第12話 魔法少女は終幕で。(6)
◆4月8日 午前12時30分◆
「う~……」
カーテンから漏れ出る淡い光が瞼に指し込んだことで私の意識は覚醒し、見慣れた天井に、見慣れたベッド、見慣れた机に私はなぜだか懐かしさを覚えた。
「……家、か」
自分がいつの間にか寝てしまっていたことに気が付き、昨日の記憶を掘り起こしてみると、雨たちと別れた後、帰宅した私はボロボロの衣装を脱ぎ捨てて湯船に浸かり、公言するのも憚れる食事をなんとか平らげて部屋のベッドに倒れ込んだ――そこまでは覚えていたが、そこからの記憶は一切無かった。
「本当に……長い一日だったな」
目を閉じると、エゾヒと戦い、ノワと再会し、雨に真実を明かし、芽衣に助けられ、私は魔法少女のままだと知り、私は魔法少女ではなくなったという怒涛の展開が脳内でリプレイされ、“私の人生史上最悪の日”であると同時に“私の人生を変えた最高の日”であろうその出来事たちに、私は複雑な思いを隠せず苦笑いを浮かべた。
「今、何時だ?」
首を動かし、目覚まし時計の時刻を横目で確認する。
「十二時半……か」
昨日寝落ちしたであろう時間を考えると、15時間は寝ていた計算になり、私はさすがにそれはマズイと上体を起こそうとする。
「うぎぃ!?」
腹筋や背中、そして二の腕や太ももに電流が走ったかのような、えも言われぬ衝撃が駆け抜け、私は悶絶した。
それが昨日使用したポーション二本分の代償であることは考えるまでもなく、腕を少し動かすだけでも激痛に見舞われるというその状況は、まるで動くことすら罰する拷問のようだった。
「仕方ない……寝よ……うん?」
立ち上がることを早々に諦め、仕方なくベッドの上でふて寝しながら一日を過ごすことを腹に決めて寝返りを打つと、スマホのランプが点滅しているのが視界に入り、私はそれを手に取る。
画面を開くと、通知履歴に見慣れないアイコン表示があるのが目に留まり、私は怪訝に思いながらもそれをつつく。
「……起きてる?」
私は画面に表示された言葉をそのまま口に出した。
『やっぱみんなまだ寝てるかな?』
『私は起きています!』
「ぶっ!? な、なんだこれ……ウケる……」
落書きのような謎の細長いキャラクターが、腹筋しているように動く画像を見て、私は思わず噴出した。
「二時間前のやり取りか……朝からテンション高いな……。こっちが雨で、こっちが芽衣だな」
どこかで見たゆるきゃらっぽい熊のアイコンと、脱力系の白猫のアイコンが吹き出しで会話をしており、サツキという名前が雨で、メイという名前が芽衣のようだった。
『調子はどう?』
『元気モリモリです!』
『古!』
『この子も元気ですよー』
そう書かれたすぐ下に、クマゴローの写真が表示されていた。
「相変わらず……だな……」
その猫画像は、可愛く寝転がっているような癒し系のそれではなく、壁の隅っこで必死に威嚇している様子を撮影したような、鬼気迫る画像だった。
『なんかめっさ警戒されてない? てか、クマゴロー? 今そこにいるん?』
「そういえばそっか……。芽衣に預けられていること知らないんだっけ」
『預かっているんですけど、すごく嫌われてるみたいです……』
直後、謎のキャラクターが涙を流しているスタンプが貼られており、全然悲しさが伝わってこないばかりか、今の私にとっては腹筋を破壊する凶器だった。
『へぇ~。人見知りするんだ? その子、どうするか決まったの?』
『いいえ? 春希さんから預かっているだけですから、特には』
『そっか』
『雨さんは体、大丈夫なんですか?』
『ぶっちゃけありえないほど筋肉痛』
「はぁ? 私は筋肉痛を通り越してまったく動けないんですけど……? やっぱり鍛え方の差なのか? あとで鍛え方が足りないとか言われそうだな……」
『春希さんは大丈夫でしょうか?』
『まあ、寝かせといてあげよっか。昨日の今日だし』
『そうですねー』
『んっ? と思ってたら起きたっぽい?』
読み進めているうちに、現在のやりとりまで追いついたらしく、既読通知によって私の存在がバレたらしい。
「どう考えても、私をゆっくり寝かせるつもりないだろう、これは。まったく……しょうがないな」
こうなってしまうと二度寝はもう出来まいと覚悟を決め、入力欄に触れるものの、私の指はそこでピタリと止まった。
「これ……なんて書けば良いんだろ……?」
自慢ではないが、家族以外の人間とアプリ上で会話したことなど一切無く、私自身、他人と話すときにどんな口調で、どんなことを話していたか思い返してみたものの、あまり覚えていなかった。
私は暫く迷った挙げ句に、何のひねりもなく、そのままの状況を伝えることにした。
「とりま、起きた……っと」
『オハヨウゴザイマス! ハルキさん!』
『調子はどう?』
「調子はどう……って」
『最悪。体動かない』
そう書き込むと、すぐさま爆笑しているスタンプが二人からほぼ同時に届いた。
「人の気も知らないで……」
『何か用事?』
『特に無いけど、口下手な誰かさんの会話練習?』
芽衣から頷いている猫のスタンプが送られてきたが、恐らくは激しく同意というやつだろう。
『こういうのは用事が無くてもするものですよ?』
「そういうもんなのか。よくわからん」
一般教養なのか、女子高生の事情なのかもよくわからなかったものの、女子高生の世界に足を踏み入れた身としては、そういったことを甘んじて受け入れる所存ではあった。
『頑張る』
『頑張ってください! 応援しています!!』
どうにもこうにも、現実の芽衣と今会話している芽衣とでは、イメージがかけ離れている気がして原因を考えていると、私はその違和感の正体にようやく気付く。
「……というか語尾はどうした、語尾は」
『そうだ。チーにお願いがあるんだった』
『何?』
『クマゴローのこと、私に面倒見させてくれない?』
「そんなの……答えは決まってる」
私はすぐに察し、もともと入っているスタンプの中から“OK!”と書かれたスタンプを探しだして送信する。
すると、「ありがとう!」と文字の入ったかわいいゆるキャラのスタンプが即座に送られてきた。
「きっと、今のあーちゃんには必要としてくれる存在が必要だろう」
自分のせいで様々な人に迷惑を掛けてしまったと、雨が気負っていることは察しがつくし、何か償いをしたいと考えることも予想はしていた。
必要としてくれている誰かが居るだけで、人は生きることが出来るものであると私は知っていたし、言葉を交わすことが出来ずとも、愛情を注ぐことが出来る相手が居るのと居ないのとでは大違いであるからこそ、クマゴローは雨の心の穴を埋めるにはうってつけの存在であり、私はそうしようと昨日から決めていた。
『りょ! それじゃ、明日学校帰りに芽衣の家に寄るわ!』
『ワカリマシタ!』
直後、猫が敬礼しているスタンプが送られてきた。
「お姉ちゃーん。起きてるー?」
「お、おう」
ドアを開けて顔を覗かせた妹に視線を送ると、妹は私の顔を見てニヤリと笑った。
「何か良いことあったの? 顔がニヤけてるよー?」
◇◇◇
◆4月9日 午前7時◆
目を覚ますと、私は自室のベッドから転げ落ち、床で仰向けになっていた。
天高く、両手を掲げた状態で。
「……朝、か」
のそのそと這いながら、ベッドに置いてある目覚まし時計を確認すると、針は7時ちょうどを指し示していた。
洗面所で顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、食卓に用意されているラップ済みの食事を口に運び、朝食を手早く済ませ、自室に戻り、寝巻きを脱ぎ捨て、制服に袖を通し、靴を履き、玄関の扉を開け、そして締めくくるように、誰も居ない家に向けて決まり文句を告げる。
「行ってきます」
いつもどおりに玄関の扉を開けると、そこには二つの人影があった。
「おはよ」
「おはようございます! 春希さん!」
「お……おは……よう」
驚きながらも、条件反射的にそう答え、戸締りをしながら動揺を抑えつつ、心臓を落ち着ける。
そして、二人に歩み寄り、思っていることをそのまま口に出した。
「ふ……二人とも、なんでうちの前……に?」
「私は雨さんの家にクマゴローさんをお届けに参りましたの」
「そっちに迎えに行くって言ったんだけど、どうしても来たいって……芽衣に押し切られた」
「私がこちらに来れば、色々と都合が良いですもの。ねっ? 雨さん?」
雨は頬をポリポリと掻きながら、照れくさそうに答える。
「い、一秒でも……でしょ?」
雨は小さい声でそれだけ告げると、道をスタスタと歩いていく。
「雨さんも素直じゃないですの」
私は怪訝な表情を浮かべながら、芽衣の顔を見上げる。
「同じ教室で勉強はできなくても、ふざけあって笑ったり、一緒に登下校したりくらいは出来る……“友達”はそういうものですの♪」
芽衣は私にニッコリと微笑んだあと、雨を追うようにステップ踏みながら歩いてゆく。
そして、二人は振り返る。
「突っ立ってないで、行くよ? チー」
「一緒に行きましょう? 春希さん?」
「……うん」
私は意気揚々と、一歩一歩を歩みだした。




