第12話 魔法少女は終幕で。(4)
◆4月7日 午後6時19分◆
「……変わった?」
「……よくわからん」
私と雨は手のひらを開いては閉じを繰り返す。
「あれっ? チー!? その服!?」
「あ……。消えかかってる……?」
雨が私を指差し、誘導されるように自分の服を確認すると、ピンク色の衣装は明滅を繰り返し、次第に透き通って薄くなり、それは忽然と姿を消した。
『願いは叶えた。キミ達から魔法の力は消え、じきに僕の声も聞こえなくなるだろうね』
高校に入学したばかりだというのに、学校を卒業する時のような複雑な気分となったものの、完全に卒業する前にもう一つだけやっておくことがあったため、私は手を差し出す。
「じゃあ、そうなる前に魔蒔化の種ってやつを出して」
『どうしてだい?』
「だって、私の体をあげる約束だったでしょ?」
「はあ!? チー!? まだそんなこと言ってんの!?」
「大丈夫。ノワは悪いヤツじゃない。そうでしょ?」
「で、でも……!? それじゃ、チーはまた……!」
雨は眉をひそめ、怒りと悲しさが入り混じったような表情を浮かべた。
『あれは約束にもなっていないよ。僕はキミを騙してリインの体を解放するつもりだった。でも、結果的にどちらも解放出来ていない。だから、あの約束は無効だ。もともと僕はリインに倒されるつもりでここまで来た。その後のことなんて考えてないよ。だから、僕には新しい体は必要ない。肉体が朽ちて無くなったとしても、僕の魂はここに存在し続ける』
ノワが言い訳をすることは判っていたのだが、残念ながらここで私の切れる手札は無く、今の私にはノワの意志を曲げるほどの交渉手段がなかった。
それはそれとして、悪霊が視えていた私としては、魂が存在し続けるというのは気が気ではなかったため、そこで彷徨われるくらいならと私は良い案を思いつく。
「それじゃあ、私たちの代わりにこの町の平和をお願い。ダイアクウマとは別の悪が現れないとも限らないし、そんな日が訪れたときに魔法少女が引退したので町の平和を守れませんでしたー、なんて笑い話にもならないでしょ?」
『……キミのその願いは叶えられない』
そこは嘘でもいいから、「任せてくれ」と自信満々に言ってもらいたかったのだが、ノワは空気も読めずに即答した。
『でも、僕はこの場所で、キミ達の住む町やキミ達人間の可能性を見守ることにする。僕は僕自身の意思で僕に出来ることをしてみる。キミ達人間みたいにね?』
誰かの願いを叶えるためだけに行動していたノワが、この大樹に宿り続けることを自ら選んだうえ“誰かの願いを叶える”のではなく“自分の願いを自分の力で叶える”ことを選んだ。
私たちの行動がノワの考え方を根底から覆したことで、ノワ自身にも何かしらの変化が生じさせたとも考えられるが、もしも私たちの想いや考え方まで伝わっていたとするのなら、ノワはこの先数百年の間ずっと、私たちの想いを未来へと繋げる生きた伝承者となる――そう考えると凄い事であり、私は驚かざるをえなかった。
「わかった。それと、最後にひとつだけ聞かせてほしい」
一つだけ、ずっと聞きそびれていたことがあったため、私はこれが最後のチャンスとばかりに口火を切る。
「誰かをあーちゃんの協力者にしたかったのはわかるけど、面識の無い私を選んで、私の願いまで叶える必要は無かったはず。私の願いを叶えたのはなぜ?」
『そうだなぁ……』
雨の協力者という位置付けに誰かを配役したかったノワが、たまたま近くにいた私を選んだことにはある程度納得していたものの、雨の近くに居る同世代の人間なんていくらでもいただろうし、たまたま私が選ばれただけだとしても私の願いまで叶える必要性なんて無かったため、その行動には疑問が残っていた。
私が固唾を呑んでその回答を待っていると、数秒の沈黙の後、ノワは私の想像から掛け離れた言葉を吐いた。
『キミ達の言葉で言うと、浮気だね』
「う、浮気……!?」
『リインの願いは星のように煌いていた。もちろん、僕はそれに一目惚れして願いを叶えた。でも、それからすぐに僕は見つけてしまった。純粋で眩しい、希望に満ちた光を放つキミを』
乙女ゲーのイケメンキャラが発すような歯の浮くセリフを、よくも恥ずかしげも無くスラスラと言えたものだとツッコミを入れてやりたかったが、あまりの衝撃に私は言葉を失った。
「ば……ばば、バカ!? 何言ってるんだ!? なに恥ずいことを……!?」
『僕はキミを褒めているだけだけど? どうして恥ずかしがるんだい?』
ノワに特別な意図があるわけではないと判っていても、私は口説かれているような気分になって、慌てて顔を隠した。
『あ、マズ……い。も、う……じか……ん……が……』
「へっ……? あっ、ちょまっ……! まだ話が!?」
「また!? いつも唐突過ぎるだろ!?」
ノワの声はそこで完全に途切れ、私たちの間になんとも言えない静寂が訪れた。
「声が……聞こえなく……なった」
「まったく……別れの言葉くらいちゃんと言わせろっての……」
「しょうがない。行こう、あーちゃん」
「あ、ああ……」
まだまだ言いたいことや伝えたいことこそあったものの、こうなってしまってはもうどうすることも出来ず、私たち二人は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にすることになった。
◇◇◇
◆4月7日 午後6時23分◆
大樹の根をゆっくり下っていると、私を呼ぶ聞き馴染んだ声が耳に届いた。
「あっ!? お姉ちゃんだ! おーい!!」
「夏那……?」
私はその声を聞き、少しだけ急ぎ足で、根が張り巡らされた悪路を駆け下りた。
「どうしてここに?」
「なんか急に空がピカーってなって目が覚めたら、おっきな木がばーんってなってて、ビックリしたから来ちゃった!」
「なんか、妹の語彙力がヤバいことになってる……。よーし、とりあえず落ち着こう。そのまま深呼吸してー。はい、すぅ~……はぁ~……」
私は緊急事態と捉え、妹に見せるように深呼吸してみせ、それに倣うように妹も深呼吸を始める。
「どう? 落ち着いた?」
「うん!」
「さっき倒れたって聞いてたけど、大丈夫なの?」
「うん! 少し休んだら元気になったよ!」
「そうか。良かった」
妹がこうなったときは大抵興奮状態にあるので、まずは落ち着かせる必要があったものの、とりあえず健康的には問題無く、むしろ元気が良過ぎることまではわかった。
「夏那のお陰で色々助かった。ありがと」
「……? よくわからないけど、どういたしましてー」
超高速ドロップキックに雨を救うための囮役に加え、雨にインカムとポーションを渡したことなど、機転の利いた行動によって助けられた部分は大きかったため、その功績を私はしっかり褒め称えてやることにした私は、つま先立ちをしながら妹の頭を撫でた。
「これじゃ、歩くのも一苦労だわ……」
私より少し遅れて到着した雨は、キョロキョロと辺りを見回し、首を傾げた。
「んっ……? あれ? アイツは?」
「ハーマイオニーさんのことですの? 先ほどからお姿が見当たりませんの」
「あ、それならさっき『この~木、何の木~』って歌いながら向こうに走っていっちゃったよー?」
「色々聞きたいことあったんだけど……。なんでここに居るのかとか、なんであんな格好させられてるのかとか、なんでアイツとチーの服が入れ替わってたのかとか! まー、居ないならしゃーない。今度会ったらシメ上げて吐かす」
なんとなく、一番最後だけ言葉に怒りが混じっていた気がするものの、視えなくなった私にはそれを確認する方法が無かったし、巻き込んでしまった手前、私が擁護してやるのが筋だと思われるものの、この展開は面白そうなので私はあえて見て見ぬフリをした。
「お二人とも、どうでしたの?」
「全部終わった」
「正真正銘、全部ね。イマイチ、実感が湧かないけど」
私が呟くように答えると、雨もまた遠くを見つめながら答える。
胸のつっかえが取れたというか、肩の荷が下りたというか、とにかくスッキリとした晴れやかな気分であることは確かだったものの、なぜだか一抹の不安を拭い去れてはいないような、何か大事なことを忘れているような、そんな気分だった。
「この木……このままで大丈夫ですの?」
「それなら大丈夫。心配ない」
『怪奇!公園に突如現れた巨大な木!』なんて感じのタイトルで紙面の片隅を賑わせるかもしれないが、恐らく芽衣が言いたいのは、あれだけのことを引き起こした元凶が未だそこに鎮座し続けているが大丈夫なのか、という意味合いだろう。
しかし、私はキッパリと断言する。
「この木はきっと、私たちの代わりにこの町を守ってくれる」
ノワのやってきたことは、この星の常識では少しズレた方法だったかもしれないが、そこには僅かな悪意すら存在しておらず、ノワはノワなりに与えられた使命を果たしていただけのことだった。
それに関しては私と同じであるからこそ、私にはそう断言できた。
「ん……? これは……?」
大樹を眺めていると、空から落ちてくる何かが目に入り、私はひらひらと舞い落ちるそれを、タイミングを合わせて掴み取った。
そして、手の平を開いてそれを確認した瞬間、芽衣と雨が同時に声を上げた。
「あ!? 春希さん!」
「チー! 見て!!」
空を見上げた私は、それ以上声を出すことが出来なかった。
「わぁー! きれー!!」
「すごい……ですの……!」
「サクラ……?」
数え切れないほどの無数の花を咲かせた大樹は、全体を桜色に染め上げており、その花弁がヒラヒラと空を舞い踊り、雨のように降り注ぎ、まるで私たちの新しい門出を祝福しているかのようだった。
「アイツ、憎い演出してくれるじゃん」
「……うん」
私たちは時間など気にせず、ただただその神秘的な光景に酔いしれた。
◇◇◇
◆4月7日 午後6時28分◆
「……そろそろ行こう」
「そうだ……ね」
名残惜しみながらも振り返り、私が帰り道を一歩進むと、二歩三歩と進めるごとに重い足に疲労感が襲ってきた。
「それにしても……疲れた」
「それなー……」
私と雨が立ち止まり、二人で背伸びをしながら空を仰いでいると、傾きかけの太陽と、茜色と溶け合う夜闇のグラデーションが私の視界に入った。
そこで私は、重要なことを思い出し、思わず大声を上げた。
「夕方あぁ……あああぁぁーーー!?」
「な、ナニ!? 突然!?」
「じ、時間! 今何時!?」
突然のことに驚いた雨が、素っ頓狂な裏声で問い返すも、私は気にせず振り返り、後ろを歩く芽衣に時間を確認する。
「え~と……もうすぐ六時ですの」
「六時!? あーちゃん!! い、い、急いで帰らないと大騒ぎに……!」
「大騒ぎ……? なんで……?」
状況を理解していない雨が首を傾げたため、私は現状を端的に伝える。
「あーちゃんは二日間も行方不明ってこと! 捜索願が出て警察が動いてるかもしれない!!」
「ケーサツ……? んなっ!? マジか!? 私、早く家に帰んないとフリョーじゃん!?」
母親の話では夕方がタイムリミットと言っており、時既に遅しという状況も考えられたが、今であれば事態が大きく動いていない可能性も考えられた。
「それなら私が先に行って事情を説明してくるよ!」
「た、頼む! すぐに追い付くから!」
夏那は疾風の如くその場を走り去り、私もそれに続こうと一歩足を踏み出そうとする。
しかしその瞬間、何かに呼び止められたような気がして私はその場で振り返った。
「……?」
――『僕にはまだやることがある。キミ達を見届けるという目的が』
「……!? キミ……たち……。そういう……ことだったのか……」
「おーい! なにやってんの、チー!? はやく!?」
この先に一歩踏み出したら、もう戻ることは出来ないという気がして、私は振り向き、小声で呟く。
「……私の願いを叶えてくれて、ありがとう。ノワ」




