第13話 魔法少女はソウカツで。(2)
◆4月17日 午後1時◆
昼休みになると、私は一目散に購買部へダッシュした。
当然その目的は、昼食を確保するためである。
声が小さくて自己主張が足りないという欠点を補うため、私はある秘策を用意し、それを実践することにした。
その秘策とは、小さいホワイトボードに欲しいパンを予め書き記しておき、それを頭の上に掲げるというシンプルなものだった。
その策は功を奏し、本日遂に人気総菜パンランキング上位に名を連ねるであろうコロッケパンをゲットすることに成功した。
だが、相変わらず私の小さな体では揉みくちゃにされる点は変わらないので、もう少し改善が必要そうだった。
…
私は偉大なる功績を片手に、意気揚々と中庭に向かっていた。
私と芽衣と雨の三人は一緒に昼食をとることを約束しており、中庭にある、大きいとはお世辞にも言えない木の木陰で落ち合うことになっている。
私が到着すると、既に二人は準備万端といった様子で陣取っていた。
私の気配をいの一番に察した芽衣は、大きく手を振ってアピールしてくる。
私が歩み寄ると、芽衣が待ってましたとばかりに口を開く。
「春希さん!見てくださいの!遂に…遂に完成しましたの!」
「ああ…今朝言ってた“あとで見せたいもの”ってやつか」
今朝、登校中にあとで見せたいものがあると、芽衣から言われていたことを思い出した。
だが、その時は何を見せたいのかは聞かされていなかった。
「それは、このコロッケパンよりすごいのか…?」
私は偉大なる功績を掲げる。
「当然ですの!」
私の偉大なる功績は芽衣によって一蹴された。
「まずは、こちらをご覧下さいの!」
芽衣のハイテンションな様子に一抹の不安を覚えながらも、私は半ば強制的にそれをご覧することとなった。
芽衣のスマホに映し出されたのは真っ暗な画面だったが、少しずつ明るくなり、渦巻くように巻き起こっている風がうっすらと見えてきた。
それが吹き止むと、そこから黒い人影が現れる。
「へぇ~…これはすごい…。実写にしては良く出来てる。最近のCG技術はすごいな」
その黒い影に対峙している、ピンク色の衣装を着た少女はそれに臆すことなく声を上げる。
『待ちくだびれたわー!』
その動画には、カッコいい効果音や煌びやかなエフェクトが盛り込まれて、魔法少女が登場するシーンや爆発の演出もあり、さながら自主制作の魔法少女の特撮映画のよう――。
「――って!これ、私じゃないか!?」
その映像は先日のエゾヒとの戦闘を上手いこと繋ぎ合わせた実際の映像だった。
「まさか…ずっと私のこと撮影してたの!?」
「もちろんですの!それが私の役目でしたから、当然ですの!」
その動画には様々なアングルからの映像が多分に盛り込まれており、私の知らないところでたくさんの隠しカメラや望遠カメラを設置していたということが窺い知れた。
あの時は確かに、芽衣に監督としての役割を与えていたのだが、私としてもあの時の戦闘が、ここまで克明に記録されていたとは思いもしていなかった。
「私、動画編集は初めてだったのですが、撮影した動画素材を見ていたら春希さんの素敵で格好良いお姿を余すところなく伝えたくなってしまい…」
動画の再生時間が示すところによると、私が吹っ飛ばされたり地を這ったりするシーンがあと数十分は続くと物語っている。
「…私はほとんど映ってないな」
「安心してくださいの!ちゃんとありますの!雨さんが登場するの最後のほうですの!」
「あ…いや、そういう意味じゃ…」
芽衣の異常なテンションを見てラブレターの件を思い出し、言いようのない不安に駆られる。
「しかし、ここまで丁寧に編集までして何を…」
――ん…?伝えたくなって…?
映像を凝視していると、私はとあることに気が付き、身の毛もよだつ感覚に襲われる。
「ちょちょ、ちょっと待った!芽衣はそれをどうする気!?」
「当然!世界中の皆さんに春希さんの雄姿を観てもらいますの!そのために、動画サイトに…」
「そ、それはゼッタイダメー!」
私は芽衣の提案を全力で却下する。
「な…なんでですの!?こんなに格好良くて可愛らしい春希さんのお姿を皆様にお見せすれば、皆さんきっと春希さんの魅力に気が付いて…」
そんなことをすれば、私の魅力以前に、皆があのことに気が付いてしまう。
「り…理由は言えないけど…。ガッツリ映ってるから絶対にダメ!」
「映ってる?何がですの?」
「それは…」
私は言葉に口篭りながら、答える。
「ゆ…幽霊」
「――!?」
芽衣のスマホは地面に落ち、雨の顔色は一気に青ざめた。
「そ…そんなの居るわけないだろ…。冗談キツイな、チーは!ハハハ…」
そういえば、雨はこういう話が苦手だった。
皆で怖い話をした後、夜にトイレに行くのを怖がっていた雨を見兼ねて、私が怖くて行けないということにして付き添ったことを覚えている。
「いや、マジ」
「…」
雨は完全に言葉を失った。
「おーい?あーちゃん?」
「は…春希さんがそこまで仰るなら、やめておきますの」
もちろん、そんなのは口から出まかせだった。
あの時の私は隠す努力をしていたとはいえ、確実にそれを出していた。
まして、あれだけのマルチアングルで撮られていたとなれば、まず間違いなく見えてしまっていることだろう。
このままいくと、私のさくらんぼが全世界の目に触れ、しかも広大なネット上のどこかに永遠の残り続けてしまうことになる。
それだけはなんとしてでも阻止しなければならなかった。
そういうわけで、一切合財を幽霊のせいにすることを咄嗟に思いついた。
実際のところ残留思念が視えていたからといって幽霊の存在を証明出来たわけではない。
幽霊なんてものの定義はバラバラだし、私が悪霊と定義したそれが幽霊と呼ばれるものと一致しているかどうかも怪しい。
とはいえ、残留思念すら視えなくなった今の私では、その存在を証明することはほぼ不可能だろう。
「では、自分だけで楽しむことにしますの!」
「あ、いや…。それも勘弁してくれ…」
その時、私は初めてハーマイオニーの気持ちを理解した。
◇
◆4月17日 午後6時◆
放課後。
雨と芽衣の二人とも用事があるらしく、私たちは校舎の入り口で別れた。
私はというと、妹に頼まれた食材などを購入するため、いつもとは違うルートで帰宅の途についていた。
無事に買い物ミッションを済ませた頃には、既に夕刻の6時を回っており、周囲は夕闇に呑まれそうなほど日が傾いていた。
「少し遅くなっちゃったな…早く帰らないと」
何気なく景色を流し見ながら、早足に歩いていたところで、私はふと足を止める。
私の視線の先には、普段通らない暗がりの道があった。
「…」
私は吸い込まれるように、その道に足を踏み入れる。
…
外灯もまばらな裏道は夜闇に飲まれ、数メートル先も満足に見えない。
そんな道を、私は地面の存在を確かめるかのように一歩一歩踏みしめながら歩く。
「やっぱり暗いな…」
今、私が進んでいる道は家までの最短ルートではあるが、私は普段この道を利用していない。
その理由は、この周辺は交通事故が多く、暗くて危険だったからだ。
道なりに暫く進み、目が暗闇に慣れはじめた頃、私は暗がりに動く何かを察知する。
そして、自分がただならぬ光景を目撃したことを悟り、慌てて物陰に身を隠した。
背中越しに顔を覗かせると、私と同じ制服を着た女子が立っていた。
「…うちの生徒?」
身長もそれほど高くはなく160センチ前後。前髪を長くした日本人形のようなおかっぱ頭をしており、そのせいで素顔をハッキリと捉えることは出来ない。
だが、それ以外にこれといった特徴は見当たらなかった。
私と同じ条件でこの場にいる以上、その事自体に問題は無い。
だが、私が隠れたのことにはもちろん理由があり、彼女の今現在置かれている状況が私を自然とそうさせた。
電柱の影でサラリーマンらしき男性に両肩を押さえ込まれ、その女子生徒は詰め寄られているような場面だった。
――まさか…痴漢!?
その女子生徒は、男に詰め寄られている状況にも関わらず、声を上げることもなくただ口を閉ざしていた。
私が助けに入ろうと出て行こうとした瞬間、私の見ていたものが事実と180度違うことを思い知ることになった。
「――さようなら」
その女子生徒がそう呟いた後、サラリーマンらしき男にキスをした。
「――!?」
――まさかこれって、援助交際ってやつか…?
私は衝撃の光景を目の当たりにしてしまった。
だが、私は動揺するあまり、先ほど購入したばかりの買い物袋を地面に落とすという凡ミスをおかしてしまった。
「あ…」
援交女子はこちらの存在に気が付き、キョトンとした様子でこちらに視線を向ける。
「あー…え~っと…わ、私は何も見てないし、先生にも言わない。安心してくれ…」
私は両手を上にあげ、敵意が無いことを体で示す。
「へ…?」
長い沈黙の後、その子は一気に顔を赤らめた。
かと思うと、顔をカバンで隠しながら脱兎の如く、その場を逃げ去った。
「あ!?おい!?それは危ないと思うぞー…」
私が自分の実体験から出た忠告を言い終える前に、援交女子は電柱にぶつかり、盛大に地面を転がった。
だが、それをものともしないかのようにひょっこりと起き上がり、すぐさま逃走を再開したかと思うと、あっという間に闇の中へと消えていった。
その様子に目をとられている隙に、気が付けばお相手のサラリーマンの姿も夜の霞へと消えていた。
「一体なんだったんだ…?」
私は彼女が脱兎の如く走り去る様子を見て、《仮称・援交兎》と呼称することを心に決めながら、地面に落ちた買い物袋を拾い上げる。
再び帰路につこうと歩き始めると、先程あの二人がキスをしていた電柱付近の地面に目が留まった。
「…?」
私は地面に落ちていたそれを拾い上げる。
それはお守りだった。
「恋愛成就…?八代神社?」
そして、地面には小さな花束が落ちていた。




