろう。
とはいえ、私にはそういった情報網など存在するはずも無く、利用しようと思っても難しいのだろうと、改めて自分が女子高生とは未だほど遠い存在であることに気付かされる結果となった。
雨の関係者を中心に目撃情報の提供を拡散し、二時限目が終わる頃には一年生だという情報を掴んだ。
私が記憶していた特徴的な髪型のお陰か、三時限目が終わる頃にはその生徒が一年一組の女子生徒であり、八代雹果という名前であるというところまで判明していた。
結果的には、芽衣の案はトントン拍子で成果を上げ続け、私が労することも無くあっさり探し人を特定出来た、というわけだ。
そして、私たちは得られた情報を元に、昼休みの残り時間を使ってクラスに直接赴いた。
本人が不在だったため、その生徒の居場所を同じクラスの生徒に聞き出すと、屋上に登る階段付近で見掛けたという情報を聞き出せた。
結果、今こうして私たちは、階段の手摺からターゲットを覗き込み、相手の様子を伺っている。
「…チー。あの子で間違いなさそう?」
私は無言で頷く。
「あの方は何をなさっているのでしょうか?」
その人物は屋上の窓からこっそりと隠れるように外を覗き込んでおり、こちらに気が付く様子はなかった。
少し待ってもこちらに気付く兆候がみられないので、私は何を見ているのかが気になり、もう一つの窓から外を覗き見た。
「――!」
「まあ…!」
するとそこでは、上級生と思しき男女が二人っきりで密着しているスキャンダラスなシーンが展開されていた。
私と芽衣はすぐさま身を低くして、その動向を見守る。
「…二人とも何やってるんだ?」
だが、雨は状況を理解しておらず、私の行動を怪訝な顔で見下ろす。
私と芽衣は雨にしゃがむようにジェスチャーし、雨は疑問の表情を浮かべながらしゃがみ込む。
再び外に視線を移すと、女子生徒のほうが男子生徒をそっと突き放した瞬間が目に入った。
かと思うと、その手で男子生徒の両頬を挟み込む。
「こ…これは…!」
女子生徒の顔は、男子生徒の顔に吸い寄せられるようにゆっくり近付いてゆく。
やがて、二人の唇の距離は数センチ程度まで接近し、その唇が触れようとしたその瞬間。
「ひっ…!?」
「あ…」
隣でその様子を観察していたはずの援交兎は、私たちの存在を完全に認識し、目に涙を浮かべながら後退りをはじめていた。
目の前で繰り広げられる朝ドラばりの急展開に目を奪われ、私は本来の目的を見失っていた。
「あ~、あのね…私たちは別に怪しい者じゃ…」
雨の声も耳に届いていないように、援交兎は兎の如く飛び跳ねるように、階段をピョンピョンと飛び降りながら、その場を逃げ出した。
「逃げちゃいましたの…」
逃げたウサギも気になりはしたが、私は先ほどの続きのほうが気になり、再び外を覗き込む。
「あれ…?」
だが、そこには濃厚なキスシーンどころか、人の影すらも存在していなかった。
どこかに行ったのかと、屋上のドアノブに手を掛けた。
その瞬間、私は疑問を浮かべる。
「…どういうことだ?」
そのドアには鍵が掛かっていた。
◇
◆4月18日 午後3時30分◆
「待って」
私は下校時刻を見計らい、教室の前で援交兎を待ち伏せていた。
「私に何か用…でしょうか?」
とても小さくか細い声で、援交兎は答える。
なぜ、自分が呼び止められたのか理解できないといった様子だった。
「昨日の夜に会ったのは、あなたで間違いない?」
援交兎は少しだけ首を傾げて考えるような素振りを見せたあと、ハッと顔を上げる。
「あの時の…小学生?」
「誰が小学生か!」
私は条件反射的にツッコミを入れてしまった。
「…ご、御免なさい。背が小さかったから、てっきり小学生かと…」
その時、芽衣に叱られたことをふと思い出して、私は深呼吸して心を落ち着ける。
「ご、ごめん。大きな声出して。実は、あなたに協力してもらいたいことがある」
「協力…?」
私はこの縁をきっかけに、もう一つの問題も解決してしまおうと考えていた。
「あの事を黙っている代わりに、私の作る部活に入ってくれない?」
「あの…こと…?」
その言葉を口にするのも憚られるが、私は仕方なくその言葉を口に出す。
「え…援助交際」
援交兎は何かを思い出すような表情を見せた後、ポン!と右手で左手を打った。
「それは脅し…でしょうか?」
自身の置かれている状況を理解したのか、前髪の隙間から覗く温厚そうな瞳は、一瞬にして切れ長の瞳に変化する。
「そう聞こえたならそう捉えてくれて構わない。でも、援助交際のことをバラされるか、部活に入るかの選択肢はあなたにある」
私は援交兎に揺さぶりをかける。
私が選択肢を提示したのは、選択肢を先に刷り込ませることで、“第三の回答”を選ばせないように相手の判断を鈍らせるためだった。
「それでは、謹んでお断りいたします」
だが、援交兎は私の誘導をものともせず、“第三の回答”を即答した。
「な、なんで!?良いの?援助交際のこと言いふらしても!?」
「そんな事実はありませんから」
私が行った誘導は、強い意思や明確な理由がある場合には効果がない。
つまり、彼女が単純に頑固か、もしくはその提案を完全否定できる根拠がある、ということになる。
――もしかして、あれは本当に見間違いだったのか…?
「もう私に関わらないで下さい」
彼女は私に背を向けながら、吐き捨てるようにそう言った。
オドオドしている様子だったので、誘導に乗りやすい気弱な子かと思っていたが、どうやらそれは勘違いであり、根が頑固であるということは間違いないようだ。
「あ…ちょっと待って!」
その背中に声を掛け、慌てて呼び止める。
「まだ、何か用ですか…?」
「これ。あなたのでしょ?」
私の手には、私が彼女に接触した理由でもあるお守りが握られていた。
「それ…は…」
援交兎は視線を泳がせた後、お守りを受け取ろうと手を伸ばす。
だが、途中まで伸ばしたところでその手を止めた。
「…それは差し上げます。もう、私たちには必要の無い物ですから」
「あ…!?」
彼女は、“廊下を走るな!”という張り紙を完全無視しながら、猛ダッシュで走り去った。
その様子を見送りながら、私は思ったことを口に出す。
「あの子…経験値高そうだな…」




