第5.5話 魔法少女は浴場で。(2)
◆4月6日 午後9時10分◆
「あっ! お姉ちゃーん!! こっちこっちー!!」
浴室への扉を開けて大浴場に足を踏み入れると、シャワー台が並んでいる辺りから声を掛けられ、私はハーマイオニーの手を引きながら、妹のもとへと歩み寄る。
既に頭を泡だらけにしている夏那の横へハーマイオニーを誘導して着席させると、私はその隣に陣取る。
「あれ? ハーマイオニーちゃん? どうしたの、そのメガネ?」
「こ、これは……その……」
「ハーマイオニーちゃんはコンタクト使ってるから、裸眼だと何も見えないから危ないんだって」
「へぇー……でも、曇って何にも見えてなさそうだけど……? あれ……? そのメガネ、お姉ちゃんのと同じ形だね?」
意外と鋭い観察眼を初っ端から見せ付ける妹に対し、この程度のことで抜かったりはするものかと、私は予め決めておいた設定で援護する。
「た……たまたま同じデザインのを使ってたんだ。偶然な」
「へぇー。偶然かー」
たとえ私達がタオルで体を隠していようと、妹の裸体をなんとかして隠さない限りミッションの達成は難しいと考えた私は、脱衣所に備え付けてあった保湿クリームを拝借し、それをレンズの内側にたっぷりと塗った私の眼鏡を掛けさせることによって、ハーマイオニーの視界を封じることに成功した。
加えて湯気で満たされた室内となれば、眼鏡は必然的に曇り、まともに見るどころか歩くことすらままならなくなり、万全の状態だと言えた。
「ハーマイオニーちゃん! 私が頭洗ってあげるね!」
夏那は自分の頭を洗い終えると、早速ハーマイオニーを標的にする。
しかしながら、世話焼きである妹がそういった行動に出るのも想定内であり、ハーマイオニーには絶対に眼鏡を外さないことを念押ししたうえ、万が一外さざるを得ない状況になったとしても目をしっかり閉じるよう釘を刺し、もしもその約束が破られたことが発覚した場合には、こいつの恥ずかしい動画が世界に拡散するという手筈になっているため、抜かりは無いと確信した私は隣の動向に気を配りながらも、自分の体を洗い始める。
「メガネ、邪魔だから取るねー」
「あっ!?」
夏那はハーマイオニーの後ろに回り込んだかと思うと、背後から眼鏡を取り上げ、注意しているそばから不測の事態が発生した。
完全に虚を突かれた私は、とっさに身をよじって背を向け、何とか難を逃れた。
(こ……これだから、ラッキースケベは!)
「どうしたの? ハーマイオニーちゃん? 顔隠して?」
「め……目にシャンプーが入るのが苦手で……。このままお願いします……」
「そうなの? わかったー。私も気をつけるねー?」
おてんば姫の行動は、ラッキースケベと同じくらい予測不能であり、この状況だと夏那の体だけでなく、私や芽衣にも危険が及ぶ可能性があったため、夏那の行動にだけは十分警戒するよう改めて気を引き締めるとともに、自分の考えが如何に愚かだったのかを再認識した私は、これは序章であり、本当の戦いがこれからだということを自らの肝に銘じた。
「かゆいところあるー?」
「だ、大丈夫です……」
二人の様子を傍から見ているうちに、私は昔の自分と夏那を見ているような錯覚を覚えた。
(もしかして、ハーマイオニーを妹に見立てて姉妹の真似事をしているのか……? まあ、うちに妹が出来ることはないだろうし、そういうことを経験したい年頃なのかもな……)
「終わったよー」
「あ、ありがとうございます……の」
「じゃあ、背中も洗ってあげるねー……って、うわー!? 結構ガッチリしてるね!? 何かスポーツでもやってるの!?」
「へっ……!? え、えっと……演技のためにトレーニングしてます、の……?」
「へぇー、女優さんも結構大変なんだねー」
ハーマイオニーは苦し紛れながらに笑顔を浮かべ、夏那はそれがリアルタイムな感想であることにすら気付いてすらおらず、そんな二人の噛み合わない会話をビクビクしながら観察していると、突如として状況が動いた。
「ふぇ!?」
「背中終わったから、前も洗ってあげるねー」
夏那はハーマイオニーの両肩を掴んだかと思うと、その体の向きを180度回転させた。
当然ながら、ハーマイオニー視点からいくと真正面に夏那の体が位置することになり、その間に妹の体を隠すものなど一切存在しない状態――所謂モロ見えの状態となっていた。
「あああ! いや!? それはちょっとぉ!」
一瞬「終わった」と思った私だったが、ハーマイオニーは思いっきり頭を下げ、縮こまるようにしてなんとか直視を回避することには成功しており、私はシャンプーを取るフリをしながら、ハーマイオニーだけに聞こえるように小声で呟く。
「……目を閉じて。お前は相手の真似をすればいい」
私の声が聞こえたのか、ハーマイオニーは首を傾げながらも小さく頷き返した。
「あれ? 顔がちょっと赤い? 熱があるの?」
「だ、大丈夫です! ま、ま、前は自分で洗えますから! か、代わりに背中流してあげます、の!」
「えっ!? ほんとう!? それじゃあ、お願いしちゃおっかなー♪」
妹がご機嫌な様子で背中を見せた瞬間、私はその隙を見逃さず、眼鏡を手早く回収してハーマイオニーに装着させ、その直後、私とハーマイオニーは安堵の溜息をついた。
状況が状況だけに仕方が無いと割り切り、私は自分の体を洗っていたスポンジをハーマイオニーへと手渡し、妹の背中を流すことに関しては目を瞑ることにした。
………
体を無事に洗い終え、湯船にどっぷりと浸かっていた私は、水面にたゆたう二つの塊をじっと眺めていた。
「春希さん……そ、その……あ、あまり見られると恥ずかしいですの」
「じゃあ、ちょっとソレ触らせて。ホンモノかどうか確かめる」
私の視線に気付いた芽衣は、二つの塊を抱え込むように隠したが、その行為が逆に私の興味を掻き立てた。
同じ世代の人間同士でありながら、どうしてこれほどまでに差が出るのか、そして私の胸部には存在しないソレが、どんな感触でどんな重さなのかという興味が突然湧き、これほどの好機が早々廻ってくるものではないだろうし、良い機会だから確かめてみようかと思っただけのことだった。
「へっ……? ニセモノなわけは……それにこの前触ったと思うのですけれど……?」
「やっぱり、生で触らないと分からないこともある」
芽衣はキョトンとした表情を浮かべていたが、私が両の手のひらをわざとらしく開いて閉じてを繰り返して本気であることをアピールすると、その表情は次第に恥らいの色を見せ始めていった。
「ひ……人前でそういうことは……。ああっ……♪」
「ハーマイオニーちゃーん! そんなに離れてないで、こっちに来なよー?」
「いや!? ぼ……わ、私は大丈夫……ですの……!」
ハーマイオニーは、少し離れたところに鎮座しているマーライオンの隣でそっぽを向いていた。
もちろん、今、私と芽衣がやっているような女の子同士のきゃっきゃウフフみたいな展開でバレることを避けるため、シャイで人見知りという設定にして極力離れるよう事前に伝えておいた。
しかしながら、そっぽを向きながらも聞き耳を立てているのには別の理由があるだろうし、赤くなった背中や裏返った声の調子から判断するのであれば、やはり中身は年頃の男子だったということなのだろうと、私は納得した。
「むー……。ハーマイオニーちゃんって、本当にシャイなんだね~……? 女優さんなのに」
「女優だって恥ずかしいことくらいあるんだよ。夏那も少しくらい恥じらいを持ったほうがいいぞ」
まあ、この場合は“男だから”なんだが……などと考えつつ、手に伝わってくる感触を堪能しながら適当な相槌を打つ。
「なんかハーマイオニーちゃんって、お姉ちゃんみたいだねー?」
「私に……? どこが?」
「恥ずかしがり屋なところとか、凄いのに自信無さそうなところとか?」
「それはない」
“身長が”などと口走ろうものなら、大量のお湯をぶちかましてやろうという所存であったが、予想外の答えに私は一瞬戸惑いつつ、キッパリ否定する。
私の場合は注目されることで心身に変調をきたすのであって、恥ずかしさゆえに物影に隠れているわけでもないし、アニメと漫画とゲームに関しての知識や記憶力であれば多少なりとも自信がある程度であり、胸を張って自慢できるようなことはなかったため、その言葉には異論しかなかった。
「そうですの? 私は似ていると思いますの。意外に根が真面目なところとか、不器用なのに頑張り屋さんなところとか」
“意外と”とか“不器用なのに”が引っかかるものの、本人にまったく悪気が無いので尚さら性質が悪かった。
なにより、ハーマイオニーが誉められると私も誉められていることになり、ハーマイオニーがディスられると私もディスられるという仕組みによって素直に喜ぶことは出来ず、複雑な気分のまま私は身を隠すように湯に溶けていった。
………
湯船に浸かって数分が経過した頃、重要な事に気がついてしまった私はなんとかせねばと危惧するものの、弱火でじっくり湯湧かされて良い感じになった心と体は、極楽気分の真っ最中であり、脳からの命令を受け取ることを拒否していた。
「出るときのことをまったく考えていなかった……。けど、気持ち良すぎて……動けない……動きたくない……」
浮力に身を任せ、次第に意識が遠のいてゆく私の脳裏に、最悪の状況がフラッシュバックのように浮かび、ここで私が動かなければ、ドミノ倒しのように取り返しのつかないことになりかねないのだと自らを奮い立たせ、極楽に浸りきった頭を振り払って、なんとかエンジンを再燃させる。
(このままじゃダメだ……! 考えろ、私……。私達と一緒にハーマイオニーが同時に出る場合、脱衣所で一緒に着替えるのはリスクが高い……となると、私達が先にここを出るか、ハーマイオニーだけを先に行かせるかして、ここを出る時間を意図的にずらすことになる。前者の場合、夏那が一緒に残ると言い出す可能性は十分にあるし、流れ的に私達がハーマイオニーを置き去りにすることしか出来なくなってしまう。後者であれば、夏那を引き止める方法なら幾らでも考えられるし、ハーマイオニーに何か理由を付けて先に出て行ってもらったほうがフォローがしやすい。となれば、一択だな)
私は今後の方針をある程度固め、ハーマイオニーにその旨を伝えようと、周囲をこっそりと見回してハーマイオニーの姿を探す。
しかしながら、肝心のハーマイオニーの姿がまったく見当たらず、私は首を横に傾げる。
湯船の中をゆっくり移動しながら捜索を開始してみるものの、いくら見渡しても私のレーダーにハーマイオニーは感知されなかった。
(まさか、もうここを出た……ってことはないよな……。それはそれで私の悩みの種が一つ減るだけだけど、それは唐突過ぎるし、なによりあのハーマイオニーが単独でそんな大胆な行動をとるとも思えない……)
「本当に、どこに行った……? にしてもこの辺り、お湯あっつぅー……」
進むにつれて、少しづつお湯の温度が上がり、額から吹き出る汗は拭っても拭っても止まることはなかった。
「これだけの熱さだと、すぐにゆでダコになっちゃうな……。うん……? 熱い……? もしかすると……」
体が熱くなれば、体を冷ましたくなるのは道理であり、こういった施設にはサウナや水風呂が併設されていることも多い――その可能性に思い至って立ち上がり、周囲を確認すると案の定それらしきものを発見し、私はそれを確認するために湯船から出ようとした。
すると、段差を上がる際に、足で何かを踏みつけた感触があり、私は眉をひそめ、それが何かを確認しようと波紋に揺れる水面に目を凝らす。
「……なっ!?」
慌てて腕を湯の中に突っ込み、私は湯船からそれを引っ張り上げた。
「マジか……。お……オイ!? しっかりしろ!?」
意識もなく、ゆでダコのように真っ赤になったハーマイオニーはぐったりした様子だったが、呼吸を普通にしているところを見ると、どうやら溺れていたわけではなさそうだった。
「の、のぼせてる!? 湯口の近くだからお湯の温度が高かったから……? でも、なんでそんなことを……? まさか、私達を水中から覗いていた……とか?」
溺れているわけではないということは、気を失ってからそれほど時間が経過していないことになるのだが、状況から判断すると、わざわざこの高温のお湯の中、私がここに来る直前までしばらくお湯に潜っていたということになり、ハーマイオニーが何の目的でそんな愚行を行っていたのかが定かではなかった。
理由に関しては気になりはするものの、ハーマイオニーが間抜けをやらかしてくれたお陰で光明を見出した私は、今が好機と捉えてすぐさま行動に移す。
「ハーマイオニーちゃんが少しのぼせちゃったみたいだから、私たちは先に出るよ」
意識を失っているため視線を気にする必要はないうえ、のぼせたことを口実に先にハーマイオニーを外へ連れ出せれば問題が一気に解決するため、このチャンスを逃す手は無いと考えた私は、ハーマイオニーの体を抱き起こして立ち上がらせた。
「えっ!? えっ!? だ、大丈夫!? それじゃあ私も……!」
「夏那さん。ここは春希さんに任せましょう?」
妹が湯船から飛び立たんばかりに水しぶきを上げて立ち上がるも、私はすかさず芽衣にアイコンタクトを送り妹の行動を制止させる。
「で、でも……!」
「お姉さんのコト、信じられませんの?」
芽衣お得意の穏やかお姉さんオーラと、優しく諭すような話術によって、夏那は俯いて押し黙り、大きく首を横に振った。
「心配するな。ハーマイオニーちゃんは私が看てるから、ゆっくり入ってて」
「う……うん……」
渋々ながらも首を縦に振る妹を横目で確認した私は、浴室の出入口へと歩みを進める。
「よし、上手くいった……。あとは、コイツに服を着せて部屋に……」
妹の信頼を裏切るような真似をして心苦しくはありながらも、これは皆が傷つかないための正しい嘘であるのだと、誰にでもなく許しを請いていると、私は次なる課題に直面する。
「というか、どうやって服着せるんだ……?」
先程から意識的に下を向かないようにしてはいるものの、言うまでもなくハーマイオニーのアレは包み隠さず丸出しになっているため、直視などできるわけもなかったし、目を瞑りながら着替えさせることも出来るかもしれないが、それはそれで難航しそうだった。
「やっぱり、私だけ先に着替えてあとで叩き起こす……? けど、こんな状態で目を覚ますのは――」
「あれ……? ここは……?」
私は想定外の展開に動揺して、硬直する。
そこで私はようやく、自分が重大なミスを犯していたことに気が付いた。
(なっ!? め、眼鏡は……どこに!?)
今のハーマイオニーが眼鏡を掛けていないことに気付いた瞬間、幾つかの断片が私の中で繋がった。
恐らく、ハーマイオニーは誤って眼鏡を湯船の中に落としてしまい、それを拾おうと湯船に潜って探しているうちにのぼせて気を失った――そう考えると、私が探している間にお湯の中に居て、接近する直前まで溺れていなかったことにも説明がついた。
(なんて、冷静に推理している場合じゃない!? これは、私史上最大のピンチだぞ!?)
ハーマイオニーの腰に左腕を回し、右手で右腕を引っ張りながら体重を支えている状態の今の私は、つまるところ両手が塞がった状態で一糸纏わぬ姿であり、ハーマイオニーが少しでも視線をずらそうものなら、私の裸体はコイツの脳裏に永遠に刻まれてしまうという危機的状況に晒されていることを意味していた。
嫁入り前の身としては、それだけは絶対に避けなければならなかったし、ラッキースケベにそこまでしてやる義理はないと、私は運命を変えるために自ら行動を起こす。
「ネガミ・エール!」
「な、なにこれ!? 目の前が……!?」
私が魔法を発動したことによって、ハーマイオニーの目には私同様に感情の胞子が視えるようになり、恥ずかしさマックスの私が隣に居る以上、羞恥心の胞子が弾幕となって、一時的に視界が制限される。
しかし、一切休む暇を与えることなく、神は私に次の試練を与えた。
「うわあ!?」
「あ!? ちょっ!? やめ――」
慌てたハーマイオニーはバランスを崩して足を滑らせ、後方へと倒れこむも、何か支えを掴もうとしたその手は私の腕を掴みとった。
私はそれに抗おうと踏ん張るものの、滑る足場によってその体重を支えきれず、道連れのように転倒することとなった。
「んがぁ!?」
後頭部を床に打ちつけながらハーマイオニーは苦悶の声を上げ、私もまたその体の上へと倒れ込んだ。
「お姉ちゃん!? ハーマイオニーちゃん!? 大丈夫ー!?」
私たち二人の身を案じて夏那が駆け寄ってくるものの、それは追撃と相違なく、私は咄嗟にハーマイオニーの体を隠すように上半身を使って覆い被さった。
「せ、セーフ……?」
「まっくらで何も見えないよー?」
夏那の目は、芽衣のナイスアシストによって両手で覆い隠されていた。
しかしながら、当の芽衣は顔を紅潮させながら、どこか慌てた様子で私を見下ろしていた。
「ん……? これって……?」
私は今までに感じたことのない、柔らかいような硬いような、不思議な感触を左手に感じ、視線をそちらへと向けた。
結論から言うと、生まれたままの姿で肌と肌を密着させながら、左手でハーマイオニーの大事な部分に触れていた私は、人生最大の後悔をすることとなった。




